2020年上半期 ドイツ視察セミナー

2020年上半期、公募中の6つのドイツ視察セミナーです。

2020年 1月15〜19日 (申込み期限2019年12月17日)

木の建築と森林 -スイスアルプス + 黒い森 + SWISS BAU

スイスアルプスで、暖房も機械換気もない建物!
職人養成施設の訪問
古建築の改修
持続可能な森林業

2020年1月29日〜2月2日(申込み期限2020年12月25日)

屋根+木」展   &  黒い森

2年に1度の木造建築の祭典「屋根&木展」
シュヴァルツヴァルトの現代木造建築と古建築改修
フライブルク市の旧市街の街づくり
多機能な森づくり

2020年3月11日〜15日(申込み期限:2月1日)

モノづくり 木づくり 地域づくり

ドイツアルプスの伝統的手工業と観光業
工場跡地を木造建築で多機能に再開発
キッチン、インテリア
ミュンヘン国際手工業見本市

2020年4月2日〜6日 (申込み期限:2月20日)

森林業 + Forst Live

持続可能な恒続森のマネージメントと伐採現場
地域製材工場
地域木質エネルギー利用
Forst live (林業機械展)

2020年5月6日〜10日 (申込み期限:3月25日)

森と緑と水とワイン

サステイナブルの原点 −多機能森林業
フライブルク市エコ住宅地ヴォーバン地区の緑の街づくり
ライン川の冠水域 −自然保護と国土保全と経済とレジャーのバランス
ワイン畑とエコロジー

2020年7月1日〜7日 (申込み期限:5月20日)

KWF林業機械技術展 + 森林業

4年に一度、世界最大の林業機械技術展KWF -現地デモと展示
良質広葉樹大径木の森づくり
シュヴァルツヴァルトの持続可能な森林業
森林レクレーションと街のグリーンインフラ

気配り森林業

ドイツの古き良き森づくりから日本の地域の持続可能なソリューションを考える

2019年11月17日(日)、東京のミッドタウン日比谷にて講演会を開催しました。

日本とドイツの森林の事業に携わるドイツ在住のミヒャエル・ランゲと池田憲昭が、ドイツの古き良き森づくり、多方面へ気配りする森林業とそこから生まれる地域発展のポテンシャルについて、ビデオや写真を使って語り、参加者のみなさんと、日本のポテンシャルと、地域づくりにおける持続可能なソリューションについて意見交換をしました。

ドイツのやり方で、講演の途中でも遠慮なく聴講者から質問を受け付ける形で行っいました。

プランテーション型の林業と多様性のある森林業の違い、品質の高い森林基幹道やそのメンテナンス、過去10年の間に日本で実践されてきた事例、職業養成の仕組み、レクレーションや観光利用のポテンシャルなどについて、講演者と参加者の間で、活発な意見の交換や議論が行われました。

会場には、今年9月から新しく「Forest Journal」を発行している出版社Access International社の記者3名が取材に訪れてくれました。

参加者は、50名弱で、首都圏外からの参加者が半数近くを占め、日曜日の午後に期日を設定した狙い通りであった。一方、日曜日であったため、家族や別の用事などで来たくても来ることができない方々も、主催者のところに連絡が来た方々で20名以上いたこと、そして首都圏の職業従事者の参加のポテンシャルも考え、次回は平日の午後6時以降での開催を計画したいと思います。

BASE Q の皆様には、素晴らしい立地と設備の施設を快く貸していただいたこと、当日の準備と技術的なサポートをいただいたことに、深く御礼を申し上げたいと思います。

主催:  Smart Sustainable Solutions 株式会社
共催:  株式会社フォルテ森林技術経営研究所
支援:  BASE Q

講師:  ランゲ ミヒャエル  池田 憲昭
司会: 中尾 友一 (株式会社フォルテ森林技術経営研究所)

