大径木に敬意を払ってスロービジネス

オーストリアのリンツ近郊のハンガー製材工場を先月仕事で訪問しました、アルプス山脈の手前の緩やかな小高い丘陵地帯、牧草地と混交森がモザイク状に連なる美しい牧歌的な景観のなかに佇むサンクト・ウルリッヒという小さな村の中にあります。敷地には、直径1m前後の大きな広葉樹の丸太が積み上げられ、屋根付き倉庫群には、製材された板や角材が高く積み上げられています。

ハンガー社は、中央ヨーロッパにたくさんある典型的な家族経営の製材工場。現社長は5 代目。良質の広葉樹に特化した工場で、従業員は20名。社長婦人が経理と事務担当、70代の前社長も仕事を手伝っています。家族の強い絆と田舎の純朴な働きものの従業員によって運営されています。

年間約1万立米必要な原木は、秋から冬の期間、目利きのできる社長と現役を引退したお父さんの2人が、周辺地域だけでなく、ドイツ、フランス、チェコ、ハンガリー、ルーマニア、スロベニア、クロアチアなどに車ででかけて、現地で直接買い付けし、トラックを手配して工場に運びます。オークやトネリコ、くるみや桜、ブナなど約10樹種の原木丸太を、一本一本製材担当者が見定めて、約40種類の製品に切り取っていきます。それを、品質を重視して、1から3年天然乾燥し、最後の仕上げに人口乾燥機にかけて相対湿度8%くらいにし販売します。なので、板や角材の在庫が2万立米ほどあります。

「森で200年、300年と長い時間をかけて成長した大きな樹木に敬意を払って、我々は、その価値を最大限いかす製品を、ゆっくり丁寧に時間をかけて作っている」

と社長は話してくれました。

製造販売する商品はほとんどが、家具や建具、フローリング、窓枠などに使用される高級材で、お客さんは、ヨーロッパを中心に20数カ国、大きな工場から小さな工房、輸出商社と様々で、小さな家具工房のオーナーが、直接やってきて、積まれた板を見て、「このブロックが欲しい」と言って買っていくこともあります。私が訪問したときも、そのようなお客さんが訪問してきていて、奥さんが対応していました。

社長は「ビジネス関係の構築も、木と同じように、ゆっくりと時間をかけてやっている」と話してくれました。ハンガー社は、原木の仕入れ先(森林所有者や事業体)とも、販売先のたくさんの業者とも、信頼関係をベースにした長期的な付き合いを心がけています。

自然にも人にも敬意を払い、価値の高いものを、丁寧に、多品目生産するこのような家族経営の工場の存在が、数世代に渡って、生態的にも豊かな立派な森をつくり維持発展させている森林経営を、何世代も使われる質の高い家具や建具の生産を支えています。

岩手中小企業家同友会の会報「DOYU IWATE」2019年12月号に掲載

湖上オペラ

ボーデン湖のほとり、オーストリアのブレゲンツ市で、毎年夏に開催されている一大文化イベント「ブレゲンツ音楽祭」の湖上オペラ。美しいボーデン湖の景色を背後に、水上に作られた巨大で奇抜で高度な舞台装置を使っての一流の演出と音楽は、毎年、多数の訪問客を魅了します。人口たった3万人の街に、7000人の観客席です。7月半ばから8月半ばまでの約一ヶ月、週6日間ペースで行われる上演のチケットは、何週間も前に完売されるようです。

このイベントは、戦争が終わった翌年、1946年に始まりました。

戦後の混乱期の音楽舞台芸術は、悲惨な戦争の傷を癒したい、立ち直りたい、嫌な記憶、苦しい現実をひと時でも忘れたい、未来への希望を持ちたい当時の人々の「心の復興」の支えになりました。

