中小企業 −公共善エコノミーの主役

今年(2022年)12月に出版される予定の翻訳本『公共善エコノミー』の中核は中小企業です。家族、従業員、地域、社会を想い、行動する企業です。公共善エコノミーは、資本主導のエコノミーから、ヒューマニティ主導のエコノミーへの転換を謳っています。倫理的な市場経済のコンセプトと、そこにたどり着くための包括的で具体的な道を描いています。

公共善エコノミーは、企業におけるその実践に関しては、まったく新しいものではありません。古き良き、今でも成功を収めている類似の事例はたくさんあります。日本の企業にもあります。例えば、多数決の議論ではなく「話し合い」でコンセンサスを導く文化、「会社は従業員のもの」という文化、従業員が会社の株を持つことを推奨する企業、自助と自己責任を基盤にした協同組合や類似の精神とコンセプトを持った企業など。

私がこの本に出会ったきっかけは、2019 年末に岩手県中小企業同友会の視察団と一緒に訪問し た、ドイツ・フライブルク市にある豆腐工場タイフーンでした。ヨーロッパ産のビオ(有機認 証)の大豆から豆腐を製造する設立 1987 年の老舗メーカーです。このタイフーン社 が公共善エコノミーの運動に参加し、実践していました。それで私は興味が湧き、原書を友人が経営する地元の本屋で購入して読み、感銘を受けました。2021 年春に出版した拙著『多様性〜人と森のサスティナブルな関係』でも随所に、『公共善エコノミー』の記述を引用させてもらいました。

ロックダウンのなか、ドイツ黒い森の自宅でサナギのように静かな生活をしていた 2020 年の晩秋に私は、この本を私の祖国の言葉に翻訳したい、翻訳する意義がある、たぶんうまく翻訳できる、と強く思ったので、思い切って作者に直接メー ルしてみました。作者からは「君のメールは、思わぬクリスマスプレゼントだった。とても嬉しい」 と直ぐにポジティブな返事が来て、日本語翻訳プロジェクトがスタートしました。

最初の作業は、翻訳本の出版社を探すことでした。この本に出会うきっかけになった、私の長年のお客さんでパートナーである岩手県中小企業家同友会の事務局長の菊田哲さんに相談しました。 『公共善エコノミー』の主役は中小企業ですし、自然な帰結でした。もともと作者のクリスティアン・フェルバーも、意志を共にするオース トリアの中小企業のパイオニアたち(Attac 企業グループ)と一緒にこのコンセプトを作り上げています。菊田さんから直ぐに、宮崎県中小企業家同友会に属する地域出版社の鉱脈社を紹介してもらいました。宮崎の同友会メンバーも数名、過去に岩手のグループと一緒に来欧し、視察セミナーに参加されていたので、話はスムーズに行きました。鉱脈社の代表取締役社長である川口敦己さんからは、私が作成した本の概要と最初の方の試し訳を読まれた後、「翻訳して出版する価値がある本だと思う。紹介いただいてありがたい。ぜひ出版の方向で話を進めたい」と嬉しい回答をもらいました。そして間も無く、著作権を有するオーストリアの出版社との契約プロセスへと作業が進みました。作者によれば、公共善エコノミーのコンセプトは、日本の学術界でも数年前から知られていて、これまで何度か、日本語訳出版の話は持ち上がったようでしたが、様々な理由で出版には至らなかったようです。普通だったら、このような翻訳本は、資本力のある大手の出版社が行うものですが、今回、公共善エコノミーの趣旨にもマッチした、社会的な使命感と哲学を持った、地に足がついた地域の小さな出版社がこの事業を引き受けてくれたことは、作者、翻訳者にとって、大変嬉しいことでした。

作者のクリスティアン・フェルバーと翻訳者の池田憲昭(私)は、共に1972 年生まれです。今年は2人とも50 歳になるという、人生の節目を迎えています。この特別な年での日本語版の出版は、2人にとって、この上ない誕生日プレゼントでもあります。このプレゼントに入ったメッセージが、危機から危機へと混迷する世の中で、多くの日本の読者にも伝播し、希望と勇気を与え、幸せな未来のための行動へと広がっていくことを願います。

岩手県中小企業家同友会の菊田さんが、本と出版記念講演会(オンライン)の前売りに相当するクラウドファンディングを開設してくれました。9月18日まで開いています。よろしければ、ご支援ください。

https://camp-fire.jp/projects/view/605926
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人間が生まれながらにして持っている資質である「尊厳」と、人間が生物学的に得意な「協力」により、本来の意味でのエコノミーを!

『Gemeinwohlökonomie 公共善エコノミー』という欧州のロングセラー本を翻訳しました。本だけでなく、社会的な運動としても広がっています。今年2022年の暮れに日本で出版の予定です。9月18日まで、本と講演会の前売りに相当するクラウドファンディングを実施しています。ご支援いただければ嬉しいです。

https://camp-fire.jp/projects/view/605926

公共善エコノミーは、《尊厳》を重要なベースにしています。尊厳は、国連憲章や各国の憲法にも明記されている人間社会の根源的な価値です。ドイツの著名な脳神経生物学者で公共善エコノミー大使でもあるゲラルト・ヒューターは、科学的な知見から、尊厳が、人間の誰もが生まれ持った生物学的な資質であることを指摘しています。ヒューターはまた、現代社会・経済の大きな原動力になっている《競争》は、生物進化論の観点から、人間の強みではない、と説明しています。そして、人間が生まれながらにして持っている資質である《尊厳》と密接なつながりがあり、可塑性の高い脳を持つ人間が生物学的に得意な《協力》をベースにした社会の構築を提唱しています。公共善エコノミーは、エゴや妬み、無責任さといった人間の弱みを助長する《競争》でなく、信頼やリスペクト、思いやり、といった人間の美徳がもとになった《協力》を原動力とする、倫理的な市場経済のコンセプトです。並行して存在する他の類似の理論やコンセプト、運動とも、排他的な《競争》をするのではなく、《協力》し、お互いに高め合うことを推奨しています。

アリストテレスは今からおよそ2300年前に、2つの異なる経済形態を分別しました。もとからある《オイコノミア》は、すべての参加者の幸せ、すなわち公共善が目的で、お金と資本は、そのための単なる手段です。しかしお金と資本が目的になってしまうと、《オイコノミア》は《クレマティスティケ(=貨殖と自己の富を増殖する技法)》に変貌します。アリストテレスは明確に、後者にならないように助言しました。

《オイコノミア》は《公共善エコノミー》と翻訳できます。
一方で、約200年前から私たちの社会を支配し、私たちの行動や人間関係に大きな影響を及ぼしているのは資本主義の市場経済で、《クレマティスティケ》と翻訳できます。アリストテレスが警鐘を鳴らしたものです。

公共善エコノミーは、手段と目的を取り違えた、金銭的な指数と貨幣価値という、上辺だけの消失点に迷い込んでいる現在の経済システム(イデオロギー)を、本来の意味でのエコノミーに戻す試みで、そのための包括的で具体的な道を描いています。