「多様性」〜人と森のサステイナブルな関係 (書籍)

《多様性》をキーワードに、「森づくり」から「地域木材クラスター」「モノづくりと人づくり」「森のレジャー」「森の幼稚園」さらには最新の脳神経生物学に基づいた「文明論」まで、私が過去20年の間で経験したことを軸に、多面的にわかりやすく論じています。
客観的かつ主観的に書きました。
科学的なデータや知見を踏まえた専門書ですが、同時に、《多様性》に魅了されてきた私の経験や思いがベースにあるエッセイでもあります。
思いもよらず、「さなぎ」のような静かな生活を強いられた、この1年。過去を振り返り、今後の自分の生き方を考える時間とモチベーションを得ることができました。
まず、自分のために書きました。次に、子供たちの未来のために。
「森の国」ドイツから「森林大国」日本の未来へ贈る、多様性のメロディです。
専門家や業界人に限らず、広く一般の方に読んでもらいたいと思っています。
森の仲間が増えることを願って。
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B091F75KD3

目次

はじめに ~「多様性」に導かれて

第1章 気くばり森林業

「林」と「森」
明治のパイオニアたちがドイツから持ち帰ったもの
私が「森林学」から学んだ大切なこと
次世代への想いやりから生まれた概念「サスティナビリティ」
世代間の契約
時代の異端児 ガイヤーとメラー
将来の木
人と森をつなぐ道

第2章 日本でこそ森林業を!

ヨーロッパの人たちが羨む「豊かさ」と「多様さ」
日本が持っている宝物の「量」と「質」
日本の森に「新・幹線」
将来木施業と狩猟で「林」を「森」に!

第3章 地域に富をもたらす多様な木材産業

多様な原木は、多様な製材工場を求む
「連なる滝(カスケード)」と「葡萄の房(クラスター)」
優秀な職人を育てる仕組み ~マイスターは現場の先生
木という素晴らしい素材が使える喜び
木で音をつくり、世界へ出かける職人

第4章 生活とレジャーの場としての森林

いつでも気軽に「Shinrin-Yoku」を!
「生きた里山」が観光資源
森の幼稚園

第5章 多様性のシンフォニー

樹木たちの声を聞く
脳のコーヒレント
「結びつき」と「探索」
心の羅針盤
尊厳

あとがき・謝辞

参考文献

アナログ版(印刷本)の販売サイト
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B091F75KD3

電子書籍の販売サイト
https://www.amazon.co.jp/ebook/dp/B08ZCSLL1C


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下は、音楽付きの本のイメージスライドショーです。


レビュー

複数の方から、うれしいお便りをいただいております。

まず、校正という大切な作業をやっていただいた吉田聖子さんからの感想です。

シュヴァルツヴァルトの本来の意味やドイツの林道のこと、樹木のネットワークの話など、知らなかったことがたくさん書かれていた。
ドイツと日本とは、森に関する考え方などがずいぶん違うと感じた。
池田さんのお陰で、ドイツ人が森とどのように付き合っているのか、知ることができた。
日本の場合、縄文時代から森とは深い付き合いがあったはずだが、時代によって失われてしまったことも多くあるのだろうと思った。
アラビア人は砂漠の民なので、砂漠の風に当たることが体に良いと思っていると、本で読んだが、ドイツ人は森の民として、森で過ごすことを体に良いと思っているところが似ているように思った。
ドイツにおける林業の話は、日本の林業の参考になるだろうと思った。
池田さんのご著書は、林業関係者にこそ読んでもらいたいと思った。
池田さんのご著書を読んで、木工品会社を取材したときに聞いた、伐り尽くして手に入らなくなった木材の話を思い出し、改めて「そういうことか」と納得した。
最終章が文明論だったことに感心した。また、池田さんの文明論は、未来に希望が持てると感じた。

多様性という心地よさ   
冨田直子さん  2021年4月12日 アマゾンより

満たされた読後感に浸っています。森の家でしばらく過ごしてきたような、森林浴をしてきたような、そんな気持ちです。
多様性が認められた世界というのは、自分自身もありのままでいることを許された世界であり、その心地よさが、この本にはあるのだと感じます。

そしてもう一つ心地いいのが、著者の文章が奏でる旋律です。音楽好きだという著者により、音楽になぞらえた表現が随所に出てきますが、それだけでなく、著者のルーツや、著者が森や人々と向き合う中で、森の時間に寄り添えるようになっていく一連のストーリーが、登場する人物や植物、生き物たちと共に、美しいハーモニーとなって響いてくるのです。

今後、森について知りたいという人がいれば、私はまずこの本を薦めるでしょう。
誰もが親しめる平易な文で、森という多機能な存在が、全方位から紹介されています。ドイツで行われてきた近自然的森林業の話から、ドイツの森林官が羨むほどに豊かな土壌、木の成長量、生物多様性を持つ日本の森の可能性、そしてドイツに習い日本でも行われている道づくりからはじめる森づくりの取り組み、さらに地域に富をもたらす多様な木材産業の話から、生活とレジャーの場としての森林までと、あらゆることに触れられています。そして、先人たちの試行錯誤により、豊かで持続可能な森と社会の在り方がドイツにはすでにあるという事実は、私たち日本人に勇気と希望をくれます。技術的な内容もわかりやすくリズミカルに書かれており、日本の森の可能性にどんどんと心が躍っていくのです。

また、SDGsの本質を学べる本としても、大いにおすすめしたい一冊です。森は、SDGsのすべてのゴールに通じる入口の一つです。本書では、環境視点だけではなく、人々が森林産業を通じてどのように豊かに暮らせるか、そして、森の幼稚園といった教育や福祉、心身を癒す「Shinrin-yoku」の広がりにまで話が及びます。
さらになんといっても、300年前、ドイツの森でカルロヴィッツによって生み出された「サステナビリティ」という言葉に関する丁寧な考察が、この本にはあります。人類がサステナビリティの大切さに気付いていく過程と、多様性の意義に気づいていく過程とは、まるで右足と左足の関係にあるようです。一歩ずつ歩みを続け、叡智を積み重ねてきた結果今日があるのだということが、ドイツの先人たちが辿った森との向き合いを通じて描かれています。SDGs に関わるものとして、この原点に触れられる学びは大変貴重です。
また第5章「多様性のシンフォニー」で、脳神経生物学者ゲラルト・ヒューターの著作にあると紹介されている「脳の省エネ」の話は、多くの示唆に富んでいます。人類は、最大のエネルギーを消費する脳の「省エネ化」のために、この複雑で多様な世界をあえてシンプルに捉え、生き抜いてきたというのです。よって、二項対立化、整然と整理する、単作・一律で何かを育てる、といったことは人類の生存戦略の一つであるとのこと。大変興味深く、それゆえの進化もありましたが、何事も過ぎたればです。著者の書く通り、今の持続可能なソリューションの実践者の共通項は、多様で複雑な世界を「理解し、受け入れ、多様性を活用している」という下りには共感を持って読みました。多様であることを、むしろシンプルに楽しんでしまいたい、そんな思いが、読み進める中で湧いてきます。

