自然と音楽は嘘をつかない!

好評いただいている7月のオンラインセミナーの締めは、7月27日18時30分から、高山の長瀬土建の長瀬雅彦さんにゲストスピーカーとして登場してもらいます。
「経年美化」する土木業者になるために 〜SDGsに取り組む長瀬土建の挑戦
https://nagasedoken.peatix.com

長瀬さんとは10年以上の付き合いで、年に1、2回はドイツか日本で会って仕事、プライベートで交流している私の大切な友人です。

長瀬さんは、森が大好きで、地域の建設業の仲間と一緒に林業の世界に参入し、貪欲に勉強をしながら実践を繰り返し、とりわけ森林の道づくりにおいて、日本の推奨モデルとなる「経年美化」する基幹道インフラを造っています。

私の新刊『多様性〜人と森のサスティナブルな関係』の2章にもキーマンとして登場しています。
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B091F75KD3

数年前から会社としてSDGsの実践にも積極的な長瀬さんに、森だけでなく、会社も「経年美化」するための哲学と具体的な取り組みについて語ってもらいます。

私は20年来、林業や建築やエネルギー分野で日本の事業をサポート支援する仕事をしていますが、たくさんの人に出会いました。つながりが強化して長続きしている人もいれば、薄れて別々の道を歩くようになった人もいます。私が関係を長続きさせることができている友人や知人には共通点があります。それは「自然」が好きなことと、「音楽」が好きなことです。

長瀬さんの自然好きは投稿を見てもらうとすぐにわかると思います。また長瀬さんは大の音楽好きで、熱烈なLP収集家でもあり、自宅の地下室に、自分だけのオーディオ室を持っているくらいです。高山でジャスのコンサートもよく企画されています。

「自然」も「音楽」も、どちらも嘘をつきません。

「すべての理論はグレー。森と経験だけがグリーン」とドイツの森林業のパイオニアのプファイルは言いました。

声や音楽を聞く耳は鋭敏で精確な器官です。目は耳に比べれば、あいまいな器官です。絶対音感はあっても、絶対色感はありません。視覚では人を騙すことができても、耳は騙すことができません。嘘発見器はだから声を分析します。

何事もお金に換算することを要求し「我買う故に我あり」のライフスタイルへ人を巧みに誘導する資本主義市場経済。人やモノを実際以上に大きく見せたり、逆に小さく見せたりする視覚偏重の現代のメディア。そんな人間の尊厳もヒューマニティも低下させる世界の中で、嘘をつかない自然と音楽は、私にとっては心の拠り所で、人間関係の強固で耐久性のある接着剤です。

ドイツ西部の洪水被害の複合的な要因 〜地質、農地整備、モノカルチャーの林、林業機械

先週(7月中ば)に西部ドイツを襲った洪水被害ですが、死者は160名を超え、行方不明者は200人近くと推定されています。洪水被害は、中欧でも近年増加していますが、今回の被害規模はそれらを大きく上回るものです。命を亡くされた方にご冥福をお祈りするとともに、被災された方々に、1日も早い復興をお祈りします。また精力的に被災地の復興支援を行われている数万人のヘルパーの方々にも多大な敬意を表します。

ベルギー東部からドイツ西部にかけて、低気圧が数日停滞し、48時間の間に100〜200mmの雨が集中して降ったことからこの被害が起こりました。
私が最初に疑問に思ったのは、2日間で150mm前後という降水量と被害規模です。確かに大きな降水量ではありますが、このレベルの降雨は、私の住む地域でも他の地域でも過去に起こっていて、被害はあってもそれほど大きなものにはなっていません。なぜ今回被害があった地域で、この雨量で前代未聞の被害が発生したのかです。

大きな被害があったラインラントファルツ州のアール川流域のことをここ数日で調べてみました。

私が最初に推測したのは、地質が影響しているのではないか、ということです。被害にあったエリアはアイフェル山岳地域の周縁部。シルト岩が多い場所です。シルト岩は屋根の瓦や外壁ファサードとしても使われるくらい、細かな粒子でできた岩石で水を浸透させません。その上に生成される土壌は粘土質が多く、これも含水容量は大きくても浸透性が悪く、急激な雨水は、土壌にほとんど吸収されず、表面を流れてしまいます。新聞やテレビの報道では、地質のことは触れられていませんでしたが、この地域をよく知る生物学と土壌学の専門家ビュック氏(ヒルデスハイム大学客員教授)のインタビュー記事を、専門的な情報提供サイトで見つけました。
https://www.riffreporter.de/de/umwelt/hochwasser-ueberschwemmung-ahr-tal-ursachen

私の推測を肯定する見解が述べられています。

アール川流域は、浸透性の悪いシルト岩質で、しかも急な斜面が多く、山や緑地や畑に降った雨水のほとんどが土壌の表面を急スピードで川に流れていき、短時間で川の水位が上昇したようです。今年は春先から雨が続いていて、土壌がそもそも水分飽和状態になっていたことも、表面流水を増加させました。

この流域が地質的に洪水のリスクが高いことは知られていて、過去にも1601年、1804年、1910年に大きな洪水に見舞われたようです。

専門家のビュック氏は、地質だけでなく、過去150年の人間による土地利用も、今回の水害を助長している原因だと指摘しています。

1)まず農業。ワインの産地でもあり、効率的な生産と作業のために、とりわけ戦後、大きな耕地整理事業があり、地形に合わせて細かく配置されていた畑が、土地造成で大きな面積に束ねられ、以前畑の斜面に蛇行していた沢の多くは埋められ、数カ所の直滑降の排水路に集約されました。水は以前に比べはるかに速く、たくさん川に集まります。また、保水能力がある程度ある牧草地だったところが、動物の飼料用のトウモロコシ畑になり、保水力が低下しています。

2)道路や建物の建設などで、以前の川の遊水地が少なくなってしまったことも要因の一つです。

3)それから森林。以前は、根をしっかりはり、保水力も高いブナやオークなど広葉樹主体の森であったのが、19世紀から、根を浅くしか張らないトウヒのモノカルチャーに変わって行きました。現在そのトウヒのモノカルチャーが、旱魃被害でムシにやられ、緊急の皆伐が増えています(ドイツでは基本皆伐は禁止されていますが、被害があったところは、被害の拡大を防ぐために伐採されます)。一面のトウヒ枯れや虫の害対策の皆伐による森林土壌の保水力の低下も、洪水を助長した要因です。

