コロナがポピュリズムの減少を促進

ドイツのベルテルズマン基金による最新の興味深い社会学調査です。

https://www.bertelsmann-stiftung.de/fileadmin/files/BSt/Publikationen/GrauePublikationen/ZD_Einwurf_2_2020_Populismusbarometer.pdf

2017年、世界的な傾向と同調し、ドイツでも有権者の約3割がポピュリズム的スタンスでしたが、2019年以来、減少傾向があり、今年のコロナ危機がその減少傾向を後押ししている結果がでています。


ポピュリズムのピークだった2018年末と2020年6月の間の値を比較すると、「ポピュリズムの有権者」の比率は32.8%から20.9%と約12%の減少、「ポピュリリズムでない有権者」は、31.4%から47.1%と、約16%の上昇、「どちらにも該当する有権者」は、35.8%から32%と、約4%減少しています。

政党別で見ても、右よりも左よりもほぼどの政党においても、ポピュリズム有権者の割合は2018年との比較で、大きく減少しています。唯一「緑の党」だけが、もともとポピュリズム有権者の割合が少なく、減少幅も僅か。

この調査は、学術的にポピュリズムの定義をし、それに基づいてアンケート項目を作成し行われています。多様性のデモクラシーの発展を望む私としては嬉しい傾向です。コロナで進行している多くの人々の内面の質的変容は、持続可能な社会に待ち望まれるパラダイムの変換を牽引する力になると希望を持っています。

2020年上半期 ドイツ視察セミナー

2020年上半期、公募中の6つのドイツ視察セミナーです。

2020年 1月15〜19日 (申込み期限2019年12月17日)

木の建築と森林 -スイスアルプス + 黒い森 + SWISS BAU

スイスアルプスで、暖房も機械換気もない建物!
職人養成施設の訪問
古建築の改修
持続可能な森林業

2020年1月29日〜2月2日(申込み期限2020年12月25日)

屋根+木」展   &  黒い森

2年に1度の木造建築の祭典「屋根&木展」
シュヴァルツヴァルトの現代木造建築と古建築改修
フライブルク市の旧市街の街づくり
多機能な森づくり

2020年3月11日〜15日(申込み期限:2月1日)

モノづくり 木づくり 地域づくり

ドイツアルプスの伝統的手工業と観光業
工場跡地を木造建築で多機能に再開発
キッチン、インテリア
ミュンヘン国際手工業見本市

2020年4月2日〜6日 (申込み期限:2月20日)

森林業 + Forst Live

持続可能な恒続森のマネージメントと伐採現場
地域製材工場
地域木質エネルギー利用
Forst live (林業機械展)

2020年5月13日〜17日 (申込み期限:3月31日)

森と緑と水とワイン

サステイナブルの原点 −多機能森林業
フライブルク市エコ住宅地ヴォーバン地区の緑の街づくり
ライン川の冠水域 −自然保護と国土保全と経済とレジャーのバランス
ワイン畑とエコロジー

2020年7月1日〜7日 (申込み期限:5月20日)

KWF林業機械技術展 + 森林業

4年に一度、世界最大の林業機械技術展KWF -現地デモと展示
良質広葉樹大径木の森づくり
シュヴァルツヴァルトの持続可能な森林業
森林レクレーションと街のグリーンインフラ

ソーラー電力自己消費 

先週(2019年5月半ば)、自宅の屋根にソーラーパネルがつきました。

設備容量はほぼ10kWp、地元の電気設備会社にトータルで頼んで設置してもらいました。屋根で生産した電力をそのままダイレクトに自宅で消費し、高い電気料金を節約することを第一に考えてのものです。

ドイツで再エネ電力の固定買取(FIT)を電力会社に義務付ける再生可能エネルギー法が始まった2000年代のはじめのころは、太陽光発電は、小規模の屋根設置型で1kWhあたり50セント(約65円)ともっとも高価な発電源でしたが、生産量の増加と技術革新によって、わずか15年あまりの間で、風力発電と並んで、もっとも安い再生可能電源になりました。現在のドイツの小規模の屋根のソーラーの発電コストは、kWhあたり10セント(13円)を切っています。野立てのメガソーラーであれば、6セント(8円)くらいのものも現在つくられています。

