廃屋に生命を!

環境首都で有名なドイツ南西部のフライブルク市近郊、シュヴァルツヴァルト(黒い森)の麓、氷河で削られてできたU字型の底広のドライザム谷に、人口約9700人のキルヒツァルテン(Kirchzarten)村がある。この村の商店街から300mほど離れた場所に、今年始め、新しい「村の中心」がオープンした。

文化財の廃屋をどうするか

新しい「村の中心」ができた場所には、18世紀後半から19世紀始めにかけて建設され、ここ40年あまり放置されていた2つの大きな納屋と水車小屋があった。隣にある小さなお城に付属する建物で、100年前まではここが村の中心部であった。村が所有する築200年以上の3つの古建築は、文化財に指定されていたが、最近は、ときどき野外イベントやお祭りで使用する程度で、廃屋になっていた。この建物を今後どうするか、村行政の大きな課題であった。
2014年、村議会は、3つの廃屋を改修(リフォーム)し、2つの納屋は、村役場の村民窓口、イベントホール、図書館と多目的な空間に、水車小屋は、村のエネルギー・水道会社の事務所にすることを決議した。

市民コミュニティセンターに生まれ変わった納屋
市民コミュニティセンターに生まれ変わった納屋

新しい村役場の村民窓口
新しい村役場の村民窓口

古い建物が壊されるのは自分の故郷が奪われる思い

改修事業の元請けになったのは、村に事務所を置くSutter3(スッター3)社。社長のヴィリー・スッター氏は約30年、シュヴァルツヴァルト地域で、100件以上の古建築の改修を手がけているこの分野のスペシャリストである。1980年代初頭に職業学校を出て工務店や住宅設備工事の会社で数年経験を積んだあと、独立して古建築の改修を開始した。
80年代当時、彼の生まれ故郷のシュヴァルツヴァルトのティティゼー・ノイシュタット市では、住宅ブームで、たくさんの古い建物が壊されて、新築の家が建てられていた。スッター氏にとっては、趣と雰囲気がある古い建物が解体されていくのは、自分が慣れ親しんだ故郷がどんどん奪われるような気持ちだった。少しでも歯止めをかけようと、農家の古い納屋や空き家になっている古建築を見つけては、所有者と交渉し、買取り、改修した。出来上がった建物は、転売するか、もしくは自社で所有して住宅やオフィスとして賃貸する事業を1980年代終わりころから開始した。誰も手をつけようとしない廃屋の建物や文化財に指定され改修の条件も厳しい物件を、丁寧にしかも経済的に改修し、新しく蘇らせていった。

古建築改修のプロフェッショナル ヴィリー・スッター氏
古建築改修のプロフェッショナル ヴィリー・スッター氏

1990年代の末に、ある社会福祉住宅の事業を請け負った際、長期失業者や前科がある人たちに出会った。彼らの人生や抱えている問題に心を打たれたスッター氏は、社会福祉の専門家と一緒に、彼らの社会復帰をサポートするための新たな会社を設立した。誰も好んで受け入れようとしない人たちを、建設業の労働者として雇い、教育・養成した。改修した建物のいくつかを会社で所有し、過去の履歴から住まいを見つけるのも困難な社員や似たような状況にある社会的弱者に安く賃貸している。