Ziege(ヤギ)- To – Go

中級山岳地域のシュヴァルツヴァルト(黒い森)で、ヤギが、価格安に悩む乳牛農家のオルタナティブとして、急斜面の牧草地の「景観管理人」として、最近増加していることを本連載004「ヤギのルネッサンス」で書いた。
 今回は、そのヤギをレクレーションに活用した新しいサービス業を展開している農家を紹介したい。。

ヤギを使ってソフトな癒しツーリズム

斜面の牧草を刈るのに、ヤギを使った。
斜面の牧草を刈るのに、ヤギを使った。

 シュヴァルツヴァルト中南部のグートアッハ村シーゲラウ地区の山間部の兼業農家クルツ家は、2年前から地域の家族や子供たち、観光客や都会人に、ヤギ同伴のハイキングを提供している。彼らがつけた事業名は「Ziegen (ヤギ)-To-Go」。最近流行りのテイクアウトコーヒーの呼名をもじったもので、日本語に訳せば、「ヤギお持ち帰り」。
 この事業を実施しているクルツ家は、建設不動産業を営む家族で、10年前から現在の場所に住んでいる。古びた建物を、住みながら改修して行き、周りの牧草地も手入れしていった。ヤギを飼うきっかけは、斜面用草刈り機械も入って行けない一部の急な斜面の牧草を刈るのに、近所の農家からヤギを数匹借りたことだった。一匹のヤギがなぜかクルツ婦人に懐いてきて離れようとせず、それで「ヤギにしよう」と思ったそうだ。
 ドイツのヤギ飼育は大半がミルク生産用、他の国では肉生産用として飼っているケースもある。しかし、生物学の教師の資格も持つクルツ婦人は、そのどちらでもなく、人々の「癒し」と「レジャー」に使うことを思いついた。モダンに改修した大きな家の1フロアーを、5人用の休暇アパートメントとして観光客に提供する農家民宿業も始めていた。ヤギと観光業を結びつけて、ヤギと一緒にハイキングする「ソフトな癒しツーリズム」を展開することにした。

穏やかで気品ある品種「アングロ・ヌビアン」

 普通に飼われているヤギ、特にオスヤギは、発情期に臭い匂いを放ち、気性も荒くなる。
 「田舎を求めてくる都会の観光客だけど、臭いもの、汚れるものを嫌がる人が多い」
 とクルツ婦人は言う。
 一緒に歩く子供や観光客の安全も確保しなければならない。この事業に向いているヤギの品種を数年探し歩いた結果、現在6匹飼っているアングロ・ヌビアンという品種に行きついた。普通のヤギの2倍くらいの背丈があり、気品があり、耳が垂れていて愛らしく、穏やかな気性で、匂いもほとんどない。観光レクレーションと急斜面の牧草地の管理だけに使うため、オスは去勢し、角も切ってある。
 一方でこの品種は、ミルクの質がよく、乳量も多く、大きく肉付きもいい乳肉兼用種で、いいオスの種ヤギは、1匹およそ3000ユーロ(約37万円)と高価に市場で取引されている。ただし、繊細で手間がかかり、集団で飼うことが難しいため、ヨーロッパではそれほど普及していない。

