「木」    作者:ヘルマン・ヘッセ

木は、私にとっていつもこの上なく心に迫る説教者だった。
木が民族や家族をなし、森や林をなして生えているとき、私は木を尊敬する。

木が孤立して生えているとき、私はさらに尊敬する。
そのような木は孤独な人間に似ている。何かの弱味のためにひそかに逃げ出した世捨て人にではなく、ベートーヴェンやニーチェのような、偉大な、孤独な人間に似ている。

その梢には世界がざわめき、その根は無限の中に安らっている。しかし木は無限の中に紛れこんでしまうのではなく、その命の全力をもってただひとつのことだけを成就しようとしている。

それは独自の法則、彼らの中に宿っている法則を実現すること、彼ら本来の姿を完成すること、自分みずからを表現することだ。
 
一本の美しく頑丈な木ほど神聖で、模範的なものはない。

一本の木が鋸で切り倒され、その痛々しい傷を太陽にさらすとき、その墓標である切り株の明るい色の円盤にその木のすべての歴史を読みとることができる。

その年輪と癒着した傷痕に、すべての闘争、すべての苦難、すべての病歴、すべての幸福と反映が忠実にかき込まれている。酷寒の年、豊潤な年、克服された腐蝕、耐え抜いた嵐などが。

そして農家の少年ならだれでも、最も堅く、気品のある木が最も緻密な年輪をもつことを、高い山のたえまない危険の中でこそ、この上なく丈夫で、強く、模範的な幹が育つことを知っている。

木は神聖なものだ。
木と話をし、木に傾聴することのできる人は、真理を体得する。

木は、教訓や処世術を説くのではない。
細かいことにはこだわらず、生きることの根本法則を説く。
 
ある木が語る。
「私の中には、ひとつの核、ひとつの閃光、ひとつの思想が隠されている。私は永遠の生命の一部だ。永遠の母が私を相手に行った試みと成果は二つとないものだ。私の形姿と私の木目模様は二つとないものだ。私の梢の葉のこの上もなくかすかなたわむれや、私の樹皮のごく小さな傷痕も唯一無二のものだ。私の使命は、この明確な一回かぎりのものの中に永遠なものを形づくり、示すことだ」
 
ある木は語る。
「私の力は信頼だ。私は自分の父祖のことは何も知らない。私は年毎に私から生まれる幾千もの子どもたちのことも何も知らない。私は自分の種子の秘密を最後まで生きぬく。それ以外のことは何も私の関心事ではない。私は神が私の中に存在することを信じる。私は自分の使命が神聖なものであることを信じる。この信頼に基づいて私は生きている」

私たちが悲しみ、もう生きるに耐えられないとき、一本の木は私たちにこう言うかもしれない。

「落ち着きなさい! 落ち着きなさい!私を見てごらん!生きることは容易でないとか、生きることは難しくないとか、それは子どもの考えだ。おまえの中の神に語らせなさい。そうすればそんな考えは沈黙する。
おまえが不安になるのは、おまえの行く道が母や故郷からおまえを連れ去ると思うからだ。しかし一歩一歩が、一日一日がおまえを新たに母の方へと導いている。故郷はそこや、あそこにあるものではない。故郷はおまえの心の中にある。ほかのどこにもない」
 
夕方の風にざわめく木の声を聞くと、放浪へのあこがれが私の心を強く引きつける。

私たちが静かに長いこと耳を澄ましていると、この放浪へのあこがれも、その核心と意味をあらわす。それは一見そうみえるような、苦しみから逃げだしたいという願望ではない。それは故郷への、母の記憶への、生の新たな形姿へのあこがれだ。それは家へと通じている。どの道も家郷に通じている。
一歩一歩が誕生であり、一歩一歩が死だ。あらゆる墓は母だ。

私たちが自分の子どもじみた考えのために不安を感じる夕べには、木はそのようにざわめき語る。木は、私たちよりも長い一生をもっているように、長い、息の長い、悠々とした考えをもっている。木は私たちよりも賢い。私たちが木の語ることに耳を傾けないうちは。

