春の訪れ −復活と再生

欧州は今(4月中ば)、イースターです。クリスマスと共に大切な里帰りの期間。日本のお盆と正月に相当します。

イースターは復活祭。私たち家族が住むシュヴァルツヴァルトの麓の人口2万人の小都市ヴァルトキルヒ市を流れれるエルツ川に架かる歩道橋が「復活」しました。駅と中心街をつなぐ大切な橋です。1935年に建設された鋼鉄製で木の板が敷いてある橋は、ここ数年、老朽化が問題視されていて、2020年より定期的に検査が行われていましたが、2021年の春の検査で「危ない」と判断され、すぐに閉鎖、そしてに撤去され、新しい橋の計画が進みました。新しい橋は、木構造に。2021年の暮れに完成しました。この場所に最初に橋が架けられたのは、文献によると1895年で、その時は木造だったそうです。ほぼ1世紀の時を経て、木造橋が「復活」というわけです。

街の名前はヴァルトキルヒ(森の教会)なので、木が合っています。しかも今回の橋は、屋根付き。中世の頃からある木造橋のデザインです。これの長く荘厳なバージョンはスイスのルツェルンにあります。木も鉄も、日照りや雨風によって老朽化します。ベタベタ塗料を定期的に塗ってマテリアルを守るという方法と、このように屋根をつけて守るという方法があります。

後者の方が初期投資は大分高くつきます。でも濡れた木の上で足を滑らせて転ぶリスクは少ないでしょう。優秀なエンジニアや職人も、その腕前を披露することができました。構造設計は大型木構造の建設物に強いフライブルクの構造設計事務所が担当し、橋の建設は大型木造建築物を専門にするシュヴァルツヴァルト高地の工務店、基礎工事は地元ヴァルトキルヒの土建会社が請負いました。昔の木造床の鉄橋より美しいし、市民に末長く愛されるでしょう。職場や学校、自宅へ向かう市民、犬を連れて、乳母車を押して散歩する市民の気分をリラックスさせます。それら間接的な経済•社会効果はどれくらいあるでしょうか? 最近、一輪車にはまっている私の末娘は、春日和の夕方、その赤い愛車で快適に川越えしました。美はよりサステイナブル。

先週、仕事で訪れたケルンでも、ホームのシュヴァルツヴァルトでも、フライブルクでも、気まぐれな4月の天気を様子見しながら慎重に、新芽や花が芽吹き出しています。

昨日ガーデンセンターに行ったら、広い駐車場がほぼ満杯でした。花を咲かせ、なおかつ食べることもでき、冬の凍結にも強い多年草の苗数種類と洋梨の苗木を、娘と一緒に買ってきて、家の小さな庭に植えました。家の裏に広がる市有林(=市民の税金で所有・管理されている森)から少し拝借してきた落ち葉と腐葉土を土壌改良剤として混ぜ込みました。

イースター(復活祭)のテーマは「再生」です。自然は、環境の変化に賢く適応しながらも、毎年同じリズムで再生を繰り返しています。人間もサステイナブルな適応力を持ちながら、毎年繰り返しても、飽きずに安心感を得られるリズムを備えた生活文化を創造する力があると、希望を持って、春の訪れに感謝しています。

資本家のいない資本主義

資本主義市場で経済活動をする1企業形態としての「協同組合」の本質をついた言葉である。ドイツの近代の協同組合の父と言われるライフアイゼン生誕200年の2018年に、ドイツ協同組合・ライフアイゼン連合会が年次報告書でキャッチフレーズとして使った。

先日仕事で、旧東ドイツ・マグデブルク市のドイツ統一前から存在する集合住宅建設協同組合を訪れた。都市部の緑化事業をスタートするために。

80年代に東ベルリンのフンボルト大学で法学を学んだという組合の部長と半日、事業の話だけでなく、協同組合の哲学、マグデブルクの歴史や都市計画、文化、スポーツ、政治など、いろいろ話をして、とても濃縮した有意義な時間を過ごせた。通常のビジネスミーティングだと、必要なことだけ効率的にスパスパ話して終わりだが、私が古い建物に興味があると知ると、部長はいろいろ街を案内し、協同組合で賃貸している街中の感じのいいレストランで昼食もご馳走になった。持続的な人間関係の構築を目指す協同組合の精神を感じた。また彼も私も「仕事はお金だけでなく、やりがいがあり、楽しくもあるべきだ」という考えで同調した。「弁護士になることもできたけど、30年余り働いている今の職場でとても満足しているし、全く後悔していない」と彼は車を運転しながら語ってくれた。

協同組合の多様な事業も見せてもらった。旧東ドイツ時代のそっけない朽ちかけた集合住宅を「明るく」改修し、学生や庶民に社会的な家賃で貸すというメインの事業だけでなく、19世紀の荘厳な古建築を改修して、シックなオフィスやレストランとして貸したり、介護サービス付きの高齢者住宅やデイサービスセンターを開発、所有し、福祉団体に貸したり、多様な事業をやっている。

壁にサステイナブルのテーマで挑発的な絵を描くベルリンの芸術家との共同もしている。大きな集合住宅のファサードを、列ごとにマテリアルを変えたデザインにしたり。少し建設費が高くなっても、できるだけエコロジカルなマテリアルを利用するようにも努めている。賃貸人が「自分はXX通りの建物に住んでいる」でなく「鯨の絵が描いているところに住んでいる」「レンガのファサードの列の2階に住んでいる」とアイデンティティを持てるような配慮をしているという。協同組合の組織にも、他と同様に階層はあるが、実質はフラットで民主的。定期的に課やチームごとに朝食会を開催するなど、密なコミュニケーションと職場環境の改善に努めている。職員向けにサイクリングや自然観察会を企画してもいる。仕事の請負業者である私にも今回、普通のビジネス接待の3倍くらいの時間を取って、丁寧に接してくれた。

そのような努力や気くばりは基本的に、投下資本利益率を低くする。短期的な高利益を求める資本家や株主は、そういうモノや人や時間への投資は、できるだ抑えようとする。今回、私と仲間がサポートする緑化の事業もコストだけで、直接的な収益には繋がらない。

「理念や愛情だけでは飯は食えないよ」

厳しい競争がある資本主義市場経済の中で戦っている経営者やマネージャーからは、そういう言葉もよく聞く。でも、果たして全てそうだろうか? 

