気配り森林業

ドイツの古き良き森づくりから日本の地域の持続可能なソリューションを考える

2019年11月17日(日)、東京のミッドタウン日比谷にて講演会を開催しました。

日本とドイツの森林の事業に携わるドイツ在住のミヒャエル・ランゲと池田憲昭が、ドイツの古き良き森づくり、多方面へ気配りする森林業とそこから生まれる地域発展のポテンシャルについて、ビデオや写真を使って語り、参加者のみなさんと、日本のポテンシャルと、地域づくりにおける持続可能なソリューションについて意見交換をしました。

ドイツのやり方で、講演の途中でも遠慮なく聴講者から質問を受け付ける形で行っいました。

プランテーション型の林業と多様性のある森林業の違い、品質の高い森林基幹道やそのメンテナンス、過去10年の間に日本で実践されてきた事例、職業養成の仕組み、レクレーションや観光利用のポテンシャルなどについて、講演者と参加者の間で、活発な意見の交換や議論が行われました。

会場には、今年9月から新しく「Forest Journal」を発行している出版社Access International社の記者3名が取材に訪れてくれました。

参加者は、50名弱で、首都圏外からの参加者が半数近くを占め、日曜日の午後に期日を設定した狙い通りであった。一方、日曜日であったため、家族や別の用事などで来たくても来ることができない方々も、主催者のところに連絡が来た方々で20名以上いたこと、そして首都圏の職業従事者の参加のポテンシャルも考え、次回は平日の午後6時以降での開催を計画したいと思います。

BASE Q の皆様には、素晴らしい立地と設備の施設を快く貸していただいたこと、当日の準備と技術的なサポートをいただいたことに、深く御礼を申し上げたいと思います。

主催:  Smart Sustainable Solutions 株式会社
共催:  株式会社フォルテ森林技術経営研究所
支援:  BASE Q

講師:  ランゲ ミヒャエル  池田 憲昭
司会: 中尾 友一 (株式会社フォルテ森林技術経営研究所)

笹の問題は、人間がもたらしたもの?

昨日日光の近くの森林を視察しました。
天然更新や苗木の成長を邪魔する笹の話しになりました。


この笹の問題は、半分以上は人間がもたらしたものです。だから解決可能です。

30~50%の強度の画一的間伐をした場所(面的に光が均一に当たりすぎているところ)に笹は生えています。皆伐跡地はとりわけ笹にとって絶好の環境です。
笹を抑える方法は、控えめで光環境が多様でマダラになる間伐です。実際にそのような光環境ができている場所には笹は面的な広がりはありません。
またスギやヒノキ、広葉樹が見事に天然更新している場所もありましたが、そこは光の多様性がある場所で、笹は木と共存していました。

間伐によって、均質な光環境も作れますし、多様な光環境も作れます。前者はリスクの多い単調な生態系を生み出します。後者はリスクの少ない多様な生態系を生み出します。

人間は、自然への賢い手の入れ方によって、問題を抑制しコストを大幅に削減することができます。どうやればいいかは、自然が示してくれます。

生産性が高く森林の多面的機能を創出維持する「自然と共にの森づくり」は、次世代のことを考え、愛情を持って、自然と辛抱強く向き合った人たちが経験的に編み出した知恵です。

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移動式製材機でサイドビジネス


移動式製材機で、シュバルツバルトの畜産林業農家が15年前からサイドビジネス。自宅の屋根付き作業場か、農家や土建屋や家具工房などの土場に製材機セットをトラクターとトラックで牽引して出張賃引き製材。料金は立米60ー65ユーロ+出張交通費。2人で1日15-20立米製材。年間3000立米くらい製材。フルに仕事すれば5000立米可能。人工乾燥が必要な場合は、乾燥機がある近くの製材工場に持って行く。
原木の輸送費が高いという状況を逆手に取って、製材機を原木があるところに移動させ、小さな需要にも応える。製材機2台と自動研磨機合わせて3000万円くらいの機械への初期投資はとっくに償却。当初、周りに嘲笑されたが、最大1.3mの大径木を4mmの板まで製材できる性能のいいバンドソーで確かなニッチ市場を確保。

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画像に含まれている可能性があるもの:1人以上
画像に含まれている可能性があるもの:屋外

自分は製材屋というより肉屋!