以前はFITに頼り、作った電気を売電する、というビジネスモデルでしたが、2015年くらいから、自己消費型の事業が、家庭や製造業などで増加しています。一般家庭の電力価格が1kWhあたりおよそ28セント(36円)、中小の製造業で20セント(26円)に対して、屋根のソーラー発電のコストは9セント(12円)以下なので、自分で消費したほうが経済的になっています。我が家もその波に乗っかりました。

電気設備会社が見積と一緒に提供してくれた生産と収益のシュミレーションによると、家の屋根についたソーラーの年間生産量はおよそ1万kWh。1kWpあたり1000kWh、ドイツの平均より100kWhくらい上を行っています。屋根は南東向きで少し高台の日当たりがいい場所なので。日本の太平洋岸の地域の1300とか1500kWhに比べると低いですが。

我家の電力消費量は年間およそ4500kWhくらい。屋根の上のソーラーから直接自己消費できる電力量はおよそ2000kWhいう予測です。よって電力自給率は45%程度になります。地元のヴァルトキルヒ都市公社に払っている電気代は月々100ユーロくらいですが、それが半分くらいになるはずです。余剰電力は年間およそ8000kWhで、これはまだ継続しているFITで1kWhあたり11セント(14円)で買い取ってもらえます。計算すると初期投資は10年前後で償却できる計算になります。地域の繋がりを大切にし、地域での再エネ増加を目指しているヴァルトキルヒの都市公社は、顧客が設置した太陽光パネルに対して、一律720ユーロ(9万4千円)の補助をしています。自己消費が増えると電力の売り上げは減るにもかかわらず!

電気設備会社からは、自給率を8割くらいまで上げることが可能な6.7kW蓄電池(価格は50万円くらい)も合わせて提案され、経済性も高くなるので追加でつけるかどうか考えましたが、とりあえず、バッテーリーのコストパワーマンスがもう少し高まるまで、あと1、2年待つことにしました。

さて、これからは、太陽が照っているときに洗濯機や食洗機を回し、調理をすることを心がけて行かなければなりません。

岩手中小企業家同友会会報「DOYU IWATE」2019年6月号に掲載

多彩な田舎暮らし

先月、学術調査の仕事で、日本の大学の農学部教授とともに、オーストリアのブレゲンツァーヴァルト地域を訪問しました。

ブレゲンツァーヴァルトは、オーストリア西端のフォアールベルク州のなかにある23の小さな自治体から成り立つ人口約3万人の農村地域です。ドイツとスイスに国境を接するボーデン湖南部のラインの平野に接し、その南にそびえるオーストリアアルプスの谷間に位置し、きれいに管理された牧草地と森林のモザイク景観のなかに、木造建築の家々が分散して点在する美しい景色の場所です。農林業と木材産業、観光業がうまく噛み合い、相互補完的に維持発展している豊かな農村地域でもあります。

私は、自分の専門の森林や木材産業のテーマでは何度も訪れている地域ですが、今回は、酪農がテーマでした。主要な農産物は牛のミルクを使ったチーズです。この地域では、伝統的に、「三段農業」というものが営まれています。季節ごとに牛を飼育する場所を移し替える農業です。冬の間は麓の住まいに隣接する「下段」の牛舎で夏場に収穫保存した干し草を食べさせ、春先と秋口(5 月と10月あたり)は、少し標高の高い「中段」で放牧し、夏場(6〜9月)は、アルプスの高原の「上段」で放牧する、というものです。それぞれの「段」で、牛舎とチーズ工房があり、農家の共同体で自主運営されています。この「三段農業」は、2011年にユネスコの無形文化遺産に登録されています。

