将来を担う世代 

8月初めに、愛媛県の上浮穴高校の高校生10名と引率の先生3名が、シュヴァルツヴァルトに森林業と木材に関する研修に来てくれました。私にとっては、久しぶりの10代の若者たちのグループで、しかも私の専門分野がテーマだったので、モチベーションが湧き、若いエネルギーももらうことができた充実した6日間でした。

上浮穴高校は、愛媛県の松山市から南に40kmくらい、四国山脈の麓に位置する林業が盛んな久万高原町(くまこうげんちょう)にあり、希少な「林業科」をもつ高校です。卒業生は、地元で林業事業体に就職、もしくは大学や専門学校に進学しています。

自然が豊かな場所ですくすくと育った素直で陽気で、高い自己管理能力と社会性をもった生徒達でした。引率の先生方も、生徒たちを優しく見守る、背後からサポートする、というスタンスで、私としても気持ちよく視察プログラムを遂行することができました。

シュヴァルツヴァルトの持続可能な森林業の現場で、「林業」と「森林業」の違い、森林の「国土保全機能」や「レクリエーション機能」「木材生産機能」を、統合的に扱う森づくり、そのために必要な「質の高い路網」、単一樹林を混交の複層林に変えていくための「将来木施業」などを、森林の現場実習で、現地森林官がわかりやすく解説しました。危険な仕事である森林作業に必要な「心構え」や「防護装備」についても実際の作業や現物を見せて説明しました。生木を使った木工ワークショップも行いました。フライブルク市の環境共生の街づくりに関する研修も行いました。

内容的に大人向けの視察セミナーと同レベルのものでしたが、若く好奇心がありオープンマインドな愛媛の高校生達は、集中力を絶やすことなく、自発的に質問もし、有意義な研修だったと思います。

生徒達は、これから日本の将来を担う世代。わずか6日間でしたが、彼らがこれから自分のペースで成長し、有意義な人生を構築していくための、持続可能な社会を構築するための、いくつかのアイデアやヒント、勇気を与えることができた視察セミナーであったことを願っています。

幼樹や若木が成長するためには、樹種や個体特性に応じて「スペース(=光)」が必要です。しかし、気温の変化や極端な日射や雨風を緩和する「大人の木(母樹)による保護」も必要です。個体別の適度な成長スペース、適度な保護。人間も同じだと思います。

ドイツ視察 森林業 サステイナビリティの原点

ドイツ視察 農林業 BIO  再エネ 地域創生 (学生向け)

ドイツの演繹的モノづくり

明確な目標を定め、現在の立ち位置と与えられている枠組みを確認把握し、目標に効率的にたどり着くための道筋(プラン)を作成し、新しいモノをつくる。

これは、ドイツの伝統的なやり方で、強みであり、そこから数々の革新や発明品が生まれています。ドイツの高い技術と強い経済力を支えています。

日本では、細部に渡る知識と技術を習得し、経験を積み上げたうえで、その結果として一つのいいモノを作り上げる、という「経験的手法」の伝統がありますが、ドイツでは、基礎と原理原則の知識をベースに、経験のない分野で新しいモノをつくる「演繹的手法」の訓練を、小学校のころから受けます。

職人教育はその典型です。デュアル(2元)システムと呼ばれ、企業と学校が一緒に職人を養成します。職人の卵(見習い)は、まず自分がつきたい職業分野の親方(マイスター)と2年から3年の徒弟契約を結び、それをもって職業学校に入学を申し込みます。職場のマイスターのもとで実践的な教育を受け(6から7割の時間)、学校では、理論的、基礎的な授業を受けます。基礎や原理原則を実践的に学び、最後の卒業試験では、与えられた枠組み(材料、道具、予算、時間など)の中で、目標を定義(デザイン)し、自分で製作プランを作成し、一つのモノを卒業作品として作ります。例えば大工であれば、建物の躯体のミニチュアを、家具職人であれば、家具のミニチュアを製作します。

先日、BW州、シュツットガルト近郊のルードビックスブルク市にあるオルガン職人の職業学校を訪問しました。ドイツに一つしかない学校で、全国各地の工房でオルガン職人見習いをしている生徒が、年に12週間、2回に分けて集い、基礎と理論を学びに来ます。現在、1学年50名程度の見習生がいます。