大型で気品があり、耳が垂れて愛らしい、アングロ・ヌビアン種
大型で気品があり、耳が垂れて愛らしい、アングロ・ヌビアン種

問い合わせが絶えない人気のニッチなサービス業

しばらく道沿いの草を食べた後、別の場所へと誘導する。
しばらく道沿いの草を食べた後、別の場所へと誘導する。

 先日、私のところにドイツ現地セミナーで来ていた京都にある龍谷大学農学部の先生と学生のグループ12名で、クルツ家を訪問し、「ヤギとハイキング」を体験してみた。クルツ婦人と息子さんの先導のもと、6匹のヤギと一緒に、森の中の林道や小道、景色のいい牧草地を約8km、約2時間ほどハイキングした。散歩の途中で、林道端に生えているブナや楓やハシバミの灌木にヤギを誘導して食べさせた。林道脇の木は、車両通行のために、いずれ定期的に機械で剪定されるものだ。牧草地では、草地に落ちたリンゴも美味しそうに食べていた。ヤギは放っておくと、そこにあるものを食べ尽くしてしまう。だから、ちょっと食べたらクルツさんと息子さんが、「こっちへ来なさい! 次に行くよ」と絶えず誘導し、ヤギたちもよく言う事を聞いて従っていた。穏やかな品種であることだけでなく、少数でストレスの少ない環境でのびのび生活しているからだとも私は感じた。学生も2人の先生も、初めての特別な体験で、美しい景色のなかでヤギと戯れた。
 2年前からクルツ家が行なっているこの新しい事業、有名な雑誌やテレビ局、新聞社の取材を何度も受け、広く知れ渡るようになった。豊かな自然と美しい景観の中での適度な運動に、動物とのふれあいを組み合わせた農家のニッチなサービス業。今では問い合わせが絶えないそうだ。
 料金は、16歳以上の大人は一人22ユーロ(2700円)、15歳以下の子供は18ユーロ。子供の誕生会のために親が予約したり、都会からの観光客、噂を聞きつけて、遠くカリフォルニアからハリウッドの有名プロデューサーが来たこともあったそうだ。
 「これほど人気がでるとは思っても見なかった」とクルツ婦人。生物学の専門家でもある彼女は、お客さんの需要や興味に応じて、ハイキング中に自然景観ガイドも行う。でも都会に住み過度のストレスでバーンアウト気味のお客さんなど、ただただ、純粋に動物と自然と触れ合う静かな癒しの時間を求めてくる人もいるそうだ。そういうときは、彼女は何も喋らないで静かに同伴するとのこと。

EICネット「エコナビ」連載コラムより

大径木に敬意を払ってスロービジネス

オーストリアのリンツ近郊のハンガー製材工場を先月仕事で訪問しました、アルプス山脈の手前の緩やかな小高い丘陵地帯、牧草地と混交森がモザイク状に連なる美しい牧歌的な景観のなかに佇むサンクト・ウルリッヒという小さな村の中にあります。敷地には、直径1m前後の大きな広葉樹の丸太が積み上げられ、屋根付き倉庫群には、製材された板や角材が高く積み上げられています。

ハンガー社は、中央ヨーロッパにたくさんある典型的な家族経営の製材工場。現社長は5 代目。良質の広葉樹に特化した工場で、従業員は20名。社長婦人が経理と事務担当、70代の前社長も仕事を手伝っています。家族の強い絆と田舎の純朴な働きものの従業員によって運営されています。

年間約1万立米必要な原木は、秋から冬の期間、目利きのできる社長と現役を引退したお父さんの2人が、周辺地域だけでなく、ドイツ、フランス、チェコ、ハンガリー、ルーマニア、スロベニア、クロアチアなどに車ででかけて、現地で直接買い付けし、トラックを手配して工場に運びます。オークやトネリコ、くるみや桜、ブナなど約10樹種の原木丸太を、一本一本製材担当者が見定めて、約40種類の製品に切り取っていきます。それを、品質を重視して、1から3年天然乾燥し、最後の仕上げに人口乾燥機にかけて相対湿度8%くらいにし販売します。なので、板や角材の在庫が2万立米ほどあります。

「森で200年、300年と長い時間をかけて成長した大きな樹木に敬意を払って、我々は、その価値を最大限いかす製品を、ゆっくり丁寧に時間をかけて作っている」

と社長は話してくれました。

製造販売する商品はほとんどが、家具や建具、フローリング、窓枠などに使用される高級材で、お客さんは、ヨーロッパを中心に20数カ国、大きな工場から小さな工房、輸出商社と様々で、小さな家具工房のオーナーが、直接やってきて、積まれた板を見て、「このブロックが欲しい」と言って買っていくこともあります。私が訪問したときも、そのようなお客さんが訪問してきていて、奥さんが対応していました。

社長は「ビジネス関係の構築も、木と同じように、ゆっくりと時間をかけてやっている」と話してくれました。ハンガー社は、原木の仕入れ先(森林所有者や事業体)とも、販売先のたくさんの業者とも、信頼関係をベースにした長期的な付き合いを心がけています。

