ドイツの職人養成 デュアルシステム ④マイスターは現場の教師

中世のツンフト(同業者の組合)が取り仕切っていた手工業職人の養成においては、マイスター(親方)が唯一の教師であった。徒弟は、マイスターと一緒に仕事をしながら、職人試験に必要とされる技能を学んでいた。それだけでない。徒弟の多くは、修行期間中、マイスターの家族の一員として、寝食を共にしていた。マイスターは、仕事でもプライベートでも、徒弟の師匠であった。

今日においては、企業と学校が二元的に見習生(徒弟)を養成するデュアルシステムがあるが、企業で、「現場の教師」として実践的な職人養成を担当するマイスターは、依然としてドイツの職人養成の中核的な存在である。手工業会議所と国が定める職種別の「職業養成規則」に書かれている養成プランに応じて、普段の仕事のなかで、見習生に適切に課題を与え、個々人の特性と性格を見極め、的確にサポートし、見習生が自己学習能力と問題解決能力を身につけるよう促していく。相手は大半が17歳前後の難しい年頃の若者である。教育者としての資質とノウハウが必要とされる。

1800時間のマイスター養成コース

マイスターになるには、ゲツェレ(職人)の資格を取得したあと、最低2年間の職業経験を積んだのち、手工業会議所や国(州)が開催するマイスター養成コースに通い、国家試験を受け合格しなければならない。マイスターコースは、1年から1年半の集中コースや、週末メインの数年に渡るコースなどあるが、授業(講義・実習)時間は、木大工マイスターコースで合計1800時間。技術の理論と実技から経営学、組織マネージメントまで、最高峰の技術者、経営者になるための養成を受けるが、教育者としての知識とノウハウを身につける授業も120時間(5〜6週間)、しっかりと組み込まれている。

マイスター称号は誇りであり、会社の品質表示

「マイスターは空から落ちてくるものではない」という言葉があるが、素質がある優秀な職人が、相当な勉強とトレーニングをし、取得するものである。マイスターは、職人の最高資格者、経営者、教育者として、ドイツの社会では、今日でも高く評価されている。どこの会社でも、経営者や幹部職員が取得した「マイスター証書」が、目立つ場所に誇らしげに掲げてある。会社とその商品、サービスのクオリティを保証し、顧客に信頼感を与えるものであるから。

私は、日本からの視察団とドイツの会社を訪問する機会が多いが、ドイツの経営者が「私の会社には、従業員20人のうち、マイスターが3人いて、見習生が6人います」といった会社紹介をすることがよくある。それは「自分の会社の技術と経営レベルは高く、同時に若い世代の育成もしっかり行なっている健全な会社です」ということを暗に伝えている。

ドイツ政府はマイスター復権で手工業職人の増加を目指す

ドイツの手工業職は130以上あり、そのうち、会社を設立する際にマイスター称号を所有していることが法律で義務付けられている職業が41職種ある。消費者保護と安全の観点からそうされている。木大工職やパン職人などがそれに属する。2003年以前は94職種あったが、EUが目指す自由競争と価格安の政策により、当時のドイツ政府は、53職種をマイスター義務から外した。それによって建設業では、規制緩和されたタイル貼り職や内装職で、マイスター称号なしで独立する事業者が増加した。一方で、それらの職種で「仕事の品質が低下した」「見習生を受け入れられる会社が少なくなった」という意見を手工業業界からよく聞く。

ここ10年あまりで手工業職の人手不足が続いている。ドイツ政府は昨年から、一度マイスター義務を緩和した職種のいくつかを、もう一度義務化し、手工業職の知名度と品質を向上させ、見習生を増加させることを目指す政策提言している。「再び規制をかけることは経済に逆効果」という経済界の声もあるが、高い品質と人材養成を重視するドイツ手工業連盟(ZDH)は、これを歓迎している。