バイエルン州アルゴイ地方のWaltenhofen製材工場の社長の言葉。
50km圏内から、45センチ以上の上質大径針葉樹5m材だけを仕入れ、肉を部位ごとに切り分けるように、大径木から、丁寧に、柾目の高級材を、モダンなレーザー技術の助けを借りて切り取る。
歩留まりは約60%。年間製材量6000立米。従業員は6名。
節のない高級材A++は、社長が「Filetヒレ肉」とラベリングし、卸売業者を通して主にヨーロッパで売られ、窓枠やオルガンや高級建具の部材として使われている。
「ヒレ肉(節なし)」や「上ロース(僅かに節あり)」にならない部位は、垂木や集成材の材料として加工され建築用に販売される。
大径木から、最大限の価値を切り取るこのような製材工場の存在が、持続可能な森づくりを支える。

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木材の地産地消のつなぎ役

オーストリアのブレゲンツの森地域、Hittisau村の製材工場。年間製材量1万2000立米。20キロ圏内からモミやトウヒの上質の大径A/Bを最大長20mで仕入れ、木造建築が盛んな地域の工務店や家具建具店に直売するこの地域の典型的な工場。
森と地域木材産業を繋ぐ重要なカギ。
以前はおさノコで、B/C材を製材し、売り先はイタリアなど外国に頼っていたが、10年前にイタリア製の高性能バンドソーを自動目立て機と一緒に購入し、高品質の材を求める地域の建築業者の需要に応える。現在、製品はほとんど地域販売。まさに地産地消。
歩留まりは70%。20%は家具建具用のA材、40%は建築B材、10%くらいがパレット材。残材は全て人口乾燥機の熱源に利用。
従業員は6名。

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次世代への配慮と備えの心が作り出した恒続森

中央ヨーロッパの山岳地域には、絶えず大径木が存在し、絶えず更新している恒続森の伝統を受け継ぐ地域が各地にあります。写真は、オーストリアのブレゲンツの森地域。
農林家や集落共同体が、次世代への配慮と家族愛の心で、適度な択伐を繰り返して作って維持してきた、多様で良質な大径材が生産される森です。
ウインチやタワーヤーダーの古き良き技術で丁寧に伐採集材作業されています。
昨年からのキクイムシの害による低質材の過剰供給で、建築用の針葉樹B/C材の価格が立米90ユーロから60ユーロに値下がりし、多くの森林所有者が困窮していますが、良質の広葉樹や大径針葉樹は、逆に値段が上がっており、多様で大径木のある森を育ててきた所有者は、大きなダメージは受けていません。
多様性はリスク分散です。
100年以上の生産期間がある森林業では大切なことです。

画像に含まれている可能性があるもの:空、木、屋外、自然

 「木」    作者:ヘルマン・ヘッセ

木は、私にとっていつもこの上なく心に迫る説教者だった。
木が民族や家族をなし、森や林をなして生えているとき、私は木を尊敬する。

木が孤立して生えているとき、私はさらに尊敬する。
そのような木は孤独な人間に似ている。何かの弱味のためにひそかに逃げ出した世捨て人にではなく、ベートーヴェンやニーチェのような、偉大な、孤独な人間に似ている。

その梢には世界がざわめき、その根は無限の中に安らっている。しかし木は無限の中に紛れこんでしまうのではなく、その命の全力をもってただひとつのことだけを成就しようとしている。

それは独自の法則、彼らの中に宿っている法則を実現すること、彼ら本来の姿を完成すること、自分みずからを表現することだ。
 
一本の美しく頑丈な木ほど神聖で、模範的なものはない。

一本の木が鋸で切り倒され、その痛々しい傷を太陽にさらすとき、その墓標である切り株の明るい色の円盤にその木のすべての歴史を読みとることができる。

その年輪と癒着した傷痕に、すべての闘争、すべての苦難、すべての病歴、すべての幸福と反映が忠実にかき込まれている。酷寒の年、豊潤な年、克服された腐蝕、耐え抜いた嵐などが。