オルガンは、その複合性、音色やデザインの多彩さから、「楽器の嬢王」と呼ばれています。教会パイプオルガンは、一つとして同じものがありません。個々の教会の広さ、室内環境、湿度、デザインや音色とその幅に関する依頼者の要望、予算など、与えられた枠組み条件に合わせ、1からデザイン設計し作ります。オルガン職人はオールラウンダーで、音響学、空圧理論、構造力学、デザイン、金属加工、木材加工、調律など、幅広い知識と技術を複合的に組み合わせて設計、製作します。演繹的なドイツのモノづくりの最高峰と言っていいでしょう。

「管楽器製作の技術やノウハウは、他の国が真似して習得することができるけど、パイプオルガン製作は、その複合性と個別設計のためか、なかなか他の国で真似できないみたいです。ドイツのオルガン職人が世界中から注文を受けて仕事をしています」と誇らしげに学校の副校長が話してくれました。

岩手中小企業家同友会 会報「DOYU IWATE」(2018年8月号)掲載

ドイツ視察 森林業 + 木材

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森林浴 Waldbaden

ここ数年、ドイツで頻繁に見聞きする流行りの言葉がある。それは「Waldbaden(=森林浴)」。もともと、日本の林野庁により1982年に提唱された言葉がドイツ語に直訳され、新造語として使用されている。「森林の湯船に浸かる」という比喩的造語は、温泉とお風呂の文化がある日本ならではであるが、温泉スパの伝統があるドイツでも、すんなり馴染みやすい。

森林浴の医学的研究

森林にも温泉と同じような、癒しや健康増進効果があるから「森林浴」という言葉が生まれた。森林が人間の精神と健康に与えるポジティブな効果は、別に目新しいものではなく、様々な文化圏で、昔から経験的に知られていたことであるが、2000年代に入ってからから、日本やアメリカ、ヨーロッパなどで、森林浴効果のメカニズムを科学的に解明する研究が進んでいる。森の匂い、緑の波長、マイナスイオン、小鳥や小川やそよ風のゆらぎ音が、自律神経を安定させ、精神を落ち着かせ、免疫力を高め、様々な病気に対する抗体の生産を促すことが、医学的に証明されている。
日本では、医学的研究をベースに「森林セラピー」という言葉が、2004年に森林浴の発展形として生まれた。NPO法人森林セラピーソサイエティによって、これまで全国63箇所の森林エリアが「森林セラピー基地」として認定され、「健康のための森林浴」が推奨、実践されている。トレッキングや登山で入る他の日本の森林との大きな違いは、森林セラピー基地では、緩やかな勾配の幅広の歩きやすい遊歩道が整備されていることである。車椅子で入っていけるところもある。

ドイツでは、人々が日常的に森林浴


ドイツの多面的な森林利用

では、森林浴(=Waldbad)という言葉が、ここ数年流行っているドイツではどうなのか。国土面積は日本とほぼ同じ、森林率は約30%で日本の半分以下、そこに約8300万人の人が住むドイツ(日本の7割弱)では、森林浴は、多くの国民にとって日常的な行為、生活の一部になっている。気軽に犬と散歩、ノルディックウォーキング、サイクリング、マウンテンバイキング、乗馬、森林ヨガ、雪山ウォーキングと、森林のリクリエーション利用は多面的だ。森の幼稚園や森林教育など教育的な利用も盛んである。
ではいったい、どれだけの人がどれくらいの頻度で森林保養をしているのか。私が住むドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州の森林行政が最近発表した統計によると、人口約1000万人、面積約36,000平方km(長野県の約2.5倍)、森林率40%のこの州で、1日平均約200万人の森林訪問者がある。年間を通した平均値であるので、春から秋にかけて、天気がいい日曜日などは、1日400万人以上の訪問者があることもある。人口の半分近くである。

林業のための質のいい道インフラが、快適で安全な保養空間を創出


持続可能な林業が森林保養の基盤

なぜにこれだけの人が森林に行っているのか。それは、ほぼ全ての森林に気軽にアクセスできる環境とインフラがあるからだ。サンダルでも、車椅子でも乳母車を押しても気軽に入って行ける、幅広で、勾配が緩やかな道が、平地の森にも、起伏がある急斜面の森にもある。この道のインフラは、戦後に、持続的な林業(木材利用)のために整備された。表面は砂利が填圧して敷き詰められたもので、木材を運ぶ大型トラックが走行できる規格で、この質の高い道が、老若男女、体が不自由な人まで、気軽で快適で安全な森林でのアクティビティを可能にしている。
森が支える森林木材産業クラスターは、ドイツでは自動車産業の2倍近くの就業人口(132万人、2005年統計)を抱え、ドイツの地域経済を支える重要な基盤になっている。そしてその森は同時に、人々の心と体の健康を促進する日常生活空間になっている。