マクデブルクの集合住宅建設協同組合では、賃貸人の入れ替わりがとても少ない。約6200人の賃貸人は、学生も年金生活者も、弁護士事務所も歯医者も、みんな同等な1人一票の決定権をもつ組合人。職員は約180人だそうだが、こちらも入れ替わりがとても少ないそうだ。給与待遇は平均以上だが、それだけでない。会社の雰囲気がよく、仕事にやりがいを持っている職員が多いことの表れだ。部長は「競合他社に移るような職員は、幸運なことに今までほとんどない」と言う。人が定着しているということは、それだけストレスや時間の浪費が少ないことになる。「信頼は効率」という私が好きな言葉がある。信頼はトランスアクションコストを少なくする。信頼関係をベースに、個々人が、階層を気にすることなく個性を発揮できる環境は、イノベーションを産む。信頼はでも、構築するのも、維持するのも、絶え間ない努力と気くばりが必要である。

このような経営ができるのは、大きな資本家がいない協同組合に限らない。株式会社や有限会社でも、敢えて株式市場に上場をせずに、理念を持って経営し、地域に愛され、信頼される家族企業もある。長期的に理念が継続されるように、別の哲学を持った資本家に買収されないように、会社の資本を財団法人化している企業もある。

Anti-Discipline 専門の垣根を取り払う!

私は、岩手大学の人文社会科学部で学びました。哲学、文学、言語学、心理学、経済学、社会学、自然科学、情報処理学と、幅広い専門分野の授業を受けました。分野横断的な思考ができる人材の育成が目的の学部でした。盛岡での学生時代はスキーやアウトドアを楽しんで、それほど熱心に学問に打ち込みはしませんでしたが、多彩なカリキュラムに時々、刺激を受けました。

分野横断的なアプローチは、専門用語では「学際的(interdisciplinary)」と言います。1970年代以降、現代の環境社会問題が、様々な要素が絡み合う複合的なものであって、様々な分野が一緒になって解決する必要がある、という認識が広まり深まった結果、学際的なアプローチが提唱され、学部や研究チームなどが、世界中で設立されました。岩手大学の人文社会科学部もその流れの中で生まれたものです。

私は岩手大学卒業後、在学中のドイツ留学で気に入ったフライブルク市に再び戻り、フライブルク大学の森林学部に入学しました。森林学は、19世紀はじめにドイツで体系づけられた学問分野ですが、学際的なアプローチのパイオニアとも言えます。森をしっかりマネージメントするには、生物学、生理学、生態学、地質学、土壌学、地理学、統計学から、経済学、政治学、歴史学と、幅広い分野の基礎知識が必要で、それら広い観点から総合的にアプローチして、個々の措置を判断し実践していかなければなりません。そのための思考の訓練を、私は5年間、教室とフィールドで受けました。そこで得られた経験とノウハウは、コンサルタント、コーディネーター、文筆家としての日々の仕事でも、とても役に立っています。

しかし最近、Inter-disciplineとは違うAnti-disciplineという新しい概念、アプローチがあることを知りました。直訳すると「反専門性」です。でも、専門に反したり反対したりしていることではなく、各専門分野の垣根を取り払い、柔軟に分野「融合」的な思考することです。例えば物理学者が、心理学、社会学、宗教学のアプローチや知見を融合させた研究をすることです。Anti-discipline を日本語で「脱専門性」と訳されている方もいます。「学際性」を超越するアプローチなので、私もこちらの訳の方がしっくり来ます。

「学際的」なアプローチでは、自分の専門分野の規範やルールという垣根の中で生きる専門家が集い、それぞれの分野の知見を結びつけ・統合させることを試みます。いろんな専門分野の人たちが学際的に議論している中で、「私の専門ではないので…」という言葉がよく聞かれます。私も時々使います。これは自分が深く細かく知らない事柄への敬意であり、専門家としての謙遜の態度でが、自分の専門の領域に境界線を引いている、垣根をつくっていることでもあります。学際的なアプローチでは通常、自分の明確な守備範囲を持った各分野の専門家が、垣根越しにキャッチボールをします。様々な観点を結びつけること、統合することを目指していますが、そこにたどり着くための主な作業は、各専門家が自分の専門分野の手法で、物事を「区別」「分類」「分析」することです。

一方、「脱専門的」なアプローチでは、個々の専門家の明確な守備範囲も、専門の垣根もありません。意識的に垣根を取り払い、自由に動き、柔軟に発想します。「専門」という意識が取り払われることで、「私の専門でないので…」という言葉もほとんど出ません。「区別」「分類」「分析」という一般的な科学の思考よりも、「連関」「連想」「連結」のネットワーク思考が重視されます。

近代科学は、複合的な事象を「区別」「分類」「分析」することで発展しました。その科学の発展によって、私たちを取り巻く社会は、以前とは桁違いに複合的になりました。超複合的な現代社会の様々な事象や問題を理解し、解決するためには、古典的な科学のアプローチでは限界があります。

脱専門的アプローチを実践する科学者は、世界でもまだ少数ですが、ドイツで著名な「複合性理論」の研究者ディルク・ブロックマン(Dirk Brockmann)はその著書で、現代社会の問題を解決するために、ネットワーク思考が大切なことを主張しています:

「世界にあるほとんど全ての知識をみんながスマートフォンで持ち歩いている世の中では、私たちは動的な連関性の思考に集中することができる−−個々の専門性や知識のサイロに潜ることなしに」

私は分野「横断」的な教育と訓練を受けてきましたが、これからは、もっと柔軟に分野「融合」的な思考と仕事をしたいと思っています。科学と現場、理科系と哲学・文学・音楽を結びつけることを試みた拙著『多様性〜人と森のサスティナブルな関係』では、脱専門性は意識していませんでしたが、分野融合的な思考への序奏にもなっている気がしています。

『多様性〜人と森のサスティナブルな関係』
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利益ではなく、信頼を最大化することで得られる生活のクオリティ