ドイツの職人養成 デュアルシステム ③放浪の旅

「聡明な人は、旅を通して最高の自己形成をする」

ドイツの有名な作家ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの言葉である。

ドイツの手工業職人の世界には、中世のころから続いている伝統的な風習がある。「Walz(ヴァルツ)」と呼ばれる「放浪の旅」である。職人は、ゲーテの言葉どおり、旅を通して自分の腕と心を磨く。

旅職人の伝統と規則

旅をするのは、3年間の職業養成を終了し、ゲツェル(職人)の称号を取得したものである。中世のツンフト(=同業者の組合)制度では、放浪の旅は、マイスターの試験を受けるための義務であった。現在では、放浪の旅は、職人の自由意志に基づくものであるが、主に大工や建具職人など建設業関係の職人たちが、昔からの伝統を継続している。

職人の放浪の旅には昔から、前提条件と規則がある。ゲツェルの称号を持った職人で30歳以下、未婚であること。負債や前科を持っていないこと。旅の期間は通常3年間と1日、その期間中、基本的に故郷の50km圏内に戻ってきてはいけない。移動は基本的に徒歩とヒッチハイクで、公共交通の利用は禁止ではないが、好ましくない。遠い外国に行く際の飛行機の利用は許可されている。旅の最中は、職種別にある伝統的な作業着を身につけていなければならない。大工の場合は、黒い帽子、襟のない白いシャツに黒のコードジャケットとズボン。木製の杖を持ち、それに「シャルロッテンブルガー」という身の回り品が入った巾着袋を結びつける。一般の人が、一眼で「旅職人」と認識できる装いでなければならない。というのは、彼らの移動や寝泊まりは、旅先の他人の好意に頼ることになるからである。見ず知らずの人に安心感を抱かせなければならない。「誠実」であることは、旅職人の世界では、放浪の旅という伝統を継続するための大切なことであり、そのために、負債や前科がないという前提条件を満たした職人が、伝統的な衣装を身につけ、誠実な振る舞いに心がける。放浪の旅をする職人は、通常「シャフト」と呼ばれる同友会のメンバーになる。複数の同友会があり、それぞれで、細かなルールやしきたりがある。旅をするのは伝統的には男の職人だけであったが、戦後は、女性の旅職人も許可をするシャフトもできた。

ユネスコ無形文化財に登録された「放浪の旅」

旅職人は、見しらぬ場所に行って、建設現場などに飛び込み、仕事がないか問い合わせる。または、シャフトのネットワークで、仕事を探していく。基本無償で労働を提供し、そのかわり雇い主に住まいと食事を提供してもらう(最近は報酬をもらって働く場合が多くなっている)。1箇所にどれだけいるかは、その現場の仕事量や本人の意思次第。放浪の旅の意義は、自分の生まれ故郷とは風土も文化も違う場所で、異なる技術や仕事の仕方、考え方を学んで自分の技能を高めること、そして苦労をしながら冒険的な旅をすることによって人間性を養うことである。ツンフト(=同業者の組合)で、マイスター試験を受けるための前提として放浪の旅を義務付けていた中世の時代は、親方(マイスター)が、自分の将来の競合を自分のエリアの外に追い出す、という意味合いもあったようだ。

ドイツにおける職人の放浪の旅(ヴァルツ)は、2015年、ユネスコの無形文化財に登録された。現在でも、大工を中心に、推定600人くらいの職人が、旅をして腕と心を磨いている。日本の宮大工のもとに修行にくるドイツの大工職人もいるようだ。旅をした職人は、雇い主からの評価が高い。好んで雇用される傾向がある。苦労と冒険の旅をして、知識と技術と人間性が豊かになっているので。特に地域密着で営業をしている小さな工務店では、顧客とのコミュニケーション能力、信頼関係は、大切なベースであるから。