一件の農家あたりの牛の数は10頭から20頭、ほとんどが小さな兼業農家です。何件かの農家を訪問しましたが、農業と林業をやりながら、民宿業を営む、そして冬場はスキーのインストラクター、またはホテルやレストランの事務や給仕、地域の木材産業で職人として働く、公務員、地方議員など、複数の仕事を掛け持ちして、伝統的な酪農を維持していました。「大変なときは、近くに住む娘や息子、兄弟姉妹が助けに来る」と家族の支援も欠かせません。多彩な田舎暮らし、地域や家族への愛情や誇り、家族の絆がありました。

「規模が小さい農業が却って元気」という州議会議員の酪農家の指摘もありました。「規模を大きくしたことで、負債も仕事量も増え、経営が大変になっている農家がある」と。専業化、分業化が進められて行ったのは、人間の歴史では、ここ100年あまりのことです。それまでは、特に田舎の暮らしは、多彩な仕事の掛け持ちで成り立っていました。今、その良さが見直されてきています。

多彩な暮らしは、コーディネートやコミュニケーションが大変ですが、その分、喜びが増え、リスクは分散します。

岩手中小企業家同友会会報 「DOYU IWATE」連載コラム 2019年5月より

木食い虫が教えてくれること

2018年のドイツを中心とする中央ヨーロッパは、気候温暖化の影響で、記録的な干ばつと熱波に見舞われた。ドイツでは、この年の平均気温は10.5度と観測史上最高を記録し、晩春から秋にかけては雨が極端に少なく、10月になってもドイツの土壌の70%以上が干ばつ状態にあった。

筆者の住むシュバルツヴァルト地域は、森林率が40%から80%で、林業が盛んなところであるが、水不足と日照りで弱った針葉樹のトウヒに木食い虫が大量発生し、大きな被害をもたらした。

木食い虫の被害のメカニズム

木食い虫の種は世界で4000種以上あるが、中央ヨーロッパで森林被害を起こしているのは主にドイツ語でBuchdrucker(プリンター)という種である。大きさは4〜5mm、生きているトウヒの樹皮に穴を掘り、その中に卵を産み、卵から孵った幼虫は、樹皮の内側の師部を流れる養分を糧に成長する。そのため、一気に大量の木食い虫「プリンター」に襲われた木は、養分の内部分配機能が衰え、枯れて死んでしまう。

通常、健康な状態のトウヒは、木食い虫の侵入に対して、樹脂を生産して自己防衛する。しかし、干ばつが続くと、水不足のため樹脂の生産ができなくなり、木食い虫は、弱り無防備になったそのような木に大量発生する。昨年の夏は、木食い虫にとって絶好の繁殖環境であった。シュヴァルツヴァルト地域を含むバーデン・ヴュルテンベルク州では、2018年、トウヒを中心に推定150万立米の木が被害を受けた。年間の針葉樹の伐採量の4分の1程度に相当する量である。

林業家に経済的な損失

木食い虫の被害を受けた木は、周りの立ち木に虫の害が広がるのを防ぐため、伐採され搬出される。木食い虫による原木へのダメージは外側の樹皮の部分だけであるので、内部の木材になる部分は健全なため建築用材などとして販売することができるが、色が変質しているため、製材工場による買取価格は、通常の値段から30〜50%差し引かれたものになる。森林所有者にとっては経済的に大きな損失である。また、被害木が大量に市場にでてしまうと、供給過多で、価格はさらに低くなり、また、市場がある期間内に買取ることができる木材の量には限界があるので、健全な普通の木の伐採を抑えなければならない状況にもなる。被害が大きかったいくつかの地域では、「普通」のトウヒB/C材の伐採を当面抑えるように指示が出されているところもある。被害にあった木を「片付ける」ことが優先、ということで。