私の住む街に、広葉樹専門の製材工場があります。年間2万立米くらいを製材しています。広葉樹の多くは、その組織構造から、水が抜けにくく、製材したあと、数年間ゆっくりと自然乾燥させなければなりません。樹種や製材した板の太さにもよりますが、写真にあるような7cmくらいの厚みのオーク(ミズナラ)材であれば5年前後の期間が必要です。針葉樹の建築用材であれば、人工乾燥機を使って数日から2週間程度で乾燥され販売されていますが、広葉樹の場合は、急速に水抜きをすると材の品質が大きく損なわれるため、現在でも数年の自然乾燥が必須なのです。これは、製材工場にとっては、2年から7年という比較的長い期間、流動資産を大量に抱えて商売をするという、非常にリスクの大きい経営です。製材工場には絶えず2年間の製材量くらいのストックがあります。速さや効率がもてはやされる現代の市場においては、大きな挑戦だとも言えます。

しかし、製材工場の経営者には、特別な気負いはなく、昔からそうだから、自然のマテリアルの性質上、それしかやる方法がないから、そうやっているだけです。スピーディな市場の中でのスロービジネスです。ただそれを可能にしているのは、製材工場の力だけではありません。

まず、多種多様な原木を育て、年々、安定して供給することができる地域の森林所有者が必要です。州有林や自治体有林や私有林です。森林所有者は、樹木という数十年以上の流動資産を育て利用します。高級な家具やフローリングに使われる大きなオークであれば、200年から300年です。広葉樹製材工場の流動資産の所持期間が長いと言いましたが、それからすると森林業の流動資産は「超」長いものです。300年と言うと10世代くらいです。絶えず次の世代のことを想って資産を維持し育てながら節度ある利用をしていくという、世代間の契約がないと成り立ちません。また、成長が速く育て易い針葉樹の一斉樹林の拡大という、とりわけ産業革命以来の人間の工業的思考の実践がもてはやされた中で、多様な樹種のある森を育ててきた人たちがいるから、私の街の広葉樹製材工場も長年経営できるのです。

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また、木材は一本の丸太でも、肉のように多様な部位があり、楽器や工芸品、家具や建具、梱包材や製糸用パルプ、薪やチップと、多様な用途があります。それにオークやブナ、カエデやトネリコ、サクラやクリという多様な個性を持った樹種が相乗されます。広葉樹製材工場は、多様な売り先を抱えていなければなりません。丸太の中でも節が全くなく柾目で綺麗な最高級の上ヒレや上ロースの部位を高く買ってくれる地元のオルガン工房だけでは不十分です。普通のロースもカルビを買ってくれる家具建具工房や、多品目を揃えている卸売業者、ワインの樽をつくる工房、ロクロで木製の器や皿、工芸品を作る工房、ハツやレバーに当たる製材端材を買ってくれる製糸工場やパーティクルボード工場などの多様なお客さんがいて、初めて森から仕入れる多様な部位からなる「生き物」である丸太を製材する業が成り立ちます。

多様な原木が森から製材工場を通して多様な最終加工業者へ。それによって、数世代に渡って使える重厚な木製家具や、教会やコンサートホールで人々に数百年の間、喜びや感動を与え続けるパイプオルガンが製作され、土地の香りとエネルギーを濃縮したぶどう酒に渋みと丸みがブレンドされます。均質化による部分効率化ではなく、多様性を生かすことによる様々な付加価値の創出で、競争ではなく協力で、利益ではなく信頼を最大化することで得られる生活のクオリティです。

著書「多様性~人と森のサスティナブルな関係」 池田憲昭

「多様性」〜人と森のサステイナブルな関係 (書籍)

《多様性》をキーワードに、「森づくり」から「地域木材クラスター」「モノづくりと人づくり」「森のレジャー」「森の幼稚園」さらには最新の脳神経生物学に基づいた「文明論」まで、私が過去20年の間で経験したことを軸に、多面的にわかりやすく論じています。
客観的かつ主観的に書きました。
科学的なデータや知見を踏まえた専門書ですが、同時に、《多様性》に魅了されてきた私の経験や思いがベースにあるエッセイでもあります。
思いもよらず、「さなぎ」のような静かな生活を強いられた、この1年。過去を振り返り、今後の自分の生き方を考える時間とモチベーションを得ることができました。
まず、自分のために書きました。次に、子供たちの未来のために。
「森の国」ドイツから「森林大国」日本の未来へ贈る、多様性のメロディです。
専門家や業界人に限らず、広く一般の方に読んでもらいたいと思っています。
森の仲間が増えることを願って。
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B091F75KD3

目次

はじめに ~「多様性」に導かれて

第1章 気くばり森林業

「林」と「森」
明治のパイオニアたちがドイツから持ち帰ったもの
私が「森林学」から学んだ大切なこと
次世代への想いやりから生まれた概念「サスティナビリティ」
世代間の契約
時代の異端児 ガイヤーとメラー
将来の木
人と森をつなぐ道

第2章 日本でこそ森林業を!

ヨーロッパの人たちが羨む「豊かさ」と「多様さ」
日本が持っている宝物の「量」と「質」
日本の森に「新・幹線」
将来木施業と狩猟で「林」を「森」に!

第3章 地域に富をもたらす多様な木材産業

多様な原木は、多様な製材工場を求む
「連なる滝(カスケード)」と「葡萄の房(クラスター)」
優秀な職人を育てる仕組み ~マイスターは現場の先生
木という素晴らしい素材が使える喜び
木で音をつくり、世界へ出かける職人

第4章 生活とレジャーの場としての森林

いつでも気軽に「Shinrin-Yoku」を!
「生きた里山」が観光資源
森の幼稚園

第5章 多様性のシンフォニー

樹木たちの声を聞く
脳のコーヒレント
「結びつき」と「探索」
心の羅針盤
尊厳

あとがき・謝辞

参考文献

アナログ版(印刷本)の販売サイト
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B091F75KD3

電子書籍の販売サイト
https://www.amazon.co.jp/ebook/dp/B08ZCSLL1C


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下は、音楽付きの本のイメージスライドショーです。


レビュー

複数の方から、うれしいお便りをいただいております。

まず、校正という大切な作業をやっていただいた吉田聖子さんからの感想です。

シュヴァルツヴァルトの本来の意味やドイツの林道のこと、樹木のネットワークの話など、知らなかったことがたくさん書かれていた。
ドイツと日本とは、森に関する考え方などがずいぶん違うと感じた。
池田さんのお陰で、ドイツ人が森とどのように付き合っているのか、知ることができた。
日本の場合、縄文時代から森とは深い付き合いがあったはずだが、時代によって失われてしまったことも多くあるのだろうと思った。
アラビア人は砂漠の民なので、砂漠の風に当たることが体に良いと思っていると、本で読んだが、ドイツ人は森の民として、森で過ごすことを体に良いと思っているところが似ているように思った。
ドイツにおける林業の話は、日本の林業の参考になるだろうと思った。
池田さんのご著書は、林業関係者にこそ読んでもらいたいと思った。
池田さんのご著書を読んで、木工品会社を取材したときに聞いた、伐り尽くして手に入らなくなった木材の話を思い出し、改めて「そういうことか」と納得した。
最終章が文明論だったことに感心した。また、池田さんの文明論は、未来に希望が持てると感じた。