ドイツの職人養成 デュアルシステム ②木大工職人の養成

「木」の職業は人気

「今の若者の多くが、体を使う、汚れる仕事でなく、机に座ってやる仕事に就きたいと希望している」とシュヴァルツヴァルトの職業学校で木材工学を教える私の友人のシュラッター先生はいつも残念そうに話す。ドイツでは、長い間大学進学率が30%前後であったが、10年くらい前から急に上昇し、2011年以来、50%を超える数字で推移している。石大工や金属加工、左官の職の見習生の数は、ここ数年減少の一途を辿っているようだが、木大工や建具職人など、「木」に関わる職業の見習い生は、一定のレベルを保っており、手工業職の中でも人気があるようだ。

ドイツ木大工マイスター連盟の統計によると、木大工の見習い生の数は、2013年の6903人から2017年には7280人と、毎年2%前後の上昇傾向にある。雑誌や新聞などのインタビュー記事によると、「木が好きだから」「小さいころから木工が趣味で」といった、木というマテリアルに対する愛着によって、多くの見習い生がこの職業を選んでいるようだ。

自ら仕事を計画し、実行し、検査できる職人を養成

ドイツでは、早くて16歳から職業見習いとして手工業職の養成コースに進むことができる。期間は通常3年間、見習生は、自分が就きたい職業分野の企業を自ら見つけ、見習い(徒弟)契約を結び、それをもって職業学校に入学手続きをする。職業養成は、時間的には企業での実践的な訓練が6〜7割、残りが学校という配分になる(=デュアル職業養成システム)。見習い生といっても、実際に企業で労働を提供するので、一定の給料も支給される。木大工の場合は現在、1年目で平均月給が650ユーロ、2年目で900ユーロ前後、3年目になると1200ユーロ前後が相場である。

養成の枠組みと内容は、手工業職の場合、手工業会議所と国が定める職種別の「職業養成規則」に基づいている。この規則の第三条に、職業養成の「目的」が記されているが、そこで「とりわけ重要」だと明記されているのが、「自ら仕事を計画し、実行し、検査する」ことができる人材を養成することである。これは、ドイツの教育全般に共通することで、これができる「自立」した人材がブルーカラーでもホワイトカラーでも養成されていることが、ドイツの企業の高い問題解決能力、応用力、イノベーション力、労働生産性を根底で支えている。計画・実践・検査の能力は、同じ現場がひとつもない、全て個別事情の仕事をする木大工職人には、とりわけ重要なものである。

職人(ゲツェレ)になるための包括的な卒業試験

「職業養成規則」には、職業別に3年間の養成枠組みプランが書かれている。そこには、複数のテーマ(項目)があり、項目ごとに、具体的な習得内容の箇条書があり、何年目で、どのテーマにどれだけの時間を費やす、ということが具体的に明記されている。例えば、木大工の職では、最初の1年目で「雇用契約」「会社組織」「作業安全」「環境保全」「受注から計画、実践」「作業現場の準備」「資材の確保と保管」「設計図面の解釈とスケッチ」「測量」「木材加工」「断熱材の施工」「ファザード施工」など基本的な知識と技術を学び、2年目になると、「受注、仕事量の推定とプラン、工程表の作成」「資材の選択と準備保管」「基礎地盤の確認、検査」「品質管理のための作業日報の作成」といったものが加わる。3年目になると「基礎工事と外壁施工」「木材加工機械の操作とメンテナンス」「既存の構造材の維持メンテナンス」が加わり、それまで学んだことの復習と補強が行われる。

1年半目で中間試験、そして3年目の終わりに卒業試験がある。卒業試験は、8時間の実技試験と、「木構造」「建築資材」「経済・社会」の3分野の筆記試験(それぞれ60〜180分)から成り立っている。実技では、受験者は、屋根の構造材や階段の模型作成の課題が与えられ、その課題内容に応じて、自ら設計し、工程計画を立て、完成品の検査を行う。そのなかで、労働安全や作業者の健康、環境保護の側面も考慮しなければならない。組手や加工の機能性と精度など技術的側面から、労働法や環境規制を踏まえた上での複合的な仕事の計画・遂行・検査能力が試験される。この実技試験と3分野の筆記試験に合格すると、一人前の職人(ゲツェレ)としての称号がもらえ、正規の従業員として企業で働くことができる。