道がないから、森は近くて遠い存在

日本は森林率68%の森林に恵まれた国であるが、森林セラピー基地のような快適に安全に歩ける道が整備されている場所は「特別な場所」であって、多くの国民にとっては、森は近くて遠い存在にある。ドイツでは、「特別な場所」がいたるところに、日常的に利用可能なところに面的にある。私は、20年以上ドイツに住んでいるが、このいい森林インフラの恩恵をたくさん受けたし、今でも森林は、私にとって、心を休める、考えを整理する、スポーツをする、山菜やキノコを取る、日常生活の大切な場所である。
私は、森林やエネルギー関係で、時々来日して仕事をしているが、ドイツやスイスからの観光客にホテルなどで出会って会話することがある。日本の文化や伝統建築や食事に感銘し感動している人たちがよく言う「苦情」がある。それは、「森を歩きたい、森でサイクリングしたいけど、道がないから入っていけない」というものだ。せっかく豊富にある観光資源が開かれていない、アクセスできるインフラがない。

地域木材産業、住民の健康と幸せ、観光資源

牧歌的な保養地シュヴァルツヴァルトの風景

私が住むシュヴァルツヴァルト地域は、バーデン・ヴュルテンベルク州の西部にあり、南北に約170km、東西に50~70kmくらいの山岳農村地帯であるが、全体が観光保養地で、気軽に歩ける、スポーツができる森林は重要な観光資源となっている。シュヴァルツヴァルト観光協会が発表している2016年の統計によると、ベット数は16万、宿泊客数は年間800万人、宿泊数は年間延2100万泊もある。観光業は農村地域の重要な副収入源であり、観光業によって質の高い地域の生活インフラが維持されている。森林は、住民だけでなく、観光客にとっても重要なレジャー空間である。

ドイツの2倍以上の森林を所有し、人口も多い日本では、ドイツよりはるかに大きな多面的な森林利用のポテンシャルがある。しかし現在、木材利用にしても、レクリエーション利用にしても、僅かしか使われていない。この豊かな資源を、将来のために持続的に使えるように整備していくことは、地域経済にとって、国民の健康と幸せにとって、大きな意味があることだと思う。


ドイツに倣った高山市の質の高い森林基幹道(© M.Nagase)

岐阜県高山市では、ドイツに倣った持続可能で多面的な森林利用のためのインフラの整備、質の高い森林基幹道の整備が、2011年より進んでいる。その事業のリーダー格である高山林業建設業協同組合の長瀬氏から、2年前、嬉しい写真を見せてもらった。新しく作られた快適な森林基幹道に、犬を連れて散歩している近所の女性が写っていた。その女性は、出来上がった道の確認をしている長瀬氏に遭遇し、「きれいないい道ができていたので、ついつい犬と散歩したくなって入って来ました。いいですか」と尋ねた。長瀬氏は「もちろんいいですよ」と答え、早速道の効果が現れたと嬉しくなり、「写真を撮らせていただいてもいいですか」と断って手持ちのカメラのシャッターを押したそうだ。


「きれいな道だから犬と散歩に来ました」(© M.Nagase)

高山市は、ヨーロッパからの観光客が増えている。彼らが、高山の街中だけでなく、近くの森を気軽に歩き、サイクリングできる環境が整う日もそう遠くない。そういう人たちは滞在型なので、新たな宿泊のインフラや観光コンセプトも必要になってくる。

EIC エコナビの連載コラム3 2018年6月 より

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1日200万人の森林訪問者!