ビュック氏は、気候変動防止の対策とともに、これら土地利用の是正や修正も今後行っていく必要があること、並行して、河川の近自然化と遊水池の確保などにより、水の流れるスピードと量を抑制することを主張しています。総合的で抜本的な対策です。

また彼は、洪水時だけ水を一時的に溜めることができる小さな土壁のダム(大きな遊水域)をいくつか流域に作ることも提案しています。河川の近自然化や土地利用の是正だけでは受け止められない洪水のリスクを軽減するために。実はこの流域では、1910年の大洪水を受けて、1920年代に洪水受けの遊水ダムを3箇所(合わせて1150万リットルの一時溜水量!)を作る計画があったそうです。しかし第一次世界大戦後の経済的に厳しい時で、同じ時期に近郊でF1サーキット「ニュルブルクリング」の建設も行われたため、このダムの建設は財政上の理由で中止となりました。人の命や財産より、「遊び」と「見栄」、「目先の経済」が優先された例です。このダムが当時建設されていれば、計算上、今回の洪水被害は大分抑えられたはずです。

このアール川流域の上流部の高台には、世界的なベストセラー本『樹木たちの知られざる生活』で有名な森林官ペーター・ヴォールレーベンが森林アカデミーを運営しています。トウヒのモノカルチャーの危うさとエコロジカルな貧困さを訴え、多様な森への転換を提案・実践している彼は、被害後すぐに、短いビデオメッセージを流しています。ビュック氏と同様に、トウヒ林&近年の皆伐と洪水被害の因果関係を指摘しています。また、大型の重い林業機械(ハーベスターやフォワーダ)の問題点も指摘しています。機械が通るために斜面に真っ直ぐ上下方向に設置された林内走行路では、土壌が機械の重みで圧縮され、その轍に水が集まり、地面に浸透しないで下に速いスピードで流れ、洪水を助長していることを指摘しています。
注)ここで言っている林内走行路は道とは言えない、マシンの走行幅を伐開しただけものです。水のマネージメントをしっかりした基幹道とは区別して捉えなければなりません。

伐倒から枝払い、玉切りまで、すべて機械でやるというハーベスターとフォワーダのシステムは、平らで硬い岩盤の地盤、表土も少ない場所(北欧)で開発された機械で、そういう場所に適しているものです。傾斜が急なところ、粘土質で地盤が柔らかいところ、腐葉土が多いところでは、木の生産基盤である土壌を著しく損傷させ、保水能力も低下させてしまうリスクがあります。過去20年、ドイツのいくつかの専門研究機関は、土壌保護の観点で、警鐘を鳴らしてています。

10年前に中欧の森林官と一緒にサポートした日本の森林再生プラン実践モデル事業では、いくつかのモデル地域の人たちや専門家は、作業生産性が高いハーベスタとフォワーダーのシステムを要望されましたが、森林官も私も、傾斜があり柔らかく繊細な土壌を持つ日本のそれらの森林事業地では不適切な機械システムと判断し、頑として推薦しませんでした。当時反発も受けましたが、今でもその判断と提案にブレはありません。

谷や沢が多い日本では

今回の熱海の土砂災害では、谷筋の窪地に埋められた盛土(土木工事の残土など)が主要な原因との推測がされている。また尾根を削って造成されたメガソーラーや、雨が降ると土砂を運ぶ川のようになる水を制御できない構造の林道との関連性も議論されている。

いずれも、雨が多く、繊細な地質と土壌の場所では、やってはいけない開発である。私が住むドイツでは、いずれの類の開発も、幸いなことに、法的に許されていない。

土木残土を谷や沢の窪地に埋めることは、作業は楽でコストも安いから、日本全国で何十年もの間、慣行されている。だが、谷や沢は、地中と地上の水が集まる場所で、生態的にも地質・水文学的にも非常に繊細なエリアだ。できるだけ触らないほうがいい。そんな繊細で水の動きが強い場所に、残土を埋めたり、伐採残木を無造作に投げ捨てたり、水を集めてしまうような構造の道を作るのは、防災の観点では、地雷を埋めるようなもの。

10年前から年に1〜2回くらいのペースで日本の山に行って仕事をしているが、そんな地雷を各地で見るたびに、心が痛んだ。地雷が爆発して被害を受けている映像や傷跡も何度も見た。

残土を出さないような道のつくり方もある。地形に合わせ、等高線に沿った、丁寧なライン取りをすれば、土砂の掘削量は少なくて済む。また、半切半盛というやり方もある(ただし、上で削った土砂を下で盛るのではなく、押さえ踏み固めながら強固な路体をつくる)。そんな道は地形に合わせてカーブが多く滑らかで、美しくもある。一方、できるだけ最短で目的場所にたどり着きたい人間の傲慢と怠惰で、真っ直ぐに設計施工された道では、掘削量も多く、見た目もあまり良くない。

持続する道には、水を路上に集めない、加速させない、分散して、ブレーキをかけて排水する水のマネージメントが必要になる。古代ローマの道にも、日本の古道にも、それがある。雨が多く、谷や沢が多い日本では、とりわけ入念で丁寧な施工が必要になる。

人間が自然の恵みを計画的に定期的に得ていくためには、自然にアクセスするインフラが必要になる。自然の生産力も生態的多様性も防災機能もレクレーション機能も維持発展できる質の高いインフラの作り方は、昔からの知恵や経験、現代の知見や技術の中にある。

拙著「多様性」の2章では、ここの写真にあるような、日本の自然の繊細さに配慮した、美しく多機能な森林インフラ作設の事例(参照:写真)も紹介しています。
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世界の終わり、パラダイスのはじまり

僕ら家族は、人口2万人の街の郊外、世界の終わりに近いところに住んでいる。
歩いて10分、自転車で3分走れば、世界の終わりにたどり着ける。そこからパラダイスがはじまる。一般的にいわれる人間の想像のなかにあるパラダイスではない。このパラダイスには実態がある。観て、聴いて、触って、匂いを嗅いで、食べることができる。僕はそれを「生きた里山」と呼んでいる。

定期的な草刈りや動物の放牧で、多様に管理されたパステルグリーンの牧草地。そのなかにひっそりと、しかし確かな存在感を持って点在する農家の家々。シュヴァルツヴァルトハウスという、屋根が大きく、人間と家畜が一緒に暮らす、独特のデザインだ。牧草地を縁取り、柔らかく覆いかぶさるように森がある。トウヒやモミの木などの濃い緑の針葉樹とブナやカエデやオークなどの明るい緑の広葉樹が、モザイク状に混ざっている。人間が自然との相互作用のなかで創ってきた、そして現在でもその創作活動が続いている「生きたパラダイス」。