ドイツの職人養成 デュアルシステム ①歴史と今後の行方

職人の国ドイツには、養成システムという、企業と学校で「デュアル(=二元的)」に職業人を養成する伝統的な職業養成制度がある。ドイツの高い技術力、ハイクオリティの製品、強く安定した経済力を根底で支えている制度だ。

徒弟 − 職人 − マイスター

ドイツの職人養成の起源は中世13世紀ころにある。中世都市の発展とともに、手工業が栄え、手工業者の間で、「徒弟」、「職人」、「マイスター」という3つの階級身分が成立し、マイスターが徒弟と職人を育てていた。また同時に、各都市で、同業者の組合「ツンフト」がつくられた。このツンフトが、徒弟と職人の実践的な養成の内容と枠組みを決め、徒弟が職人、職人がマイスターの称号をとるための試験を企画、実施した。

ツンフト →  イヌング →  手工業会議所

ツンフトによる手工業職の養成制度は数百年続くが、19世紀の産業革命により大規模な工業的生産が普及すると、生産性と効率、営業の自由が求められるようになり、それらに反するツンフト制度は解体されていき、1869年に法的に廃止された。しかし手工業者たちは、イヌングという新たな同業者組合の設立運動を起こし、国の理解と支援も受けるようになり、多様な業種の同業者組合イヌングを大きく取りまとめる手工業会議所という公益法人が設立される。そして1897年の手工業法によって、手工業会議所が、正式に、職人の教育と階級試験を取り仕切る機関となった。また同時並行して、職人に理論的な教育を実施する学校施設も設立され始めた。現在のデュアル養成システムという、全国統一的な国家制度となったのは、1953年の手工業条例と1969年の職業養成法の制定からである。

国際的に高い評価

経済界と国がしっかりタイアップし、教育の中身と枠組みを決め、共通の理論的ベースに実践的能力も備えた即戦力になる人材を養成するデュアルシステムは、スイス、オーストリアにもあり、国際的にも高く評価されている。欧州のなかでドイツの若者の失業率が低いことの大きな理由がこの人材養成システムにある。一方フランスでは、国の学校施設でのみの職業教育であり、現場との距離、実践経験のなさが問題視されている。また企業での実践的な教育に大きく頼るイギリスのシステムにおいては、養成される人材の知識と能力にばらつきがあることが指摘されている。国によるこれらの違いは、EU圏内での労働者の流動性ということで問題になっている。とりわけドイツの養成システムは、包括的で高レベルなため、そのレベルを落とし、EUの他の国のものに近づけるべきだ、という要請や意見もある。しかし、国と一緒に職人の教育を司るドイツの手工業会議所は、信念をもって頑固にその伝統と品質を維持しようとしている。

手工業分野の徒弟(見習生)は、3年の職業養成期間の大半の時間を、企業で、先生である親方(マイスター)のもとで過ごすので、そこで強い人間的な結びつきも生まれる。企業にとっては、将来の正規社員を育てる、見定める期間であり、優秀な見習生は、養成期間終了後にそのまま雇われることが多い。もちろん、見習生がその企業にそのまま社員として残るかどうかは当人の自由意志であるが、3年間で会社と従業員のこと、仕事の中身も知っているので、正社員への移行はスムーズである。

粘り強く信念を持って (DOYU IWATE 2019年2月号)

「4年かかりました」

私の仕事のパートナーが、先日久しぶりに2人で会って一緒に夕食をとっているときに、ぽつりぽつりと自分の仕事のことを語ってくれました。彼は、4年前に、自分のやりたいことを実現するために、それまで長年勤めていた森林組合を辞め、林業事業体として独立しました。