でもいったい誰がどのような意図で、この小さな街で、このイベントを始めたのでしょうか。複数のキーマンのそれぞれ異なった思惑と目標が重なって成立したようです。まずブレゲンツの市議会議員だったアドルフ・ザルツマン氏は、文化イベントで観光業の活性化を狙いました。フォアールベルク州の文化オフィサーを勤めていたオイゲン・ライシング氏は、楽しいお祭りで、人々を苦しみや不安から少しでも解放したい、と考えました。当時州立劇場の新しいマネージャーに就任したウイーン出身のクルト・カイザー氏は、1945年にウイーンからこの州に逃げてきた芸術家や文化創造人に、仕事を与えたいと思惑していました。

ブレゲンツ市議会は、イベントスタート1ヶ月前になってようやく、音楽祭に賛成の決議をしました。しかしメインであるオペラの会場をどこにするかは決まっていませんでした。小さな街なので大きな劇場はありません。そこでアドリブ的に出されたのが、ブレゲンツで一番美しい景色であるボーデン湖を舞台背景にやろう、という案でした。小型ボード停泊用の2つの砂利の波止場の一つをオペラの舞台に、もう一つの波止場をオーケストラの演奏場所にしました。

上演されたのは、モーツアルトの若年期の作品「バスティアンとバスティエンヌ」(オペラ)と「小さな夜の曲」(バレーとしてアレンジ)。準備期間が1ヶ月しかなかった即興のイベントですが、22,500人の訪問客を記録し、大成功しました。そして、湖を舞台背景にするという世界でも類がないイベントは、すぐに評判を呼び、知名度を上げていき、1950年には、寄付金によって、湖上の舞台設備と6400人の観客席が建設されました。

きれいな湖を舞台背景にする、という施設もお金もないなかで出た苦肉の奇抜な案が、小さな街の音楽祭を、ザルツブルクやバイロイトと並ぶ世界的イベントにしました。ブレゲンツの経済の重要な柱の一つにもなっています。

上演されるオペラは、2年置きに変わります。今年はベルディ「リゴレット」最初の上演年でした。私は昼間に舞台装置を観て、上演の夜に湖畔の遊歩道から少し舞台を覗き見し、音楽を聞いただけでしたが、来年は、時間を作って観にいきたいと思っています。

岩手中小企業家同友会の会報「DOYU IWATE」2019年9月号に掲載

古建築から学ぶこと

先日スイスアルプスの麓のBrienz市で、スイス各地の古建築を移築し集めた野外博物館Ballenbergを見学しました。66ヘクタールのなだらかな森林丘陵地に100件以上の建物が立ち並び、その周りには昔の菜園と畑と牧草地が再現。全部隈なく見るには2日はかかるその数と規模にとても驚きました。大変オススメです。

私は古建築や古い家具、骨董品のノスタルジックな雰囲気が好きですが、古いものの魅力と価値は、その趣だけではありません。数百年以上存続している建物には、その土地の気候条件を踏まえ、土、石、木、植物繊維という自然のマテリアルを適材適所に賢く機能的に用いた先人の知恵と経験が溢れています。住まいの「永遠の課題」である寒さや暑さ、湿気に対しては、昔の人は、自然素材の「蓄熱」と「調湿」という性質をメインに、ソリューションを生み出しています。

世界各国で建物の省エネ基準が推奨もしくは義務化されて以来、「断熱」と「防湿」に偏重した設計と建設が行われています。 私は省エネ建築を約15年来ドイツから日本に紹介し推進してきましたが、断熱材で熱を断ち、シートで湿気を封じ、密閉し、そしてそうしたために、機械換気を取り付けて24時間回さなければならなくなっていることに、「これでいいのか」と疑問を持っていました。「自分は住みたいか」と自問したときの正直な答えはいつもノーでした。

 「森林学」では、自然を生かし、自然と「共に」森づくりをやっていくことが、経済的にも環境、社会の面でも持続可能で賢いということを学んだ私としては、「断じ」て「密閉」して防ぎ、「技術的措置」で補う、という現代建築の「対抗」型のソリューションには馴染めませんでした。