産業革命により都市化が進み、都市の住環境が荒廃していた18 世紀末から19世紀のヨーロッパでは、その反動として、ロマン主義、自然回帰の運動が起こりました。高度情報化社会で、バーチャル化が進む今日においても、人と人との生の交流、自然体験、心の静寂を求める動きが盛んになってきています。

ドイツでは、自然の中でのヴァンデルング(ハイキング)は国民的スポーツであり、森林がその主要な場所です。今日においては、マウンテンバイクやジョギング、乗馬、ノルディックウォーキング、雪山ウォーク、森林ヨガ、森林教育、森の幼稚園など、森林の社会的利用の多様化が進んでいます。

私が住むドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州の森林行政が最近発表した統計によると、人口約1000万、面積約36,000平方km(長野県の約2.5倍)、森林率40%の地域で、1日平均約200万人の森林利用者がいます。森林は、多くの人々にとって、大切な日常生活空間になっています。

「森林浴」という言葉があります。日本で1980年代始めに生まれた言葉です。それ以来、日本を始めアメリカや欧州で、森林が人間の健康にもたらす様々なポジティブな効果を証明する医学的な研究が発表されています。森の匂い、緑の波長、マイナスイオン、小鳥や小川やそよ風のゆらぎ音は、自律神経を安定させ、精神を沈め、免疫力を高め、様々な病気に対する抗体の生産を促します。

「森林浴」は、「Waldbad」とドイツ語にそのまま直訳され、ここ数年、流行語になっています。そしてその言葉を、発祥国よりもはるかにたくさん、面的な広がりをもって包括的に実践しているのは、森林率が日本の半分のドイツです。森林浴は、ドイツでは、特別に時間をとって特別な場所に車や電車で行って実践するものでなく、普段の生活のなかで、早朝や夕方、近くの「普通の森」で普通に行うものです。それは、その「普通の森」で、持続的な木材生産のために質の高い森林道が面的に整備され、環境に配慮された「統合的」な森林管理が行われ、すべての森が市民に開かれ、美しく安全な森林に人が気軽に簡単に森にアクセスできる環境とインフラがあるからです。

森が支える森林木材産業クラスターは、ドイツでは自動車産業の2倍近くの就業人口を抱え、ドイツの地域経済を支える重要な基盤になっています。そしてその森は同時に、人々の心と体の健康を促進し、重要な観光資源にもなっています。

ドイツの2倍以上の森林を所有し、人口も多い日本では、ドイツよりはるかに大きなポテンシャルがあります。現在有効に使われていないこの豊かな資源を、将来のために持続的に使えるように整備していくことは、やりがいのあることだと思います。

岩手中小企業家同友会 会報 「DOUYU IWATE」6月号に掲載

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木造建築に追い風

ドイツの建築は、18世紀くらいから、石レンガ(近年はコンクリート)がメインですが、ここ20年ほど、木造建築の割合が増えています。現在、新築建築物の20%程度が木造建築です。しかし石レンガやコンクリートの建築においても、屋根や天井の梁は木が使われることが多く、建築における木材需要は高い水準が保たれています。

ここ数年、移民による人口の増加と経済の好調により、新築の戸数(世帯数)も増えています。リーマンショック時は、20万戸を下回っていましたが、ここ数年40万戸に迫る勢いで伸びています。その中で、木造建築は高い伸び率を示しています。それは、様々な技術革新で木造建築の可能性が広がったこと、工期が早いという利点、デザインのフレキシブルさ、持続的に供給できる資源であるということ、健康のイメージなど、様々な木のメリットが背景にあります。

最近は、木とコンクリートのハイブリットによる木造高層ビルも建てられています。南西ドイツのハイルブロン市には、10階建34mの木造高層マンションの建築が開始されています。また、2021年には、ハンブルク市で、それを上回る高層ビルが木造で建設される予定です。オーストリアの首都ウイーンでは、24階建、84mという世界最高の木造高層ビルが現在建設されています。

2月末に、ケルンの「屋根+木」展という、木造建築の分野での最大の国際見本市に、視察セミナーのプログラムの一環として行ってきました。4日間で、訪問客数4万5000人、業界関係者の交流の場、プレゼンテーションの場で、ものすごい賑わいでした。木造建築の追い風ムードが実感できる展示会でした。伝統的な大工の作業着を来た職人さんの姿もたくさんみられました。今回の主要テーマは、作業安全装備、設計のデジタル化(ドローンの活用など)、新しい屋根のマテリアルでした。木工大工の世界コンテストに出場するドイツナショナルチームの公開トレーニングもありました。

ドイツ/オーストリア 建築セミナー 「木」と「土」と「藁」の建築

ドイツ視察セミナー モノづくり 手工業 職人養成 地域創生