そして農家の少年ならだれでも、最も堅く、気品のある木が最も緻密な年輪をもつことを、高い山のたえまない危険の中でこそ、この上なく丈夫で、強く、模範的な幹が育つことを知っている。

木は神聖なものだ。
木と話をし、木に傾聴することのできる人は、真理を体得する。

木は、教訓や処世術を説くのではない。
細かいことにはこだわらず、生きることの根本法則を説く。
 
ある木が語る。
「私の中には、ひとつの核、ひとつの閃光、ひとつの思想が隠されている。私は永遠の生命の一部だ。永遠の母が私を相手に行った試みと成果は二つとないものだ。私の形姿と私の木目模様は二つとないものだ。私の梢の葉のこの上もなくかすかなたわむれや、私の樹皮のごく小さな傷痕も唯一無二のものだ。私の使命は、この明確な一回かぎりのものの中に永遠なものを形づくり、示すことだ」
 
ある木は語る。
「私の力は信頼だ。私は自分の父祖のことは何も知らない。私は年毎に私から生まれる幾千もの子どもたちのことも何も知らない。私は自分の種子の秘密を最後まで生きぬく。それ以外のことは何も私の関心事ではない。私は神が私の中に存在することを信じる。私は自分の使命が神聖なものであることを信じる。この信頼に基づいて私は生きている」

私たちが悲しみ、もう生きるに耐えられないとき、一本の木は私たちにこう言うかもしれない。

「落ち着きなさい! 落ち着きなさい!私を見てごらん!生きることは容易でないとか、生きることは難しくないとか、それは子どもの考えだ。おまえの中の神に語らせなさい。そうすればそんな考えは沈黙する。
おまえが不安になるのは、おまえの行く道が母や故郷からおまえを連れ去ると思うからだ。しかし一歩一歩が、一日一日がおまえを新たに母の方へと導いている。故郷はそこや、あそこにあるものではない。故郷はおまえの心の中にある。ほかのどこにもない」
 
夕方の風にざわめく木の声を聞くと、放浪へのあこがれが私の心を強く引きつける。

私たちが静かに長いこと耳を澄ましていると、この放浪へのあこがれも、その核心と意味をあらわす。それは一見そうみえるような、苦しみから逃げだしたいという願望ではない。それは故郷への、母の記憶への、生の新たな形姿へのあこがれだ。それは家へと通じている。どの道も家郷に通じている。
一歩一歩が誕生であり、一歩一歩が死だ。あらゆる墓は母だ。

私たちが自分の子どもじみた考えのために不安を感じる夕べには、木はそのようにざわめき語る。木は、私たちよりも長い一生をもっているように、長い、息の長い、悠々とした考えをもっている。木は私たちよりも賢い。私たちが木の語ることに耳を傾けないうちは。

しかし木に傾聴することを学べば、そのとき、私たちの見解の短さと速さ、子どもじみた性急さが、無類の喜びを獲得する。

木に傾聴することを学んだ者は、もう木になりたいとは思わない。あるがままの自分自身以外のものになろうとは望まない。あるがままの自分自身、それが故郷だ。そこに幸福がある。

粘り強く信念を持って

「4年かかりました」

私の仕事のパートナーが、先日久しぶりに2人で会って一緒に夕食をとっているときに、ぽつりぽつりと自分の仕事のことを語ってくれました。彼は、4年前に、自分のやりたいことを実現するために、それまで長年勤めていた森林組合を辞め、林業事業体として独立しました。

「地区の人たちがようやく自分を信頼してくれるようになりました」

彼は、自分が生まれ育ったところで、持続可能な森づくりをすること決意し、独立後、営業活動を開始しました。

小高い丘陵の森林と田んぼが連なる中に伝統的な日本家屋が点在する、日本の田舎の原風景があるところです。私はそこに来るといつも心が温まります。

彼の会社は従業員が3人、しっかり継続して収入を得るために、車で2、3時間の現場に通ったり、1ヶ月以上、遠い場所で泊まり込みの仕事をすることもありました。その合間を縫って、自分の住む地区の人たちに地道に森林の集約化、持続可能な道づくりと適切な管理の提案をしていきました。彼の住む地区には約800ヘクタールの森林がありますが、そのほとんどが小規模な私有林。森林所有者一人当たりの所有規模は1ヘクタール未満が多数、推定600人から700人の所有者さんが存在。簡単なことではありません。