ここ数年、「対抗」型だけでなく、「共に」の原則でもソリューションがあるはずだと、建築物理の基礎を自分で学び、時代の潮流や一般常識に惑わされないで本質的な仕事をしている建築業者に出会い、いろいろな事例を見学しました。その答えが自然のマテリアルの「蓄熱」と「調湿」をメインコンセプトにした省エネ建築です。昔の人たちが何百年もやってきて実証されていることです。

今回訪問したBallenbergの古建築野外博物館 では次のような発見がありました。
冬が厳しい山岳地域の建物には「木」がメインで使用されています。熱をゆっくり吸収して、ゆっくり放出する木の性質が生かされています。そしてファサードや室内壁は「黒」く、熱を吸収しやすくなっています。夏暑い平野部の建築は「土」や「石」がメインで、熱を素早く吸収し、素早く放出するミネラル素材の性質で暑さ対策をしています。こちらのファサードの色は光エネルギーを反射する白が基調。どの建物もしっかり屋根の張り出しがあり、雨風雪、夏の日射から建物を守っています。

長持ちしている建築物には、世界中で上述したような共通の原則があります。そして、「ゴミ」になるマテリアル、有害なマテリアルがほとんど使用されていません。ほぼ全て再利用またリサイクル可能!

岩手中小企業家同友会の会報「DOYU IWATE」 2019年8月号に掲載

心が動いた

「私とカール・マルクスの違い… マルクスは、人類を変えたい。私は、個々の人間を変えたい」 ヘルマン・ヘッセ

ヘッセは、「愛」や「静寂」をテーマに、人間の内面を描く作品を書きました。理性や客観性が重視される社会風潮の中で、感情や主観の重要性をアピールしました。2つの大戦の時代に生き、移住先のスイスやイタリアから明確な反戦の意思も表明しています。1946年にノーベル文学賞を受けました。

人間は、理性と感情の生き物。西欧においては、資本主義と近代科学が始まって以来、感情や主観を排除して、合理的に客観的に考え、物事を進めることが重視されてきました。しかし、近年の脳医学の研究では、人が「良い」決断する際に、感情や直感が重要であることが分かっています。

ヘッセの作品は、戦後、知性や理性を重んじるドイツ国内の文学評論家やインテリ階級からは、「知的レベルが低い」「庶民的」などと批判、倦厭されましたが、世界中の多くの若者や庶民に読まれ、今でも読み続けられています。60年代後半にアメリカ西海岸で始まった「Love & Peace 」運動は、ヘッセに大きな影響を受けています。多くのジャズ音楽家、ヨガやホリスティック医療なども。一人一人の内面から、人間社会に変化が起こりました。

ドイツの近年の再エネの躍進の原動力となったのも、当初「環境気違い」と嘲笑されたドイツの環境パイオニア達の情熱と将来への思いやりと実践です。彼らが人々の心を動かし、政治を社会を変えていきました。

気候変動の危機を肌身で感じる今日、“Friday for future“ という子供達のデモ活動が、理屈や客観的データだけでは動かなかった大人たちの心を動かし、政治と社会を変えようとしています。スウェーデンの14歳の1人の少女が始めた運動は、僅か半年の間に、世界中に広がりを見せています。「子供達が学校を休んでデモをやらなければならない状況を作っている自分たち(大人)は何をやっているんだ。このままじゃいけない、変わらないと」という雰囲気が社会の隅々に広がっています。それは、私の仕事でも日常生活でも肌身で感じられることです。

5月末にあった欧州議会の選挙で、ドイツでは、緑の党が得票率20%(前回から10%アップ)と大躍進をし、第二党になりました。連立政権のCDU(キリスト教民主同盟)とSPD(社会民主党)は、前回から−7%(CDU)、−11%(SPD)と大きく票を失いました。投票率は60%と、前回の42%を大きく上回り、国民の関心の高さが示されました。ベルリン、ミュンヘン、フランクフルト、シュトゥットガルト、ケルン、ボン、デュッセルドルフなどの主要都市においては、緑の党は、30%前後でトップの得票率を得ています。

