南西ドイツ、シュヴァルツヴァルトの西の麓に位置する環境首都フライブルク市。その隣村ホッホドルフに、有名な豆腐工場がある。名前は、タイフーン豆腐有限会社(Taifun-Tofu GmbH)。国際用語にもなっている「台風」にちなんだ名前だ。従業員は現在約270人、年間売上げは、2019年で3800万ユーロ(約46億円)、1週間に約100トン、約50万個の豆腐商品を生産し、ドイツを中心に欧州15カ国に販売している。ドイツでは市場シェアNo.1の豆腐メーカーである。そして商品は100% Bioビオ(有機認証食品)。欧州の約1万軒の自然食品の専門店、その他大手スーパーや小売店数十社の店舗に並んでいる。
小さなそよ風が大旋風に
名前のとおり、欧州の食品業界に豆腐の「大旋風」を巻き起こしているタイフーン社であるが、始まりは、フライブルク市旧市街にある小さな建物の地下室から起こった小さな「そよ風」だった。
1985年、環境と食に関心があり、社会を変えたいという思いを持った数名の若者たちが、アメリカ旅行で知った豆腐という栄養価の高いベジタブルフードと、それを使った様々な料理の可能性に魅了され、いろいろ実験を試みた。その中心メンバーがタイフーン社の設立者でオーナーのヴォルフガング・ヘック氏だった。
翌年の1986年には、週に4kgの有機豆腐を製造し、朝市の屋台で販売を開始した。最初からビオであった。当時、ヨーロッパでは目新しかったこの食品は、フライブルクですぐに人気が出て、1987年にはタイフーン社を設立、新規に広い工房を借りて、製造量を週800kgに増やし、売り場もフライブルクで新しくオープンしたマーケットホールの一角に移した。この新しい手作り食品の地域での知名度は益々増して、フライブルク市内と周辺地域の数軒のビオの小売店から販売したいという問い合わせが来るようになり、卸売も始めた。販売量が増えると、地域のビオ卸売会社に小売店への販売を委ねるようになった。
タイフーン社躍進の大きな転機は、1990年1月のベルリンでの食品見本市であった。ベルリンの壁が開けられて2ヶ月後、彼らが見本市会場の片隅の小さな屋台でフライパンを使って焼いた試食の豆腐は、多くの東ベルリン市民の好奇心をそそり、焼いた側からすぐになくなる状況だった。そこに広くドイツ各地で自然食品の卸売を行う会社が訪れ、「うちの会社の商品リストに入れたい」と申し出た。そこからタイフーン豆腐の全国販売が始まった。
1994年にも大きな変革があった。従業員が20人にまで成長していたタイフーン社は、現在の所在地であるホーホドルフの工業団地に新しい工場をつくり、これまでの手工業的な生産から、工業的生産へ大きくシフトした。それから今日まで約25年、このビオの豆腐製造会社は、人々の健康志向や環境意識の高まりも受けて年々市場を拡大し、それに合わせて生産工場も増築拡張し、従業員も増やしていった。
ヨーロッパ人の味覚に合わせた多様な豆腐商品
豆腐のパイオニア企業タイフーン社の成功の理由の一つは、その商品の多様さとヨーロッパ人への馴染みやすさである。「ヨーロッパ人の味覚に合わせて、アジアにはない新しい商品を開発した」と1994年から会社で働く経営マネージャーのアルフォン・グラフ(Alfon Graf)氏は言う。木綿豆腐や絹ごし豆腐、揚げ出し豆腐など日本でも馴染みのものもあるが、人気があるのは独自に開発した燻製豆腐である。
「ヨーロッパには昔から燻製の文化があるからね。それを豆腐に応用したんだ」とグラフ氏。
また、ウインナーソーセージやスライスソーセージ状の燻製豆腐もある。味のバリエーションも多彩で、例えば木綿豆腐には、バジル味、オリーブ味、マンゴーカレー味があるし、揚げ出し豆腐には、ピザ味、イラクサ味などがある。
ベジタリアンと豆腐
タイフーン社は、料理のレシピの開発も行っており、会社のホームページには、サラダやサンドイッチ、スープ、グリル/オーブン料理、スパゲッティやピザ、ケーキやアイスなど、オードブルからデザートまで、アジア風からヨーロッパ風まで、ヨーロッパ人の趣向に合わせた多彩な料理が紹介されている。豆腐の発祥地であるアジアにもいろいろな豆腐料理があるが、大きな違いは、タイフーン社のレシピには肉や魚が一切使われていないことである。ドイツで豆腐を食する人たちの多くはベジタリアンで、たんぱく質の多い豆腐を、肉や魚の代価として食している。ベジタリアンは現在世界中で増加しているが、ドイツでは全人口の約10%がベジタリアンとの調査結果もある。そのうち10%(すなわち全人口の1%)は、ビーガン(動物性のものを一切食べない完全な菜食主義者)である。ベジタリアンやビーガンの人にとっては、豆腐は欠かせない食品になっている。最近各地で急速に増加しているベジタリアン、もしくはビーガンレストランでも、豆腐は必ずと言っていいほどある。
最近20年あまりのこのような菜食文化の普及も、タイフーン社が小さな風から大きな旋風に成長した理由の一つである。ベジタリアンは、環境保護や動物保護、健康志向などの動機がベースとなっているが、タイフーン社の設立当初のメンバーたちも、同様の問題意識をもって事業をはじめ、現在でもそれが継続されている。
さて、豆腐の製造には大豆が必要であるが、次回のレポートでは、タイフーン社がコーディネートする欧州でのその大豆の栽培と品種改良の取り組み、会社の理念である「福祉エコノミー」について紹介する。