ドイツの職人養成 デュアルシステム ③放浪の旅

「聡明な人は、旅を通して最高の自己形成をする」

ドイツの有名な作家ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの言葉である。

ドイツの手工業職人の世界には、中世のころから続いている伝統的な風習がある。「Walz(ヴァルツ)」と呼ばれる「放浪の旅」である。職人は、ゲーテの言葉どおり、旅を通して自分の腕と心を磨く。

旅職人の伝統と規則

旅をするのは、3年間の職業養成を終了し、ゲツェル(職人)の称号を取得したものである。中世のツンフト(=同業者の組合)制度では、放浪の旅は、マイスターの試験を受けるための義務であった。現在では、放浪の旅は、職人の自由意志に基づくものであるが、主に大工や建具職人など建設業関係の職人たちが、昔からの伝統を継続している。

職人の放浪の旅には昔から、前提条件と規則がある。ゲツェルの称号を持った職人で30歳以下、未婚であること。負債や前科を持っていないこと。旅の期間は通常3年間と1日、その期間中、基本的に故郷の50km圏内に戻ってきてはいけない。移動は基本的に徒歩とヒッチハイクで、公共交通の利用は禁止ではないが、好ましくない。遠い外国に行く際の飛行機の利用は許可されている。旅の最中は、職種別にある伝統的な作業着を身につけていなければならない。大工の場合は、黒い帽子、襟のない白いシャツに黒のコードジャケットとズボン。木製の杖を持ち、それに「シャルロッテンブルガー」という身の回り品が入った巾着袋を結びつける。一般の人が、一眼で「旅職人」と認識できる装いでなければならない。というのは、彼らの移動や寝泊まりは、旅先の他人の好意に頼ることになるからである。見ず知らずの人に安心感を抱かせなければならない。「誠実」であることは、旅職人の世界では、放浪の旅という伝統を継続するための大切なことであり、そのために、負債や前科がないという前提条件を満たした職人が、伝統的な衣装を身につけ、誠実な振る舞いに心がける。放浪の旅をする職人は、通常「シャフト」と呼ばれる同友会のメンバーになる。複数の同友会があり、それぞれで、細かなルールやしきたりがある。旅をするのは伝統的には男の職人だけであったが、戦後は、女性の旅職人も許可をするシャフトもできた。

ユネスコ無形文化財に登録された「放浪の旅」

旅職人は、見しらぬ場所に行って、建設現場などに飛び込み、仕事がないか問い合わせる。または、シャフトのネットワークで、仕事を探していく。基本無償で労働を提供し、そのかわり雇い主に住まいと食事を提供してもらう(最近は報酬をもらって働く場合が多くなっている)。1箇所にどれだけいるかは、その現場の仕事量や本人の意思次第。放浪の旅の意義は、自分の生まれ故郷とは風土も文化も違う場所で、異なる技術や仕事の仕方、考え方を学んで自分の技能を高めること、そして苦労をしながら冒険的な旅をすることによって人間性を養うことである。ツンフト(=同業者の組合)で、マイスター試験を受けるための前提として放浪の旅を義務付けていた中世の時代は、親方(マイスター)が、自分の将来の競合を自分のエリアの外に追い出す、という意味合いもあったようだ。

ドイツにおける職人の放浪の旅(ヴァルツ)は、2015年、ユネスコの無形文化財に登録された。現在でも、大工を中心に、推定600人くらいの職人が、旅をして腕と心を磨いている。日本の宮大工のもとに修行にくるドイツの大工職人もいるようだ。旅をした職人は、雇い主からの評価が高い。好んで雇用される傾向がある。苦労と冒険の旅をして、知識と技術と人間性が豊かになっているので。特に地域密着で営業をしている小さな工務店では、顧客とのコミュニケーション能力、信頼関係は、大切なベースであるから。

 

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