しかし木に傾聴することを学べば、そのとき、私たちの見解の短さと速さ、子どもじみた性急さが、無類の喜びを獲得する。

木に傾聴することを学んだ者は、もう木になりたいとは思わない。あるがままの自分自身以外のものになろうとは望まない。あるがままの自分自身、それが故郷だ。そこに幸福がある。

心が動いた

「私とカール・マルクスの違い… マルクスは、人類を変えたい。私は、個々の人間を変えたい」 ヘルマン・ヘッセ

ヘッセは、「愛」や「静寂」をテーマに、人間の内面を描く作品を書きました。理性や客観性が重視される社会風潮の中で、感情や主観の重要性をアピールしました。2つの大戦の時代に生き、移住先のスイスやイタリアから明確な反戦の意思も表明しています。1946年にノーベル文学賞を受けました。

人間は、理性と感情の生き物。西欧においては、資本主義と近代科学が始まって以来、感情や主観を排除して、合理的に客観的に考え、物事を進めることが重視されてきました。しかし、近年の脳医学の研究では、人が「良い」決断する際に、感情や直感が重要であることが分かっています。

ヘッセの作品は、戦後、知性や理性を重んじるドイツ国内の文学評論家やインテリ階級からは、「知的レベルが低い」「庶民的」などと批判、倦厭されましたが、世界中の多くの若者や庶民に読まれ、今でも読み続けられています。60年代後半にアメリカ西海岸で始まった「Love & Peace 」運動は、ヘッセに大きな影響を受けています。多くのジャズ音楽家、ヨガやホリスティック医療なども。一人一人の内面から、人間社会に変化が起こりました。

ドイツの近年の再エネの躍進の原動力となったのも、当初「環境気違い」と嘲笑されたドイツの環境パイオニア達の情熱と将来への思いやりと実践です。彼らが人々の心を動かし、政治を社会を変えていきました。

気候変動の危機を肌身で感じる今日、“Friday for future“ という子供達のデモ活動が、理屈や客観的データだけでは動かなかった大人たちの心を動かし、政治と社会を変えようとしています。スウェーデンの14歳の1人の少女が始めた運動は、僅か半年の間に、世界中に広がりを見せています。「子供達が学校を休んでデモをやらなければならない状況を作っている自分たち(大人)は何をやっているんだ。このままじゃいけない、変わらないと」という雰囲気が社会の隅々に広がっています。それは、私の仕事でも日常生活でも肌身で感じられることです。

5月末にあった欧州議会の選挙で、ドイツでは、緑の党が得票率20%(前回から10%アップ)と大躍進をし、第二党になりました。連立政権のCDU(キリスト教民主同盟)とSPD(社会民主党)は、前回から−7%(CDU)、−11%(SPD)と大きく票を失いました。投票率は60%と、前回の42%を大きく上回り、国民の関心の高さが示されました。ベルリン、ミュンヘン、フランクフルト、シュトゥットガルト、ケルン、ボン、デュッセルドルフなどの主要都市においては、緑の党は、30%前後でトップの得票率を得ています。

欧州議会選挙の2週間後の6月6日、ドイツ国営放送ARDが行なったアンケート調査によると、緑の党の支持率は26%と、2位のCDU (25%)を僅差で抜いて、トップに躍り出ました。

岩手中小企業同友会 会報「DOYU IWATE」2019年7月号に掲載

ソーラー電力自己消費 

先週(2019年5月半ば)、自宅の屋根にソーラーパネルがつきました。

設備容量はほぼ10kWp、地元の電気設備会社にトータルで頼んで設置してもらいました。屋根で生産した電力をそのままダイレクトに自宅で消費し、高い電気料金を節約することを第一に考えてのものです。