「地区の人たちがようやく自分を信頼してくれるようになりました」

彼は、自分が生まれ育ったところで、持続可能な森づくりをすること決意し、独立後、営業活動を開始しました。

小高い丘陵の森林と田んぼが連なる中に伝統的な日本家屋が点在する、日本の田舎の原風景があるところです。私はそこに来るといつも心が温まります。

彼の会社は従業員が3人、しっかり継続して収入を得るために、車で2、3時間の現場に通ったり、1ヶ月以上、遠い場所で泊まり込みの仕事をすることもありました。その合間を縫って、自分の住む地区の人たちに地道に森林の集約化、持続可能な道づくりと適切な管理の提案をしていきました。彼の住む地区には約800ヘクタールの森林がありますが、そのほとんどが小規模な私有林。森林所有者一人当たりの所有規模は1ヘクタール未満が多数、推定600人から700人の所有者さんが存在。簡単なことではありません。

彼は、昨年末、自分の自宅の近くで、30ヘクタール、30人の森林所有者さんの了解を得ることに成功し、今年、道作りと間伐の仕事に取り掛かります。

「4年かかって、やっと自分のやりたかったことが開始できます」

昨年末の集まりで、地区のリーダーの人が、「彼に任せようじゃないか。彼と一緒にやろうよ」とみんなに言ってくれたそうです。彼は目に涙をためて話してくれました。

「それまで、よそよそしい、怪訝な態度で自分に接していた地区の人たちが、やっと普通に接してくれるようになりました」

4年の間、普段の仕事や従業員のことで数々の苦労もし、体を壊すこともあった彼ですが、信念をもってまっすぐに誠実に地区の人たちとコンタクトを取り続け、いまやっと彼は、自分がやりたいことをスタートできます。

「これから5年後には、今の30ヘクタールの請負を、地区の森林の半分、400ヘクタールに広げることが目標です」

 

岩手中小企業家同友会会報 「DOYU IWATE 」2019年2月号掲載のコラムより

木食い虫が教えてくれること (EIC エコナビ コラム5)

2018年のドイツを中心とする中央ヨーロッパは、気候温暖化の影響で、記録的な干ばつと熱波に見舞われた。ドイツでは、この年の平均気温は10.5度と観測史上最高を記録し、晩春から秋にかけては雨が極端に少なく、10月になってもドイツの土壌の70%以上が干ばつ状態にあった。

筆者の住むシュバルツヴァルト地域は、森林率が40%から80%で、林業が盛んなところであるが、水不足と日照りで弱った針葉樹のトウヒに木食い虫が大量発生し、大きな被害をもたらした。

 

木食い虫の被害のメカニズム

木食い虫の種は世界で4000種以上あるが、中央ヨーロッパで森林被害を起こしているのは主にドイツ語でBuchdrucker(プリンター)という種である。大きさは4〜5mm、生きているトウヒの樹皮に穴を掘り、その中に卵を産み、卵から孵った幼虫は、樹皮の内側の師部を流れる養分を糧に成長する。そのため、一気に大量の木食い虫「プリンター」に襲われた木は、養分の内部分配機能が衰え、枯れて死んでしまう。

通常、健康な状態のトウヒは、木食い虫の侵入に対して、樹脂を生産して自己防衛する。しかし、干ばつが続くと、水不足のため樹脂の生産ができなくなり、木食い虫は、弱り無防備になったそのような木に大量発生する。昨年の夏は、木食い虫にとって絶好の繁殖環境であった。シュヴァルツヴァルト地域を含むバーデン・ヴュルテンベルク州では、2018年、トウヒを中心に推定150万立米の木が被害を受けた。年間の針葉樹の伐採量の4分の1程度に相当する量である。

 

林業家に経済的な損失

木食い虫の被害を受けた木は、周りの立ち木に虫の害が広がるのを防ぐため、伐採され搬出される。木食い虫による原木へのダメージは外側の樹皮の部分だけであるので、内部の木材になる部分は健全なため建築用材などとして販売することができるが、色が変質しているため、製材工場による買取価格は、通常の値段から30〜50%差し引かれたものになる。森林所有者にとっては経済的に大きな損失である。また、被害木が大量に市場にでてしまうと、供給過多で、価格はさらに低くなり、また、市場がある期間内に買取ることができる木材の量には限界があるので、健全な普通の木の伐採を抑えなければならない状況にもなる。被害が大きかったいくつかの地域では、「普通」のトウヒB/C材の伐採を当面抑えるように指示が出されているところもある。被害にあった木を「片付ける」ことが優先、ということで。