SDGsのいう「誰一人取り残さない」世界に向き合うには、自然界(人間界も含む)における「多様性」への理解が欠かせないと感じてきましたが、本書はそれをもう一段深いレベルで問い直す機会を私にくれました。

誰もが、すべてのいのちの尊厳と向き合い、森と同様に、次世代を想う数百年という時間軸と共に、自分らしく、心地よく、豊かに暮らせる世界――。これからの自分の在り方、世界の在り方を考えていくためにも、何度も読み返したい本に出会えました。そして、森づくりへの思いを、また一層強く持ちました。

是非、多くの方に読んでいただきたい本です。
森に散歩にいくように、またページを開きたいと思います。

「森林」を入口に「多様性、持続可能性」の本質を解きほぐしてくれる
佐々木正顕さん 2021年3月31日  アマゾンより

著者の池田氏は、ドイツ在住25年の経験豊富な森林産業コンサルタント。
ただし、本書は海外の先進的な制度やシステムだけを上から目線で伝えようとするものでななく、アプローチはむしろ真逆だ。
森林に関わる人たちの感情や想いから望ましい森林のあり方を解きほぐしてくれるが、池田氏の筆はそれだけでは止まらない。
特に、ドイツの著名な脳神経生物学者による、脳の省エネ機能を起点とした人間の思考パターンが、物事を単純化して分類させてきたという「発見」の紹介は、本書を貫く太い軸となって大変興味深い。
これをベースに、幸福感や金融資本主義、コロナ後の社会像まで「多様性」が本来意図する社会や自然のあり様を多彩に示唆してくれる。
「本当の持続可能な社会」を模索する、林業関係者以外の方にもぜひお勧めしたい、電子書籍の良さを活かした一冊だ。

多様性は本当に大切である事を学びました。
長瀬雅彦さん  2021年4月14日  アマゾンより

実に内容の意味ある内容、私自身ずっと探し求めてきた本に出会えました。
多様性まさに今一番重要なテーマ SDGsそのものですね。素敵な職人的な家庭に生まれ、新しい生き方、楽しみ方を求め留学し、また違った多様性を学び、日本の文化と西洋の文化を考えた思考で進化したのだと思います。そこでドイツを選択したのが池田様の宝になったのだと思います。留学中の幅広い研究と専門分野を学ばれ、広い寛容、配慮、リスペクト、探究心、想像力を培ったのだと思います。 近自然的森林業と多機能林業という哲学、ビジョンはまさに私も森林管理のあり方を学ぶべきものと感じています。『すべての理論はグレー 森と経験だけがグリーン』素晴らしい言葉です。サスティナビリティとカロヴィッツの事も初めて内容を知ることが出来ました。当然300年ほど前に生まれた言葉とは知っていましたが。 また長い将来の話を森林業のロマン フレッヒさんを思い出します。
サスティナビリティ(持続可能性)は「次世代への思いやり」に支えられている。次世代という「相手」に対する意識的な配慮の感情であるから「想いやり」である。この「想い」は人間の長い歴史のなかで、守られ-汚され、強調され-軽視され、実行され休止されることを何度も繰り返してきた。現在の私たちは、より一層この「想い」の所在に敏感になり、守り、強調し、実行していかなければならないと私も感じました。
多機能森林業を行うためには、経済、保養、自然保護と、多面的な「気くばり」をされた道が必要である。道も多様な機能を持っていなければならない「多機能森林基幹道」である。
しかし日本の林業関係者たちの認識は、これとは対照的に、ネガティブであり、できない理由を並べるときりがない。
森林所有者が、絶えず100年先、数世代先を考えた森林を利用することは、地域の森林・木材クラスターの在続と進化にとって欠かせない大前提である。「森のロマン」あっての地域の問題となります。今後の森林業は多面的な注意力を要するワイルドな環境で、ほかの仲間の個性や能力に配慮し、助け合いながら、五感をフルに使い、好奇心と自分の意志に基づいて、自発的に仲間と連帯して遊ぶことによって培われた能力であり、森が与えてくれた、心と体のバランスだ。まったくその通りだと思います。
森林業、林業、木材産業 様々な言葉が先行される中 本質知る為にも重要な参考書となるでしょう。

2度読みして深く理解したくなる本
落合俊也さん  2021年4月26日 アマゾンより

池田さんの講演はだいぶ前に聞いたことがあったし、「多様性」というタイトルは森を語るキーワードとしては特に新鮮味を感じなかった。しかし、読み進めてみると私の想像をはるかに超える深い実際的経験と知識を持って人と森の関係を掘り下げ、巧みに様々な理論で補強しているので、わかりやすく説得力があった。特に最終章は素晴らしく、2度読みしてしまったほどだ。

読み始めは林業先進国ドイツの森林産業システムと社会システムの調和的構造を自ら体験した筆者が、実に誠実にそれを紹介することから始まる。私たち日本人は、ドイツの素晴らしく整備された森林システムにはため息が出る一方で、日本の林業はだめだと考えがちである。ところが、日本の林業にも十分な潜在能力があることが示され、未来の発展に至る具体的な道筋も提案されている。

林業先進国のドイツを手本にして語られているのは、作者の経験と研究がドイツで行われたからだが、本書に続編があるとしたら、ほかの国の事例やドイツの失敗例にも幅広く目を向けて池田さん流の解説を聞いてみたいと思った。

初めに紹介したように、最後の章は珠玉の内容だと思う。池田さんはこのこと言いたくてこの本を書いたのだろうと私には思われた。ヒトの脳の構造から森と私たちの社会構造を読み解き、古くて新しい人間哲学の世界をも俯瞰した内容は新鮮だった。