世界の終わり、パラダイスであるけれど、生身の人間が生活し、毎日、僕らが住む世界との交流もあるから、快適にアクセスできる道がある。交通量の少ない村道や農道は、開放感ある散歩やサイクリングができる。そこから延長して森に入っていく森林基幹道もある。表面は細かい砂利敷きの無舗装だが、丁寧で近自然的な排水措置が施してあり、轍、水溜り、凸凹もほとんどない。サンダルでも、乳母車や車椅子を押しても快適に歩くことができる。ジョギングやマウンテンバイクも気軽に安全にできる。

最近は、電動補助がついたE-Bikeなるものがかなり普及していて、これまで、勾配のある農道や森の道には自転車で入って来なかったかった元気な高齢者たちが、現代のテクノロジーの助けを借りて、森林浴スポーツを楽しんでいる。僕はハイテク技術の誘惑にはまだ屈することなく、筋肉を使って汗を掻いている。走行許可を持っている木材運搬車、トラクター、ハンターや森林官の車に、ごくたまに出逢うが、メインの利用者は、隣接する世界に住んでいる僕らのような一般庶民。僕らをパラダイスに導いてくれる大切な保養インフラだ。空想上のパラダイスと違い、毎日、好きな時間に行って、戻ってくることができる。

雨上がりの土や草木の匂い、草刈り後に散布される田舎の香水「堆肥」の匂いのなかで、耳に入ってくるのは、虫の声、鳥の声、散歩する家族やグループの喋り声、牛やヤギや羊の泣き声、トラクターのエンジンの低い回転音、といった心地よいBGM。しかし時々、現代文明社会の異音にも遭遇する。林縁の木陰のベンチがあるちょっとした広場で、若者たちのグループが、スマホからハイパワーのアウトドアスピーカーを通してアップテンポの音楽を鳴らし、食品産業が次々に生み出す「味覚デザイン」されたカクテル飲料を飲みながら、ワイワイ、ガヤガヤ、パーティをやっている。いや、若者だけではない。5月半ばの「父の日」は、親父たちが徒党を組んで、車輪のついた小さな牽引荷台に瓶ビールのケースを2ダースくらい載せて、パラダイスの農道や森道をラッパ飲みしながら騒ぎ歩くという、長年続く悪しき習慣もある。父の日なのに、家で居場所がないのかも。私は20年前の学生の頃、友人たちと予行練習をした。でも父親になってからはしていない。

このような身近で庶民的なパラダイスは、世界中いろんなところにある。消えかけているもの、となりの世界との繋がりが薄れているものもあるが、再生、発展させた事例もある。日本にも。

普通の世界の住民も、パラダイスの住民もみんな、競争をベースに金銭的利益の最大化を強いる資本主義市場のシステムのなかで生きていて、それぞれ悩みや迷い、エゴや欲がある。一方で、協力や思いやり、ユーモアや愛情といったヒューマニティも併存していて、希望や願望や喜びも持って生きている。だから、実態のあるパラダイスが存続・発展でき、となりの世界と密に繋がっていられるのだと思う。

新刊「多様性〜人と森のサスティナブルな関係」では、そんな身近なパラダイスと、その背景にあるものも描いています。
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オンラインセミナー Wood Shock

日本とドイツのWOOD SHOCKから見える問題・課題、未来のソリューション

2021年 6月16日(水) 18:30-20:30  zoomのウェビナーを使用

レクチャー 70分  参加者とディスカッション 40-50分  参加費:1500円/人

https://woodshock.peatix.com/view

日本をはじめとして、世界規模でウッドショックが起こっています。製材品は実質自給でき、安定した強い木材産業がある私が住むドイツでも!

ウッドショックは市場に大きな動揺を与えています。これまで隠れていた、もしくは据え置きされてきた森林・木材クラスター構造の問題や課題が露わになり、反省や改善の議論がされ、変化のプロセスが始まっています。

木は毎年成長しますが、分散して存在し、保続的に供給可能な量には限りがあります。本セミナーでは、エコロジカルな観点でも優れた自然のマテリアルを、持続的に使い、国を地域を幸せにしていくためのコンセプトと手法を提起し、みなさんと熱く議論したいと思います。

森林業のロマン ~サスティナブルな地域木材産業の前提条件

分散して存在し、重くてかさ張る原木は、輸送ロジスティックのコンセプトが要!

森の多様な原木と均質化と量産を求める経済

利益でなく信頼を最大化する地域ビジネス ~ウッドショックに大きな免疫力を発揮するドイツと日本の事例

地域の伝統文化やツーリズムとの有機的な融合に関する日独事例

利益ではなく、信頼を最大化することで得られる生活のクオリティ

私の住む街に、広葉樹専門の製材工場があります。年間2万立米くらいを製材しています。広葉樹の多くは、その組織構造から、水が抜けにくく、製材したあと、数年間ゆっくりと自然乾燥させなければなりません。樹種や製材した板の太さにもよりますが、写真にあるような7cmくらいの厚みのオーク(ミズナラ)材であれば5年前後の期間が必要です。針葉樹の建築用材であれば、人工乾燥機を使って数日から2週間程度で乾燥され販売されていますが、広葉樹の場合は、急速に水抜きをすると材の品質が大きく損なわれるため、現在でも数年の自然乾燥が必須なのです。これは、製材工場にとっては、2年から7年という比較的長い期間、流動資産を大量に抱えて商売をするという、非常にリスクの大きい経営です。製材工場には絶えず2年間の製材量くらいのストックがあります。速さや効率がもてはやされる現代の市場においては、大きな挑戦だとも言えます。

しかし、製材工場の経営者には、特別な気負いはなく、昔からそうだから、自然のマテリアルの性質上、それしかやる方法がないから、そうやっているだけです。スピーディな市場の中でのスロービジネスです。ただそれを可能にしているのは、製材工場の力だけではありません。