ドイツで再エネ電力の固定買取(FIT)を電力会社に義務付ける再生可能エネルギー法が始まった2000年代のはじめのころは、太陽光発電は、小規模の屋根設置型で1kWhあたり50セント(約65円)ともっとも高価な発電源でしたが、生産量の増加と技術革新によって、わずか15年あまりの間で、風力発電と並んで、もっとも安い再生可能電源になりました。現在のドイツの小規模の屋根のソーラーの発電コストは、kWhあたり10セント(13円)を切っています。野立てのメガソーラーであれば、6セント(8円)くらいのものも現在つくられています。

以前はFITに頼り、作った電気を売電する、というビジネスモデルでしたが、2015年くらいから、自己消費型の事業が、家庭や製造業などで増加しています。一般家庭の電力価格が1kWhあたりおよそ28セント(36円)、中小の製造業で20セント(26円)に対して、屋根のソーラー発電のコストは9セント(12円)以下なので、自分で消費したほうが経済的になっています。我が家もその波に乗っかりました。

電気設備会社が見積と一緒に提供してくれた生産と収益のシュミレーションによると、家の屋根についたソーラーの年間生産量はおよそ1万kWh。1kWpあたり1000kWh、ドイツの平均より100kWhくらい上を行っています。屋根は南東向きで少し高台の日当たりがいい場所なので。日本の太平洋岸の地域の1300とか1500kWhに比べると低いですが。

我家の電力消費量は年間およそ4500kWhくらい。屋根の上のソーラーから直接自己消費できる電力量はおよそ2000kWhいう予測です。よって電力自給率は45%程度になります。地元のヴァルトキルヒ都市公社に払っている電気代は月々100ユーロくらいですが、それが半分くらいになるはずです。余剰電力は年間およそ8000kWhで、これはまだ継続しているFITで1kWhあたり11セント(14円)で買い取ってもらえます。計算すると初期投資は10年前後で償却できる計算になります。地域の繋がりを大切にし、地域での再エネ増加を目指しているヴァルトキルヒの都市公社は、顧客が設置した太陽光パネルに対して、一律720ユーロ(9万4千円)の補助をしています。自己消費が増えると電力の売り上げは減るにもかかわらず!

電気設備会社からは、自給率を8割くらいまで上げることが可能な6.7kW蓄電池(価格は50万円くらい)も合わせて提案され、経済性も高くなるので追加でつけるかどうか考えましたが、とりあえず、バッテーリーのコストパワーマンスがもう少し高まるまで、あと1、2年待つことにしました。

さて、これからは、太陽が照っているときに洗濯機や食洗機を回し、調理をすることを心がけて行かなければなりません。

岩手中小企業家同友会会報「DOYU IWATE」2019年6月号に掲載

省エネ建築 ー「対する」でなく、「共に」の原則で

ここ10年来、私はドイツから省エネ建築を紹介してきました。

総エネルギー消費の3割から4割を占める建物でのエネルギー使用量を減らすことは、気候変動防止に大きく貢献しますし、やらなければならないことです。

でも私の心には、絶えずいくつかのわだかまりがありました。

「シートやテープで密閉した、24時間換気装置が回っている家に住みたいか」
と自分に問うと、正直な答えはいつも「No」でした。

「断熱」「気密」「防湿」という言葉にも、正直、親近感を持てませんでした。断つ、密閉する、防ぐ….と何か悪いものに「対抗」「対峙」するようなスタンスだからです。

私の専門は森林で、フライブルク大学の森林学部で、自然に「対抗」するのではなく、自然を「生かし」て、自然と「共に」に行う「合自然的な森づくり」を学びました。その合理性を心から理解し推進している私としては、省エネ建築の分野でも、「対抗」ではなく「共に」の原則でのやり方があるはずだ、と思っていました。

そしてここ2年くらいの間で、一般常識や業界の傾向に捉われずに、革新的なことをやっているエンジニアや事業家に出会い、コンセプトを聞き、その事例を見たことで、答えが見えてきました。