彼は、昨年末、自分の自宅の近くで、30ヘクタール、30人の森林所有者さんの了解を得ることに成功し、今年、道作りと間伐の仕事に取り掛かります。

「4年かかって、やっと自分のやりたかったことが開始できます」

昨年末の集まりで、地区のリーダーの人が、「彼に任せようじゃないか。彼と一緒にやろうよ」とみんなに言ってくれたそうです。彼は目に涙をためて話してくれました。

「それまで、よそよそしい、怪訝な態度で自分に接していた地区の人たちが、やっと普通に接してくれるようになりました」

4年の間、普段の仕事や従業員のことで数々の苦労もし、体を壊すこともあった彼ですが、信念をもってまっすぐに誠実に地区の人たちとコンタクトを取り続け、いまやっと彼は、自分がやりたいことをスタートできます。

「これから5年後には、今の30ヘクタールの請負を、地区の森林の半分、400ヘクタールに広げることが目標です」

岩手中小企業家同友会会報 「DOYU IWATE 」2019年2月号掲載のコラムより

木食い虫が教えてくれること

2018年のドイツを中心とする中央ヨーロッパは、気候温暖化の影響で、記録的な干ばつと熱波に見舞われた。ドイツでは、この年の平均気温は10.5度と観測史上最高を記録し、晩春から秋にかけては雨が極端に少なく、10月になってもドイツの土壌の70%以上が干ばつ状態にあった。

筆者の住むシュバルツヴァルト地域は、森林率が40%から80%で、林業が盛んなところであるが、水不足と日照りで弱った針葉樹のトウヒに木食い虫が大量発生し、大きな被害をもたらした。

木食い虫の被害のメカニズム

木食い虫の種は世界で4000種以上あるが、中央ヨーロッパで森林被害を起こしているのは主にドイツ語でBuchdrucker(プリンター)という種である。大きさは4〜5mm、生きているトウヒの樹皮に穴を掘り、その中に卵を産み、卵から孵った幼虫は、樹皮の内側の師部を流れる養分を糧に成長する。そのため、一気に大量の木食い虫「プリンター」に襲われた木は、養分の内部分配機能が衰え、枯れて死んでしまう。

通常、健康な状態のトウヒは、木食い虫の侵入に対して、樹脂を生産して自己防衛する。しかし、干ばつが続くと、水不足のため樹脂の生産ができなくなり、木食い虫は、弱り無防備になったそのような木に大量発生する。昨年の夏は、木食い虫にとって絶好の繁殖環境であった。シュヴァルツヴァルト地域を含むバーデン・ヴュルテンベルク州では、2018年、トウヒを中心に推定150万立米の木が被害を受けた。年間の針葉樹の伐採量の4分の1程度に相当する量である。

林業家に経済的な損失

木食い虫の被害を受けた木は、周りの立ち木に虫の害が広がるのを防ぐため、伐採され搬出される。木食い虫による原木へのダメージは外側の樹皮の部分だけであるので、内部の木材になる部分は健全なため建築用材などとして販売することができるが、色が変質しているため、製材工場による買取価格は、通常の値段から30〜50%差し引かれたものになる。森林所有者にとっては経済的に大きな損失である。また、被害木が大量に市場にでてしまうと、供給過多で、価格はさらに低くなり、また、市場がある期間内に買取ることができる木材の量には限界があるので、健全な普通の木の伐採を抑えなければならない状況にもなる。被害が大きかったいくつかの地域では、「普通」のトウヒB/C材の伐採を当面抑えるように指示が出されているところもある。被害にあった木を「片付ける」ことが優先、ということで。

