多彩な田舎暮らし

先月、学術調査の仕事で、日本の大学の農学部教授とともに、オーストリアのブレゲンツァーヴァルト地域を訪問しました。

ブレゲンツァーヴァルトは、オーストリア西端のフォアールベルク州のなかにある23の小さな自治体から成り立つ人口約3万人の農村地域です。ドイツとスイスに国境を接するボーデン湖南部のラインの平野に接し、その南にそびえるオーストリアアルプスの谷間に位置し、きれいに管理された牧草地と森林のモザイク景観のなかに、木造建築の家々が分散して点在する美しい景色の場所です。農林業と木材産業、観光業がうまく噛み合い、相互補完的に維持発展している豊かな農村地域でもあります。

私は、自分の専門の森林や木材産業のテーマでは何度も訪れている地域ですが、今回は、酪農がテーマでした。主要な農産物は牛のミルクを使ったチーズです。この地域では、伝統的に、「三段農業」というものが営まれています。季節ごとに牛を飼育する場所を移し替える農業です。冬の間は麓の住まいに隣接する「下段」の牛舎で夏場に収穫保存した干し草を食べさせ、春先と秋口(5 月と10月あたり)は、少し標高の高い「中段」で放牧し、夏場(6〜9月)は、アルプスの高原の「上段」で放牧する、というものです。それぞれの「段」で、牛舎とチーズ工房があり、農家の共同体で自主運営されています。この「三段農業」は、2011年にユネスコの無形文化遺産に登録されています。

一件の農家あたりの牛の数は10頭から20頭、ほとんどが小さな兼業農家です。何件かの農家を訪問しましたが、農業と林業をやりながら、民宿業を営む、そして冬場はスキーのインストラクター、またはホテルやレストランの事務や給仕、地域の木材産業で職人として働く、公務員、地方議員など、複数の仕事を掛け持ちして、伝統的な酪農を維持していました。「大変なときは、近くに住む娘や息子、兄弟姉妹が助けに来る」と家族の支援も欠かせません。多彩な田舎暮らし、地域や家族への愛情や誇り、家族の絆がありました。

「規模が小さい農業が却って元気」という州議会議員の酪農家の指摘もありました。「規模を大きくしたことで、負債も仕事量も増え、経営が大変になっている農家がある」と。専業化、分業化が進められて行ったのは、人間の歴史では、ここ100年あまりのことです。それまでは、特に田舎の暮らしは、多彩な仕事の掛け持ちで成り立っていました。今、その良さが見直されてきています。

多彩な暮らしは、コーディネートやコミュニケーションが大変ですが、その分、喜びが増え、リスクは分散します。

岩手中小企業家同友会会報 「DOYU IWATE」連載コラム 2019年5月より

家族企業 

ドイツは、経済活動において、伝統的に「家族企業(Familienunternehmen)」の占める割合が高い国です。ドイツの全企業の約9割が家族企業であり、総雇用数の約5割、全企業の総売上げの約5割を占めています。

「家族企業」とは、会社の所有権の過半数以上が、数名の自然人に属している会社です。民法上の個人会社(Personengesellschaft)の場合は、所有者(オーナー)が6名まで、法人各の株式会社(AG)や有限会社(GmbH)などの場合は、最大3人までのオーナーが過半数の所有権を有している、という定義になっています。(ドイツ家族企業基金より)。

家族企業は、経済を安定させる作用があります。とりわけ経済が厳しい状況の際に。世界金融危機、ユーロ危機が起こった2006年から2014年までの間、ドイツの雇用規模でトップ500の家族企業は、雇用を19%増やしています。一方、DAX上場していて、家族企業に属さない企業は、2%しか雇用を伸ばしていません。この違いは、家族企業のオーナーが、自分の資産を、子供の世代へ、孫の世代へと長期的な視点で投資し、経営しているからです。

また、上場している大企業の多くが都市部に集中して立地しているのに対して、家族企業の多くは、地域に根付いています。私が住むシュヴァルツヴァルト地域にも、世界企業として活躍している家族企業がたくさんあり、地域の経済と豊かさを支えています。

働き手からも家族企業は高く評価されています。ミュンヘン工科大学が、大学卒業者に行った調査によると、多数の株主に分散所有されている大企業と家族企業を比較して、14項目のうち9項目で、家族企業が高く評価されています。とりわけ「職場環境とチーム精神」「自立した仕事」「階級構造の平坦さ」という項目で圧倒的にポジティブな評価がされています。魅力的な都市部の大企業だけでなく、田舎の地域の家族企業に優秀な人材が流れている理由です。

会社のリスクと責任と経営を、数名の自然人が担う家族企業は、国民からも高く「信頼」されています。ドイツ社会調査の大手forsaが行ったアンケート調査によると、88%のドイツ人が家族企業を信頼しています。ドイツ政府への信頼度30%、多数の株主に分散所有されている国際的な大企業への信頼度15%と比較して、はるかに高い数字です。

岩手中小企業家同友会会報 「DOYU IWATE」連載コラム 2019年2月号より