森林浴 Waldbaden

ここ数年、ドイツで頻繁に見聞きする流行りの言葉がある。それは「Waldbaden(=森林浴)」。もともと、日本の林野庁により1982年に提唱された言葉がドイツ語に直訳され、新造語として使用されている。「森林の湯船に浸かる」という比喩的造語は、温泉とお風呂の文化がある日本ならではであるが、温泉スパの伝統があるドイツでも、すんなり馴染みやすい。

森林浴の医学的研究

森林にも温泉と同じような、癒しや健康増進効果があるから「森林浴」という言葉が生まれた。森林が人間の精神と健康に与えるポジティブな効果は、別に目新しいものではなく、様々な文化圏で、昔から経験的に知られていたことであるが、2000年代に入ってからから、日本やアメリカ、ヨーロッパなどで、森林浴効果のメカニズムを科学的に解明する研究が進んでいる。森の匂い、緑の波長、マイナスイオン、小鳥や小川やそよ風のゆらぎ音が、自律神経を安定させ、精神を落ち着かせ、免疫力を高め、様々な病気に対する抗体の生産を促すことが、医学的に証明されている。
日本では、医学的研究をベースに「森林セラピー」という言葉が、2004年に森林浴の発展形として生まれた。NPO法人森林セラピーソサイエティによって、これまで全国63箇所の森林エリアが「森林セラピー基地」として認定され、「健康のための森林浴」が推奨、実践されている。トレッキングや登山で入る他の日本の森林との大きな違いは、森林セラピー基地では、緩やかな勾配の幅広の歩きやすい遊歩道が整備されていることである。車椅子で入っていけるところもある。

ドイツでは、人々が日常的に森林浴


ドイツの多面的な森林利用

では、森林浴(=Waldbad)という言葉が、ここ数年流行っているドイツではどうなのか。国土面積は日本とほぼ同じ、森林率は約30%で日本の半分以下、そこに約8300万人の人が住むドイツ(日本の7割弱)では、森林浴は、多くの国民にとって日常的な行為、生活の一部になっている。気軽に犬と散歩、ノルディックウォーキング、サイクリング、マウンテンバイキング、乗馬、森林ヨガ、雪山ウォーキングと、森林のリクリエーション利用は多面的だ。森の幼稚園や森林教育など教育的な利用も盛んである。
ではいったい、どれだけの人がどれくらいの頻度で森林保養をしているのか。私が住むドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州の森林行政が最近発表した統計によると、人口約1000万人、面積約36,000平方km(長野県の約2.5倍)、森林率40%のこの州で、1日平均約200万人の森林訪問者がある。年間を通した平均値であるので、春から秋にかけて、天気がいい日曜日などは、1日400万人以上の訪問者があることもある。人口の半分近くである。

林業のための質のいい道インフラが、快適で安全な保養空間を創出


持続可能な林業が森林保養の基盤

なぜにこれだけの人が森林に行っているのか。それは、ほぼ全ての森林に気軽にアクセスできる環境とインフラがあるからだ。サンダルでも、車椅子でも乳母車を押しても気軽に入って行ける、幅広で、勾配が緩やかな道が、平地の森にも、起伏がある急斜面の森にもある。この道のインフラは、戦後に、持続的な林業(木材利用)のために整備された。表面は砂利が填圧して敷き詰められたもので、木材を運ぶ大型トラックが走行できる規格で、この質の高い道が、老若男女、体が不自由な人まで、気軽で快適で安全な森林でのアクティビティを可能にしている。
森が支える森林木材産業クラスターは、ドイツでは自動車産業の2倍近くの就業人口(132万人、2005年統計)を抱え、ドイツの地域経済を支える重要な基盤になっている。そしてその森は同時に、人々の心と体の健康を促進する日常生活空間になっている。

道がないから、森は近くて遠い存在

日本は森林率68%の森林に恵まれた国であるが、森林セラピー基地のような快適に安全に歩ける道が整備されている場所は「特別な場所」であって、多くの国民にとっては、森は近くて遠い存在にある。ドイツでは、「特別な場所」がいたるところに、日常的に利用可能なところに面的にある。私は、20年以上ドイツに住んでいるが、このいい森林インフラの恩恵をたくさん受けたし、今でも森林は、私にとって、心を休める、考えを整理する、スポーツをする、山菜やキノコを取る、日常生活の大切な場所である。
私は、森林やエネルギー関係で、時々来日して仕事をしているが、ドイツやスイスからの観光客にホテルなどで出会って会話することがある。日本の文化や伝統建築や食事に感銘し感動している人たちがよく言う「苦情」がある。それは、「森を歩きたい、森でサイクリングしたいけど、道がないから入っていけない」というものだ。せっかく豊富にある観光資源が開かれていない、アクセスできるインフラがない。