多様化を理解しそれを長期的に利用した続けているソルーションこそが正しい回答であるはずなのに、近代に成立した短絡的なソルーションが大きなお金を生みだし現代産業の中枢をなしている。しかし、このような多くの金を生み出す大量生産単一化合理主義という現代の社会特性は、人類を破滅に導く可能性が高い。

終盤で作者の興味は人間の脳の構造や働きに注がれているが、脳の構造や志向を理解することで現代社会の問題点や自然との共生法のリアルな解決策を模索することができるのだろう。森を語る内容から脳を語る内容にシフトしすぎた感はあるが、優れた思想家や芸術家の思想や言葉を織り交ぜながら自分自身の発想の原点を暴露しているようで、その率直さにも好感を持った。

「多様性-人と森のサスティナブルな関係」を読んで
平田孝則さん  2021年4月28日 アマゾンより

一読した大雑把な感想ですが、森林関連の内容が多いにもかかわらず、日頃森林・林業・林産業をあまり理解していないごく普通の人達にとっても分かり易い優れた文体であることに驚きました。併せて、日本とドイツの林学史、育林・収穫作業、森林道、パイプオルガン製作、森の幼稚園、森林の効用、人文科学方面からのアプローチなど多岐にわたって読者の関心を引く構成であることにも感嘆した次第です。著者のヘルマン ヘッセ敬愛や人生観、社会観などにも共感を覚えました。巻末にある国内外の多数の参考文献一覧を見ても、著者の博学・博識ぶりを伺うことが出来ました。同時に、ここに至るまでの著者の道のりは通り一遍の努力では決して踏破できなかったであろう事、心身共に苦労をいとわない不断の勤勉の賜であることを理解できました。私の親しい友人・知人にも本書を紹介したところです。


浅輪 剛博さん  2021年5月7日  https://ganpoe.exblog.jp/29514049/

これは、森林に関わる全てのひとにとって必読の書です。
そして、森林とは直接関係はなくとも、持続可能ということに関心がある人にも強く薦めたいです。書名が「多様性」であるように、この本は、持続可能な森林業のノウハウが盛りだくさんであるだけではなく、なぜそのような制度ができたのか、その根本まで探る本だからです。つまり、根幹には「均一化ではなく、多様性」を尊ぶ生きかた、そして考えかたがあった、ということです。

日本では、欧州の先端的な林業の技術のそれぞれを切り出して輸入しようという動きが多いそうですが、著者の池田憲昭氏は、大事なのは、一つ一つの技術や制度ではなくて、その全体の多様な関係性だと論じています。その関係性を見つけ繋げ合う視点や考え方の転換がないといけないといいます。そう思って本書を読み返すといちいち腑に落ちると言うか、持続可能な森林との関わりかたのどれもが、そりゃそうだよね、当たり前だよね、と感じるのです。今まで、大型先進機械で自動化し樹種も単一化すれば効率的になって役立つ、そりゃそうだと思っていたのが嘘のようになります。それは多様性の大事さに気づく価値観の転換が起きるからだと思います。

本書の最終章で脳神経学からこのマインドセットの違いの謎を著者は解き明かそうとしています。非常に得心が行く章です。
ここでは経済学の課題からもその重要性に触れてみます。

物の価値には大きく二種類あります。一つはそれを使う価値。もう一つはそれを他のものと交換してどのくらいになるかという価値です。前者を使用価値、後者を交換価値といいます。
ここで、使用価値は使用する人にとってその価値が非常に分かりやすいものです。しかし、社会一般的には分かりにくい。なぜならある物の使用価値はまさに多様であり多面的だから、ある人の使い方と他の人の使い方は違うことが多いからです。まさに森林、樹木のようです。森の価値は材木でもあり、観光でもあり、災害対策でもあり、幼稚園でもあります。
それに対して、交換価値は逆に個人にとっては非常に分かりにくい。他人に交換してもらわない限り、どのくらいの価値があるのか自分ひとりでは分からないからです。そこで社会は全ての交換価値を一つの貨幣で表す制度を生み出しました。これが貨幣形態です。一般的等価形態ともいいます。社会にとっては値段と売れ行きさえ見れば一瞬で価値が分かる、非常に分かりやすいものなのです。

現代社会で様々なものを均一化させようとする大きな力は、この貨幣形態から起き、また、貨幣と商品を交換し続けることによって利潤、つまり資本を増大させようとする力から起きているのです。多面的機能を持つ多様な森林も、貨幣効率・資本最大利潤を最優先させるこの力によって、モノポリーな単一種栽培の畑のようにした方が良い、と人々は思い込んでしまうのです。(著者は前者を森林業、後者を林業と区別します。)最小限の貨幣で最大の貨幣を得る、その一面に集中して、資源の多様な可能性ーー使用価値を探ろうとしない。これが、自然と調和しない持続不可能な林業を産んでいるのではと考えます。

これはもちろん森林だけに関わらず、土壌を衰退させるような農業や、自動車交通を優先させてスプロール化する都市や、遠方の化石資源を燃料とし地域分散型エネルギーに着目しないエネルギー産業、そして健康で文化的な生活条件を整えるよりも、どれだけ財政負担を減らして生産効率を上げるかだけに専念する政治経済システムなどにも及ぶ、大きな現代の問題につながっています。
森林から始めて、多様性まで解き明かすこの本は、こんな広がりを持っています。多面的な機能、多様性の持つ豊かさ、それを活かす「持続可能な森林業」は、交換価値よりも軽視されてきた、環境がもつ多様な使用価値を探り出す取り組みでもあり、著者の示す多様な森林業の織りなす房は、まさにそのような価値観があったからこそ工夫され出来てきたものだと思います。

私は信州で自然エネルギーを活用する仕事をしています。これも単に個別の技術を切り出して拡大するというのではなく、地域に色々ある資源やエネルギーの多様性、様々なより良い可能性を見つけ、今まで気づかなかった地域の生活にとっての使用価値を発見していくーー省エネやシェアやマテリアルとしての活用も含めーーそのような全体的な視野も伴う必要がある仕事だと感じ入った次第です。