被害の主な原因を作ったのは人間

木食い虫の大きな被害は、ドイツでここ20年間、何度か起こっている。1999年末の大風害の後や、2003年の夏の干ばつの後など、今回同様、異常気象がきっかけになっているが、人間が森に対して過去に行ったことも原因になっている。シュヴァルツヴァルトを始め、ドイツの多くの場所で育っているトウヒは、成長がいい、植えやすい、管理しやすいということで、人間が意図的に一斉植林したものである。日本で言えば、スギやヒノキに相当する。シュヴァルツヴァルトでは、トウヒはもともと、標高の高い場所の湿地や寒冷地に数パーセント点在する樹種であったが、過去200年余りの間で人間が植林によって増やし、30〜40%の割合を占めるまでになっている。トウヒは、根を浅く張る樹種で、夏の日照りや乾燥に弱い。よって、暖かい乾燥した南斜面などでは、弱りやすく、木食い虫の餌食になりやすい。これに対して、シュヴァルツヴァルトでもともと主力だったブナとモミの木は、根を深く張り、地中深くから水を吸収できるので、日照りや乾燥に耐性がある。風害や虫の害など過去の度重なる森林被害の経験から、土地にあった樹種を増やしていくこと、種の多様性を創出していくことが、ここ20年あまり進められているが、森の木のサイクルは100年以上、ゆっくりとした転換にならざるを得ない。

多様性はリスク分散

広葉樹をはじめとする多様な樹種構成で、大径の優良木(A材)が育った森を持っている所有者は、経済的なダメージの度合いは少ない。トウヒの建築用材には関係のないニッチな市場に材を供給できるからである。「多様性」は経営のリスクを分散させる。これは、数世代に渡ってそのような森づくりが行われてきたからである。温暖化の進行によりますますリスクが大きくなっている単一樹林では、今の世代が将来の世代のために多様性のある森林への転換を進めていかなければならない。木食い虫は、人間にそれを促している、そのための手助けをしてくれている、とも言える。

EICエコナビ 連載コラム「ドイツ黒い森地方の地域創生と持続可能性」へ

耳をすまして

12月初め、日没後の暗く静かな森の中を、手作り提灯を手に持ち、幼稚園の子供と先生と親達が、ギターとフルートの伴奏に合わせクリスマスの童謡を歌いながら歩いて行く。たどり着いた小さな広場で、子供達が一人一人、モミの葉っぱで作った螺旋のサークルにロウソクを置いて行く。森の幼稚での季節の行事の中で、もっとも静かで幻想的なセレモニーです。3人の子供を通じて10年間お世話になったヴァルトキルヒの森の幼稚園。末っ子の娘は来年から小学校なので、今回が私たちにとっては最後。クリスマスシーズンの始まりにあるこの短いイベントは、師走の忙しい時期に、いつもほっと心を落ち着かせてくれました。森の静けさに、音楽に、自分の内面に、耳をすます貴重な時間でした。

日も短く、薄暗いどんよりした天気が続き、視覚による知覚が鈍くなるこの季節、人間は、より耳に頼ります。耳の感覚が鋭くなります。耳は、音を聞くだけでなく、バランス(平衡)感覚を司ります。足元が見えない暗い森の中を歩いて行くときは、内耳の三半規管が働きます。目は、外のものを「探索」する外向的な性格を持った感覚器ですが、耳は、外からの刺激を「聞き入れる」内向的な感覚器です。耳が鋭敏になる冬のクリスマスのシーズンは、人々は内向的に内省的になります。

現代人は、知覚情報の約8割を視覚から得ていると言われています。あらゆるものが、テレビやネットなどあらゆる媒介でビジュアル化され伝達されるなかで、ラジオ番組やステレオで聞く音楽、パワーポイントを使わない語りだけの講演など、聴覚だけで知覚するものが、新鮮で、落ち着きや安らぎ、深い感動を与えてくれることがあります。

耳は、人間の発育の過程でもっとも早く出来上がる感覚器です。胎児の耳の形成は、受精から数日後、胎児がわずか0.9mmの大きさのときに始まります。受精から4ヶ月半後には、音を聞き取る器官である内耳の蝸牛が大人の大きさに出来上がっています。耳は、生まれたばかりの赤ちゃんが生存する上で、もっとも重要な感覚器だからです。

視覚による知覚に偏重した現代人は、耳の大切さを忘れています。

ドイツの哲学者のハイデッカーは、耳を通して考えることの大切さを論じました。聴覚で知覚するほうが、思考のプロセスが、より分化され、より注意深く、より正確に、内向的に進行するということを。