地域木材産業、住民の健康と幸せ、観光資源

牧歌的な保養地シュヴァルツヴァルトの風景

私が住むシュヴァルツヴァルト地域は、バーデン・ヴュルテンベルク州の西部にあり、南北に約170km、東西に50~70kmくらいの山岳農村地帯であるが、全体が観光保養地で、気軽に歩ける、スポーツができる森林は重要な観光資源となっている。シュヴァルツヴァルト観光協会が発表している2016年の統計によると、ベット数は16万、宿泊客数は年間800万人、宿泊数は年間延2100万泊もある。観光業は農村地域の重要な副収入源であり、観光業によって質の高い地域の生活インフラが維持されている。森林は、住民だけでなく、観光客にとっても重要なレジャー空間である。

ドイツの2倍以上の森林を所有し、人口も多い日本では、ドイツよりはるかに大きな多面的な森林利用のポテンシャルがある。しかし現在、木材利用にしても、レクリエーション利用にしても、僅かしか使われていない。この豊かな資源を、将来のために持続的に使えるように整備していくことは、地域経済にとって、国民の健康と幸せにとって、大きな意味があることだと思う。


ドイツに倣った高山市の質の高い森林基幹道(© M.Nagase)

岐阜県高山市では、ドイツに倣った持続可能で多面的な森林利用のためのインフラの整備、質の高い森林基幹道の整備が、2011年より進んでいる。その事業のリーダー格である高山林業建設業協同組合の長瀬氏から、2年前、嬉しい写真を見せてもらった。新しく作られた快適な森林基幹道に、犬を連れて散歩している近所の女性が写っていた。その女性は、出来上がった道の確認をしている長瀬氏に遭遇し、「きれいないい道ができていたので、ついつい犬と散歩したくなって入って来ました。いいですか」と尋ねた。長瀬氏は「もちろんいいですよ」と答え、早速道の効果が現れたと嬉しくなり、「写真を撮らせていただいてもいいですか」と断って手持ちのカメラのシャッターを押したそうだ。


「きれいな道だから犬と散歩に来ました」(© M.Nagase)

高山市は、ヨーロッパからの観光客が増えている。彼らが、高山の街中だけでなく、近くの森を気軽に歩き、サイクリングできる環境が整う日もそう遠くない。そういう人たちは滞在型なので、新たな宿泊のインフラや観光コンセプトも必要になってくる。

 

EIC エコナビの連載コラム3 2018年6月 より

廃屋に生命を! (EICエコナビ・コラム002)

環境首都で有名なドイツ南西部のフライブルク市近郊、シュヴァルツヴァルト(黒い森)の麓、氷河で削られてできたU字型の底広のドライザム谷に、人口約9700人のキルヒツァルテン(Kirchzarten)村がある。この村の商店街から300mほど離れた場所に、今年始め、新しい「村の中心」がオープンした。

文化財の廃屋をどうするか

新しい「村の中心」ができた場所には、18世紀後半から19世紀始めにかけて建設され、ここ40年あまり放置されていた2つの大きな納屋と水車小屋があった。隣にある小さなお城に付属する建物で、100年前まではここが村の中心部であった。村が所有する築200年以上の3つの古建築は、文化財に指定されていたが、最近は、ときどき野外イベントやお祭りで使用する程度で、廃屋になっていた。この建物を今後どうするか、村行政の大きな課題であった。
2014年、村議会は、3つの廃屋を改修(リフォーム)し、2つの納屋は、村役場の村民窓口、イベントホール、図書館と多目的な空間に、水車小屋は、村のエネルギー・水道会社の事務所にすることを決議した。