その原則は「蓄熱」と「調湿」です。

蓄熱と調湿性能が高い自然のマテリアル(土や木)を構造、内外装、断熱層にも使うことで、シートもテープも機械換気も必要のない、健康で快適な省エネ建築が可能になります。熱を「断つ」のではなく、冬は太陽光や人の熱放射をマテリアルが「蓄え」て、ゆっくりと放射する、夏は部屋の中で生じた熱を、蓄熱マテリアルが吸収し、室内を涼しくする、という方法です。

カビや建物劣化の原因になる湿気に関しては、湿気の侵入を「防ぐ」のではなく、湿気に「協調性」がある吸湿・放湿性能の高いマテリアルがバッファ機能を発揮し、室内を一定の快適な湿度に保ちます(=調湿)。

自然のマテリアルで、蓄熱、調湿重視の建築をすれば、機械換気の必要性はなくなります。有害物質や湿気が室内にこもることがないからです。人の呼吸に必要な新鮮な空気は、窓のスリット換気や人による窓の開け閉めで取り入れることができます。

このコンセプトで建物をつくっているスイスのある工務店のモデルハウスを昨年訪問しました。その家に実際に住み、一階の半分を事務所としても使用している会社のオーナーが「営業のため、ミネルギープラス(スイスのパッシブ基準)を取得するために機械換気をつけたけど、デモ用で、普段は使っていない。朝と夕方とそれぞれ5分くらい、窓を全開にして換気すればいい」と説明してくれました。「冬でも、このやり方で、熱の損失は問題はない。木がたくさん蓄熱して、その熱放射で暖かかさが保たれているから」と。お客さんにも、機械換気は必ずしも必要ないことを伝えているそうです。

スイスの山岳地域で、蓄熱と調湿の原則で、太陽光を十分に取り入れて、暖房も機械換気もない革新的な建物も存在しています。

蓄熱と調湿、これは別に新しいものではありません。何百年も維持されている昔の建築は、この調湿と蓄熱の原則で成り立っています。シュバルツヴァルトで20年以上、古建築を改修しているスッター社という建設会社があるのですが、古いマテリアルである木や石や土とその蓄熱と調湿の利点を十分に生かし、機械換気が必要ない、快適で省エネの建物を実現しています。

スッター社で一つ興味深い事例があります。ホテル、レストランとして使用されている改修された古建築物。もともと分厚い石壁と土の壁の建物で、その呼吸性能を維持するために壁断熱はしておらず、建物エネルギー証書では年間熱需要が平米あたり100kWhなのですが、実際の熱消費量は約30kWhと、理論的な計算値の3分の1で済んでいます。パッシブハウスに近い性能です。エネルギー需要が高いホテル、レストランで!。

このエネルギー証書上の理論計算値と実際の数字の開きは、スッター社の他の建物でもあるようです。社長のスッターさんは「エネルギー証書は、古建築改修の補助金をもらうために取得している」といい、あまり信用していない様子です。「実際のエネルギー消費は、信じられないくらい低い数字になるから」と。その理由は、数名の建築物理の専門家の見解によると、建物エネルギー証書が、断熱と温度差を主要な基準とした熱力学の理論で計算されているからで、主に量子力学の理論で機能する蓄熱と熱放射が、十分に考慮された計算式になっていないからです。


関連記事:

健康な省エネ建築①-⑤ 
機械換気を使わないソリューション
蓄熱性能
放射熱
窓と太陽光
調湿

多彩な田舎暮らし

先月、学術調査の仕事で、日本の大学の農学部教授とともに、オーストリアのブレゲンツァーヴァルト地域を訪問しました。

ブレゲンツァーヴァルトは、オーストリア西端のフォアールベルク州のなかにある23の小さな自治体から成り立つ人口約3万人の農村地域です。ドイツとスイスに国境を接するボーデン湖南部のラインの平野に接し、その南にそびえるオーストリアアルプスの谷間に位置し、きれいに管理された牧草地と森林のモザイク景観のなかに、木造建築の家々が分散して点在する美しい景色の場所です。農林業と木材産業、観光業がうまく噛み合い、相互補完的に維持発展している豊かな農村地域でもあります。