まず、多種多様な原木を育て、年々、安定して供給することができる地域の森林所有者が必要です。州有林や自治体有林や私有林です。森林所有者は、樹木という数十年以上の流動資産を育て利用します。高級な家具やフローリングに使われる大きなオークであれば、200年から300年です。広葉樹製材工場の流動資産の所持期間が長いと言いましたが、それからすると森林業の流動資産は「超」長いものです。300年と言うと10世代くらいです。絶えず次の世代のことを想って資産を維持し育てながら節度ある利用をしていくという、世代間の契約がないと成り立ちません。また、成長が速く育て易い針葉樹の一斉樹林の拡大という、とりわけ産業革命以来の人間の工業的思考の実践がもてはやされた中で、多様な樹種のある森を育ててきた人たちがいるから、私の街の広葉樹製材工場も長年経営できるのです。

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また、木材は一本の丸太でも、肉のように多様な部位があり、楽器や工芸品、家具や建具、梱包材や製糸用パルプ、薪やチップと、多様な用途があります。それにオークやブナ、カエデやトネリコ、サクラやクリという多様な個性を持った樹種が相乗されます。広葉樹製材工場は、多様な売り先を抱えていなければなりません。丸太の中でも節が全くなく柾目で綺麗な最高級の上ヒレや上ロースの部位を高く買ってくれる地元のオルガン工房だけでは不十分です。普通のロースもカルビを買ってくれる家具建具工房や、多品目を揃えている卸売業者、ワインの樽をつくる工房、ロクロで木製の器や皿、工芸品を作る工房、ハツやレバーに当たる製材端材を買ってくれる製糸工場やパーティクルボード工場などの多様なお客さんがいて、初めて森から仕入れる多様な部位からなる「生き物」である丸太を製材する業が成り立ちます。

多様な原木が森から製材工場を通して多様な最終加工業者へ。それによって、数世代に渡って使える重厚な木製家具や、教会やコンサートホールで人々に数百年の間、喜びや感動を与え続けるパイプオルガンが製作され、土地の香りとエネルギーを濃縮したぶどう酒に渋みと丸みがブレンドされます。均質化による部分効率化ではなく、多様性を生かすことによる様々な付加価値の創出で、競争ではなく協力で、利益ではなく信頼を最大化することで得られる生活のクオリティです。

著書「多様性~人と森のサスティナブルな関係」 池田憲昭

「多様性」〜人と森のサステイナブルな関係 (書籍)

《多様性》をキーワードに、「森づくり」から「地域木材クラスター」「モノづくりと人づくり」「森のレジャー」「森の幼稚園」さらには最新の脳神経生物学に基づいた「文明論」まで、私が過去20年の間で経験したことを軸に、多面的にわかりやすく論じています。
客観的かつ主観的に書きました。
科学的なデータや知見を踏まえた専門書ですが、同時に、《多様性》に魅了されてきた私の経験や思いがベースにあるエッセイでもあります。
思いもよらず、「さなぎ」のような静かな生活を強いられた、この1年。過去を振り返り、今後の自分の生き方を考える時間とモチベーションを得ることができました。
まず、自分のために書きました。次に、子供たちの未来のために。
「森の国」ドイツから「森林大国」日本の未来へ贈る、多様性のメロディです。
専門家や業界人に限らず、広く一般の方に読んでもらいたいと思っています。
森の仲間が増えることを願って。
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B091F75KD3

目次

はじめに ~「多様性」に導かれて

第1章 気くばり森林業

「林」と「森」
明治のパイオニアたちがドイツから持ち帰ったもの
私が「森林学」から学んだ大切なこと
次世代への想いやりから生まれた概念「サスティナビリティ」
世代間の契約
時代の異端児 ガイヤーとメラー
将来の木
人と森をつなぐ道

第2章 日本でこそ森林業を!

ヨーロッパの人たちが羨む「豊かさ」と「多様さ」
日本が持っている宝物の「量」と「質」
日本の森に「新・幹線」
将来木施業と狩猟で「林」を「森」に!

第3章 地域に富をもたらす多様な木材産業

多様な原木は、多様な製材工場を求む
「連なる滝(カスケード)」と「葡萄の房(クラスター)」
優秀な職人を育てる仕組み ~マイスターは現場の先生
木という素晴らしい素材が使える喜び
木で音をつくり、世界へ出かける職人

第4章 生活とレジャーの場としての森林

いつでも気軽に「Shinrin-Yoku」を!
「生きた里山」が観光資源
森の幼稚園

第5章 多様性のシンフォニー

樹木たちの声を聞く
脳のコーヒレント
「結びつき」と「探索」
心の羅針盤
尊厳

あとがき・謝辞

参考文献

アナログ版(印刷本)の販売サイト
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B091F75KD3

電子書籍の販売サイト
https://www.amazon.co.jp/ebook/dp/B08ZCSLL1C


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下は、音楽付きの本のイメージスライドショーです。


レビュー

複数の方から、うれしいお便りをいただいております。

まず、校正という大切な作業をやっていただいた吉田聖子さんからの感想です。

シュヴァルツヴァルトの本来の意味やドイツの林道のこと、樹木のネットワークの話など、知らなかったことがたくさん書かれていた。
ドイツと日本とは、森に関する考え方などがずいぶん違うと感じた。
池田さんのお陰で、ドイツ人が森とどのように付き合っているのか、知ることができた。
日本の場合、縄文時代から森とは深い付き合いがあったはずだが、時代によって失われてしまったことも多くあるのだろうと思った。
アラビア人は砂漠の民なので、砂漠の風に当たることが体に良いと思っていると、本で読んだが、ドイツ人は森の民として、森で過ごすことを体に良いと思っているところが似ているように思った。
ドイツにおける林業の話は、日本の林業の参考になるだろうと思った。
池田さんのご著書は、林業関係者にこそ読んでもらいたいと思った。
池田さんのご著書を読んで、木工品会社を取材したときに聞いた、伐り尽くして手に入らなくなった木材の話を思い出し、改めて「そういうことか」と納得した。
最終章が文明論だったことに感心した。また、池田さんの文明論は、未来に希望が持てると感じた。

多様性という心地よさ   
冨田直子さん  2021年4月12日 アマゾンより

満たされた読後感に浸っています。森の家でしばらく過ごしてきたような、森林浴をしてきたような、そんな気持ちです。
多様性が認められた世界というのは、自分自身もありのままでいることを許された世界であり、その心地よさが、この本にはあるのだと感じます。

そしてもう一つ心地いいのが、著者の文章が奏でる旋律です。音楽好きだという著者により、音楽になぞらえた表現が随所に出てきますが、それだけでなく、著者のルーツや、著者が森や人々と向き合う中で、森の時間に寄り添えるようになっていく一連のストーリーが、登場する人物や植物、生き物たちと共に、美しいハーモニーとなって響いてくるのです。