欧州議会選挙の2週間後の6月6日、ドイツ国営放送ARDが行なったアンケート調査によると、緑の党の支持率は26%と、2位のCDU (25%)を僅差で抜いて、トップに躍り出ました。

岩手中小企業同友会 会報「DOYU IWATE」2019年7月号に掲載

家族企業 

ドイツは、経済活動において、伝統的に「家族企業(Familienunternehmen)」の占める割合が高い国です。ドイツの全企業の約9割が家族企業であり、総雇用数の約5割、全企業の総売上げの約5割を占めています。

「家族企業」とは、会社の所有権の過半数以上が、数名の自然人に属している会社です。民法上の個人会社(Personengesellschaft)の場合は、所有者(オーナー)が6名まで、法人各の株式会社(AG)や有限会社(GmbH)などの場合は、最大3人までのオーナーが過半数の所有権を有している、という定義になっています。(ドイツ家族企業基金より)。

家族企業は、経済を安定させる作用があります。とりわけ経済が厳しい状況の際に。世界金融危機、ユーロ危機が起こった2006年から2014年までの間、ドイツの雇用規模でトップ500の家族企業は、雇用を19%増やしています。一方、DAX上場していて、家族企業に属さない企業は、2%しか雇用を伸ばしていません。この違いは、家族企業のオーナーが、自分の資産を、子供の世代へ、孫の世代へと長期的な視点で投資し、経営しているからです。

また、上場している大企業の多くが都市部に集中して立地しているのに対して、家族企業の多くは、地域に根付いています。私が住むシュヴァルツヴァルト地域にも、世界企業として活躍している家族企業がたくさんあり、地域の経済と豊かさを支えています。

働き手からも家族企業は高く評価されています。ミュンヘン工科大学が、大学卒業者に行った調査によると、多数の株主に分散所有されている大企業と家族企業を比較して、14項目のうち9項目で、家族企業が高く評価されています。とりわけ「職場環境とチーム精神」「自立した仕事」「階級構造の平坦さ」という項目で圧倒的にポジティブな評価がされています。魅力的な都市部の大企業だけでなく、田舎の地域の家族企業に優秀な人材が流れている理由です。

会社のリスクと責任と経営を、数名の自然人が担う家族企業は、国民からも高く「信頼」されています。ドイツ社会調査の大手forsaが行ったアンケート調査によると、88%のドイツ人が家族企業を信頼しています。ドイツ政府への信頼度30%、多数の株主に分散所有されている国際的な大企業への信頼度15%と比較して、はるかに高い数字です。

岩手中小企業家同友会会報 「DOYU IWATE」連載コラム 2019年2月号より

 

粘り強く信念を持って

「4年かかりました」

私の仕事のパートナーが、先日久しぶりに2人で会って一緒に夕食をとっているときに、ぽつりぽつりと自分の仕事のことを語ってくれました。彼は、4年前に、自分のやりたいことを実現するために、それまで長年勤めていた森林組合を辞め、林業事業体として独立しました。

「地区の人たちがようやく自分を信頼してくれるようになりました」

彼は、自分が生まれ育ったところで、持続可能な森づくりをすること決意し、独立後、営業活動を開始しました。

小高い丘陵の森林と田んぼが連なる中に伝統的な日本家屋が点在する、日本の田舎の原風景があるところです。私はそこに来るといつも心が温まります。

彼の会社は従業員が3人、しっかり継続して収入を得るために、車で2、3時間の現場に通ったり、1ヶ月以上、遠い場所で泊まり込みの仕事をすることもありました。その合間を縫って、自分の住む地区の人たちに地道に森林の集約化、持続可能な道づくりと適切な管理の提案をしていきました。彼の住む地区には約800ヘクタールの森林がありますが、そのほとんどが小規模な私有林。森林所有者一人当たりの所有規模は1ヘクタール未満が多数、推定600人から700人の所有者さんが存在。簡単なことではありません。