自然にも人にも敬意を払い、価値の高いものを、丁寧に、多品目生産するこのような家族経営の工場の存在が、数世代に渡って、生態的にも豊かな立派な森をつくり維持発展させている森林経営を、何世代も使われる質の高い家具や建具の生産を支えています。

岩手中小企業家同友会の会報「DOYU IWATE」2019年12月号に掲載

スマホ禁止 −放浪の旅の大工

「我々旅職人は、インターネットができる端末を持ち歩くことが禁止されているんだよ」

現在私は、秋から日本のいくつかの工務店で短期の仕事をする予定のドイツの旅職人6人の来日前の準備サポートをしています。コミュニケーションを円滑に迅速にするために、できれば携帯電話の番号を教えて欲しい、とメールでお願いした私に、一人の旅職人が上記の回答をくれました。彼らと私のここ1ヶ月あまりのコミュニケーションはメール。彼らは、旅先や職場で、誰かに端末やコンピューターを借りるなどして私と交信していたのでした。

中央ヨーロッパには、職人の世界で中世の頃から続く「放浪の旅」の伝統があります。企業と学校がタイアップする3年間の実践的な職業養成システムで「ゲツェレ(職人)」の称号を得た職人さんが、3年+1日間、旅をしながら各地の現場で仕事をし、自分の住む場所とは異なる考え方や技術、文化を学びます。現在でも、大工職を中心に、推定600人が放浪の旅をしています。他の大陸やアジア、中東に出かける職人さんもいます。

旅職人の世界には、伝統的な作業着を着用すること、移動は基本的に徒歩かヒッチハイク、クリスマス以外は故郷の50圏内には戻ってきてはいけない、などのしきたりがあります。苦労をして旅をすること、見知らぬ人とコミュニケーションをすることで、人間性を磨くことも放浪の旅の目的であるからです。

私は、そのような旅職人さんも、スマホは持っているだろうと思い込んでいましたが、冒頭のようにそれが禁止されていることがわかりました。確かに、インターネットが絶えずできる環境だと、いろいろなことが「簡単」に「素早く」できてしまいます。人と直接コミュニケーションを取る機会も減ってしまいます。自分を鍛える機会が減ってしまいます。

私は、特に仕事でインターネットを享受している者です。インターネットがなかったら、2003年に独立してドイツで現在のような仕事をすることはできていないでしょうし、スマホが普及してからは、さらに情報の速さと量が増加しました。

しかし私が岩手大の学生だった90年代はじめは、電話かファックの世界。みんな、話すこと、伝えること、仕事や遊びのプランなど、事前によく吟味して、コミュニケーションをしていたと思います。現在のように、「近くなってからラインかメッセンジャーで連絡を取り合いましょう」といった安全パイはありませんでした。一つ一つのコミュニケーションの精度と配慮の幅、事前の熟考の度合いは、以前のほうが遥かに高かったと思います。旅職人さんとの交流で、大切なことを思い出しました。

岩手中小企業家同友会の会報「DOYU IWATE」2019年10月号に掲載

湖上オペラ

ボーデン湖のほとり、オーストリアのブレゲンツ市で、毎年夏に開催されている一大文化イベント「ブレゲンツ音楽祭」の湖上オペラ。美しいボーデン湖の景色を背後に、水上に作られた巨大で奇抜で高度な舞台装置を使っての一流の演出と音楽は、毎年、多数の訪問客を魅了します。人口たった3万人の街に、7000人の観客席です。7月半ばから8月半ばまでの約一ヶ月、週6日間ペースで行われる上演のチケットは、何週間も前に完売されるようです。

このイベントは、戦争が終わった翌年、1946年に始まりました。

戦後の混乱期の音楽舞台芸術は、悲惨な戦争の傷を癒したい、立ち直りたい、嫌な記憶、苦しい現実をひと時でも忘れたい、未来への希望を持ちたい当時の人々の「心の復興」の支えになりました。