今後、森について知りたいという人がいれば、私はまずこの本を薦めるでしょう。
誰もが親しめる平易な文で、森という多機能な存在が、全方位から紹介されています。ドイツで行われてきた近自然的森林業の話から、ドイツの森林官が羨むほどに豊かな土壌、木の成長量、生物多様性を持つ日本の森の可能性、そしてドイツに習い日本でも行われている道づくりからはじめる森づくりの取り組み、さらに地域に富をもたらす多様な木材産業の話から、生活とレジャーの場としての森林までと、あらゆることに触れられています。そして、先人たちの試行錯誤により、豊かで持続可能な森と社会の在り方がドイツにはすでにあるという事実は、私たち日本人に勇気と希望をくれます。技術的な内容もわかりやすくリズミカルに書かれており、日本の森の可能性にどんどんと心が躍っていくのです。

また、SDGsの本質を学べる本としても、大いにおすすめしたい一冊です。森は、SDGsのすべてのゴールに通じる入口の一つです。本書では、環境視点だけではなく、人々が森林産業を通じてどのように豊かに暮らせるか、そして、森の幼稚園といった教育や福祉、心身を癒す「Shinrin-yoku」の広がりにまで話が及びます。
さらになんといっても、300年前、ドイツの森でカルロヴィッツによって生み出された「サステナビリティ」という言葉に関する丁寧な考察が、この本にはあります。人類がサステナビリティの大切さに気付いていく過程と、多様性の意義に気づいていく過程とは、まるで右足と左足の関係にあるようです。一歩ずつ歩みを続け、叡智を積み重ねてきた結果今日があるのだということが、ドイツの先人たちが辿った森との向き合いを通じて描かれています。SDGs に関わるものとして、この原点に触れられる学びは大変貴重です。
また第5章「多様性のシンフォニー」で、脳神経生物学者ゲラルト・ヒューターの著作にあると紹介されている「脳の省エネ」の話は、多くの示唆に富んでいます。人類は、最大のエネルギーを消費する脳の「省エネ化」のために、この複雑で多様な世界をあえてシンプルに捉え、生き抜いてきたというのです。よって、二項対立化、整然と整理する、単作・一律で何かを育てる、といったことは人類の生存戦略の一つであるとのこと。大変興味深く、それゆえの進化もありましたが、何事も過ぎたればです。著者の書く通り、今の持続可能なソリューションの実践者の共通項は、多様で複雑な世界を「理解し、受け入れ、多様性を活用している」という下りには共感を持って読みました。多様であることを、むしろシンプルに楽しんでしまいたい、そんな思いが、読み進める中で湧いてきます。

SDGsのいう「誰一人取り残さない」世界に向き合うには、自然界(人間界も含む)における「多様性」への理解が欠かせないと感じてきましたが、本書はそれをもう一段深いレベルで問い直す機会を私にくれました。

誰もが、すべてのいのちの尊厳と向き合い、森と同様に、次世代を想う数百年という時間軸と共に、自分らしく、心地よく、豊かに暮らせる世界――。これからの自分の在り方、世界の在り方を考えていくためにも、何度も読み返したい本に出会えました。そして、森づくりへの思いを、また一層強く持ちました。

是非、多くの方に読んでいただきたい本です。
森に散歩にいくように、またページを開きたいと思います。

「森林」を入口に「多様性、持続可能性」の本質を解きほぐしてくれる
佐々木正顕さん 2021年3月31日  アマゾンより

著者の池田氏は、ドイツ在住25年の経験豊富な森林産業コンサルタント。
ただし、本書は海外の先進的な制度やシステムだけを上から目線で伝えようとするものでななく、アプローチはむしろ真逆だ。
森林に関わる人たちの感情や想いから望ましい森林のあり方を解きほぐしてくれるが、池田氏の筆はそれだけでは止まらない。
特に、ドイツの著名な脳神経生物学者による、脳の省エネ機能を起点とした人間の思考パターンが、物事を単純化して分類させてきたという「発見」の紹介は、本書を貫く太い軸となって大変興味深い。
これをベースに、幸福感や金融資本主義、コロナ後の社会像まで「多様性」が本来意図する社会や自然のあり様を多彩に示唆してくれる。
「本当の持続可能な社会」を模索する、林業関係者以外の方にもぜひお勧めしたい、電子書籍の良さを活かした一冊だ。

多様性は本当に大切である事を学びました。
長瀬雅彦さん  2021年4月14日  アマゾンより

実に内容の意味ある内容、私自身ずっと探し求めてきた本に出会えました。
多様性まさに今一番重要なテーマ SDGsそのものですね。素敵な職人的な家庭に生まれ、新しい生き方、楽しみ方を求め留学し、また違った多様性を学び、日本の文化と西洋の文化を考えた思考で進化したのだと思います。そこでドイツを選択したのが池田様の宝になったのだと思います。留学中の幅広い研究と専門分野を学ばれ、広い寛容、配慮、リスペクト、探究心、想像力を培ったのだと思います。 近自然的森林業と多機能林業という哲学、ビジョンはまさに私も森林管理のあり方を学ぶべきものと感じています。『すべての理論はグレー 森と経験だけがグリーン』素晴らしい言葉です。サスティナビリティとカロヴィッツの事も初めて内容を知ることが出来ました。当然300年ほど前に生まれた言葉とは知っていましたが。 また長い将来の話を森林業のロマン フレッヒさんを思い出します。
サスティナビリティ(持続可能性)は「次世代への思いやり」に支えられている。次世代という「相手」に対する意識的な配慮の感情であるから「想いやり」である。この「想い」は人間の長い歴史のなかで、守られ-汚され、強調され-軽視され、実行され休止されることを何度も繰り返してきた。現在の私たちは、より一層この「想い」の所在に敏感になり、守り、強調し、実行していかなければならないと私も感じました。
多機能森林業を行うためには、経済、保養、自然保護と、多面的な「気くばり」をされた道が必要である。道も多様な機能を持っていなければならない「多機能森林基幹道」である。
しかし日本の林業関係者たちの認識は、これとは対照的に、ネガティブであり、できない理由を並べるときりがない。
森林所有者が、絶えず100年先、数世代先を考えた森林を利用することは、地域の森林・木材クラスターの在続と進化にとって欠かせない大前提である。「森のロマン」あっての地域の問題となります。今後の森林業は多面的な注意力を要するワイルドな環境で、ほかの仲間の個性や能力に配慮し、助け合いながら、五感をフルに使い、好奇心と自分の意志に基づいて、自発的に仲間と連帯して遊ぶことによって培われた能力であり、森が与えてくれた、心と体のバランスだ。まったくその通りだと思います。
森林業、林業、木材産業 様々な言葉が先行される中 本質知る為にも重要な参考書となるでしょう。