私は、自分の専門の森林や木材産業のテーマでは何度も訪れている地域ですが、今回は、酪農がテーマでした。主要な農産物は牛のミルクを使ったチーズです。この地域では、伝統的に、「三段農業」というものが営まれています。季節ごとに牛を飼育する場所を移し替える農業です。冬の間は麓の住まいに隣接する「下段」の牛舎で夏場に収穫保存した干し草を食べさせ、春先と秋口(5 月と10月あたり)は、少し標高の高い「中段」で放牧し、夏場(6〜9月)は、アルプスの高原の「上段」で放牧する、というものです。それぞれの「段」で、牛舎とチーズ工房があり、農家の共同体で自主運営されています。この「三段農業」は、2011年にユネスコの無形文化遺産に登録されています。

一件の農家あたりの牛の数は10頭から20頭、ほとんどが小さな兼業農家です。何件かの農家を訪問しましたが、農業と林業をやりながら、民宿業を営む、そして冬場はスキーのインストラクター、またはホテルやレストランの事務や給仕、地域の木材産業で職人として働く、公務員、地方議員など、複数の仕事を掛け持ちして、伝統的な酪農を維持していました。「大変なときは、近くに住む娘や息子、兄弟姉妹が助けに来る」と家族の支援も欠かせません。多彩な田舎暮らし、地域や家族への愛情や誇り、家族の絆がありました。

「規模が小さい農業が却って元気」という州議会議員の酪農家の指摘もありました。「規模を大きくしたことで、負債も仕事量も増え、経営が大変になっている農家がある」と。専業化、分業化が進められて行ったのは、人間の歴史では、ここ100年あまりのことです。それまでは、特に田舎の暮らしは、多彩な仕事の掛け持ちで成り立っていました。今、その良さが見直されてきています。

多彩な暮らしは、コーディネートやコミュニケーションが大変ですが、その分、喜びが増え、リスクは分散します。

岩手中小企業家同友会会報 「DOYU IWATE」連載コラム 2019年5月より

家族企業 

ドイツは、経済活動において、伝統的に「家族企業(Familienunternehmen)」の占める割合が高い国です。ドイツの全企業の約9割が家族企業であり、総雇用数の約5割、全企業の総売上げの約5割を占めています。

「家族企業」とは、会社の所有権の過半数以上が、数名の自然人に属している会社です。民法上の個人会社(Personengesellschaft)の場合は、所有者(オーナー)が6名まで、法人各の株式会社(AG)や有限会社(GmbH)などの場合は、最大3人までのオーナーが過半数の所有権を有している、という定義になっています。(ドイツ家族企業基金より)。

家族企業は、経済を安定させる作用があります。とりわけ経済が厳しい状況の際に。世界金融危機、ユーロ危機が起こった2006年から2014年までの間、ドイツの雇用規模でトップ500の家族企業は、雇用を19%増やしています。一方、DAX上場していて、家族企業に属さない企業は、2%しか雇用を伸ばしていません。この違いは、家族企業のオーナーが、自分の資産を、子供の世代へ、孫の世代へと長期的な視点で投資し、経営しているからです。

また、上場している大企業の多くが都市部に集中して立地しているのに対して、家族企業の多くは、地域に根付いています。私が住むシュヴァルツヴァルト地域にも、世界企業として活躍している家族企業がたくさんあり、地域の経済と豊かさを支えています。

働き手からも家族企業は高く評価されています。ミュンヘン工科大学が、大学卒業者に行った調査によると、多数の株主に分散所有されている大企業と家族企業を比較して、14項目のうち9項目で、家族企業が高く評価されています。とりわけ「職場環境とチーム精神」「自立した仕事」「階級構造の平坦さ」という項目で圧倒的にポジティブな評価がされています。魅力的な都市部の大企業だけでなく、田舎の地域の家族企業に優秀な人材が流れている理由です。