彼は、昨年末、自分の自宅の近くで、30ヘクタール、30人の森林所有者さんの了解を得ることに成功し、今年、道作りと間伐の仕事に取り掛かります。

「4年かかって、やっと自分のやりたかったことが開始できます」

昨年末の集まりで、地区のリーダーの人が、「彼に任せようじゃないか。彼と一緒にやろうよ」とみんなに言ってくれたそうです。彼は目に涙をためて話してくれました。

「それまで、よそよそしい、怪訝な態度で自分に接していた地区の人たちが、やっと普通に接してくれるようになりました」

4年の間、普段の仕事や従業員のことで数々の苦労もし、体を壊すこともあった彼ですが、信念をもってまっすぐに誠実に地区の人たちとコンタクトを取り続け、いまやっと彼は、自分がやりたいことをスタートできます。

「これから5年後には、今の30ヘクタールの請負を、地区の森林の半分、400ヘクタールに広げることが目標です」

岩手中小企業家同友会会報 「DOYU IWATE 」2019年2月号掲載のコラムより

耳をすまして

12月初め、日没後の暗く静かな森の中を、手作り提灯を手に持ち、幼稚園の子供と先生と親達が、ギターとフルートの伴奏に合わせクリスマスの童謡を歌いながら歩いて行く。たどり着いた小さな広場で、子供達が一人一人、モミの葉っぱで作った螺旋のサークルにロウソクを置いて行く。森の幼稚での季節の行事の中で、もっとも静かで幻想的なセレモニーです。3人の子供を通じて10年間お世話になったヴァルトキルヒの森の幼稚園。末っ子の娘は来年から小学校なので、今回が私たちにとっては最後。クリスマスシーズンの始まりにあるこの短いイベントは、師走の忙しい時期に、いつもほっと心を落ち着かせてくれました。森の静けさに、音楽に、自分の内面に、耳をすます貴重な時間でした。

日も短く、薄暗いどんよりした天気が続き、視覚による知覚が鈍くなるこの季節、人間は、より耳に頼ります。耳の感覚が鋭くなります。耳は、音を聞くだけでなく、バランス(平衡)感覚を司ります。足元が見えない暗い森の中を歩いて行くときは、内耳の三半規管が働きます。目は、外のものを「探索」する外向的な性格を持った感覚器ですが、耳は、外からの刺激を「聞き入れる」内向的な感覚器です。耳が鋭敏になる冬のクリスマスのシーズンは、人々は内向的に内省的になります。

現代人は、知覚情報の約8割を視覚から得ていると言われています。あらゆるものが、テレビやネットなどあらゆる媒介でビジュアル化され伝達されるなかで、ラジオ番組やステレオで聞く音楽、パワーポイントを使わない語りだけの講演など、聴覚だけで知覚するものが、新鮮で、落ち着きや安らぎ、深い感動を与えてくれることがあります。

耳は、人間の発育の過程でもっとも早く出来上がる感覚器です。胎児の耳の形成は、受精から数日後、胎児がわずか0.9mmの大きさのときに始まります。受精から4ヶ月半後には、音を聞き取る器官である内耳の蝸牛が大人の大きさに出来上がっています。耳は、生まれたばかりの赤ちゃんが生存する上で、もっとも重要な感覚器だからです。

視覚による知覚に偏重した現代人は、耳の大切さを忘れています。

ドイツの哲学者のハイデッカーは、耳を通して考えることの大切さを論じました。聴覚で知覚するほうが、思考のプロセスが、より分化され、より注意深く、より正確に、内向的に進行するということを。