2度読みして深く理解したくなる本
落合俊也さん  2021年4月26日 アマゾンより

池田さんの講演はだいぶ前に聞いたことがあったし、「多様性」というタイトルは森を語るキーワードとしては特に新鮮味を感じなかった。しかし、読み進めてみると私の想像をはるかに超える深い実際的経験と知識を持って人と森の関係を掘り下げ、巧みに様々な理論で補強しているので、わかりやすく説得力があった。特に最終章は素晴らしく、2度読みしてしまったほどだ。

読み始めは林業先進国ドイツの森林産業システムと社会システムの調和的構造を自ら体験した筆者が、実に誠実にそれを紹介することから始まる。私たち日本人は、ドイツの素晴らしく整備された森林システムにはため息が出る一方で、日本の林業はだめだと考えがちである。ところが、日本の林業にも十分な潜在能力があることが示され、未来の発展に至る具体的な道筋も提案されている。

林業先進国のドイツを手本にして語られているのは、作者の経験と研究がドイツで行われたからだが、本書に続編があるとしたら、ほかの国の事例やドイツの失敗例にも幅広く目を向けて池田さん流の解説を聞いてみたいと思った。

初めに紹介したように、最後の章は珠玉の内容だと思う。池田さんはこのこと言いたくてこの本を書いたのだろうと私には思われた。ヒトの脳の構造から森と私たちの社会構造を読み解き、古くて新しい人間哲学の世界をも俯瞰した内容は新鮮だった。

多様化を理解しそれを長期的に利用した続けているソルーションこそが正しい回答であるはずなのに、近代に成立した短絡的なソルーションが大きなお金を生みだし現代産業の中枢をなしている。しかし、このような多くの金を生み出す大量生産単一化合理主義という現代の社会特性は、人類を破滅に導く可能性が高い。

終盤で作者の興味は人間の脳の構造や働きに注がれているが、脳の構造や志向を理解することで現代社会の問題点や自然との共生法のリアルな解決策を模索することができるのだろう。森を語る内容から脳を語る内容にシフトしすぎた感はあるが、優れた思想家や芸術家の思想や言葉を織り交ぜながら自分自身の発想の原点を暴露しているようで、その率直さにも好感を持った。

「多様性-人と森のサスティナブルな関係」を読んで
平田孝則さん  2021年4月28日 アマゾンより

一読した大雑把な感想ですが、森林関連の内容が多いにもかかわらず、日頃森林・林業・林産業をあまり理解していないごく普通の人達にとっても分かり易い優れた文体であることに驚きました。併せて、日本とドイツの林学史、育林・収穫作業、森林道、パイプオルガン製作、森の幼稚園、森林の効用、人文科学方面からのアプローチなど多岐にわたって読者の関心を引く構成であることにも感嘆した次第です。著者のヘルマン ヘッセ敬愛や人生観、社会観などにも共感を覚えました。巻末にある国内外の多数の参考文献一覧を見ても、著者の博学・博識ぶりを伺うことが出来ました。同時に、ここに至るまでの著者の道のりは通り一遍の努力では決して踏破できなかったであろう事、心身共に苦労をいとわない不断の勤勉の賜であることを理解できました。私の親しい友人・知人にも本書を紹介したところです。


浅輪 剛博さん  2021年5月7日  https://ganpoe.exblog.jp/29514049/

これは、森林に関わる全てのひとにとって必読の書です。
そして、森林とは直接関係はなくとも、持続可能ということに関心がある人にも強く薦めたいです。書名が「多様性」であるように、この本は、持続可能な森林業のノウハウが盛りだくさんであるだけではなく、なぜそのような制度ができたのか、その根本まで探る本だからです。つまり、根幹には「均一化ではなく、多様性」を尊ぶ生きかた、そして考えかたがあった、ということです。

日本では、欧州の先端的な林業の技術のそれぞれを切り出して輸入しようという動きが多いそうですが、著者の池田憲昭氏は、大事なのは、一つ一つの技術や制度ではなくて、その全体の多様な関係性だと論じています。その関係性を見つけ繋げ合う視点や考え方の転換がないといけないといいます。そう思って本書を読み返すといちいち腑に落ちると言うか、持続可能な森林との関わりかたのどれもが、そりゃそうだよね、当たり前だよね、と感じるのです。今まで、大型先進機械で自動化し樹種も単一化すれば効率的になって役立つ、そりゃそうだと思っていたのが嘘のようになります。それは多様性の大事さに気づく価値観の転換が起きるからだと思います。

本書の最終章で脳神経学からこのマインドセットの違いの謎を著者は解き明かそうとしています。非常に得心が行く章です。
ここでは経済学の課題からもその重要性に触れてみます。

物の価値には大きく二種類あります。一つはそれを使う価値。もう一つはそれを他のものと交換してどのくらいになるかという価値です。前者を使用価値、後者を交換価値といいます。
ここで、使用価値は使用する人にとってその価値が非常に分かりやすいものです。しかし、社会一般的には分かりにくい。なぜならある物の使用価値はまさに多様であり多面的だから、ある人の使い方と他の人の使い方は違うことが多いからです。まさに森林、樹木のようです。森の価値は材木でもあり、観光でもあり、災害対策でもあり、幼稚園でもあります。
それに対して、交換価値は逆に個人にとっては非常に分かりにくい。他人に交換してもらわない限り、どのくらいの価値があるのか自分ひとりでは分からないからです。そこで社会は全ての交換価値を一つの貨幣で表す制度を生み出しました。これが貨幣形態です。一般的等価形態ともいいます。社会にとっては値段と売れ行きさえ見れば一瞬で価値が分かる、非常に分かりやすいものなのです。

現代社会で様々なものを均一化させようとする大きな力は、この貨幣形態から起き、また、貨幣と商品を交換し続けることによって利潤、つまり資本を増大させようとする力から起きているのです。多面的機能を持つ多様な森林も、貨幣効率・資本最大利潤を最優先させるこの力によって、モノポリーな単一種栽培の畑のようにした方が良い、と人々は思い込んでしまうのです。(著者は前者を森林業、後者を林業と区別します。)最小限の貨幣で最大の貨幣を得る、その一面に集中して、資源の多様な可能性ーー使用価値を探ろうとしない。これが、自然と調和しない持続不可能な林業を産んでいるのではと考えます。