被害の主な原因を作ったのは人間

木食い虫の大きな被害は、ドイツでここ20年間、何度か起こっている。1999年末の大風害の後や、2003年の夏の干ばつの後など、今回同様、異常気象がきっかけになっているが、人間が森に対して過去に行ったことも原因になっている。シュヴァルツヴァルトを始め、ドイツの多くの場所で育っているトウヒは、成長がいい、植えやすい、管理しやすいということで、人間が意図的に一斉植林したものである。日本で言えば、スギやヒノキに相当する。シュヴァルツヴァルトでは、トウヒはもともと、標高の高い場所の湿地や寒冷地に数パーセント点在する樹種であったが、過去200年余りの間で人間が植林によって増やし、30〜40%の割合を占めるまでになっている。トウヒは、根を浅く張る樹種で、夏の日照りや乾燥に弱い。よって、暖かい乾燥した南斜面などでは、弱りやすく、木食い虫の餌食になりやすい。これに対して、シュヴァルツヴァルトでもともと主力だったブナとモミの木は、根を深く張り、地中深くから水を吸収できるので、日照りや乾燥に耐性がある。風害や虫の害など過去の度重なる森林被害の経験から、土地にあった樹種を増やしていくこと、種の多様性を創出していくことが、ここ20年あまり進められているが、森の木のサイクルは100年以上、ゆっくりとした転換にならざるを得ない。

多様性はリスク分散

広葉樹をはじめとする多様な樹種構成で、大径の優良木(A材)が育った森を持っている所有者は、経済的なダメージの度合いは少ない。トウヒの建築用材には関係のないニッチな市場に材を供給できるからである。「多様性」は経営のリスクを分散させる。これは、数世代に渡ってそのような森づくりが行われてきたからである。温暖化の進行によりますますリスクが大きくなっている単一樹林では、今の世代が将来の世代のために多様性のある森林への転換を進めていかなければならない。木食い虫は、人間にそれを促している、そのための手助けをしてくれている、とも言える。

EICエコナビ 連載コラム「ドイツ黒い森地方の地域創生と持続可能性」へ

耳をすまして

12月初め、日没後の暗く静かな森の中を、手作り提灯を手に持ち、幼稚園の子供と先生と親達が、ギターとフルートの伴奏に合わせクリスマスの童謡を歌いながら歩いて行く。たどり着いた小さな広場で、子供達が一人一人、モミの葉っぱで作った螺旋のサークルにロウソクを置いて行く。森の幼稚での季節の行事の中で、もっとも静かで幻想的なセレモニーです。3人の子供を通じて10年間お世話になったヴァルトキルヒの森の幼稚園。末っ子の娘は来年から小学校なので、今回が私たちにとっては最後。クリスマスシーズンの始まりにあるこの短いイベントは、師走の忙しい時期に、いつもほっと心を落ち着かせてくれました。森の静けさに、音楽に、自分の内面に、耳をすます貴重な時間でした。

日も短く、薄暗いどんよりした天気が続き、視覚による知覚が鈍くなるこの季節、人間は、より耳に頼ります。耳の感覚が鋭くなります。耳は、音を聞くだけでなく、バランス(平衡)感覚を司ります。足元が見えない暗い森の中を歩いて行くときは、内耳の三半規管が働きます。目は、外のものを「探索」する外向的な性格を持った感覚器ですが、耳は、外からの刺激を「聞き入れる」内向的な感覚器です。耳が鋭敏になる冬のクリスマスのシーズンは、人々は内向的に内省的になります。

現代人は、知覚情報の約8割を視覚から得ていると言われています。あらゆるものが、テレビやネットなどあらゆる媒介でビジュアル化され伝達されるなかで、ラジオ番組やステレオで聞く音楽、パワーポイントを使わない語りだけの講演など、聴覚だけで知覚するものが、新鮮で、落ち着きや安らぎ、深い感動を与えてくれることがあります。

耳は、人間の発育の過程でもっとも早く出来上がる感覚器です。胎児の耳の形成は、受精から数日後、胎児がわずか0.9mmの大きさのときに始まります。受精から4ヶ月半後には、音を聞き取る器官である内耳の蝸牛が大人の大きさに出来上がっています。耳は、生まれたばかりの赤ちゃんが生存する上で、もっとも重要な感覚器だからです。

視覚による知覚に偏重した現代人は、耳の大切さを忘れています。

ドイツの哲学者のハイデッカーは、耳を通して考えることの大切さを論じました。聴覚で知覚するほうが、思考のプロセスが、より分化され、より注意深く、より正確に、内向的に進行するということを。

岩手中小企業家同友会 会報「DOYU IWATE」2019年1月号より