 

被害の主な原因を作ったのは人間

木食い虫の大きな被害は、ドイツでここ20年間、何度か起こっている。1999年末の大風害の後や、2003年の夏の干ばつの後など、今回同様、異常気象がきっかけになっているが、人間が森に対して過去に行ったことも原因になっている。シュヴァルツヴァルトを始め、ドイツの多くの場所で育っているトウヒは、成長がいい、植えやすい、管理しやすいということで、人間が意図的に一斉植林したものである。日本で言えば、スギやヒノキに相当する。シュヴァルツヴァルトでは、トウヒはもともと、標高の高い場所の湿地や寒冷地に数パーセント点在する樹種であったが、過去200年余りの間で人間が植林によって増やし、30〜40%の割合を占めるまでになっている。トウヒは、根を浅く張る樹種で、夏の日照りや乾燥に弱い。よって、暖かい乾燥した南斜面などでは、弱りやすく、木食い虫の餌食になりやすい。これに対して、シュヴァルツヴァルトでもともと主力だったブナとモミの木は、根を深く張り、地中深くから水を吸収できるので、日照りや乾燥に耐性がある。風害や虫の害など過去の度重なる森林被害の経験から、土地にあった樹種を増やしていくこと、種の多様性を創出していくことが、ここ20年あまり進められているが、森の木のサイクルは100年以上、ゆっくりとした転換にならざるを得ない。

 

多様性はリスク分散

広葉樹をはじめとする多様な樹種構成で、大径の優良木(A材)が育った森を持っている所有者は、経済的なダメージの度合いは少ない。トウヒの建築用材には関係のないニッチな市場に材を供給できるからである。「多様性」は経営のリスクを分散させる。これは、数世代に渡ってそのような森づくりが行われてきたからである。温暖化の進行によりますますリスクが大きくなっている単一樹林では、今の世代が将来の世代のために多様性のある森林への転換を進めていかなければならない。木食い虫は、人間にそれを促している、そのための手助けをしてくれている、とも言える。

EICエコナビ 連載コラム「ドイツ黒い森地方の地域創生と持続可能性」へ

 

ドイツ視察セミナー 森林業 Forst live (林業機械展) 2019 3. 28 – 4. 1 

ドイツ視察セミナー Ligna国際木工林業機械展 & 黒い森  2019  5. 26 – 30

ドイツ視察 森林業 サステイナビリティの原点

耳をすまして (DOYU IWATE 1月号より)

12月初め、日没後の暗く静かな森の中を、手作り提灯を手に持ち、幼稚園の子供と先生と親達が、ギターとフルートの伴奏に合わせクリスマスの童謡を歌いながら歩いて行く。たどり着いた小さな広場で、子供達が一人一人、モミの葉っぱで作った螺旋のサークルにロウソクを置いて行く。森の幼稚での季節の行事の中で、もっとも静かで幻想的なセレモニーです。3人の子供を通じて10年間お世話になったヴァルトキルヒの森の幼稚園。末っ子の娘は来年から小学校なので、今回が私たちにとっては最後。クリスマスシーズンの始まりにあるこの短いイベントは、師走の忙しい時期に、いつもほっと心を落ち着かせてくれました。森の静けさに、音楽に、自分の内面に、耳をすます貴重な時間でした。

日も短く、薄暗いどんよりした天気が続き、視覚による知覚が鈍くなるこの季節、人間は、より耳に頼ります。耳の感覚が鋭くなります。耳は、音を聞くだけでなく、バランス(平衡)感覚を司ります。足元が見えない暗い森の中を歩いて行くときは、内耳の三半規管が働きます。目は、外のものを「探索」する外向的な性格を持った感覚器ですが、耳は、外からの刺激を「聞き入れる」内向的な感覚器です。耳が鋭敏になる冬のクリスマスのシーズンは、人々は内向的に内省的になります。