これはもちろん森林だけに関わらず、土壌を衰退させるような農業や、自動車交通を優先させてスプロール化する都市や、遠方の化石資源を燃料とし地域分散型エネルギーに着目しないエネルギー産業、そして健康で文化的な生活条件を整えるよりも、どれだけ財政負担を減らして生産効率を上げるかだけに専念する政治経済システムなどにも及ぶ、大きな現代の問題につながっています。
森林から始めて、多様性まで解き明かすこの本は、こんな広がりを持っています。多面的な機能、多様性の持つ豊かさ、それを活かす「持続可能な森林業」は、交換価値よりも軽視されてきた、環境がもつ多様な使用価値を探り出す取り組みでもあり、著者の示す多様な森林業の織りなす房は、まさにそのような価値観があったからこそ工夫され出来てきたものだと思います。

私は信州で自然エネルギーを活用する仕事をしています。これも単に個別の技術を切り出して拡大するというのではなく、地域に色々ある資源やエネルギーの多様性、様々なより良い可能性を見つけ、今まで気づかなかった地域の生活にとっての使用価値を発見していくーー省エネやシェアやマテリアルとしての活用も含めーーそのような全体的な視野も伴う必要がある仕事だと感じ入った次第です。

制度や義務だけでは人は本当に動きはしません。共感、感動、信念、そしてディグニティ(尊厳)が行動の根幹にあるのです。本書でそれを痛感させられました。

論語に言うように、

これを知る者はこれを好む者に如かず。
これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。

中村幹広さん  2021年5月2日  
https://note.com/mikihironakamura/n/nd86919de73e3?fbclid=IwAR0mhpeYSG9tqO7CNGHnzowBO3DRPxwbZ7mvFnT6byurAOqokqi0Ana6xYk

本書のタイトルである「多様性 Vielfalt」という単語は、私が紐解いたドイツ語辞典によれば、18世紀末に「vielfältig 多種多様な」という言葉から逆成されたものらしい。
言語は時代の変遷とともに変化していくのが世の常であり、例えば最近よく耳にするようになった「biodiversity 生物多様性」という単語もまた、1985年にアメリカで「生物的な biological」と「多様性 diversity」という2つの言葉を組み合わせて生まれた比較的新しい造語である。しかし今日では、そのポジティブな意味合いや耳当たりの良い言葉の響きと相まって、かなり一般的に使われるようになっている。
とはいえ、この「生物多様性」という単語も2010 年に愛知県で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10:the 10th Conference of the Parties)で大きく取り上げられるまでは、私たちには余り耳慣れない新しい言葉だった。
こうした事実を踏まえると、本書のあちこちに登場する森林・林業関係者であれば誰しもがきっと今は違和感を抱いてしまうであろう著者こだわりの言葉遣い、具体的には「林業」ではなく「森林業」、「所有林」ではなく「所有森」、そのほかにも「恒続森」や「択伐森」、「新・幹線」といった「いわゆる造語、新訳」もまた、いずれ私たちは慣れ親しみ当たり前のように使っているのかもしれない。
かく言う私も、私とドイツを深く結び付けてくれた大恩ある著者・池田氏の自然に対する姿勢に共感した1人であり、同僚や業界人同士での会話を別にして、単に「森林」という存在について話す際には「森林と人との距離感」を少しでも縮めるために「森林」ではなく「森」と努めて表現するようにしている。
加えて、これまで私は「足るを知る(者は富む)」という表現で森づくりのスタンスを話してきたが、著者の使った「気くばり森林業」という言葉はまさしく言い得て妙ではないだろうか。今後は私も「気くばり」という言葉を積極的に使ってみようと思う。

さて、前置きが長くなった。本書は多様性というキーワードを主軸に著者のこれまでの日独での経験談を交えて執筆されたエッセイである。穏やかな口調で語りかける著者が紡ぐ文章は、読者に程よい心地よさを与えてくれる。
冒頭で語られる好奇心旺盛な幼少期の原体験には、誰しもがどこかしら懐かしさを覚えるであろうし、著者が活動拠点とするフランス国境にほど近い地方都市フライブルク市は、私も幾度となく訪れ、そしていずれまた再訪したいと切に願う想い出の街であるが、著者の描写するその美しい街並みはきっと多くの読者を魅了することだろう。
そして本書の前半から後半にかけては、日独の架け橋として双方の視点から、森林・林業・木材産業、さらには里山、保養などについて、ややもすれば読者を二項対立の思考領域へと誘引しそうになりながらも、そのいずれについても的確に課題や有意点を示唆してくれる。
加えて、著者の関心は最新の脳神経学から哲学、精神性にまで多岐にわたって飛躍するため、読者の中には消化不良で半信半疑に受け止めてしまう人は少なくないだろう。だがしかしその感覚はやがて、未知なるものを知り、彼我の違いを知ることの楽しさを教えてくれる切っ掛けとなるだろう。

○本書の構成
本書は全5章からなる。各章はいずれも著者の日独での経験から得られた深い思索の末に辿り着いた内容となっているが、森という存在に対する畏怖や敬愛の念、日本の森林・林業・木材産業へのアドバイスにとどまらず、近年、欧州諸国で注目を集める森林浴や最新の脳科学に関する話題など幅広い。ドイツを代表する文学者であるヘルマン・ヘッセの言葉を引用して、環境、経済、哲学、音楽などの分野についても言及している。

 第1章 気くばり森林業
 第2章 日本でこそ森林業を!
 第3章 地域に富をもたらす多様な木材産業
 第4章 生活とレジャーの場としての森林
 第5章 多様性のシンフォニー
 