古建築リフォームで、適切な省エネ化

キルヒツァルテン村のプロジェクトは、プランニングから建設まで約3年かかった。文化財に指定されている建物の改修の際、もっとも手間がかかるのが、文化財保護局との綿密な打ち合わせと調整作業である。オリジナルのマテリアルをできる限り残すことが要求されるからだ。
スッター氏は、豊富な経験と設計施工上のアイデアで、石の壁や木の梁や柱、内壁板、天井板など、80%を維持することに成功した。基本的にどの古建築改修の事業でも、建物を利用する人たちの健康配慮とマテリアルの耐久性を向上させるために、湿った石の除湿作業、古い梁や柱、板の除虫作業(60℃の暖気で燻す)を施している。窓は、大部分を、最新の断熱性能をもった、古建築にもマッチする木製サッシを取り付けた。光をたくさん取り入れるために、天窓も取り付けている。屋根には、30cmのセルロース断熱材、床天井にも断熱材とコンクリートを入れて、省エネと、防音対策をした。一方、外枠の石壁には、断熱施工はしていない。文化財に指定されている建物は、外観を変えることが法律上制限されており、外断熱はできない。内断熱という方法があるが、結露の問題を起こしやすくなる。
「石壁の調湿呼吸性能を維持するためにも、ここに断熱はしない」とスッター氏。「石壁は分厚く、蓄熱効果がある。屋根と床天井にしっかり断熱し、性能のいいサッシをつければ十分」とスッター氏は言う。
暖房の熱源はペレットボイラーで、建物のエネルギー性能的には、新築の基準に近い、年間の一次エネルギー需要100kW/m2を達成している。機械換気はたくさんの人が出入りする屋根裏のホール以外取り付けていない。
「メンテナンスの手間とコスト、それを怠ることによるバクテリアやカビの発生などの問題があるので、私の事業では機械換気は極力入れない。呼吸する壁材であれば、換気口による自然換気と、窓の開閉による換気で十分」という。

古いものとモダンの心地いい融合

古いものとモダンが融合した心地よい図書館の空間
古いものとモダンが融合した心地よい図書館の空間

かつて納屋として使われていた2つの建物の中をスッター氏に案内してもらった。窓とガラスの仕切り壁で、光を取り入れた明るい空間。200年以上前の石壁とこげ茶色の木の梁や柱、天井や壁板のなかに、白を基調にしたモダンな建具と内装、スマートなデザインのLED照明が、石と木とモダンな建具に柔らかい光を照らす。古い梁や柱は、構造強度を高めるために、ところどころ目立たないように鉄骨で補強されている。古いものとモダンなものが、機能的に絶妙のバランスで組み合わされ、心地よく温かみがある空間を作っている。室内の空気もいい。

一つの納屋は村役場と屋根裏ホール、もう一つの納屋は市民図書館に生まれ変わった。2つの建物の2階部分がガラス張りの橋廊下で繋がれている。階段が設置される公共建築物には、火災保護法の規定により、階段室をコンクリートの内壁で囲って高価な防火扉を各階に取り付けることが義務化されているが、スッター氏は橋廊下を火事の際の避難経路にすることで、コンクリート内壁も防火扉も設置しないで済むようにし、大幅にコストを削減するとともに、区切りがない広くオープンな空間の創出を実現した。
古建築の改修、とくに文化財に指定されているものの改修は、新築以上にお金がかかることが稀ではないが、スッター氏は、長年の経験と奇抜なアイデアによって、ほとんどの事業で、新築より安く抑えている。3つの建物の建具と外の敷地の造成も含めた総工費は680万ユーロ(約9億円)。文化財であるので、村は州から20%の助成金をもらっている。建物の延べ床面積は合わせて約2350平米なので、平米あたりのコストは約2900ユーロ。一般公共建築物の新築のレベルと変わらない。
「これだけの機能と性能を新築で出す場合、平米あたり3200ユーロはするから、むしろ新築より安い」とスッター氏は補足説明する。

新しく生命を吹き込まれた古建築は、村民の心を捉えた

屋根裏の村民ホール
屋根裏の村民ホール

新しい村役場と村民ホール、図書館は、今年1月半ばにオープンしてから、「信じられない。あの廃屋がこんな素晴らしい建物に変わるなんて」と、多くの村民に好評である。
村長のアンドレアス・ハル氏は、「当初、多額の経費がかかるこのプロジェクトの意義に疑問をもっていた一部の村民も、出来上がったものを体感し感銘してくれている」と満足している。
村のお荷物だった廃屋の文化財に、スッター3社を中心とする地域の建設業者によって、新しい生命が吹き込まれ、心地よいコミュニティ空間になった。