現代人は、知覚情報の約8割を視覚から得ていると言われています。あらゆるものが、テレビやネットなどあらゆる媒介でビジュアル化され伝達されるなかで、ラジオ番組やステレオで聞く音楽、パワーポイントを使わない語りだけの講演など、聴覚だけで知覚するものが、新鮮で、落ち着きや安らぎ、深い感動を与えてくれることがあります。

耳は、人間の発育の過程でもっとも早く出来上がる感覚器です。胎児の耳の形成は、受精から数日後、胎児がわずか0.9mmの大きさのときに始まります。受精から4ヶ月半後には、音を聞き取る器官である内耳の蝸牛が大人の大きさに出来上がっています。耳は、生まれたばかりの赤ちゃんが生存する上で、もっとも重要な感覚器だからです。

視覚による知覚に偏重した現代人は、耳の大切さを忘れています。

ドイツの哲学者のハイデッカーは、耳を通して考えることの大切さを論じました。聴覚で知覚するほうが、思考のプロセスが、より分化され、より注意深く、より正確に、内向的に進行するということを。

 

岩手中小企業家同友会 会報「DOYU IWATE」2019年1月号より

 

 

WhyとHow  (DOYU IWATE 12月号より)

「ドイツではどうなのでしょうか」「ドイツではどうしていますか」日本の視察団からよく発せられる質問です。英語で言うと「How」です。経験的に物事を積み上げ、改善、改良し、その結果としていいモノをつくる、というプロセスが一般的な日本においては、「自然な」質問です。他の場所でどうなのか、どうやっているのかを知り、自分のプロセスの全体もしくは一部の改善のためのお手本にする、という手法です。特に明治以来、日本人はこのやり方を徹底し精錬し、世界をリードするモノを生産し、日本の経済を発展させてきました。

しかし、「How」だけでは見落としてしまうものがあります。それは、日本人が手本として手に取るモノが、どういう考え方、目標、枠組み条件の上にあるのか、という観点です。「なぜそうなのか」「なぜそうしているのか」という「Why」の質問で明らかになるものです。

持続的に成功しているもの、成熟し安定して機能しているものの背景には、古今東西を問わず、明確な哲学とコンセプトと合理性があります。それらの事例を学ぶのに、Howという質問だけでは、表面的で部分的な情報の入手だけに終わってしまう危険があります。Whyという問いかけで、根底にあるもの、背景にあるものを知って初めて有用な情報になります。

Howという質問だけで得た欧州の表面的で部分的な情報やノウハウやモノを、哲学やコンセプトや枠組み条件が異なる日本のプロセスのなかに組み入れ、目の前の問題の解決、改善を試みたが、上手く行かなかった、という事例は残念ながら数多くあります。

小さい頃から学校でも家庭でも社会でも、経験的手法の訓練を受けている日本人は、「お手本」となる事例やモノや人物を求めがちです。

私はドイツの森林の専門家らと10年来、日本でコンサルティング活動をしています。日本の森林と地域の持続的な発展を目標に、日本の森林の立地条件(地質、地形、土壌、気候、植生など)と地理社会条件を抑えた上で、ドイツでの経験と実績を基盤に、「論理的」に日本にマッチしたソリューションを提案してきました。しかし、提案を受けた日本側のレポートや報告では、「ドイツの森林官がそう言いました」「ドイツではこうやっています」といった言葉で説明されることが多く、日本の高山などで、その土地の状況に合わせた、そこで機能する事例ができても、「欧州式」とか表現され、「本質が理解されていない」と歯がゆさを感じてきました。

今年10月に開催された5回目の岩手中小企業家同友会の欧州視察では、「Why」の問いかけが、これまでよりも多くありました。一部の参加者の方からは、「自分の会社を、地域を変えなければならない」という強い思いと使命感、気迫を感じました。

 

岩手中小企業家同友会の会報「DOYU IWATE」2018年12月号に掲載のコラムより