多様性という心地よさ   
冨田直子さん  2021年4月12日 アマゾンより

満たされた読後感に浸っています。森の家でしばらく過ごしてきたような、森林浴をしてきたような、そんな気持ちです。
多様性が認められた世界というのは、自分自身もありのままでいることを許された世界であり、その心地よさが、この本にはあるのだと感じます。

そしてもう一つ心地いいのが、著者の文章が奏でる旋律です。音楽好きだという著者により、音楽になぞらえた表現が随所に出てきますが、それだけでなく、著者のルーツや、著者が森や人々と向き合う中で、森の時間に寄り添えるようになっていく一連のストーリーが、登場する人物や植物、生き物たちと共に、美しいハーモニーとなって響いてくるのです。

今後、森について知りたいという人がいれば、私はまずこの本を薦めるでしょう。
誰もが親しめる平易な文で、森という多機能な存在が、全方位から紹介されています。ドイツで行われてきた近自然的森林業の話から、ドイツの森林官が羨むほどに豊かな土壌、木の成長量、生物多様性を持つ日本の森の可能性、そしてドイツに習い日本でも行われている道づくりからはじめる森づくりの取り組み、さらに地域に富をもたらす多様な木材産業の話から、生活とレジャーの場としての森林までと、あらゆることに触れられています。そして、先人たちの試行錯誤により、豊かで持続可能な森と社会の在り方がドイツにはすでにあるという事実は、私たち日本人に勇気と希望をくれます。技術的な内容もわかりやすくリズミカルに書かれており、日本の森の可能性にどんどんと心が躍っていくのです。

また、SDGsの本質を学べる本としても、大いにおすすめしたい一冊です。森は、SDGsのすべてのゴールに通じる入口の一つです。本書では、環境視点だけではなく、人々が森林産業を通じてどのように豊かに暮らせるか、そして、森の幼稚園といった教育や福祉、心身を癒す「Shinrin-yoku」の広がりにまで話が及びます。
さらになんといっても、300年前、ドイツの森でカルロヴィッツによって生み出された「サステナビリティ」という言葉に関する丁寧な考察が、この本にはあります。人類がサステナビリティの大切さに気付いていく過程と、多様性の意義に気づいていく過程とは、まるで右足と左足の関係にあるようです。一歩ずつ歩みを続け、叡智を積み重ねてきた結果今日があるのだということが、ドイツの先人たちが辿った森との向き合いを通じて描かれています。SDGs に関わるものとして、この原点に触れられる学びは大変貴重です。
また第5章「多様性のシンフォニー」で、脳神経生物学者ゲラルト・ヒューターの著作にあると紹介されている「脳の省エネ」の話は、多くの示唆に富んでいます。人類は、最大のエネルギーを消費する脳の「省エネ化」のために、この複雑で多様な世界をあえてシンプルに捉え、生き抜いてきたというのです。よって、二項対立化、整然と整理する、単作・一律で何かを育てる、といったことは人類の生存戦略の一つであるとのこと。大変興味深く、それゆえの進化もありましたが、何事も過ぎたればです。著者の書く通り、今の持続可能なソリューションの実践者の共通項は、多様で複雑な世界を「理解し、受け入れ、多様性を活用している」という下りには共感を持って読みました。多様であることを、むしろシンプルに楽しんでしまいたい、そんな思いが、読み進める中で湧いてきます。

SDGsのいう「誰一人取り残さない」世界に向き合うには、自然界(人間界も含む)における「多様性」への理解が欠かせないと感じてきましたが、本書はそれをもう一段深いレベルで問い直す機会を私にくれました。

誰もが、すべてのいのちの尊厳と向き合い、森と同様に、次世代を想う数百年という時間軸と共に、自分らしく、心地よく、豊かに暮らせる世界――。これからの自分の在り方、世界の在り方を考えていくためにも、何度も読み返したい本に出会えました。そして、森づくりへの思いを、また一層強く持ちました。

是非、多くの方に読んでいただきたい本です。
森に散歩にいくように、またページを開きたいと思います。

「森林」を入口に「多様性、持続可能性」の本質を解きほぐしてくれる
佐々木正顕さん 2021年3月31日  アマゾンより

著者の池田氏は、ドイツ在住25年の経験豊富な森林産業コンサルタント。
ただし、本書は海外の先進的な制度やシステムだけを上から目線で伝えようとするものでななく、アプローチはむしろ真逆だ。
森林に関わる人たちの感情や想いから望ましい森林のあり方を解きほぐしてくれるが、池田氏の筆はそれだけでは止まらない。
特に、ドイツの著名な脳神経生物学者による、脳の省エネ機能を起点とした人間の思考パターンが、物事を単純化して分類させてきたという「発見」の紹介は、本書を貫く太い軸となって大変興味深い。
これをベースに、幸福感や金融資本主義、コロナ後の社会像まで「多様性」が本来意図する社会や自然のあり様を多彩に示唆してくれる。
「本当の持続可能な社会」を模索する、林業関係者以外の方にもぜひお勧めしたい、電子書籍の良さを活かした一冊だ。