制度や義務だけでは人は本当に動きはしません。共感、感動、信念、そしてディグニティ(尊厳)が行動の根幹にあるのです。本書でそれを痛感させられました。

論語に言うように、

これを知る者はこれを好む者に如かず。
これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。

中村幹広さん  2021年5月2日  
https://note.com/mikihironakamura/n/nd86919de73e3?fbclid=IwAR0mhpeYSG9tqO7CNGHnzowBO3DRPxwbZ7mvFnT6byurAOqokqi0Ana6xYk

本書のタイトルである「多様性 Vielfalt」という単語は、私が紐解いたドイツ語辞典によれば、18世紀末に「vielfältig 多種多様な」という言葉から逆成されたものらしい。
言語は時代の変遷とともに変化していくのが世の常であり、例えば最近よく耳にするようになった「biodiversity 生物多様性」という単語もまた、1985年にアメリカで「生物的な biological」と「多様性 diversity」という2つの言葉を組み合わせて生まれた比較的新しい造語である。しかし今日では、そのポジティブな意味合いや耳当たりの良い言葉の響きと相まって、かなり一般的に使われるようになっている。
とはいえ、この「生物多様性」という単語も2010 年に愛知県で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10:the 10th Conference of the Parties)で大きく取り上げられるまでは、私たちには余り耳慣れない新しい言葉だった。
こうした事実を踏まえると、本書のあちこちに登場する森林・林業関係者であれば誰しもがきっと今は違和感を抱いてしまうであろう著者こだわりの言葉遣い、具体的には「林業」ではなく「森林業」、「所有林」ではなく「所有森」、そのほかにも「恒続森」や「択伐森」、「新・幹線」といった「いわゆる造語、新訳」もまた、いずれ私たちは慣れ親しみ当たり前のように使っているのかもしれない。
かく言う私も、私とドイツを深く結び付けてくれた大恩ある著者・池田氏の自然に対する姿勢に共感した1人であり、同僚や業界人同士での会話を別にして、単に「森林」という存在について話す際には「森林と人との距離感」を少しでも縮めるために「森林」ではなく「森」と努めて表現するようにしている。
加えて、これまで私は「足るを知る(者は富む)」という表現で森づくりのスタンスを話してきたが、著者の使った「気くばり森林業」という言葉はまさしく言い得て妙ではないだろうか。今後は私も「気くばり」という言葉を積極的に使ってみようと思う。

さて、前置きが長くなった。本書は多様性というキーワードを主軸に著者のこれまでの日独での経験談を交えて執筆されたエッセイである。穏やかな口調で語りかける著者が紡ぐ文章は、読者に程よい心地よさを与えてくれる。
冒頭で語られる好奇心旺盛な幼少期の原体験には、誰しもがどこかしら懐かしさを覚えるであろうし、著者が活動拠点とするフランス国境にほど近い地方都市フライブルク市は、私も幾度となく訪れ、そしていずれまた再訪したいと切に願う想い出の街であるが、著者の描写するその美しい街並みはきっと多くの読者を魅了することだろう。
そして本書の前半から後半にかけては、日独の架け橋として双方の視点から、森林・林業・木材産業、さらには里山、保養などについて、ややもすれば読者を二項対立の思考領域へと誘引しそうになりながらも、そのいずれについても的確に課題や有意点を示唆してくれる。
加えて、著者の関心は最新の脳神経学から哲学、精神性にまで多岐にわたって飛躍するため、読者の中には消化不良で半信半疑に受け止めてしまう人は少なくないだろう。だがしかしその感覚はやがて、未知なるものを知り、彼我の違いを知ることの楽しさを教えてくれる切っ掛けとなるだろう。

○本書の構成
本書は全5章からなる。各章はいずれも著者の日独での経験から得られた深い思索の末に辿り着いた内容となっているが、森という存在に対する畏怖や敬愛の念、日本の森林・林業・木材産業へのアドバイスにとどまらず、近年、欧州諸国で注目を集める森林浴や最新の脳科学に関する話題など幅広い。ドイツを代表する文学者であるヘルマン・ヘッセの言葉を引用して、環境、経済、哲学、音楽などの分野についても言及している。

 第1章 気くばり森林業
 第2章 日本でこそ森林業を!
 第3章 地域に富をもたらす多様な木材産業
 第4章 生活とレジャーの場としての森林
 第5章 多様性のシンフォニー
 
第1章では、明治から大正にかけ欧米各国に留学した数々の若き日本の才能たちが持ち帰った知識や経験、そしてそこに通底する人知を超えた自然に対する畏敬の念、ドイツで300年以上前に生まれた持続可能性という言葉の歴史等にも触れながら、著者がドイツで学んだ森づくりの哲学や知識を紹介する。この章では、森林・林業関係者に限らず、少しでも森に関心のある読者であれば、将来を見据えた森づくりの必然性を真摯に学ぶことができるだろう。
続く第2章では、ドイツから来日したフォレスターの視点から、日本の森の豊かさ、それを当たり前と思う日本人の意識、そしてその裏返しとしての、自然の豊かさに胡坐をかいた無頓着さが綴られている。私自身、直接的間接的に関係してきた内容が記されていることもあって、ここが私にとっては本書のハイライトとも言える。
著者のコーディネートにより来日したドイツのフォレスターたちが感じた日本の森林・林業・木材産業への違和感、真摯な専門家であろうとするが故に苦悩した異文化コミュニケーションの狭間等々、それらはまるで、多様性を包摂するための課題について考える機会を改めて与えてくれようとしているかのようだ。
第3章では、地域内が連環する木材産業のカスケードとクラスターについて、輸出産業にまでなった強い存在感を示すドイツの林業・木材産業は、今もなお弛まぬ努力を続けていること、そこには過去30年にわたって林業が環境配慮へ大きくシフトしてきた背景を有していること、そしてそれを支える土台となったのは、世界に冠たるマイスター制度と誇り高き職人たちの手仕事にあることが述べられている。
第4章では、日本発祥と言われ、近年は欧州で大変な人気を集める森林浴や農山村でのグリーンツーリズムなど、いわゆる森林サービス産業に関するドイツの実情について自身の経験談を交えながら紹介している。
本章で著者が指摘することは、今の日本の森林・林業関係者にとって最も大切なことの一つといえる。それは、林業は林業のためだけにその営みがあるわけではないということであり、人々がその地で豊かに暮らすためには、厳しい自然と対峙しながらも美しい景観を守ることに必然的な意味があるということだろう。日本と欧州の自然に対する価値観やスタンスの違い、あるいは自然のコントロールのしやすさの違い等々、説明の仕方は国や人の数だけ幾通りでもあるだろう。しかしそれも、著者の子供も利用し日本でも徐々に広がりを見せつつある森の幼稚園の体験談を説明するところに至って、森の恵みの享受の在り様は日欧で共通することが実感できる点は大変興味深い。
そしてまとめとなる第5章では、森と人との営みを超え、生命の原理や脳の仕組みの探求にまでさらに踏み込み、より一層、内観的な視点から著者自身の有する多様性に対する考え方、あるいは多様性への憧憬を開陳している。
本書によれば、「考えと気持ちと行動が一致していて、外の世界で起こっていることが自分が予期・期待していることと大きくかけ離れていない状態」のことを「コーヒレント(注:コヒーレントの方がより正しい発音か?) coherent」と呼ぶそうだが、著者は本章において『自ら新しいことを学んだ時、すなわち、非コーヒレントな脳の状態を、自分の力でコーヒレントな状態に転換できた時、人間は幸福感を味わう。』と言っている。
まさしくこの感覚こそが、豊かで美しく未来へと繋がる森づくりには欠かせない「観察」という行為の大切な要素の一つであると私は考える。
森に一歩入れば、そこはいつでも未知なるものへの好奇心で満たされるセンスオブワンダーの世界。大人になってから久しくこんな気持ちを忘れていたが、本書を手に取り心地の良い春の森へと出かけていくのも悪くない。本書はそんな気持ちにさせてくれる一冊である。