岩手中小企業家同友会 会報「DOYU IWATE」2019年1月号より

WhyとHow

「ドイツではどうなのでしょうか」「ドイツではどうしていますか」日本の視察団からよく発せられる質問です。英語で言うと「How」です。経験的に物事を積み上げ、改善、改良し、その結果としていいモノをつくる、というプロセスが一般的な日本においては、「自然な」質問です。他の場所でどうなのか、どうやっているのかを知り、自分のプロセスの全体もしくは一部の改善のためのお手本にする、という手法です。特に明治以来、日本人はこのやり方を徹底し精錬し、世界をリードするモノを生産し、日本の経済を発展させてきました。

しかし、「How」だけでは見落としてしまうものがあります。それは、日本人が手本として手に取るモノが、どういう考え方、目標、枠組み条件の上にあるのか、という観点です。「なぜそうなのか」「なぜそうしているのか」という「Why」の質問で明らかになるものです。

持続的に成功しているもの、成熟し安定して機能しているものの背景には、古今東西を問わず、明確な哲学とコンセプトと合理性があります。それらの事例を学ぶのに、Howという質問だけでは、表面的で部分的な情報の入手だけに終わってしまう危険があります。Whyという問いかけで、根底にあるもの、背景にあるものを知って初めて有用な情報になります。

Howという質問だけで得た欧州の表面的で部分的な情報やノウハウやモノを、哲学やコンセプトや枠組み条件が異なる日本のプロセスのなかに組み入れ、目の前の問題の解決、改善を試みたが、上手く行かなかった、という事例は残念ながら数多くあります。

小さい頃から学校でも家庭でも社会でも、経験的手法の訓練を受けている日本人は、「お手本」となる事例やモノや人物を求めがちです。

私はドイツの森林の専門家らと10年来、日本でコンサルティング活動をしています。日本の森林と地域の持続的な発展を目標に、日本の森林の立地条件(地質、地形、土壌、気候、植生など)と地理社会条件を抑えた上で、ドイツでの経験と実績を基盤に、「論理的」に日本にマッチしたソリューションを提案してきました。しかし、提案を受けた日本側のレポートや報告では、「ドイツの森林官がそう言いました」「ドイツではこうやっています」といった言葉で説明されることが多く、日本の高山などで、その土地の状況に合わせた、そこで機能する事例ができても、「欧州式」とか表現され、「本質が理解されていない」と歯がゆさを感じてきました。

今年10月に開催された5回目の岩手中小企業家同友会の欧州視察では、「Why」の問いかけが、これまでよりも多くありました。一部の参加者の方からは、「自分の会社を、地域を変えなければならない」という強い思いと使命感、気迫を感じました。

岩手中小企業家同友会の会報「DOYU IWATE」2018年12月号に掲載のコラムより

インクルージョン

先週、岩手中小企業家視察団の第5回目の欧州視察セミナーでした。エネルギーヴェンデをテーマに始まったセミナーでしたが、「持続可能性」を基軸に、農業や森林業、木材産業など、回を追うごとにテーマは広がり、今回は、要望に応え「インクルージョン」の視察も加えて実施しました。

ここ10年あまり、「インクルージョン(=包括、一体性)」という言葉が、ドイツの社会で定着してきました。異なる人々が同等の権利を持って社会活動に参加することです。知的レベルや身体能力、出身地や育った環境、性別などの違いを、みんなが当然のこととして認め、差別や線引きをせずに、協働し、共生することです。類似の言葉に「インテグレーション(= 統合)」があります。こちらは、違いがある人々を社会のなかに「取り込み」ますが、「異なる」人々は、「囲い」のなかに集められ、「普通」の人々と「並行」して共存します。障害者や移民・難民に、特別な施設や住居を提供する従来の福祉政策がそうです。一方で「インクルージョン」においては、「普通」の人々と「異なる」人々が、同等の権利をもって混ざり合い、「一緒」に生活、活動をします。