でもいったい誰がどのような意図で、この小さな街で、このイベントを始めたのでしょうか。複数のキーマンのそれぞれ異なった思惑と目標が重なって成立したようです。まずブレゲンツの市議会議員だったアドルフ・ザルツマン氏は、文化イベントで観光業の活性化を狙いました。フォアールベルク州の文化オフィサーを勤めていたオイゲン・ライシング氏は、楽しいお祭りで、人々を苦しみや不安から少しでも解放したい、と考えました。当時州立劇場の新しいマネージャーに就任したウイーン出身のクルト・カイザー氏は、1945年にウイーンからこの州に逃げてきた芸術家や文化創造人に、仕事を与えたいと思惑していました。

ブレゲンツ市議会は、イベントスタート1ヶ月前になってようやく、音楽祭に賛成の決議をしました。しかしメインであるオペラの会場をどこにするかは決まっていませんでした。小さな街なので大きな劇場はありません。そこでアドリブ的に出されたのが、ブレゲンツで一番美しい景色であるボーデン湖を舞台背景にやろう、という案でした。小型ボード停泊用の2つの砂利の波止場の一つをオペラの舞台に、もう一つの波止場をオーケストラの演奏場所にしました。

上演されたのは、モーツアルトの若年期の作品「バスティアンとバスティエンヌ」(オペラ)と「小さな夜の曲」(バレーとしてアレンジ)。準備期間が1ヶ月しかなかった即興のイベントですが、22,500人の訪問客を記録し、大成功しました。そして、湖を舞台背景にするという世界でも類がないイベントは、すぐに評判を呼び、知名度を上げていき、1950年には、寄付金によって、湖上の舞台設備と6400人の観客席が建設されました。

きれいな湖を舞台背景にする、という施設もお金もないなかで出た苦肉の奇抜な案が、小さな街の音楽祭を、ザルツブルクやバイロイトと並ぶ世界的イベントにしました。ブレゲンツの経済の重要な柱の一つにもなっています。

上演されるオペラは、2年置きに変わります。今年はベルディ「リゴレット」最初の上演年でした。私は昼間に舞台装置を観て、上演の夜に湖畔の遊歩道から少し舞台を覗き見し、音楽を聞いただけでしたが、来年は、時間を作って観にいきたいと思っています。

岩手中小企業家同友会の会報「DOYU IWATE」2019年9月号に掲載

古建築から学ぶこと

先日スイスアルプスの麓のBrienz市で、スイス各地の古建築を移築し集めた野外博物館Ballenbergを見学しました。66ヘクタールのなだらかな森林丘陵地に100件以上の建物が立ち並び、その周りには昔の菜園と畑と牧草地が再現。全部隈なく見るには2日はかかるその数と規模にとても驚きました。大変オススメです。

私は古建築や古い家具、骨董品のノスタルジックな雰囲気が好きですが、古いものの魅力と価値は、その趣だけではありません。数百年以上存続している建物には、その土地の気候条件を踏まえ、土、石、木、植物繊維という自然のマテリアルを適材適所に賢く機能的に用いた先人の知恵と経験が溢れています。住まいの「永遠の課題」である寒さや暑さ、湿気に対しては、昔の人は、自然素材の「蓄熱」と「調湿」という性質をメインに、ソリューションを生み出しています。

世界各国で建物の省エネ基準が推奨もしくは義務化されて以来、「断熱」と「防湿」に偏重した設計と建設が行われています。 私は省エネ建築を約15年来ドイツから日本に紹介し推進してきましたが、断熱材で熱を断ち、シートで湿気を封じ、密閉し、そしてそうしたために、機械換気を取り付けて24時間回さなければならなくなっていることに、「これでいいのか」と疑問を持っていました。「自分は住みたいか」と自問したときの正直な答えはいつもノーでした。

 「森林学」では、自然を生かし、自然と「共に」森づくりをやっていくことが、経済的にも環境、社会の面でも持続可能で賢いということを学んだ私としては、「断じ」て「密閉」して防ぎ、「技術的措置」で補う、という現代建築の「対抗」型のソリューションには馴染めませんでした。