多様性は本当に大切である事を学びました。
長瀬雅彦さん  2021年4月14日  アマゾンより

実に内容の意味ある内容、私自身ずっと探し求めてきた本に出会えました。
多様性まさに今一番重要なテーマ SDGsそのものですね。素敵な職人的な家庭に生まれ、新しい生き方、楽しみ方を求め留学し、また違った多様性を学び、日本の文化と西洋の文化を考えた思考で進化したのだと思います。そこでドイツを選択したのが池田様の宝になったのだと思います。留学中の幅広い研究と専門分野を学ばれ、広い寛容、配慮、リスペクト、探究心、想像力を培ったのだと思います。 近自然的森林業と多機能林業という哲学、ビジョンはまさに私も森林管理のあり方を学ぶべきものと感じています。『すべての理論はグレー 森と経験だけがグリーン』素晴らしい言葉です。サスティナビリティとカロヴィッツの事も初めて内容を知ることが出来ました。当然300年ほど前に生まれた言葉とは知っていましたが。 また長い将来の話を森林業のロマン フレッヒさんを思い出します。
サスティナビリティ(持続可能性)は「次世代への思いやり」に支えられている。次世代という「相手」に対する意識的な配慮の感情であるから「想いやり」である。この「想い」は人間の長い歴史のなかで、守られ-汚され、強調され-軽視され、実行され休止されることを何度も繰り返してきた。現在の私たちは、より一層この「想い」の所在に敏感になり、守り、強調し、実行していかなければならないと私も感じました。
多機能森林業を行うためには、経済、保養、自然保護と、多面的な「気くばり」をされた道が必要である。道も多様な機能を持っていなければならない「多機能森林基幹道」である。
しかし日本の林業関係者たちの認識は、これとは対照的に、ネガティブであり、できない理由を並べるときりがない。
森林所有者が、絶えず100年先、数世代先を考えた森林を利用することは、地域の森林・木材クラスターの在続と進化にとって欠かせない大前提である。「森のロマン」あっての地域の問題となります。今後の森林業は多面的な注意力を要するワイルドな環境で、ほかの仲間の個性や能力に配慮し、助け合いながら、五感をフルに使い、好奇心と自分の意志に基づいて、自発的に仲間と連帯して遊ぶことによって培われた能力であり、森が与えてくれた、心と体のバランスだ。まったくその通りだと思います。
森林業、林業、木材産業 様々な言葉が先行される中 本質知る為にも重要な参考書となるでしょう。

2度読みして深く理解したくなる本
落合俊也さん  2021年4月26日 アマゾンより

池田さんの講演はだいぶ前に聞いたことがあったし、「多様性」というタイトルは森を語るキーワードとしては特に新鮮味を感じなかった。しかし、読み進めてみると私の想像をはるかに超える深い実際的経験と知識を持って人と森の関係を掘り下げ、巧みに様々な理論で補強しているので、わかりやすく説得力があった。特に最終章は素晴らしく、2度読みしてしまったほどだ。

読み始めは林業先進国ドイツの森林産業システムと社会システムの調和的構造を自ら体験した筆者が、実に誠実にそれを紹介することから始まる。私たち日本人は、ドイツの素晴らしく整備された森林システムにはため息が出る一方で、日本の林業はだめだと考えがちである。ところが、日本の林業にも十分な潜在能力があることが示され、未来の発展に至る具体的な道筋も提案されている。

林業先進国のドイツを手本にして語られているのは、作者の経験と研究がドイツで行われたからだが、本書に続編があるとしたら、ほかの国の事例やドイツの失敗例にも幅広く目を向けて池田さん流の解説を聞いてみたいと思った。

初めに紹介したように、最後の章は珠玉の内容だと思う。池田さんはこのこと言いたくてこの本を書いたのだろうと私には思われた。ヒトの脳の構造から森と私たちの社会構造を読み解き、古くて新しい人間哲学の世界をも俯瞰した内容は新鮮だった。

多様化を理解しそれを長期的に利用した続けているソルーションこそが正しい回答であるはずなのに、近代に成立した短絡的なソルーションが大きなお金を生みだし現代産業の中枢をなしている。しかし、このような多くの金を生み出す大量生産単一化合理主義という現代の社会特性は、人類を破滅に導く可能性が高い。

終盤で作者の興味は人間の脳の構造や働きに注がれているが、脳の構造や志向を理解することで現代社会の問題点や自然との共生法のリアルな解決策を模索することができるのだろう。森を語る内容から脳を語る内容にシフトしすぎた感はあるが、優れた思想家や芸術家の思想や言葉を織り交ぜながら自分自身の発想の原点を暴露しているようで、その率直さにも好感を持った。

「多様性-人と森のサスティナブルな関係」を読んで
平田孝則さん  2021年4月28日 アマゾンより

一読した大雑把な感想ですが、森林関連の内容が多いにもかかわらず、日頃森林・林業・林産業をあまり理解していないごく普通の人達にとっても分かり易い優れた文体であることに驚きました。併せて、日本とドイツの林学史、育林・収穫作業、森林道、パイプオルガン製作、森の幼稚園、森林の効用、人文科学方面からのアプローチなど多岐にわたって読者の関心を引く構成であることにも感嘆した次第です。著者のヘルマン ヘッセ敬愛や人生観、社会観などにも共感を覚えました。巻末にある国内外の多数の参考文献一覧を見ても、著者の博学・博識ぶりを伺うことが出来ました。同時に、ここに至るまでの著者の道のりは通り一遍の努力では決して踏破できなかったであろう事、心身共に苦労をいとわない不断の勤勉の賜であることを理解できました。私の親しい友人・知人にも本書を紹介したところです。


浅輪 剛博さん  2021年5月7日  https://ganpoe.exblog.jp/29514049/

これは、森林に関わる全てのひとにとって必読の書です。
そして、森林とは直接関係はなくとも、持続可能ということに関心がある人にも強く薦めたいです。書名が「多様性」であるように、この本は、持続可能な森林業のノウハウが盛りだくさんであるだけではなく、なぜそのような制度ができたのか、その根本まで探る本だからです。つまり、根幹には「均一化ではなく、多様性」を尊ぶ生きかた、そして考えかたがあった、ということです。

日本では、欧州の先端的な林業の技術のそれぞれを切り出して輸入しようという動きが多いそうですが、著者の池田憲昭氏は、大事なのは、一つ一つの技術や制度ではなくて、その全体の多様な関係性だと論じています。その関係性を見つけ繋げ合う視点や考え方の転換がないといけないといいます。そう思って本書を読み返すといちいち腑に落ちると言うか、持続可能な森林との関わりかたのどれもが、そりゃそうだよね、当たり前だよね、と感じるのです。今まで、大型先進機械で自動化し樹種も単一化すれば効率的になって役立つ、そりゃそうだと思っていたのが嘘のようになります。それは多様性の大事さに気づく価値観の転換が起きるからだと思います。