私の息子は、2013年、小学校入学に際し、インクルージョンクラスに入りました。クラス23人のうち「ハンディキャップ」を持った子供が5人、先生が2人という構成でした。ドイツの小学校は4年間ですが、息子は、多様性のあるクラスのなかで、社会的能力、自己管理能力、判断力、配慮の心などが、より身についたと実感しています。「普通」の子供である息子は、ハンディキャップのある子供を助ける、サポートする役目でしたが、「与える」ことで、多くのものを「受け取り」ました。

今回の同友会の視察でも、インクルージョン企業から、同じような見解や経験談を聞きました。「ハンディキャップのある従業員が入ったことで、会社の雰囲気が変わった。従業員同士のコミュニケーションがポジティブに、親密に変わった」「仕事を丁寧にゆっくりやるようになった」「普通の人と障害者、一緒に仕事をしていると、いったいどちらが障害者なのか、わからなくなるときがある。障害者からたくさん与えてもらった」など。

違いやハンディキャップを「個性」と認識し、それぞれの個性を生かして、仕事の構成と配分をする。仕事内容に人を適合させるのではなく、人の個性に合わせて仕事を再構築し、みんなで一緒に発展させていく。持続可能な企業のコンセプトを学びました。

岩手中小企業家同友会の会報「DOYU IWATE」2018年11月号のコラムより

スイスのアルプ酪農

8月に仕事でスイスの酪農を視察しました。スイスは、国土面積が4万1,285 km2で九州とほぼ同じ広さの場所に約800万人が住んでいます。農地は約1万km2で国土の4分の1を占め、約5万2千人が従事しています。主要な農産物は、牛乳(24%)、牛肉(12%)、豚肉(10%)と、売り上げの半分は畜産業です。スイスの食料自給率は約60%ですが、牛乳と肉に関してはほぼ100%自給できています。絵葉書やカレンダー、観光パンフレットに載っているアルプスの牧草地に牛がいるスイスの美しい風景は、畜産業によって支えられ維持されています。

高原の草地で牛を放牧する「アルプ酪農」をサンクトガレン州で視察しました。「アルプスの少女ハイジ」の世界です。「アルプ」とは、標高1500メートルから2000メートルくらいの牧草地で、雪がない6月から9月の4ヶ月くらいの間だけ、牛やヤギを放牧する場所のことを言います。夏の間、放牧人は山小屋に泊まり込み、動物の管理と乳搾りをし、山小屋でアルプチーズを作ります。

でも、なぜこのような形態の農業が発展したのでしょうか。昔は麓の村の牧草地だけでは、農家は家族を十分に食べさせることができなかったので、農家は動物の数を増やすために、高原の森林を開拓し放牧地にし、動物を夏の間移住させ、その間麓の牧草地で育った牧草は干し草にし、冬の餌にしました。また冷蔵庫のなかった時代は、麓の村で夏にチーズを作り保存することが困難でした。涼しい高原であればそれができました。冷蔵庫があり、車やトラックという輸送の手段もある現代においては、経済的な観点では、このような手間のかかる酪農はやる意味がないものですが、現在でもスイスの国土の10%にあたる約5000km2のアルプ(=高原放牧地)が農地とは別にあり、約1万7000人が働いています。私が訪問した山小屋では、麓の村に住む1人のチーズ作りマイスターをリーダーに、5人くらいの若者が働いていました。人生に一度はアルプスの高原で夏場アプル酪農の仕事をしたい、という憧れ、ロマンを持った人は多く、希望者は指定の農業学校で最低2週間のアルプ酪農とチーズ作りの集中研修を受けてから、事業体に応募し働きます。ただし、夏場だけの仕事であり、継続して働いていれる経験者が少ないことが、アルプ酪農の課題のようです。

スイスは永世中立国で、EUには属していませんが、農業政策においては、EUと同様に、環境配慮や景観保全をする農業に対して「直接支払い(補助金)」を出しています。EUよりも補助は手厚く、条件不利地域では収入の6割以上が補助金というケースも多いようです。直接民主主義の国スイスでは、あらゆることを国民投票で決めますが、スイスの国民の大半が、このような手厚い農業保護を支援しています。美しい国土と農耕文化景観を守り、質の高い食料を生産する農業は大切だと。