会社のリスクと責任と経営を、数名の自然人が担う家族企業は、国民からも高く「信頼」されています。ドイツ社会調査の大手forsaが行ったアンケート調査によると、88%のドイツ人が家族企業を信頼しています。ドイツ政府への信頼度30%、多数の株主に分散所有されている国際的な大企業への信頼度15%と比較して、はるかに高い数字です。

岩手中小企業家同友会会報 「DOYU IWATE」連載コラム 2019年2月号より

ドイツスイス視察 木造建築 森林業 職人教育 2019 10.17-23

ドイツの職人養成 デュアルシステム ④マイスターは現場の教師

中世のツンフト(同業者の組合)が取り仕切っていた手工業職人の養成においては、マイスター(親方)が唯一の教師であった。徒弟は、マイスターと一緒に仕事をしながら、職人試験に必要とされる技能を学んでいた。それだけでない。徒弟の多くは、修行期間中、マイスターの家族の一員として、寝食を共にしていた。マイスターは、仕事でもプライベートでも、徒弟の師匠であった。

今日においては、企業と学校が二元的に見習生(徒弟)を養成するデュアルシステムがあるが、企業で、「現場の教師」として実践的な職人養成を担当するマイスターは、依然としてドイツの職人養成の中核的な存在である。手工業会議所と国が定める職種別の「職業養成規則」に書かれている養成プランに応じて、普段の仕事のなかで、見習生に適切に課題を与え、個々人の特性と性格を見極め、的確にサポートし、見習生が自己学習能力と問題解決能力を身につけるよう促していく。相手は大半が17歳前後の難しい年頃の若者である。教育者としての資質とノウハウが必要とされる。

1800時間のマイスター養成コース

マイスターになるには、ゲツェレ(職人)の資格を取得したあと、最低2年間の職業経験を積んだのち、手工業会議所や国(州)が開催するマイスター養成コースに通い、国家試験を受け合格しなければならない。マイスターコースは、1年から1年半の集中コースや、週末メインの数年に渡るコースなどあるが、授業(講義・実習)時間は、木大工マイスターコースで合計1800時間。技術の理論と実技から経営学、組織マネージメントまで、最高峰の技術者、経営者になるための養成を受けるが、教育者としての知識とノウハウを身につける授業も120時間(5〜6週間)、しっかりと組み込まれている。

マイスター称号は誇りであり、会社の品質表示

「マイスターは空から落ちてくるものではない」という言葉があるが、素質がある優秀な職人が、相当な勉強とトレーニングをし、取得するものである。マイスターは、職人の最高資格者、経営者、教育者として、ドイツの社会では、今日でも高く評価されている。どこの会社でも、経営者や幹部職員が取得した「マイスター証書」が、目立つ場所に誇らしげに掲げてある。会社とその商品、サービスのクオリティを保証し、顧客に信頼感を与えるものであるから。

私は、日本からの視察団とドイツの会社を訪問する機会が多いが、ドイツの経営者が「私の会社には、従業員20人のうち、マイスターが3人いて、見習生が6人います」といった会社紹介をすることがよくある。それは「自分の会社の技術と経営レベルは高く、同時に若い世代の育成もしっかり行なっている健全な会社です」ということを暗に伝えている。

ドイツ政府はマイスター復権で手工業職人の増加を目指す

ドイツの手工業職は130以上あり、そのうち、会社を設立する際にマイスター称号を所有していることが法律で義務付けられている職業が41職種ある。消費者保護と安全の観点からそうされている。木大工職やパン職人などがそれに属する。2003年以前は94職種あったが、EUが目指す自由競争と価格安の政策により、当時のドイツ政府は、53職種をマイスター義務から外した。それによって建設業では、規制緩和されたタイル貼り職や内装職で、マイスター称号なしで独立する事業者が増加した。一方で、それらの職種で「仕事の品質が低下した」「見習生を受け入れられる会社が少なくなった」という意見を手工業業界からよく聞く。