市民コミュニティセンターに生まれ変わった納屋
市民コミュニティセンターに生まれ変わった納屋

新しい村役場の村民窓口
新しい村役場の村民窓口

古い建物が壊されるのは自分の故郷が奪われる思い

改修事業の元請けになったのは、村に事務所を置くSutter3(スッター3)社。社長のヴィリー・スッター氏は約30年、シュヴァルツヴァルト地域で、100件以上の古建築の改修を手がけているこの分野のスペシャリストである。1980年代初頭に職業学校を出て工務店や住宅設備工事の会社で数年経験を積んだあと、独立して古建築の改修を開始した。
80年代当時、彼の生まれ故郷のシュヴァルツヴァルトのティティゼー・ノイシュタット市では、住宅ブームで、たくさんの古い建物が壊されて、新築の家が建てられていた。スッター氏にとっては、趣と雰囲気がある古い建物が解体されていくのは、自分が慣れ親しんだ故郷がどんどん奪われるような気持ちだった。少しでも歯止めをかけようと、農家の古い納屋や空き家になっている古建築を見つけては、所有者と交渉し、買取り、改修した。出来上がった建物は、転売するか、もしくは自社で所有して住宅やオフィスとして賃貸する事業を1980年代終わりころから開始した。誰も手をつけようとしない廃屋の建物や文化財に指定され改修の条件も厳しい物件を、丁寧にしかも経済的に改修し、新しく蘇らせていった。

古建築改修のプロフェッショナル ヴィリー・スッター氏
古建築改修のプロフェッショナル ヴィリー・スッター氏

1990年代の末に、ある社会福祉住宅の事業を請け負った際、長期失業者や前科がある人たちに出会った。彼らの人生や抱えている問題に心を打たれたスッター氏は、社会福祉の専門家と一緒に、彼らの社会復帰をサポートするための新たな会社を設立した。誰も好んで受け入れようとしない人たちを、建設業の労働者として雇い、教育・養成した。改修した建物のいくつかを会社で所有し、過去の履歴から住まいを見つけるのも困難な社員や似たような状況にある社会的弱者に安く賃貸している。

古建築リフォームで、適切な省エネ化

キルヒツァルテン村のプロジェクトは、プランニングから建設まで約3年かかった。文化財に指定されている建物の改修の際、もっとも手間がかかるのが、文化財保護局との綿密な打ち合わせと調整作業である。オリジナルのマテリアルをできる限り残すことが要求されるからだ。
スッター氏は、豊富な経験と設計施工上のアイデアで、石の壁や木の梁や柱、内壁板、天井板など、80%を維持することに成功した。基本的にどの古建築改修の事業でも、建物を利用する人たちの健康配慮とマテリアルの耐久性を向上させるために、湿った石の除湿作業、古い梁や柱、板の除虫作業(60℃の暖気で燻す)を施している。窓は、大部分を、最新の断熱性能をもった、古建築にもマッチする木製サッシを取り付けた。光をたくさん取り入れるために、天窓も取り付けている。屋根には、30cmのセルロース断熱材、床天井にも断熱材とコンクリートを入れて、省エネと、防音対策をした。一方、外枠の石壁には、断熱施工はしていない。文化財に指定されている建物は、外観を変えることが法律上制限されており、外断熱はできない。内断熱という方法があるが、結露の問題を起こしやすくなる。
「石壁の調湿呼吸性能を維持するためにも、ここに断熱はしない」とスッター氏。「石壁は分厚く、蓄熱効果がある。屋根と床天井にしっかり断熱し、性能のいいサッシをつければ十分」とスッター氏は言う。
暖房の熱源はペレットボイラーで、建物のエネルギー性能的には、新築の基準に近い、年間の一次エネルギー需要100kW/m2を達成している。機械換気はたくさんの人が出入りする屋根裏のホール以外取り付けていない。
「メンテナンスの手間とコスト、それを怠ることによるバクテリアやカビの発生などの問題があるので、私の事業では機械換気は極力入れない。呼吸する壁材であれば、換気口による自然換気と、窓の開閉による換気で十分」という。

古いものとモダンの心地いい融合

古いものとモダンが融合した心地よい図書館の空間
古いものとモダンが融合した心地よい図書館の空間

かつて納屋として使われていた2つの建物の中をスッター氏に案内してもらった。窓とガラスの仕切り壁で、光を取り入れた明るい空間。200年以上前の石壁とこげ茶色の木の梁や柱、天井や壁板のなかに、白を基調にしたモダンな建具と内装、スマートなデザインのLED照明が、石と木とモダンな建具に柔らかい光を照らす。古い梁や柱は、構造強度を高めるために、ところどころ目立たないように鉄骨で補強されている。古いものとモダンなものが、機能的に絶妙のバランスで組み合わされ、心地よく温かみがある空間を作っている。室内の空気もいい。