岩手中小企業家同友会 連載コラム 2018年10月号より

ヤギのルネッサンス

自給型の小さな農業が主流であった20世紀前半は、多くの南ドイツの農家はヤギを数頭飼って、そのミルクを自分で飲んでいた。しかし戦後、経済復興に伴い農業が合理化され、自給型から販売型へ転換すると、ヤギの頭数は激減した。農家は乳牛を増やし、ミルクを町の工房や工場に販売するようになった。
牛の乳量は当時、1日約20リットル、ヤギは4リットル程度。今日では、品種改良や餌の高栄養化により牛の乳量は1日50リットルを超える。生産効率も販売量も圧倒的に牛が有利である。「ヤギは、貧乏人の牛」と50年代当時言われるようになった。ヤギミルクは、街で牛乳を買えない貧乏人が自分で絞って飲んでいるもの、と。
しかしここ20年あまり、ヤギの乳製品が再び注目を浴び、生産量が増加している。ヤギミルクは、牛乳に比べ、ビタミンやミネラル分が多く、低カロリーで、消化がいい。またチーズは独特の香りがある。「健康」で「グルメ」な乳製品、と過去のイメージからガラリと変わった。価格も牛の乳製品より1.5倍から2倍高い。ヤギのルネッサンスが起こっている。

デザイナーがヤギチーズ農家として起業

手工業的チーズ工房
手工業的チーズ工房

シュヴァルツヴァルト南西部の麓のTenningen村の工業団地に、Monte Ziego(モンテ・ツィーゴ)という社名のチーズ工房がある。周辺10数件のエコ農家からヤギミルクを仕入れヤギチーズを手工業的に生産し、スーパーなどに販売している。オーナーのBuhl(ブール)氏は、元画家・デザイナー、ベルリンでディスコの内装デザインの仕事をしていた。2000年、シュヴァルツヴァルトのシュッタータール村に引っ越すと、そこで2匹のヤギを飼い、「Demeter」のエコ認証を取り、チーズ作りを始めた。大きな生活転換の理由は、単純にヤギ飼育とチーズ作りに以前から興味があったから。チーズ作りのノウハウは自学し、独自のレシピを開発し、生産、直売をした。彼のチーズは、ニッチ製品として通の間で評判を呼び、数年の間にヤギの数も2頭から40頭に増えた。
同時に「エコ」と「健康」に関する消費者の意識の高まりを受け、一般小売市場でのヤギの乳製品の需要も高まっていった。Buhl氏は、生産量に限りがある一農家のヤギチーズ生産・直売を脱皮し、契約農家からミルクを仕入れ、大きな工房でチーズを生産し、スーパーなどに販売する事業転換を決断。2010年に180万ユーロの投資で最新設備のチーズ工房を建設し、一般小売市場向けの生産を開始する。工房が大きくなってもBuhl氏は、品質を求め手工業的な生産にこだわった。大量生産の工場生産のチーズとは風味や食感が違う。エコ認証を受けたミルクによる手工業的生産であるため、量産品と比べ価格は2倍以上であるが、市場での人気は高く、生産量は、年々30%程度の急成長を遂げた。