本書の最終章で脳神経学からこのマインドセットの違いの謎を著者は解き明かそうとしています。非常に得心が行く章です。
ここでは経済学の課題からもその重要性に触れてみます。

物の価値には大きく二種類あります。一つはそれを使う価値。もう一つはそれを他のものと交換してどのくらいになるかという価値です。前者を使用価値、後者を交換価値といいます。
ここで、使用価値は使用する人にとってその価値が非常に分かりやすいものです。しかし、社会一般的には分かりにくい。なぜならある物の使用価値はまさに多様であり多面的だから、ある人の使い方と他の人の使い方は違うことが多いからです。まさに森林、樹木のようです。森の価値は材木でもあり、観光でもあり、災害対策でもあり、幼稚園でもあります。
それに対して、交換価値は逆に個人にとっては非常に分かりにくい。他人に交換してもらわない限り、どのくらいの価値があるのか自分ひとりでは分からないからです。そこで社会は全ての交換価値を一つの貨幣で表す制度を生み出しました。これが貨幣形態です。一般的等価形態ともいいます。社会にとっては値段と売れ行きさえ見れば一瞬で価値が分かる、非常に分かりやすいものなのです。

現代社会で様々なものを均一化させようとする大きな力は、この貨幣形態から起き、また、貨幣と商品を交換し続けることによって利潤、つまり資本を増大させようとする力から起きているのです。多面的機能を持つ多様な森林も、貨幣効率・資本最大利潤を最優先させるこの力によって、モノポリーな単一種栽培の畑のようにした方が良い、と人々は思い込んでしまうのです。(著者は前者を森林業、後者を林業と区別します。)最小限の貨幣で最大の貨幣を得る、その一面に集中して、資源の多様な可能性ーー使用価値を探ろうとしない。これが、自然と調和しない持続不可能な林業を産んでいるのではと考えます。

これはもちろん森林だけに関わらず、土壌を衰退させるような農業や、自動車交通を優先させてスプロール化する都市や、遠方の化石資源を燃料とし地域分散型エネルギーに着目しないエネルギー産業、そして健康で文化的な生活条件を整えるよりも、どれだけ財政負担を減らして生産効率を上げるかだけに専念する政治経済システムなどにも及ぶ、大きな現代の問題につながっています。
森林から始めて、多様性まで解き明かすこの本は、こんな広がりを持っています。多面的な機能、多様性の持つ豊かさ、それを活かす「持続可能な森林業」は、交換価値よりも軽視されてきた、環境がもつ多様な使用価値を探り出す取り組みでもあり、著者の示す多様な森林業の織りなす房は、まさにそのような価値観があったからこそ工夫され出来てきたものだと思います。

私は信州で自然エネルギーを活用する仕事をしています。これも単に個別の技術を切り出して拡大するというのではなく、地域に色々ある資源やエネルギーの多様性、様々なより良い可能性を見つけ、今まで気づかなかった地域の生活にとっての使用価値を発見していくーー省エネやシェアやマテリアルとしての活用も含めーーそのような全体的な視野も伴う必要がある仕事だと感じ入った次第です。

制度や義務だけでは人は本当に動きはしません。共感、感動、信念、そしてディグニティ(尊厳)が行動の根幹にあるのです。本書でそれを痛感させられました。

論語に言うように、

これを知る者はこれを好む者に如かず。
これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。

中村幹広さん  2021年5月2日  
https://note.com/mikihironakamura/n/nd86919de73e3?fbclid=IwAR0mhpeYSG9tqO7CNGHnzowBO3DRPxwbZ7mvFnT6byurAOqokqi0Ana6xYk

本書のタイトルである「多様性 Vielfalt」という単語は、私が紐解いたドイツ語辞典によれば、18世紀末に「vielfältig 多種多様な」という言葉から逆成されたものらしい。
言語は時代の変遷とともに変化していくのが世の常であり、例えば最近よく耳にするようになった「biodiversity 生物多様性」という単語もまた、1985年にアメリカで「生物的な biological」と「多様性 diversity」という2つの言葉を組み合わせて生まれた比較的新しい造語である。しかし今日では、そのポジティブな意味合いや耳当たりの良い言葉の響きと相まって、かなり一般的に使われるようになっている。
とはいえ、この「生物多様性」という単語も2010 年に愛知県で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10:the 10th Conference of the Parties)で大きく取り上げられるまでは、私たちには余り耳慣れない新しい言葉だった。
こうした事実を踏まえると、本書のあちこちに登場する森林・林業関係者であれば誰しもがきっと今は違和感を抱いてしまうであろう著者こだわりの言葉遣い、具体的には「林業」ではなく「森林業」、「所有林」ではなく「所有森」、そのほかにも「恒続森」や「択伐森」、「新・幹線」といった「いわゆる造語、新訳」もまた、いずれ私たちは慣れ親しみ当たり前のように使っているのかもしれない。
かく言う私も、私とドイツを深く結び付けてくれた大恩ある著者・池田氏の自然に対する姿勢に共感した1人であり、同僚や業界人同士での会話を別にして、単に「森林」という存在について話す際には「森林と人との距離感」を少しでも縮めるために「森林」ではなく「森」と努めて表現するようにしている。
加えて、これまで私は「足るを知る(者は富む)」という表現で森づくりのスタンスを話してきたが、著者の使った「気くばり森林業」という言葉はまさしく言い得て妙ではないだろうか。今後は私も「気くばり」という言葉を積極的に使ってみようと思う。

