モバイル(可動式)の鶏舎で鶏卵の生産。数日おきに草を食べる場所を変えることができる。餌場のローテーションに合わせて、鶏舎もトラクターで引っ張って移動させる。写真の養鶏場は、フライブルク近郊のシュヴァルツヴァルトの山の中で、肉牛、ガチョウ、卵用鶏の粗放的な飼育とレストラン経営を営むBIO農家Sonner家のもの。
このような形式の養鶏は、ここ10年でドイツでかなり増えた。理由の1つは、草地での放し飼いで生産した卵の市場での需要が高いからだ。
ケージ飼いのニワトリの卵は1パック10個で1.5ユーロくらい、平飼い(地面の上で飼う)が2.5ユーロくらい、草地での放し飼いは3.5ユーロくらいする。BIO(有機)認証を受けている卵は4.5〜5ユーロ(700円)するが、スーパーの商品棚には、どれも同量くらい並べられ、いつも値段の高い卵の方が先に売切れている。
BIO農家のSonner家は、鶏舎の側に設置した無人の自動販売機で1パック5ユーロで直売しているが、すぐに売り切れるという。市場の需要に応えるために生産量を増やしたいそうだが、農地が足りなくて増やせない、という状況のよう。
背景には、消費者のアニマルウェルフェアへの意識の向上がある。最近では、卵を産む雌だけでなく、オスも一緒に飼っている、もしくはオスを殺していない、という認証ラベル付きの卵も売られている。卵から孵ったオスは通常、「用無し」ということで、すぐに廃棄される。卵を生産しないし、肉も筋肉質であまりよくない。餌が肉になる変換効率も悪い。車で言うと燃費の悪い車。でもスーパーでは、学校やテレビ番組で知識を得た子供たちが、ママ、パパ、おばあちゃん、おじいちゃんに、「オスを殺していないこっちを買って」と言う。
オスは、用途やメリットは少ないが、まったくの用無しではいない。大人に成長した雄鶏は、放し飼いの群れの中で、見張り番をする。猛禽類が上空に見えるとすぐに、声を上げて動いて、雌たちをモバイルの鶏舎へ避難誘導する。
写真は8月半ばに撮ったもの。普段だったら緑緑しい牧草地が枯れて黄土色になっている。6月から雨がほとんど降らなかった。スペインのアンダルシアのような景観になった。こんな夏のシュヴァルツヴァルドは、20年以上住んでいて初めてである。でも8月末から幸運なことに雨が少しづつ降るようになった。そして、牧草地の緑は、見る見る回復してきた。自然のたくましさを感じる。
アニマルウェルフェアも、今年2022年の12月に日本語版が出版になる『公共善エコノミー』の多様なモザイクの一つです。
環境によく、アニマルウェルフェアの観点でも優れている商品を、高い価格で買うことは、ある程度、裕福で余裕がある人しかできない。貧しい人たちのためには、安い食糧を供給することが大切、という意見もある。でも、裕福でなくても、意識のある学生や低所得の人たちが、そのような高い卵を買って、その代わり、量を節制したり、肉や嗜好品などを抑えて、家計のバランスをとっている例もある。また、安く供給できている背景で、環境や動物の搾取だけでなく、多くの人間の搾取(グローバルサウスの問題や悪質な環境での出稼ぎ労働、生産者の疾病や障害、経営難)が起こっていることなども、一緒に議論すべきだろう。安く提供することで、貧困問題に「対応」はできる。でも根本的な解決のためには、貧困問題を起こしている現代の資本主導の経済システムにメスを入れることが必要だ。
『公共善エコノミー』は、みんなを幸せにする、倫理的な市場経済のヴィジョンと、そこにたどり着くための包括的で具体的な道を、簡潔・明瞭に描いています。