ここ数年、「対抗」型だけでなく、「共に」の原則でもソリューションがあるはずだと、建築物理の基礎を自分で学び、時代の潮流や一般常識に惑わされないで本質的な仕事をしている建築業者に出会い、いろいろな事例を見学しました。その答えが自然のマテリアルの「蓄熱」と「調湿」をメインコンセプトにした省エネ建築です。昔の人たちが何百年もやってきて実証されていることです。

今回訪問したBallenbergの古建築野外博物館 では次のような発見がありました。
冬が厳しい山岳地域の建物には「木」がメインで使用されています。熱をゆっくり吸収して、ゆっくり放出する木の性質が生かされています。そしてファサードや室内壁は「黒」く、熱を吸収しやすくなっています。夏暑い平野部の建築は「土」や「石」がメインで、熱を素早く吸収し、素早く放出するミネラル素材の性質で暑さ対策をしています。こちらのファサードの色は光エネルギーを反射する白が基調。どの建物もしっかり屋根の張り出しがあり、雨風雪、夏の日射から建物を守っています。

長持ちしている建築物には、世界中で上述したような共通の原則があります。そして、「ゴミ」になるマテリアル、有害なマテリアルがほとんど使用されていません。ほぼ全て再利用またリサイクル可能!

岩手中小企業家同友会の会報「DOYU IWATE」 2019年8月号に掲載

 「木」    作者:ヘルマン・ヘッセ

木は、私にとっていつもこの上なく心に迫る説教者だった。
木が民族や家族をなし、森や林をなして生えているとき、私は木を尊敬する。

木が孤立して生えているとき、私はさらに尊敬する。
そのような木は孤独な人間に似ている。何かの弱味のためにひそかに逃げ出した世捨て人にではなく、ベートーヴェンやニーチェのような、偉大な、孤独な人間に似ている。

その梢には世界がざわめき、その根は無限の中に安らっている。しかし木は無限の中に紛れこんでしまうのではなく、その命の全力をもってただひとつのことだけを成就しようとしている。

それは独自の法則、彼らの中に宿っている法則を実現すること、彼ら本来の姿を完成すること、自分みずからを表現することだ。
 
一本の美しく頑丈な木ほど神聖で、模範的なものはない。

一本の木が鋸で切り倒され、その痛々しい傷を太陽にさらすとき、その墓標である切り株の明るい色の円盤にその木のすべての歴史を読みとることができる。

その年輪と癒着した傷痕に、すべての闘争、すべての苦難、すべての病歴、すべての幸福と反映が忠実にかき込まれている。酷寒の年、豊潤な年、克服された腐蝕、耐え抜いた嵐などが。

そして農家の少年ならだれでも、最も堅く、気品のある木が最も緻密な年輪をもつことを、高い山のたえまない危険の中でこそ、この上なく丈夫で、強く、模範的な幹が育つことを知っている。

木は神聖なものだ。
木と話をし、木に傾聴することのできる人は、真理を体得する。

木は、教訓や処世術を説くのではない。
細かいことにはこだわらず、生きることの根本法則を説く。
 
ある木が語る。
「私の中には、ひとつの核、ひとつの閃光、ひとつの思想が隠されている。私は永遠の生命の一部だ。永遠の母が私を相手に行った試みと成果は二つとないものだ。私の形姿と私の木目模様は二つとないものだ。私の梢の葉のこの上もなくかすかなたわむれや、私の樹皮のごく小さな傷痕も唯一無二のものだ。私の使命は、この明確な一回かぎりのものの中に永遠なものを形づくり、示すことだ」
 
ある木は語る。
「私の力は信頼だ。私は自分の父祖のことは何も知らない。私は年毎に私から生まれる幾千もの子どもたちのことも何も知らない。私は自分の種子の秘密を最後まで生きぬく。それ以外のことは何も私の関心事ではない。私は神が私の中に存在することを信じる。私は自分の使命が神聖なものであることを信じる。この信頼に基づいて私は生きている」