ここ10年あまりで手工業職の人手不足が続いている。ドイツ政府は昨年から、一度マイスター義務を緩和した職種のいくつかを、もう一度義務化し、手工業職の知名度と品質を向上させ、見習生を増加させることを目指す政策提言している。「再び規制をかけることは経済に逆効果」という経済界の声もあるが、高い品質と人材養成を重視するドイツ手工業連盟(ZDH)は、これを歓迎している。

 

ドイツスイス視察 木造建築 森林業 職人教育 2019 10.17-23

 

ドイツの職人養成 デュアルシステム ③放浪の旅

「聡明な人は、旅を通して最高の自己形成をする」

ドイツの有名な作家ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの言葉である。

ドイツの手工業職人の世界には、中世のころから続いている伝統的な風習がある。「Walz(ヴァルツ)」と呼ばれる「放浪の旅」である。職人は、ゲーテの言葉どおり、旅を通して自分の腕と心を磨く。

旅職人の伝統と規則

旅をするのは、3年間の職業養成を終了し、ゲツェル(職人)の称号を取得したものである。中世のツンフト(=同業者の組合)制度では、放浪の旅は、マイスターの試験を受けるための義務であった。現在では、放浪の旅は、職人の自由意志に基づくものであるが、主に大工や建具職人など建設業関係の職人たちが、昔からの伝統を継続している。

職人の放浪の旅には昔から、前提条件と規則がある。ゲツェルの称号を持った職人で30歳以下、未婚であること。負債や前科を持っていないこと。旅の期間は通常3年間と1日、その期間中、基本的に故郷の50km圏内に戻ってきてはいけない。移動は基本的に徒歩とヒッチハイクで、公共交通の利用は禁止ではないが、好ましくない。遠い外国に行く際の飛行機の利用は許可されている。旅の最中は、職種別にある伝統的な作業着を身につけていなければならない。大工の場合は、黒い帽子、襟のない白いシャツに黒のコードジャケットとズボン。木製の杖を持ち、それに「シャルロッテンブルガー」という身の回り品が入った巾着袋を結びつける。一般の人が、一眼で「旅職人」と認識できる装いでなければならない。というのは、彼らの移動や寝泊まりは、旅先の他人の好意に頼ることになるからである。見ず知らずの人に安心感を抱かせなければならない。「誠実」であることは、旅職人の世界では、放浪の旅という伝統を継続するための大切なことであり、そのために、負債や前科がないという前提条件を満たした職人が、伝統的な衣装を身につけ、誠実な振る舞いに心がける。放浪の旅をする職人は、通常「シャフト」と呼ばれる同友会のメンバーになる。複数の同友会があり、それぞれで、細かなルールやしきたりがある。旅をするのは伝統的には男の職人だけであったが、戦後は、女性の旅職人も許可をするシャフトもできた。

ユネスコ無形文化財に登録された「放浪の旅」

旅職人は、見しらぬ場所に行って、建設現場などに飛び込み、仕事がないか問い合わせる。または、シャフトのネットワークで、仕事を探していく。基本無償で労働を提供し、そのかわり雇い主に住まいと食事を提供してもらう(最近は報酬をもらって働く場合が多くなっている)。1箇所にどれだけいるかは、その現場の仕事量や本人の意思次第。放浪の旅の意義は、自分の生まれ故郷とは風土も文化も違う場所で、異なる技術や仕事の仕方、考え方を学んで自分の技能を高めること、そして苦労をしながら冒険的な旅をすることによって人間性を養うことである。ツンフト(=同業者の組合)で、マイスター試験を受けるための前提として放浪の旅を義務付けていた中世の時代は、親方(マイスター)が、自分の将来の競合を自分のエリアの外に追い出す、という意味合いもあったようだ。

ドイツにおける職人の放浪の旅(ヴァルツ)は、2015年、ユネスコの無形文化財に登録された。現在でも、大工を中心に、推定600人くらいの職人が、旅をして腕と心を磨いている。日本の宮大工のもとに修行にくるドイツの大工職人もいるようだ。旅をした職人は、雇い主からの評価が高い。好んで雇用される傾向がある。苦労と冒険の旅をして、知識と技術と人間性が豊かになっているので。特に地域密着で営業をしている小さな工務店では、顧客とのコミュニケーション能力、信頼関係は、大切なベースであるから。