9月末〜10月末のオンラインセミナー

MITエナジービジョン ウェビナー - 持続可能な社会の実現へ
【Vol.1 ドイツのエコタウンと気候中立のために必要なインフラ】
村上敦
2020年9月24日(木) 20-21:30 
https://mit-energy-vision-ecotown.peatix.com

MITエナジービジョン ウェビナー - 持続可能な社会の実現へ
【Vol.2ビオホテルから考える持続可能な観光業 – 100%オーガニック+カーボンニュートラルへ】
滝川薫
2020年9月29日(火) 20-21:30
https://mit-energy-vision-biohotel.peatix.com

MITエナジービジョン ウェビナー - 持続可能な社会の実現へ
【Vol.3 木質バイオマスエネルギーは持続可能なソリューションになるか?】
池田憲昭
2020年10月1日(木) 20-21:30
https://mit-energy-vision-holzenergie.peatix.com

集約版 ①森林業+②新森道+⑥森林浴+⑦共生】
2020年 10月5日(月) 20:00-22:00
https://sustainable-waldmix1005.peatix.com
2020年 10月17日(土) 16:00-18:00
https://sustainable-waldmix1017.peatix.com

【集約版 ③森林作業+④木材クラスター+⑤自然素材の建築】
2020年 10月13日(火) 20:00-22:00
https://sustainable-holzmix1013.peatix.com
2020年 10月25日(日) 17:00-19:00
https://sustainable-holzmix.peatix.com

【球磨川地域支援の特別企画 国土を守るグリーンインフラ「森林」と「土壌」】2020年 10月15日(木) 18:00-20:30
https://sustainable-kumagawa.peatix.com


【森の幼稚園からBeyond コロナ】
2020年 10月19日(月) 20:00-22:00
https://sustainable-waldkinder-corona.peatix.com

オンラインセミナー「サステイナブルは気くばり」2020年9月ラインナップ

グリーンインフラ、Beyond コロナ、ユネスコ文化遺産とSDGs、農業、手工業、エネルギー、エコタウン、ビオホテルと新しいテーマも加え、9月のオンラインセミナーをラインナップしました。

ドイツ/スイスで同様の活動をする同僚の村上敦(9月24日「エコタウン」)と滝川薫(9月29日「ビオホテル」)との共同企画もあります。

興味がある方、プロ、アマ関係なく、お気軽にご参加ください。

2020年 9月5日(土)20:00-22:00
サステイナブルは気くばり - 森から建物まで
集約版 ⑩+⑪ 国土を守るグリーンインフラ「森林」と「土壌」
https://sustainable-greeninfra-wald-boden2.peatix.com

2020年 9月11日(金) 20:00-21:30
With コロナの世界からBeyond コロナの世界を眺望する
https://sustainable-withcorona-beyondcorona.peatix.com

2020年 9月15日(火) 20:00-21:30
ユネスコ無形文化遺産とSDGs Vol.1「三段酪農によるチーズ作り」
https://sustainable-unesco-dreistufenlandwirtschaft.peatix.…

2020年 9月16日(水) 20:00-21:30
ユネスコ無形文化遺産とSDGs Vol.2「オルガン製作」
https://sustainable-unesco-orgelbau.peatix.com

2020年 9月17日(木) 20:00-21:30
ユネスコ無形文化遺産とSDGs Vol.3「共同組合」
https://sustainable-unesco-genossenschaft.peatix.com

2020年9月24日(木)20:00-21:30  村上敦
MITエナジービジョン - 持続可能な社会の実現へ
Vol.1 ドイツのエコタウンと気候中立のために必要なインフラ
https://mit-energy-vision-ecotown.peatix.com

2020年9月29日(火)20:00-21:30  滝川薫
MITエナジービジョン - 持続可能な社会の実現へ
Vol.2ビオホテルから考える持続可能な観光業 – 100%オーガニック+カーボンニュートラルへ
https://mit-energy-vision-biohotel.peatix.com

2020年10月1日(木)20:00-21:30  池田憲昭
MITエナジービジョン - 持続可能な社会の実現へ
Vol.3 木質バイオマスエネルギーは持続可能なソリューションになるか?
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美しさの背景にあるもの