岩手中小企業家同友会 会報「DOYU IWATE」2019年1月号より

WhyとHow

「ドイツではどうなのでしょうか」「ドイツではどうしていますか」日本の視察団からよく発せられる質問です。英語で言うと「How」です。経験的に物事を積み上げ、改善、改良し、その結果としていいモノをつくる、というプロセスが一般的な日本においては、「自然な」質問です。他の場所でどうなのか、どうやっているのかを知り、自分のプロセスの全体もしくは一部の改善のためのお手本にする、という手法です。特に明治以来、日本人はこのやり方を徹底し精錬し、世界をリードするモノを生産し、日本の経済を発展させてきました。

しかし、「How」だけでは見落としてしまうものがあります。それは、日本人が手本として手に取るモノが、どういう考え方、目標、枠組み条件の上にあるのか、という観点です。「なぜそうなのか」「なぜそうしているのか」という「Why」の質問で明らかになるものです。

持続的に成功しているもの、成熟し安定して機能しているものの背景には、古今東西を問わず、明確な哲学とコンセプトと合理性があります。それらの事例を学ぶのに、Howという質問だけでは、表面的で部分的な情報の入手だけに終わってしまう危険があります。Whyという問いかけで、根底にあるもの、背景にあるものを知って初めて有用な情報になります。

Howという質問だけで得た欧州の表面的で部分的な情報やノウハウやモノを、哲学やコンセプトや枠組み条件が異なる日本のプロセスのなかに組み入れ、目の前の問題の解決、改善を試みたが、上手く行かなかった、という事例は残念ながら数多くあります。

小さい頃から学校でも家庭でも社会でも、経験的手法の訓練を受けている日本人は、「お手本」となる事例やモノや人物を求めがちです。

私はドイツの森林の専門家らと10年来、日本でコンサルティング活動をしています。日本の森林と地域の持続的な発展を目標に、日本の森林の立地条件(地質、地形、土壌、気候、植生など)と地理社会条件を抑えた上で、ドイツでの経験と実績を基盤に、「論理的」に日本にマッチしたソリューションを提案してきました。しかし、提案を受けた日本側のレポートや報告では、「ドイツの森林官がそう言いました」「ドイツではこうやっています」といった言葉で説明されることが多く、日本の高山などで、その土地の状況に合わせた、そこで機能する事例ができても、「欧州式」とか表現され、「本質が理解されていない」と歯がゆさを感じてきました。

今年10月に開催された5回目の岩手中小企業家同友会の欧州視察では、「Why」の問いかけが、これまでよりも多くありました。一部の参加者の方からは、「自分の会社を、地域を変えなければならない」という強い思いと使命感、気迫を感じました。

岩手中小企業家同友会の会報「DOYU IWATE」2018年12月号に掲載のコラムより

インクルージョン

先週、岩手中小企業家視察団の第5回目の欧州視察セミナーでした。エネルギーヴェンデをテーマに始まったセミナーでしたが、「持続可能性」を基軸に、農業や森林業、木材産業など、回を追うごとにテーマは広がり、今回は、要望に応え「インクルージョン」の視察も加えて実施しました。

ここ10年あまり、「インクルージョン(=包括、一体性)」という言葉が、ドイツの社会で定着してきました。異なる人々が同等の権利を持って社会活動に参加することです。知的レベルや身体能力、出身地や育った環境、性別などの違いを、みんなが当然のこととして認め、差別や線引きをせずに、協働し、共生することです。類似の言葉に「インテグレーション(= 統合)」があります。こちらは、違いがある人々を社会のなかに「取り込み」ますが、「異なる」人々は、「囲い」のなかに集められ、「普通」の人々と「並行」して共存します。障害者や移民・難民に、特別な施設や住居を提供する従来の福祉政策がそうです。一方で「インクルージョン」においては、「普通」の人々と「異なる」人々が、同等の権利をもって混ざり合い、「一緒」に生活、活動をします。