現在スッター3社は、50km圏内を中心に、約20件の古建築物改修のプロジェクトを同時並行で行なっている。廃墟だった古建築が、レストランやカフェ、イベントホール、診療所やスーパーとして、次々に生まれ変わっている。

EICエコナビ 連載コラム「ドイツ黒い森地方の地域創生と持続可能性」へ

ドイツ/オーストリア 建築セミナー 「木」と「土」と「藁」の建築

ドイツ視察セミナー モノづくり 手工業 職人養成 地域創生 

ドイツ 経営者セミナー オープンマインド

ドイツ視察 森林業 + 木材

視察セミナー 「屋根+木」展 黒い森

2018年2月末に、「屋根+木展 & 黒い森」というタイトルで視察セミナーを開催しました。2年に一度の木造建築分野の一大イベント「屋根+木展」訪問と、黒い森地域での、木造建築ならびに森林視察という内容でした。

木造建築においては、今回、私が思い入れのある古建築の修復事例も見学しました。廃屋が、心地よく魅力的な村のコミュニティセンターに改修された事業や、大きな納屋が、レストランとホテルに生まれ変わった事例です。歴史や文化詰まった古いものには、ノスタルジーがあります。また、機能性や経済性が強く求められている現代建築にはないデザインと空間があります。

木工職人が通う職業学校も訪問しました。ドイツでは、デュアルシステムという伝統的な職人教育の仕組みがあり、職人の見習生は、地元の企業の親方(マイスター)と学校の先生の両方から、実践から理論まで、包括的な教育を受けます。

森林視察では、フライブルク市有林を散策しました。人口密度が高く、森の国土保全機能と保養機能が重要なドイツや日本のような国において奨められる「統合的な森林マネージメント」「多機能森林業」を体感してもらいました。

下記は、1人の参加者からのメーッセージです。

「今回は自分の視野を広げたいと思い参加させていただきましたが、高い満足度で目的を達成することができました。見学の中で個人的に最も興味深かったのは職業学校と理想的な森林の様子の2つです。今後の目標として、研鑽を積み多角的に思考できるようになるために、ツールとして技術を磨いていきたいと改めて思いました」

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木造建築に追い風

ドイツの建築は、18世紀くらいから、石レンガ(近年はコンクリート)がメインですが、ここ20年ほど、木造建築の割合が増えています。現在、新築建築物の20%程度が木造建築です。しかし石レンガやコンクリートの建築においても、屋根や天井の梁は木が使われることが多く、建築における木材需要は高い水準が保たれています。

ここ数年、移民による人口の増加と経済の好調により、新築の戸数(世帯数)も増えています。リーマンショック時は、20万戸を下回っていましたが、ここ数年40万戸に迫る勢いで伸びています。その中で、木造建築は高い伸び率を示しています。それは、様々な技術革新で木造建築の可能性が広がったこと、工期が早いという利点、デザインのフレキシブルさ、持続的に供給できる資源であるということ、健康のイメージなど、様々な木のメリットが背景にあります。

最近は、木とコンクリートのハイブリットによる木造高層ビルも建てられています。南西ドイツのハイルブロン市には、10階建34mの木造高層マンションの建築が開始されています。また、2021年には、ハンブルク市で、それを上回る高層ビルが木造で建設される予定です。オーストリアの首都ウイーンでは、24階建、84mという世界最高の木造高層ビルが現在建設されています。

2月末に、ケルンの「屋根+木」展という、木造建築の分野での最大の国際見本市に、視察セミナーのプログラムの一環として行ってきました。4日間で、訪問客数4万5000人、業界関係者の交流の場、プレゼンテーションの場で、ものすごい賑わいでした。木造建築の追い風ムードが実感できる展示会でした。伝統的な大工の作業着を来た職人さんの姿もたくさんみられました。今回の主要テーマは、作業安全装備、設計のデジタル化(ドローンの活用など)、新しい屋根のマテリアルでした。木工大工の世界コンテストに出場するドイツナショナルチームの公開トレーニングもありました。

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