中央ヨーロッパの田舎の美しい景観。住んで25年、見慣れている景色ですが、いつ見ても新鮮で、ため息混じりに見とれてしまいます。特に花と新緑、生命の躍動が感じられる今の時期は。
この景色は、文化景観(カルチャーランドスケープ)と呼ばれ、人々の自然への働きかけ、営みがあってはじめて維持されます。副業や趣味が主体の農業や森林業、この景観を一つの資本とする観光業、個性豊かで質が高い家族経営の商店、地域の生活の需要と品質を支えるレベルの高い様々な手工業、グローバルに活躍しつつも地域の雇用と人材育成を大切にする中小企業、各種芸術家、行政、教育関係者、地域の各種NPO団体、そして人々の健康を支える医療。これら多様なプレイヤーが有機的に密接に繋がり補完し合うことで、地域が、この美しい景色が維持されています。
今回のコロナ危機は、この一見のどかで平和に見えるこの地域にも、大きなダメージを与えるでしょう。しかし、リーマンショックやその他の過去の危機を克服してきたように、「複合的な多様性」という危機への強さをもって、地域で助け合い、粘り強く、クリエイティブに乗り越え発展して行くでしょう。
ロックダウンから1ヶ月、軒先や散歩の途中やスーパーでの買い物のときに出会う近所の人や知人、友人、経営者、職人、会社員などと、2m以上の感染防止距離を置いて立ち話。話題の中心は自ずとコロナ。「今大変だけど、みんなで耐えて乗り切ろう」「新しい商売の方法を考えなきゃ」「健康が一番、気をつけて」と励まし、刺激しあっています。
私も、少なくともこれから数ヶ月は、この地域の美しい景色や持続可能なコンセプトや事例など、直接日本のお客さんに生で見せて体験してもらう視察セミナーはできませんが、インターネットの助けを借りてオンラインでのレクチャーやセミナーを提供し、あとはこの機会に執筆や、次の展開のための充電と構想の時間に当てたいと思っています。

スマホ禁止 −放浪の旅の大工

「我々旅職人は、インターネットができる端末を持ち歩くことが禁止されているんだよ」

現在私は、秋から日本のいくつかの工務店で短期の仕事をする予定のドイツの旅職人6人の来日前の準備サポートをしています。コミュニケーションを円滑に迅速にするために、できれば携帯電話の番号を教えて欲しい、とメールでお願いした私に、一人の旅職人が上記の回答をくれました。彼らと私のここ1ヶ月あまりのコミュニケーションはメール。彼らは、旅先や職場で、誰かに端末やコンピューターを借りるなどして私と交信していたのでした。

中央ヨーロッパには、職人の世界で中世の頃から続く「放浪の旅」の伝統があります。企業と学校がタイアップする3年間の実践的な職業養成システムで「ゲツェレ(職人)」の称号を得た職人さんが、3年+1日間、旅をしながら各地の現場で仕事をし、自分の住む場所とは異なる考え方や技術、文化を学びます。現在でも、大工職を中心に、推定600人が放浪の旅をしています。他の大陸やアジア、中東に出かける職人さんもいます。

旅職人の世界には、伝統的な作業着を着用すること、移動は基本的に徒歩かヒッチハイク、クリスマス以外は故郷の50圏内には戻ってきてはいけない、などのしきたりがあります。苦労をして旅をすること、見知らぬ人とコミュニケーションをすることで、人間性を磨くことも放浪の旅の目的であるからです。

私は、そのような旅職人さんも、スマホは持っているだろうと思い込んでいましたが、冒頭のようにそれが禁止されていることがわかりました。確かに、インターネットが絶えずできる環境だと、いろいろなことが「簡単」に「素早く」できてしまいます。人と直接コミュニケーションを取る機会も減ってしまいます。自分を鍛える機会が減ってしまいます。

私は、特に仕事でインターネットを享受している者です。インターネットがなかったら、2003年に独立してドイツで現在のような仕事をすることはできていないでしょうし、スマホが普及してからは、さらに情報の速さと量が増加しました。

しかし私が岩手大の学生だった90年代はじめは、電話かファックの世界。みんな、話すこと、伝えること、仕事や遊びのプランなど、事前によく吟味して、コミュニケーションをしていたと思います。現在のように、「近くなってからラインかメッセンジャーで連絡を取り合いましょう」といった安全パイはありませんでした。一つ一つのコミュニケーションの精度と配慮の幅、事前の熟考の度合いは、以前のほうが遥かに高かったと思います。旅職人さんとの交流で、大切なことを思い出しました。

岩手中小企業家同友会の会報「DOYU IWATE」2019年10月号に掲載

ドイツの職人養成 デュアルシステム ④マイスターは現場の教師

中世のツンフト(同業者の組合)が取り仕切っていた手工業職人の養成においては、マイスター(親方)が唯一の教師であった。徒弟は、マイスターと一緒に仕事をしながら、職人試験に必要とされる技能を学んでいた。それだけでない。徒弟の多くは、修行期間中、マイスターの家族の一員として、寝食を共にしていた。マイスターは、仕事でもプライベートでも、徒弟の師匠であった。

今日においては、企業と学校が二元的に見習生(徒弟)を養成するデュアルシステムがあるが、企業で、「現場の教師」として実践的な職人養成を担当するマイスターは、依然としてドイツの職人養成の中核的な存在である。手工業会議所と国が定める職種別の「職業養成規則」に書かれている養成プランに応じて、普段の仕事のなかで、見習生に適切に課題を与え、個々人の特性と性格を見極め、的確にサポートし、見習生が自己学習能力と問題解決能力を身につけるよう促していく。相手は大半が17歳前後の難しい年頃の若者である。教育者としての資質とノウハウが必要とされる。

1800時間のマイスター養成コース

マイスターになるには、ゲツェレ(職人)の資格を取得したあと、最低2年間の職業経験を積んだのち、手工業会議所や国(州)が開催するマイスター養成コースに通い、国家試験を受け合格しなければならない。マイスターコースは、1年から1年半の集中コースや、週末メインの数年に渡るコースなどあるが、授業(講義・実習)時間は、木大工マイスターコースで合計1800時間。技術の理論と実技から経営学、組織マネージメントまで、最高峰の技術者、経営者になるための養成を受けるが、教育者としての知識とノウハウを身につける授業も120時間(5〜6週間)、しっかりと組み込まれている。

マイスター称号は誇りであり、会社の品質表示

「マイスターは空から落ちてくるものではない」という言葉があるが、素質がある優秀な職人が、相当な勉強とトレーニングをし、取得するものである。マイスターは、職人の最高資格者、経営者、教育者として、ドイツの社会では、今日でも高く評価されている。どこの会社でも、経営者や幹部職員が取得した「マイスター証書」が、目立つ場所に誇らしげに掲げてある。会社とその商品、サービスのクオリティを保証し、顧客に信頼感を与えるものであるから。