一つの納屋は村役場と屋根裏ホール、もう一つの納屋は市民図書館に生まれ変わった。2つの建物の2階部分がガラス張りの橋廊下で繋がれている。階段が設置される公共建築物には、火災保護法の規定により、階段室をコンクリートの内壁で囲って高価な防火扉を各階に取り付けることが義務化されているが、スッター氏は橋廊下を火事の際の避難経路にすることで、コンクリート内壁も防火扉も設置しないで済むようにし、大幅にコストを削減するとともに、区切りがない広くオープンな空間の創出を実現した。
古建築の改修、とくに文化財に指定されているものの改修は、新築以上にお金がかかることが稀ではないが、スッター氏は、長年の経験と奇抜なアイデアによって、ほとんどの事業で、新築より安く抑えている。3つの建物の建具と外の敷地の造成も含めた総工費は680万ユーロ(約9億円)。文化財であるので、村は州から20%の助成金をもらっている。建物の延べ床面積は合わせて約2350平米なので、平米あたりのコストは約2900ユーロ。一般公共建築物の新築のレベルと変わらない。
「これだけの機能と性能を新築で出す場合、平米あたり3200ユーロはするから、むしろ新築より安い」とスッター氏は補足説明する。

新しく生命を吹き込まれた古建築は、村民の心を捉えた

屋根裏の村民ホール
屋根裏の村民ホール

新しい村役場と村民ホール、図書館は、今年1月半ばにオープンしてから、「信じられない。あの廃屋がこんな素晴らしい建物に変わるなんて」と、多くの村民に好評である。
村長のアンドレアス・ハル氏は、「当初、多額の経費がかかるこのプロジェクトの意義に疑問をもっていた一部の村民も、出来上がったものを体感し感銘してくれている」と満足している。
村のお荷物だった廃屋の文化財に、スッター3社を中心とする地域の建設業者によって、新しい生命が吹き込まれ、心地よいコミュニティ空間になった。

現在スッター3社は、50km圏内を中心に、約20件の古建築物改修のプロジェクトを同時並行で行なっている。廃墟だった古建築が、レストランやカフェ、イベントホール、診療所やスーパーとして、次々に生まれ変わっている。

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ドイツ視察セミナー「木の建築」「森林業」の情報

冬を買う −人口降雪機に未来はあるか? (EICエコナビ・コラム001)

ホワイトクリスマス

今年は数年ぶりにホワイトクリスマスになりそうだ。
私が住む南西ドイツ・シュヴァルツヴァルトは、標高1000m前後の山々が連なる地域。面積は長野県の3分の2くらいで、森林と牧草地がモザイク状に連なる牧歌的な風景が全体を覆う観光保養地である。年間宿泊数は延数で2000万泊、春から秋にかけてはハイキングやマウンテンバイク、冬はアルペンスキーやクロスカントリーが定番である。
ここ数年は、温暖化の影響で、スキー関連施設がたくさんの売り上げを期待できるクリスマスと年末年始に雪が降らなかった。昨シーズンは、標高1000mを超えるところでも、日中の気温が10度以上、平地のラインの平野で1月初めに桜が芽吹いた。

温暖化の影響で減ってきた降雪量

フェルドベルクスキー場
フェルドベルクスキー場

シュヴァルツヴァルトのスキー場は、そのほとんどがリフトが2つか3つくらいの小さなものであるが、標高1500m弱のシュヴァルツヴァルトで一番高い山フェルドベルクに14のリフトを操業する中規模スキー場がある。このフェルドベルクに隣接する自治体にとっては、スキー産業クラスターは重要な地域の経済基盤である。
ケルン大学スポーツ学研究所の試算によれば、フェルドベルク区域のウィンタースポーツ産業クラスターの年間の経済総生産は約8000万ユーロ(約105億円)で、この部門の自治体の税収は700万ユーロ(約9.3億円)もある。
フェルドベルクは、中級山岳地域のシュヴァルツヴァルトのなかにあって、アルプス地域と類似の気候で、寒く雪も多い場所であるが、温暖化の影響で、降雪量は過去数十年明らかに減っている。このスキー場が経済的にプラスでやっていくためには、年間100日以上リフトが稼働しなければならないが、12月半ばから4月半ばまでの期間、30cm以上の雪をなんとか維持するためには、人工降雪機を備えないとやっていけなくなっている。約30kmの滑走コースのうち10km(約20ヘクタール)で、約100台の人工降雪機を装備し、雪を補足している。それでもここ数年、100日のリフト稼働を維持するのが難しくなっている。