さて、前置きが長くなった。本書は多様性というキーワードを主軸に著者のこれまでの日独での経験談を交えて執筆されたエッセイである。穏やかな口調で語りかける著者が紡ぐ文章は、読者に程よい心地よさを与えてくれる。
冒頭で語られる好奇心旺盛な幼少期の原体験には、誰しもがどこかしら懐かしさを覚えるであろうし、著者が活動拠点とするフランス国境にほど近い地方都市フライブルク市は、私も幾度となく訪れ、そしていずれまた再訪したいと切に願う想い出の街であるが、著者の描写するその美しい街並みはきっと多くの読者を魅了することだろう。
そして本書の前半から後半にかけては、日独の架け橋として双方の視点から、森林・林業・木材産業、さらには里山、保養などについて、ややもすれば読者を二項対立の思考領域へと誘引しそうになりながらも、そのいずれについても的確に課題や有意点を示唆してくれる。
加えて、著者の関心は最新の脳神経学から哲学、精神性にまで多岐にわたって飛躍するため、読者の中には消化不良で半信半疑に受け止めてしまう人は少なくないだろう。だがしかしその感覚はやがて、未知なるものを知り、彼我の違いを知ることの楽しさを教えてくれる切っ掛けとなるだろう。

○本書の構成
本書は全5章からなる。各章はいずれも著者の日独での経験から得られた深い思索の末に辿り着いた内容となっているが、森という存在に対する畏怖や敬愛の念、日本の森林・林業・木材産業へのアドバイスにとどまらず、近年、欧州諸国で注目を集める森林浴や最新の脳科学に関する話題など幅広い。ドイツを代表する文学者であるヘルマン・ヘッセの言葉を引用して、環境、経済、哲学、音楽などの分野についても言及している。

 第1章 気くばり森林業
 第2章 日本でこそ森林業を!
 第3章 地域に富をもたらす多様な木材産業
 第4章 生活とレジャーの場としての森林
 第5章 多様性のシンフォニー
 
第1章では、明治から大正にかけ欧米各国に留学した数々の若き日本の才能たちが持ち帰った知識や経験、そしてそこに通底する人知を超えた自然に対する畏敬の念、ドイツで300年以上前に生まれた持続可能性という言葉の歴史等にも触れながら、著者がドイツで学んだ森づくりの哲学や知識を紹介する。この章では、森林・林業関係者に限らず、少しでも森に関心のある読者であれば、将来を見据えた森づくりの必然性を真摯に学ぶことができるだろう。
続く第2章では、ドイツから来日したフォレスターの視点から、日本の森の豊かさ、それを当たり前と思う日本人の意識、そしてその裏返しとしての、自然の豊かさに胡坐をかいた無頓着さが綴られている。私自身、直接的間接的に関係してきた内容が記されていることもあって、ここが私にとっては本書のハイライトとも言える。
著者のコーディネートにより来日したドイツのフォレスターたちが感じた日本の森林・林業・木材産業への違和感、真摯な専門家であろうとするが故に苦悩した異文化コミュニケーションの狭間等々、それらはまるで、多様性を包摂するための課題について考える機会を改めて与えてくれようとしているかのようだ。
第3章では、地域内が連環する木材産業のカスケードとクラスターについて、輸出産業にまでなった強い存在感を示すドイツの林業・木材産業は、今もなお弛まぬ努力を続けていること、そこには過去30年にわたって林業が環境配慮へ大きくシフトしてきた背景を有していること、そしてそれを支える土台となったのは、世界に冠たるマイスター制度と誇り高き職人たちの手仕事にあることが述べられている。
第4章では、日本発祥と言われ、近年は欧州で大変な人気を集める森林浴や農山村でのグリーンツーリズムなど、いわゆる森林サービス産業に関するドイツの実情について自身の経験談を交えながら紹介している。
本章で著者が指摘することは、今の日本の森林・林業関係者にとって最も大切なことの一つといえる。それは、林業は林業のためだけにその営みがあるわけではないということであり、人々がその地で豊かに暮らすためには、厳しい自然と対峙しながらも美しい景観を守ることに必然的な意味があるということだろう。日本と欧州の自然に対する価値観やスタンスの違い、あるいは自然のコントロールのしやすさの違い等々、説明の仕方は国や人の数だけ幾通りでもあるだろう。しかしそれも、著者の子供も利用し日本でも徐々に広がりを見せつつある森の幼稚園の体験談を説明するところに至って、森の恵みの享受の在り様は日欧で共通することが実感できる点は大変興味深い。
そしてまとめとなる第5章では、森と人との営みを超え、生命の原理や脳の仕組みの探求にまでさらに踏み込み、より一層、内観的な視点から著者自身の有する多様性に対する考え方、あるいは多様性への憧憬を開陳している。
本書によれば、「考えと気持ちと行動が一致していて、外の世界で起こっていることが自分が予期・期待していることと大きくかけ離れていない状態」のことを「コーヒレント(注:コヒーレントの方がより正しい発音か?) coherent」と呼ぶそうだが、著者は本章において『自ら新しいことを学んだ時、すなわち、非コーヒレントな脳の状態を、自分の力でコーヒレントな状態に転換できた時、人間は幸福感を味わう。』と言っている。
まさしくこの感覚こそが、豊かで美しく未来へと繋がる森づくりには欠かせない「観察」という行為の大切な要素の一つであると私は考える。
森に一歩入れば、そこはいつでも未知なるものへの好奇心で満たされるセンスオブワンダーの世界。大人になってから久しくこんな気持ちを忘れていたが、本書を手に取り心地の良い春の森へと出かけていくのも悪くない。本書はそんな気持ちにさせてくれる一冊である。

9月末〜10月末のオンラインセミナー

MITエナジービジョン ウェビナー - 持続可能な社会の実現へ
【Vol.1 ドイツのエコタウンと気候中立のために必要なインフラ】
村上敦
2020年9月24日(木) 20-21:30 
https://mit-energy-vision-ecotown.peatix.com

MITエナジービジョン ウェビナー - 持続可能な社会の実現へ
【Vol.2ビオホテルから考える持続可能な観光業 – 100%オーガニック+カーボンニュートラルへ】
滝川薫
2020年9月29日(火) 20-21:30
https://mit-energy-vision-biohotel.peatix.com

MITエナジービジョン ウェビナー - 持続可能な社会の実現へ
【Vol.3 木質バイオマスエネルギーは持続可能なソリューションになるか?】
池田憲昭
2020年10月1日(木) 20-21:30
https://mit-energy-vision-holzenergie.peatix.com

集約版 ①森林業+②新森道+⑥森林浴+⑦共生】
2020年 10月5日(月) 20:00-22:00
https://sustainable-waldmix1005.peatix.com
2020年 10月17日(土) 16:00-18:00
https://sustainable-waldmix1017.peatix.com