私は、日本からの視察団とドイツの会社を訪問する機会が多いが、ドイツの経営者が「私の会社には、従業員20人のうち、マイスターが3人いて、見習生が6人います」といった会社紹介をすることがよくある。それは「自分の会社の技術と経営レベルは高く、同時に若い世代の育成もしっかり行なっている健全な会社です」ということを暗に伝えている。

ドイツ政府はマイスター復権で手工業職人の増加を目指す

ドイツの手工業職は130以上あり、そのうち、会社を設立する際にマイスター称号を所有していることが法律で義務付けられている職業が41職種ある。消費者保護と安全の観点からそうされている。木大工職やパン職人などがそれに属する。2003年以前は94職種あったが、EUが目指す自由競争と価格安の政策により、当時のドイツ政府は、53職種をマイスター義務から外した。それによって建設業では、規制緩和されたタイル貼り職や内装職で、マイスター称号なしで独立する事業者が増加した。一方で、それらの職種で「仕事の品質が低下した」「見習生を受け入れられる会社が少なくなった」という意見を手工業業界からよく聞く。

ここ10年あまりで手工業職の人手不足が続いている。ドイツ政府は昨年から、一度マイスター義務を緩和した職種のいくつかを、もう一度義務化し、手工業職の知名度と品質を向上させ、見習生を増加させることを目指す政策提言している。「再び規制をかけることは経済に逆効果」という経済界の声もあるが、高い品質と人材養成を重視するドイツ手工業連盟(ZDH)は、これを歓迎している。

ドイツの職人養成 デュアルシステム ③放浪の旅

「聡明な人は、旅を通して最高の自己形成をする」

ドイツの有名な作家ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの言葉である。

ドイツの手工業職人の世界には、中世のころから続いている伝統的な風習がある。「Walz(ヴァルツ)」と呼ばれる「放浪の旅」である。職人は、ゲーテの言葉どおり、旅を通して自分の腕と心を磨く。

旅職人の伝統と規則

旅をするのは、3年間の職業養成を終了し、ゲツェル(職人)の称号を取得したものである。中世のツンフト(=同業者の組合)制度では、放浪の旅は、マイスターの試験を受けるための義務であった。現在では、放浪の旅は、職人の自由意志に基づくものであるが、主に大工や建具職人など建設業関係の職人たちが、昔からの伝統を継続している。

職人の放浪の旅には昔から、前提条件と規則がある。ゲツェルの称号を持った職人で30歳以下、未婚であること。負債や前科を持っていないこと。旅の期間は通常3年間と1日、その期間中、基本的に故郷の50km圏内に戻ってきてはいけない。移動は基本的に徒歩とヒッチハイクで、公共交通の利用は禁止ではないが、好ましくない。遠い外国に行く際の飛行機の利用は許可されている。旅の最中は、職種別にある伝統的な作業着を身につけていなければならない。大工の場合は、黒い帽子、襟のない白いシャツに黒のコードジャケットとズボン。木製の杖を持ち、それに「シャルロッテンブルガー」という身の回り品が入った巾着袋を結びつける。一般の人が、一眼で「旅職人」と認識できる装いでなければならない。というのは、彼らの移動や寝泊まりは、旅先の他人の好意に頼ることになるからである。見ず知らずの人に安心感を抱かせなければならない。「誠実」であることは、旅職人の世界では、放浪の旅という伝統を継続するための大切なことであり、そのために、負債や前科がないという前提条件を満たした職人が、伝統的な衣装を身につけ、誠実な振る舞いに心がける。放浪の旅をする職人は、通常「シャフト」と呼ばれる同友会のメンバーになる。複数の同友会があり、それぞれで、細かなルールやしきたりがある。旅をするのは伝統的には男の職人だけであったが、戦後は、女性の旅職人も許可をするシャフトもできた。

ユネスコ無形文化財に登録された「放浪の旅」

旅職人は、見しらぬ場所に行って、建設現場などに飛び込み、仕事がないか問い合わせる。または、シャフトのネットワークで、仕事を探していく。基本無償で労働を提供し、そのかわり雇い主に住まいと食事を提供してもらう(最近は報酬をもらって働く場合が多くなっている)。1箇所にどれだけいるかは、その現場の仕事量や本人の意思次第。放浪の旅の意義は、自分の生まれ故郷とは風土も文化も違う場所で、異なる技術や仕事の仕方、考え方を学んで自分の技能を高めること、そして苦労をしながら冒険的な旅をすることによって人間性を養うことである。ツンフト(=同業者の組合)で、マイスター試験を受けるための前提として放浪の旅を義務付けていた中世の時代は、親方(マイスター)が、自分の将来の競合を自分のエリアの外に追い出す、という意味合いもあったようだ。

ドイツにおける職人の放浪の旅(ヴァルツ)は、2015年、ユネスコの無形文化財に登録された。現在でも、大工を中心に、推定600人くらいの職人が、旅をして腕と心を磨いている。日本の宮大工のもとに修行にくるドイツの大工職人もいるようだ。旅をした職人は、雇い主からの評価が高い。好んで雇用される傾向がある。苦労と冒険の旅をして、知識と技術と人間性が豊かになっているので。特に地域密着で営業をしている小さな工務店では、顧客とのコミュニケーション能力、信頼関係は、大切なベースであるから。

ドイツの職人養成 デュアルシステム ②木大工職人の養成

「木」の職業は人気

「今の若者の多くが、体を使う、汚れる仕事でなく、机に座ってやる仕事に就きたいと希望している」とシュヴァルツヴァルトの職業学校で木材工学を教える私の友人のシュラッター先生はいつも残念そうに話す。ドイツでは、長い間大学進学率が30%前後であったが、10年くらい前から急に上昇し、2011年以来、50%を超える数字で推移している。石大工や金属加工、左官の職の見習生の数は、ここ数年減少の一途を辿っているようだが、木大工や建具職人など、「木」に関わる職業の見習い生は、一定のレベルを保っており、手工業職の中でも人気があるようだ。

ドイツ木大工マイスター連盟の統計によると、木大工の見習い生の数は、2013年の6903人から2017年には7280人と、毎年2%前後の上昇傾向にある。雑誌や新聞などのインタビュー記事によると、「木が好きだから」「小さいころから木工が趣味で」といった、木というマテリアルに対する愛着によって、多くの見習い生がこの職業を選んでいるようだ。