第1章では、明治から大正にかけ欧米各国に留学した数々の若き日本の才能たちが持ち帰った知識や経験、そしてそこに通底する人知を超えた自然に対する畏敬の念、ドイツで300年以上前に生まれた持続可能性という言葉の歴史等にも触れながら、著者がドイツで学んだ森づくりの哲学や知識を紹介する。この章では、森林・林業関係者に限らず、少しでも森に関心のある読者であれば、将来を見据えた森づくりの必然性を真摯に学ぶことができるだろう。
続く第2章では、ドイツから来日したフォレスターの視点から、日本の森の豊かさ、それを当たり前と思う日本人の意識、そしてその裏返しとしての、自然の豊かさに胡坐をかいた無頓着さが綴られている。私自身、直接的間接的に関係してきた内容が記されていることもあって、ここが私にとっては本書のハイライトとも言える。
著者のコーディネートにより来日したドイツのフォレスターたちが感じた日本の森林・林業・木材産業への違和感、真摯な専門家であろうとするが故に苦悩した異文化コミュニケーションの狭間等々、それらはまるで、多様性を包摂するための課題について考える機会を改めて与えてくれようとしているかのようだ。
第3章では、地域内が連環する木材産業のカスケードとクラスターについて、輸出産業にまでなった強い存在感を示すドイツの林業・木材産業は、今もなお弛まぬ努力を続けていること、そこには過去30年にわたって林業が環境配慮へ大きくシフトしてきた背景を有していること、そしてそれを支える土台となったのは、世界に冠たるマイスター制度と誇り高き職人たちの手仕事にあることが述べられている。
第4章では、日本発祥と言われ、近年は欧州で大変な人気を集める森林浴や農山村でのグリーンツーリズムなど、いわゆる森林サービス産業に関するドイツの実情について自身の経験談を交えながら紹介している。
本章で著者が指摘することは、今の日本の森林・林業関係者にとって最も大切なことの一つといえる。それは、林業は林業のためだけにその営みがあるわけではないということであり、人々がその地で豊かに暮らすためには、厳しい自然と対峙しながらも美しい景観を守ることに必然的な意味があるということだろう。日本と欧州の自然に対する価値観やスタンスの違い、あるいは自然のコントロールのしやすさの違い等々、説明の仕方は国や人の数だけ幾通りでもあるだろう。しかしそれも、著者の子供も利用し日本でも徐々に広がりを見せつつある森の幼稚園の体験談を説明するところに至って、森の恵みの享受の在り様は日欧で共通することが実感できる点は大変興味深い。
そしてまとめとなる第5章では、森と人との営みを超え、生命の原理や脳の仕組みの探求にまでさらに踏み込み、より一層、内観的な視点から著者自身の有する多様性に対する考え方、あるいは多様性への憧憬を開陳している。
本書によれば、「考えと気持ちと行動が一致していて、外の世界で起こっていることが自分が予期・期待していることと大きくかけ離れていない状態」のことを「コーヒレント(注:コヒーレントの方がより正しい発音か?) coherent」と呼ぶそうだが、著者は本章において『自ら新しいことを学んだ時、すなわち、非コーヒレントな脳の状態を、自分の力でコーヒレントな状態に転換できた時、人間は幸福感を味わう。』と言っている。
まさしくこの感覚こそが、豊かで美しく未来へと繋がる森づくりには欠かせない「観察」という行為の大切な要素の一つであると私は考える。
森に一歩入れば、そこはいつでも未知なるものへの好奇心で満たされるセンスオブワンダーの世界。大人になってから久しくこんな気持ちを忘れていたが、本書を手に取り心地の良い春の森へと出かけていくのも悪くない。本書はそんな気持ちにさせてくれる一冊である。

日本の森林は繊細な「緑のインフラ」

世界中で長雨や集中豪雨による水害が増えています。私が住む中央ヨーロッパの山岳地域は雨量も平地より多く、水害のリスクが高い地域で、また山岳の森は、下流域の洪水を防ぐ、もしくは抑制するための重要な機能があります。健全な森林を維持発展させることが、人工構造物による技術的な対策と同様に重要であることは、80年代より独/墺/スイスのアルプス地域を中心に行われている複数の研究データが明示しています。

とりわけ「豊かな土壌」が洪水抑制のカギだとされています。例えば、多様で元気な混交森のミミズがたくさん生息するふかふかの土壌は、1時間50mmの集中豪雨も問題なく受け止めることができます。

日本は世界が羨む森林大国で、太陽にも水にも土壌にも恵まれた、森林にとって絶好の環境があります。日本の森林は、高い保水・貯水能力を発揮できるポテンシャルがあります。「緑のインフラ」です。技術的インフラであるダムや堤防と少なくとも同等に捉えるべきものです。技術的インフラとの大きな違いは、絶えず遷移していく生命複合体であることです。

急峻で崩れやすい地形と地質が多い日本の森林は、繊細な感覚で扱わなければなりませが、うまく自然の発展を後押しすることができれば、緑のインフラとしての機能を向上させ、恒久的に維持することができます。人工物のような劣化や寿命はなく、大きな補修や改修やリニューアル費用がかかりません。

Sustainable Diversity 持続可能な多様性

「木材」は分散して存在し、多様な遺伝子や土地の環境、生物間の相互作用が作り出す、一つとして同じものがない「多様」な素材。「大きいほど効率がいい」というメルヘン、同じものを大量に生産することで経済効率性を求める手法が、木材という分散して存在する多様な資源の有効な活用には適さないこと、限界があることに多くの人々が気づいています。地域の経済を支える森林木材クラスター。リーマンショックや今回のコロナショックで、危機に対する柔軟さ、強さを示しているのは「小規模」で「多様性」のあるプレイヤーです。小規模で多様なものが、森の生命複合体のように有機的に繋がって成り立っている構造です。大きなリーダーや大きな資本や会社に頼る、という一種「楽」で「快適」な「硬直」したソリューションではなく、多様性ある小さなプレイヤーが有機的に相互作用して「流動的」にクラスターを形成・編成していくことが、地域の持続可能な発展に繋がると思います。

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MITエナジービジョン ウェビナー - 持続可能な社会の実現へ
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集約版 ①森林業+②新森道+⑥森林浴+⑦共生】
2020年 10月5日(月) 20:00-22:00
https://sustainable-waldmix1005.peatix.com
2020年 10月17日(土) 16:00-18:00
https://sustainable-waldmix1017.peatix.com

【集約版 ③森林作業+④木材クラスター+⑤自然素材の建築】
2020年 10月13日(火) 20:00-22:00
https://sustainable-holzmix1013.peatix.com
2020年 10月25日(日) 17:00-19:00
https://sustainable-holzmix.peatix.com

【球磨川地域支援の特別企画 国土を守るグリーンインフラ「森林」と「土壌」】2020年 10月15日(木) 18:00-20:30
https://sustainable-kumagawa.peatix.com


【森の幼稚園からBeyond コロナ】
2020年 10月19日(月) 20:00-22:00
https://sustainable-waldkinder-corona.peatix.com