私たちが悲しみ、もう生きるに耐えられないとき、一本の木は私たちにこう言うかもしれない。

「落ち着きなさい! 落ち着きなさい!私を見てごらん!生きることは容易でないとか、生きることは難しくないとか、それは子どもの考えだ。おまえの中の神に語らせなさい。そうすればそんな考えは沈黙する。
おまえが不安になるのは、おまえの行く道が母や故郷からおまえを連れ去ると思うからだ。しかし一歩一歩が、一日一日がおまえを新たに母の方へと導いている。故郷はそこや、あそこにあるものではない。故郷はおまえの心の中にある。ほかのどこにもない」
 
夕方の風にざわめく木の声を聞くと、放浪へのあこがれが私の心を強く引きつける。

私たちが静かに長いこと耳を澄ましていると、この放浪へのあこがれも、その核心と意味をあらわす。それは一見そうみえるような、苦しみから逃げだしたいという願望ではない。それは故郷への、母の記憶への、生の新たな形姿へのあこがれだ。それは家へと通じている。どの道も家郷に通じている。
一歩一歩が誕生であり、一歩一歩が死だ。あらゆる墓は母だ。

私たちが自分の子どもじみた考えのために不安を感じる夕べには、木はそのようにざわめき語る。木は、私たちよりも長い一生をもっているように、長い、息の長い、悠々とした考えをもっている。木は私たちよりも賢い。私たちが木の語ることに耳を傾けないうちは。

しかし木に傾聴することを学べば、そのとき、私たちの見解の短さと速さ、子どもじみた性急さが、無類の喜びを獲得する。

木に傾聴することを学んだ者は、もう木になりたいとは思わない。あるがままの自分自身以外のものになろうとは望まない。あるがままの自分自身、それが故郷だ。そこに幸福がある。

心が動いた

「私とカール・マルクスの違い… マルクスは、人類を変えたい。私は、個々の人間を変えたい」 ヘルマン・ヘッセ

ヘッセは、「愛」や「静寂」をテーマに、人間の内面を描く作品を書きました。理性や客観性が重視される社会風潮の中で、感情や主観の重要性をアピールしました。2つの大戦の時代に生き、移住先のスイスやイタリアから明確な反戦の意思も表明しています。1946年にノーベル文学賞を受けました。

人間は、理性と感情の生き物。西欧においては、資本主義と近代科学が始まって以来、感情や主観を排除して、合理的に客観的に考え、物事を進めることが重視されてきました。しかし、近年の脳医学の研究では、人が「良い」決断する際に、感情や直感が重要であることが分かっています。

ヘッセの作品は、戦後、知性や理性を重んじるドイツ国内の文学評論家やインテリ階級からは、「知的レベルが低い」「庶民的」などと批判、倦厭されましたが、世界中の多くの若者や庶民に読まれ、今でも読み続けられています。60年代後半にアメリカ西海岸で始まった「Love & Peace 」運動は、ヘッセに大きな影響を受けています。多くのジャズ音楽家、ヨガやホリスティック医療なども。一人一人の内面から、人間社会に変化が起こりました。

ドイツの近年の再エネの躍進の原動力となったのも、当初「環境気違い」と嘲笑されたドイツの環境パイオニア達の情熱と将来への思いやりと実践です。彼らが人々の心を動かし、政治を社会を変えていきました。

気候変動の危機を肌身で感じる今日、“Friday for future“ という子供達のデモ活動が、理屈や客観的データだけでは動かなかった大人たちの心を動かし、政治と社会を変えようとしています。スウェーデンの14歳の1人の少女が始めた運動は、僅か半年の間に、世界中に広がりを見せています。「子供達が学校を休んでデモをやらなければならない状況を作っている自分たち(大人)は何をやっているんだ。このままじゃいけない、変わらないと」という雰囲気が社会の隅々に広がっています。それは、私の仕事でも日常生活でも肌身で感じられることです。