自ら仕事を計画し、実行し、検査できる職人を養成

ドイツでは、早くて16歳から職業見習いとして手工業職の養成コースに進むことができる。期間は通常3年間、見習生は、自分が就きたい職業分野の企業を自ら見つけ、見習い(徒弟)契約を結び、それをもって職業学校に入学手続きをする。職業養成は、時間的には企業での実践的な訓練が6〜7割、残りが学校という配分になる(=デュアル職業養成システム)。見習い生といっても、実際に企業で労働を提供するので、一定の給料も支給される。木大工の場合は現在、1年目で平均月給が650ユーロ、2年目で900ユーロ前後、3年目になると1200ユーロ前後が相場である。

養成の枠組みと内容は、手工業職の場合、手工業会議所と国が定める職種別の「職業養成規則」に基づいている。この規則の第三条に、職業養成の「目的」が記されているが、そこで「とりわけ重要」だと明記されているのが、「自ら仕事を計画し、実行し、検査する」ことができる人材を養成することである。これは、ドイツの教育全般に共通することで、これができる「自立」した人材がブルーカラーでもホワイトカラーでも養成されていることが、ドイツの企業の高い問題解決能力、応用力、イノベーション力、労働生産性を根底で支えている。計画・実践・検査の能力は、同じ現場がひとつもない、全て個別事情の仕事をする木大工職人には、とりわけ重要なものである。

職人(ゲツェレ)になるための包括的な卒業試験

「職業養成規則」には、職業別に3年間の養成枠組みプランが書かれている。そこには、複数のテーマ(項目)があり、項目ごとに、具体的な習得内容の箇条書があり、何年目で、どのテーマにどれだけの時間を費やす、ということが具体的に明記されている。例えば、木大工の職では、最初の1年目で「雇用契約」「会社組織」「作業安全」「環境保全」「受注から計画、実践」「作業現場の準備」「資材の確保と保管」「設計図面の解釈とスケッチ」「測量」「木材加工」「断熱材の施工」「ファザード施工」など基本的な知識と技術を学び、2年目になると、「受注、仕事量の推定とプラン、工程表の作成」「資材の選択と準備保管」「基礎地盤の確認、検査」「品質管理のための作業日報の作成」といったものが加わる。3年目になると「基礎工事と外壁施工」「木材加工機械の操作とメンテナンス」「既存の構造材の維持メンテナンス」が加わり、それまで学んだことの復習と補強が行われる。

1年半目で中間試験、そして3年目の終わりに卒業試験がある。卒業試験は、8時間の実技試験と、「木構造」「建築資材」「経済・社会」の3分野の筆記試験(それぞれ60〜180分)から成り立っている。実技では、受験者は、屋根の構造材や階段の模型作成の課題が与えられ、その課題内容に応じて、自ら設計し、工程計画を立て、完成品の検査を行う。そのなかで、労働安全や作業者の健康、環境保護の側面も考慮しなければならない。組手や加工の機能性と精度など技術的側面から、労働法や環境規制を踏まえた上での複合的な仕事の計画・遂行・検査能力が試験される。この実技試験と3分野の筆記試験に合格すると、一人前の職人(ゲツェレ)としての称号がもらえ、正規の従業員として企業で働くことができる。

ドイツの職人養成 デュアルシステム ①歴史と今後の行方

職人の国ドイツには、養成システムという、企業と学校で「デュアル(=二元的)」に職業人を養成する伝統的な職業養成制度がある。ドイツの高い技術力、ハイクオリティの製品、強く安定した経済力を根底で支えている制度だ。

徒弟 − 職人 − マイスター

ドイツの職人養成の起源は中世13世紀ころにある。中世都市の発展とともに、手工業が栄え、手工業者の間で、「徒弟」、「職人」、「マイスター」という3つの階級身分が成立し、マイスターが徒弟と職人を育てていた。また同時に、各都市で、同業者の組合「ツンフト」がつくられた。このツンフトが、徒弟と職人の実践的な養成の内容と枠組みを決め、徒弟が職人、職人がマイスターの称号をとるための試験を企画、実施した。

ツンフト →  イヌング →  手工業会議所

ツンフトによる手工業職の養成制度は数百年続くが、19世紀の産業革命により大規模な工業的生産が普及すると、生産性と効率、営業の自由が求められるようになり、それらに反するツンフト制度は解体されていき、1869年に法的に廃止された。しかし手工業者たちは、イヌングという新たな同業者組合の設立運動を起こし、国の理解と支援も受けるようになり、多様な業種の同業者組合イヌングを大きく取りまとめる手工業会議所という公益法人が設立される。そして1897年の手工業法によって、手工業会議所が、正式に、職人の教育と階級試験を取り仕切る機関となった。また同時並行して、職人に理論的な教育を実施する学校施設も設立され始めた。現在のデュアル養成システムという、全国統一的な国家制度となったのは、1953年の手工業条例と1969年の職業養成法の制定からである。

国際的に高い評価

経済界と国がしっかりタイアップし、教育の中身と枠組みを決め、共通の理論的ベースに実践的能力も備えた即戦力になる人材を養成するデュアルシステムは、スイス、オーストリアにもあり、国際的にも高く評価されている。欧州のなかでドイツの若者の失業率が低いことの大きな理由がこの人材養成システムにある。一方フランスでは、国の学校施設でのみの職業教育であり、現場との距離、実践経験のなさが問題視されている。また企業での実践的な教育に大きく頼るイギリスのシステムにおいては、養成される人材の知識と能力にばらつきがあることが指摘されている。国によるこれらの違いは、EU圏内での労働者の流動性ということで問題になっている。とりわけドイツの養成システムは、包括的で高レベルなため、そのレベルを落とし、EUの他の国のものに近づけるべきだ、という要請や意見もある。しかし、国と一緒に職人の教育を司るドイツの手工業会議所は、信念をもって頑固にその伝統と品質を維持しようとしている。

手工業分野の徒弟(見習生)は、3年の職業養成期間の大半の時間を、企業で、先生である親方(マイスター)のもとで過ごすので、そこで強い人間的な結びつきも生まれる。企業にとっては、将来の正規社員を育てる、見定める期間であり、優秀な見習生は、養成期間終了後にそのまま雇われることが多い。もちろん、見習生がその企業にそのまま社員として残るかどうかは当人の自由意志であるが、3年間で会社と従業員のこと、仕事の中身も知っているので、正社員への移行はスムーズである。