【集約版 ③森林作業+④木材クラスター+⑤自然素材の建築】
2020年 10月13日(火) 20:00-22:00
https://sustainable-holzmix1013.peatix.com
2020年 10月25日(日) 17:00-19:00
https://sustainable-holzmix.peatix.com

【球磨川地域支援の特別企画 国土を守るグリーンインフラ「森林」と「土壌」】2020年 10月15日(木) 18:00-20:30
https://sustainable-kumagawa.peatix.com


【森の幼稚園からBeyond コロナ】
2020年 10月19日(月) 20:00-22:00
https://sustainable-waldkinder-corona.peatix.com

オンラインセミナー「サステイナブルは気くばり」2020年9月ラインナップ

グリーンインフラ、Beyond コロナ、ユネスコ文化遺産とSDGs、農業、手工業、エネルギー、エコタウン、ビオホテルと新しいテーマも加え、9月のオンラインセミナーをラインナップしました。

ドイツ/スイスで同様の活動をする同僚の村上敦(9月24日「エコタウン」)と滝川薫(9月29日「ビオホテル」)との共同企画もあります。

興味がある方、プロ、アマ関係なく、お気軽にご参加ください。

2020年 9月5日(土)20:00-22:00
サステイナブルは気くばり - 森から建物まで
集約版 ⑩+⑪ 国土を守るグリーンインフラ「森林」と「土壌」
https://sustainable-greeninfra-wald-boden2.peatix.com

2020年 9月11日(金) 20:00-21:30
With コロナの世界からBeyond コロナの世界を眺望する
https://sustainable-withcorona-beyondcorona.peatix.com

2020年 9月15日(火) 20:00-21:30
ユネスコ無形文化遺産とSDGs Vol.1「三段酪農によるチーズ作り」
https://sustainable-unesco-dreistufenlandwirtschaft.peatix.…

2020年 9月16日(水) 20:00-21:30
ユネスコ無形文化遺産とSDGs Vol.2「オルガン製作」
https://sustainable-unesco-orgelbau.peatix.com

2020年 9月17日(木) 20:00-21:30
ユネスコ無形文化遺産とSDGs Vol.3「共同組合」
https://sustainable-unesco-genossenschaft.peatix.com

2020年9月24日(木)20:00-21:30  村上敦
MITエナジービジョン - 持続可能な社会の実現へ
Vol.1 ドイツのエコタウンと気候中立のために必要なインフラ
https://mit-energy-vision-ecotown.peatix.com

2020年9月29日(火)20:00-21:30  滝川薫
MITエナジービジョン - 持続可能な社会の実現へ
Vol.2ビオホテルから考える持続可能な観光業 – 100%オーガニック+カーボンニュートラルへ
https://mit-energy-vision-biohotel.peatix.com

2020年10月1日(木)20:00-21:30  池田憲昭
MITエナジービジョン - 持続可能な社会の実現へ
Vol.3 木質バイオマスエネルギーは持続可能なソリューションになるか?
https://mit-energy-vision-holzenergie.peatix.com

湖上オペラ

ボーデン湖のほとり、オーストリアのブレゲンツ市で、毎年夏に開催されている一大文化イベント「ブレゲンツ音楽祭」の湖上オペラ。美しいボーデン湖の景色を背後に、水上に作られた巨大で奇抜で高度な舞台装置を使っての一流の演出と音楽は、毎年、多数の訪問客を魅了します。人口たった3万人の街に、7000人の観客席です。7月半ばから8月半ばまでの約一ヶ月、週6日間ペースで行われる上演のチケットは、何週間も前に完売されるようです。

このイベントは、戦争が終わった翌年、1946年に始まりました。

戦後の混乱期の音楽舞台芸術は、悲惨な戦争の傷を癒したい、立ち直りたい、嫌な記憶、苦しい現実をひと時でも忘れたい、未来への希望を持ちたい当時の人々の「心の復興」の支えになりました。

でもいったい誰がどのような意図で、この小さな街で、このイベントを始めたのでしょうか。複数のキーマンのそれぞれ異なった思惑と目標が重なって成立したようです。まずブレゲンツの市議会議員だったアドルフ・ザルツマン氏は、文化イベントで観光業の活性化を狙いました。フォアールベルク州の文化オフィサーを勤めていたオイゲン・ライシング氏は、楽しいお祭りで、人々を苦しみや不安から少しでも解放したい、と考えました。当時州立劇場の新しいマネージャーに就任したウイーン出身のクルト・カイザー氏は、1945年にウイーンからこの州に逃げてきた芸術家や文化創造人に、仕事を与えたいと思惑していました。

ブレゲンツ市議会は、イベントスタート1ヶ月前になってようやく、音楽祭に賛成の決議をしました。しかしメインであるオペラの会場をどこにするかは決まっていませんでした。小さな街なので大きな劇場はありません。そこでアドリブ的に出されたのが、ブレゲンツで一番美しい景色であるボーデン湖を舞台背景にやろう、という案でした。小型ボード停泊用の2つの砂利の波止場の一つをオペラの舞台に、もう一つの波止場をオーケストラの演奏場所にしました。

上演されたのは、モーツアルトの若年期の作品「バスティアンとバスティエンヌ」(オペラ)と「小さな夜の曲」(バレーとしてアレンジ)。準備期間が1ヶ月しかなかった即興のイベントですが、22,500人の訪問客を記録し、大成功しました。そして、湖を舞台背景にするという世界でも類がないイベントは、すぐに評判を呼び、知名度を上げていき、1950年には、寄付金によって、湖上の舞台設備と6400人の観客席が建設されました。

きれいな湖を舞台背景にする、という施設もお金もないなかで出た苦肉の奇抜な案が、小さな街の音楽祭を、ザルツブルクやバイロイトと並ぶ世界的イベントにしました。ブレゲンツの経済の重要な柱の一つにもなっています。

上演されるオペラは、2年置きに変わります。今年はベルディ「リゴレット」最初の上演年でした。私は昼間に舞台装置を観て、上演の夜に湖畔の遊歩道から少し舞台を覗き見し、音楽を聞いただけでしたが、来年は、時間を作って観にいきたいと思っています。

岩手中小企業家同友会の会報「DOYU IWATE」2019年9月号に掲載