人工雪のつくり方

一般的な人工降雪機
一般的な人工降雪機

人工降雪機で雪をつくるのには、まず原料として大量の「水」が必要になる。ヨーロッパアルプス地域スキー場では、1haあたり1シーズンおよそ4000m3の水が必要になる。フェルトベルクでは1シーズンでおよそ80000m3の水を使用しているが、自然の雪水や雨水を人工の溜池に貯水して使っている。
「空からその場所に降ってきた自然の水で、それが人工雪となってその場所に撒かれる。原料は水だけで添加物もいれないので、自然環境への悪影響はほぼない」
スキー場運営事業体はそう主張するが、自然保護団体のNABUやBUNDは、
「自然の小川や周りの土地に分散される水が貯水池に集中するので、他の場所での水不足を招き、凍りやすくなり、生態系に悪影響を及ぼす」
と批判的な見解をもっている。

温暖化によって減った降雪の問題を解決するために大量にエネルギーを消費し、それがさらに温暖化を進めることになる

人工降雪機を稼働させるためのエネルギー使用量も問題視されている。フェルドベルクは約10km、約20ヘクタールの滑走コースに雪を補足するのに、年間約25万キロワット時のエネルギーを消費している。これは、約62世帯分のエネルギー消費量に相当する。
フェルドベルクだけみると、それほど大きな消費量ではないが、その他多くのスキー場で稼働する人工降雪機のエネルギー消費量を合わせると、かなりの量になる。
自然保護団体BUNDのレポートによれば、アルプス地域(オーストリア、スロベニア、イタリア、ドイツ、スイス、フランス)のスキー場の滑走コース約10万ヘクタールのうち、7万ヘクタールが人工降雪機を備えている(2014年の調査)。年間の予想エネルギー消費量は2100GWhにもなり、約50万世帯分に相当する。
温暖化で雪が少ないという問題を解決するために、大量のエネルギーを消費し、温暖化をさらに助長している、という悪循環の構図がある。
ドイツスキー連盟によると、人工降雪設備(貯水池、変圧機、降雪マシン、送水ポンプとパイプなど必要な設備すべて)の設置には、コース1kmあたり65万ユーロ(約8600万円)の初期投資費用がかかる。スイスでは、平均100万スイスフラン(約1億2700万円)である。さらに年間の経費は、ドイツで1kmあたり約35,000ユーロかかっている。

中規模以上のスキー場がある地域では、スキーは地域経済の需要な柱であり、多くの人の生活が支えられている。シュヴァルツヴァルトのフェルトベルクのような小さなスキーリゾート地でも、約2000人が本業や副業に従事している。シュヴァルツヴァルト地域は、ハイキングやマウンテンバイクなど夏の観光も盛んで、その中にあるフェルトベルク区域も宿泊数では夏が多いが、宿泊客が1日に落としていくお金は、スキーがある冬のほうが数倍多い。だからスキー場の運営主体であるフェルドベルク村も、スキーリフトの稼働日数を維持するために、高価で水とエネルギーをたくさん必要とする人工降雪設備に、過去10数年、多大な投資をしてきた。

技術的な措置で「冬を追加購入する」という解決手段は、限界に近付いている

しかし、温暖化は進む一方。雪が少なくなるほど年間経費は高くなり、人工降雪機へのさらなる投資の需要も増してくる。現在使用されている人工降雪機は、夜間気温がマイナス4度以下になってはじめて機能する。また貯水槽のなかに前もって十分な水がたまるくらい雨や雪が降っていなければならない。それらの前提条件が整わない日も増えている。昨年のクリスマスは、暖かすぎて、人工降雪機が稼働できず、スキー場のリフトは動かなかった。
温暖化が進み、降雪量が少なくなることは、専門的研究機関のシミュレーションでも明らかになっている。お金とエネルギーと水を使い、技術的な措置で「冬を追加購入する」という解決手段は、ヨーロッパでは、環境負荷の面でも、経済的な面でも限界に近づいている。すでに限界を超えて大きな問題になっている事例もある。

冬の観光はスキーだけではない。冬山散策や博物館、スパなど、観光やレジャーの多様性は増してきている。自然保護団体などを中心に、スキーだけに拘ること、それだけに多額で不確実な投資をし、しかも環境に負荷を与えることを批判する声が高まっている。
「現在のようにスキーができなくなる近い将来のことを考えて、オルタナティブな観光、レジャーに多面的な投資をしていくべきだ」と。

EICエコナビ 連載コラム「ドイツ黒い森地域の地域創生と持続可能性」