私の息子は、2013年、小学校入学に際し、インクルージョンクラスに入りました。クラス23人のうち「ハンディキャップ」を持った子供が5人、先生が2人という構成でした。ドイツの小学校は4年間ですが、息子は、多様性のあるクラスのなかで、社会的能力、自己管理能力、判断力、配慮の心などが、より身についたと実感しています。「普通」の子供である息子は、ハンディキャップのある子供を助ける、サポートする役目でしたが、「与える」ことで、多くのものを「受け取り」ました。

今回の同友会の視察でも、インクルージョン企業から、同じような見解や経験談を聞きました。「ハンディキャップのある従業員が入ったことで、会社の雰囲気が変わった。従業員同士のコミュニケーションがポジティブに、親密に変わった」「仕事を丁寧にゆっくりやるようになった」「普通の人と障害者、一緒に仕事をしていると、いったいどちらが障害者なのか、わからなくなるときがある。障害者からたくさん与えてもらった」など。

違いやハンディキャップを「個性」と認識し、それぞれの個性を生かして、仕事の構成と配分をする。仕事内容に人を適合させるのではなく、人の個性に合わせて仕事を再構築し、みんなで一緒に発展させていく。持続可能な企業のコンセプトを学びました。

岩手中小企業家同友会の会報「DOYU IWATE」2018年11月号のコラムより

将来を担う世代 

8月初めに、愛媛県の上浮穴高校の高校生10名と引率の先生3名が、シュヴァルツヴァルトに森林業と木材に関する研修に来てくれました。私にとっては、久しぶりの10代の若者たちのグループで、しかも私の専門分野がテーマだったので、モチベーションが湧き、若いエネルギーももらうことができた充実した6日間でした。

上浮穴高校は、愛媛県の松山市から南に40kmくらい、四国山脈の麓に位置する林業が盛んな久万高原町(くまこうげんちょう)にあり、希少な「林業科」をもつ高校です。卒業生は、地元で林業事業体に就職、もしくは大学や専門学校に進学しています。

自然が豊かな場所ですくすくと育った素直で陽気で、高い自己管理能力と社会性をもった生徒達でした。引率の先生方も、生徒たちを優しく見守る、背後からサポートする、というスタンスで、私としても気持ちよく視察プログラムを遂行することができました。

シュヴァルツヴァルトの持続可能な森林業の現場で、「林業」と「森林業」の違い、森林の「国土保全機能」や「レクリエーション機能」「木材生産機能」を、統合的に扱う森づくり、そのために必要な「質の高い路網」、単一樹林を混交の複層林に変えていくための「将来木施業」などを、森林の現場実習で、現地森林官がわかりやすく解説しました。危険な仕事である森林作業に必要な「心構え」や「防護装備」についても実際の作業や現物を見せて説明しました。生木を使った木工ワークショップも行いました。フライブルク市の環境共生の街づくりに関する研修も行いました。

内容的に大人向けの視察セミナーと同レベルのものでしたが、若く好奇心がありオープンマインドな愛媛の高校生達は、集中力を絶やすことなく、自発的に質問もし、有意義な研修だったと思います。

生徒達は、これから日本の将来を担う世代。わずか6日間でしたが、彼らがこれから自分のペースで成長し、有意義な人生を構築していくための、持続可能な社会を構築するための、いくつかのアイデアやヒント、勇気を与えることができた視察セミナーであったことを願っています。

幼樹や若木が成長するためには、樹種や個体特性に応じて「スペース(=光)」が必要です。しかし、気温の変化や極端な日射や雨風を緩和する「大人の木(母樹)による保護」も必要です。個体別の適度な成長スペース、適度な保護。人間も同じだと思います。

ドイツ視察 森林業 サステイナビリティの原点

ドイツ視察 農林業 BIO  再エネ 地域創生 (学生向け)