高い乳価を設定し、酪農家の転換を促す

市場からの高い需要に応えて生産量を伸ばすためには、ヤギミルクを供給する契約農家を増やさなければならなかった。当初、数件の農家から始めたものが、現在12件の契約農家に増えた。一件あたり20匹から200匹のヤギを飼っている。全てDemeterのエコ認証を受けている。
社長のBuhl氏は、ヤギミルクの仕入れ単価を、当初から牛乳の2倍以上に設定し、周辺の乳牛酪農家に、牛からヤギへの転換を促して行った。乳牛酪農家は、ヨーロッパでの牛乳の過剰生産とそれに伴う乳価の低迷により、ここ10年以上、経営が困難な状況に陥っている。農家が牛乳工場に支払ってもらえる乳価は、ここ数年1リットルあたり20~30セント(26円から39円)で推移している。普通に経営していくためには40セントは必要だと言われている。酪農家は、EUの直接支払い補助金に頼ってなんとか経営を続けている状況である。過去数年で小さな乳牛酪農家の多くが、経営的に厳しくなり牛乳生産を辞めてしまった。
ミルクを高く買ってもらえるヤギ酪農に転換することは、牛乳価格の低迷で苦しむシュヴァルツヴァルトの小さな農家が経営を継続するための将来の展望でもある。現在、Monte Ziego社が農家に支払う単価は1リットル86セント。ドイツでもっとも高い買取価格である。「意図的に一番高い価格にして、それによって転換を促したい」と社長のBuhl氏は地方紙のインタビューで話している。ただしヤギは、1匹あたり1日4リットルと、牛1頭の10分の1の量しか生産しない。また冬場は乳量が少なくなる。よって農家の決断はそう簡単ではない。
観光保養地でもあるシュヴァルツヴァルトの美しい農村景観は、森林と牧草地と点在する農家の建物の3要素で成り立っている。酪農、林業、民宿業と複合的な経営を行っている家族経営の農家は、農村景観と観光業のために欠かせない。Monte Ziego社は、ヤギチーズを生産することによって、シュヴァルツヴァルトの農業と文化、景観を維持発展することに寄与することを企業目標の一つとしている。体の小さいヤギは、牛が立てない急斜面の牧草地の「景観管理(草刈り)」もしてくれる。

手工業的なエコ製品と乳清のエネルギー利用

フレッシュチーズ
フレッシュチーズ

ハーブ入りフェタチーズ
ハーブ入りフェタチーズ

現在、12の契約ヤギ農家の合計約12,000匹のヤギから年間80万リットルのヤギミルクがチーズ工房に出荷されている。工房では、20種類以上のヤギチーズが生産され、約20人の従業員が2交代で働いている。オリーブやチリを入れたフレッシュチーズや、バーベキューで焼いて食べるフェタチーズなどが人気の商品である。工房の責任者でチーズマイスターのバルマイヤー氏に中を案内してもらった。最新設備であるが、型をひっくり返したり、チーズの上にハーブを撒いたりする作業など、きめ細かに、人の手によって行っている。「品質の高さと多品種は、手工業的な生産だからできる」と誇りをもってマイスターが話してくれた。製品は、過去数年で様々な賞を受けている。

乳清バイオガスタンク
乳清バイオガスタンク

エコ製品を製造しているこの工房であるが、製造に必要なエネルギーにおいても「エコ」を追求している。工房の屋根には最初からソーラーパネルを設置しエコ電力を生産、2014年には、製造の過程で生じる乳清(ホエー)を使ったバイオガスエネルギー装置を設置し、世界初のゼロエネルギーチーズ工房を達成した。乳清(ホエー)とは、チーズを作る際に、牛乳から乳脂肪やガゼインというチーズの原料が取り出されたあとの残りの水溶液である。多くのチーズ工房や工場では、これが廃棄物として処理されているが、高たんぱく質、低脂肪で、栄養価、エネルギー価は高く、食品、豚の餌、化粧品などとして利用されているケースもある。Monte Ziego社は、この副産物をエネルギーとして利用することに決めた。年間1,170m3のホエーから、4万8,000m3のバイオガスが生産され、それが電気出力18kW、熱出力36kWのタービンで燃やされ、工場での電気、熱源(冷蔵庫も)として使用されている。熱は自給できており、電気は足りない時間帯はエコ電力会社の電気を購入しているが、バイオガス装置が動いていて工房が生産していない夜間は余剰電力を売っているので、年間収支ではプラスになっており、だからゼロエネルギー工房である。

現在この工房は、隣の空き地に、粉ミルクを製造する工場を建設している。赤ちゃん用の健康なエコの粉ミルクとして販売される予定である。隣のスイスの販売業者からの需要に応えたものだ。現在の数倍の量のヤギミルクが必要になるが、それは、納入範囲を現在の50km圏内から300km圏内くらいに広げて対応する予定だそうだ。

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