5月末にあった欧州議会の選挙で、ドイツでは、緑の党が得票率20%(前回から10%アップ)と大躍進をし、第二党になりました。連立政権のCDU(キリスト教民主同盟)とSPD(社会民主党)は、前回から−7%(CDU)、−11%(SPD)と大きく票を失いました。投票率は60%と、前回の42%を大きく上回り、国民の関心の高さが示されました。ベルリン、ミュンヘン、フランクフルト、シュトゥットガルト、ケルン、ボン、デュッセルドルフなどの主要都市においては、緑の党は、30%前後でトップの得票率を得ています。

欧州議会選挙の2週間後の6月6日、ドイツ国営放送ARDが行なったアンケート調査によると、緑の党の支持率は26%と、2位のCDU (25%)を僅差で抜いて、トップに躍り出ました。

岩手中小企業同友会 会報「DOYU IWATE」2019年7月号に掲載

ソーラー電力自己消費 

先週(2019年5月半ば)、自宅の屋根にソーラーパネルがつきました。

設備容量はほぼ10kWp、地元の電気設備会社にトータルで頼んで設置してもらいました。屋根で生産した電力をそのままダイレクトに自宅で消費し、高い電気料金を節約することを第一に考えてのものです。

ドイツで再エネ電力の固定買取(FIT)を電力会社に義務付ける再生可能エネルギー法が始まった2000年代のはじめのころは、太陽光発電は、小規模の屋根設置型で1kWhあたり50セント(約65円)ともっとも高価な発電源でしたが、生産量の増加と技術革新によって、わずか15年あまりの間で、風力発電と並んで、もっとも安い再生可能電源になりました。現在のドイツの小規模の屋根のソーラーの発電コストは、kWhあたり10セント(13円)を切っています。野立てのメガソーラーであれば、6セント(8円)くらいのものも現在つくられています。

以前はFITに頼り、作った電気を売電する、というビジネスモデルでしたが、2015年くらいから、自己消費型の事業が、家庭や製造業などで増加しています。一般家庭の電力価格が1kWhあたりおよそ28セント(36円)、中小の製造業で20セント(26円)に対して、屋根のソーラー発電のコストは9セント(12円)以下なので、自分で消費したほうが経済的になっています。我が家もその波に乗っかりました。

電気設備会社が見積と一緒に提供してくれた生産と収益のシュミレーションによると、家の屋根についたソーラーの年間生産量はおよそ1万kWh。1kWpあたり1000kWh、ドイツの平均より100kWhくらい上を行っています。屋根は南東向きで少し高台の日当たりがいい場所なので。日本の太平洋岸の地域の1300とか1500kWhに比べると低いですが。

我家の電力消費量は年間およそ4500kWhくらい。屋根の上のソーラーから直接自己消費できる電力量はおよそ2000kWhいう予測です。よって電力自給率は45%程度になります。地元のヴァルトキルヒ都市公社に払っている電気代は月々100ユーロくらいですが、それが半分くらいになるはずです。余剰電力は年間およそ8000kWhで、これはまだ継続しているFITで1kWhあたり11セント(14円)で買い取ってもらえます。計算すると初期投資は10年前後で償却できる計算になります。地域の繋がりを大切にし、地域での再エネ増加を目指しているヴァルトキルヒの都市公社は、顧客が設置した太陽光パネルに対して、一律720ユーロ(9万4千円)の補助をしています。自己消費が増えると電力の売り上げは減るにもかかわらず!

電気設備会社からは、自給率を8割くらいまで上げることが可能な6.7kW蓄電池(価格は50万円くらい)も合わせて提案され、経済性も高くなるので追加でつけるかどうか考えましたが、とりあえず、バッテーリーのコストパワーマンスがもう少し高まるまで、あと1、2年待つことにしました。

さて、これからは、太陽が照っているときに洗濯機や食洗機を回し、調理をすることを心がけて行かなければなりません。

岩手中小企業家同友会会報「DOYU IWATE」2019年6月号に掲載