 

ドイツスイス視察 木造建築 森林業 職人教育 2019 10.17-23

ドイツの職人養成 デュアルシステム ②木大工職人の養成

「木」の職業は人気

「今の若者の多くが、体を使う、汚れる仕事でなく、机に座ってやる仕事に就きたいと希望している」とシュヴァルツヴァルトの職業学校で木材工学を教える私の友人のシュラッター先生はいつも残念そうに話す。ドイツでは、長い間大学進学率が30%前後であったが、10年くらい前から急に上昇し、2011年以来、50%を超える数字で推移している。石大工や金属加工、左官の職の見習生の数は、ここ数年減少の一途を辿っているようだが、木大工や建具職人など、「木」に関わる職業の見習い生は、一定のレベルを保っており、手工業職の中でも人気があるようだ。

ドイツ木大工マイスター連盟の統計によると、木大工の見習い生の数は、2013年の6903人から2017年には7280人と、毎年2%前後の上昇傾向にある。雑誌や新聞などのインタビュー記事によると、「木が好きだから」「小さいころから木工が趣味で」といった、木というマテリアルに対する愛着によって、多くの見習い生がこの職業を選んでいるようだ。

自ら仕事を計画し、実行し、検査できる職人を養成

ドイツでは、早くて16歳から職業見習いとして手工業職の養成コースに進むことができる。期間は通常3年間、見習生は、自分が就きたい職業分野の企業を自ら見つけ、見習い(徒弟)契約を結び、それをもって職業学校に入学手続きをする。職業養成は、時間的には企業での実践的な訓練が6〜7割、残りが学校という配分になる(=デュアル職業養成システム)。見習い生といっても、実際に企業で労働を提供するので、一定の給料も支給される。木大工の場合は現在、1年目で平均月給が650ユーロ、2年目で900ユーロ前後、3年目になると1200ユーロ前後が相場である。

養成の枠組みと内容は、手工業職の場合、手工業会議所と国が定める職種別の「職業養成規則」に基づいている。この規則の第三条に、職業養成の「目的」が記されているが、そこで「とりわけ重要」だと明記されているのが、「自ら仕事を計画し、実行し、検査する」ことができる人材を養成することである。これは、ドイツの教育全般に共通することで、これができる「自立」した人材がブルーカラーでもホワイトカラーでも養成されていることが、ドイツの企業の高い問題解決能力、応用力、イノベーション力、労働生産性を根底で支えている。計画・実践・検査の能力は、同じ現場がひとつもない、全て個別事情の仕事をする木大工職人には、とりわけ重要なものである。

職人(ゲツェレ)になるための包括的な卒業試験

「職業養成規則」には、職業別に3年間の養成枠組みプランが書かれている。そこには、複数のテーマ(項目)があり、項目ごとに、具体的な習得内容の箇条書があり、何年目で、どのテーマにどれだけの時間を費やす、ということが具体的に明記されている。例えば、木大工の職では、最初の1年目で「雇用契約」「会社組織」「作業安全」「環境保全」「受注から計画、実践」「作業現場の準備」「資材の確保と保管」「設計図面の解釈とスケッチ」「測量」「木材加工」「断熱材の施工」「ファザード施工」など基本的な知識と技術を学び、2年目になると、「受注、仕事量の推定とプラン、工程表の作成」「資材の選択と準備保管」「基礎地盤の確認、検査」「品質管理のための作業日報の作成」といったものが加わる。3年目になると「基礎工事と外壁施工」「木材加工機械の操作とメンテナンス」「既存の構造材の維持メンテナンス」が加わり、それまで学んだことの復習と補強が行われる。

1年半目で中間試験、そして3年目の終わりに卒業試験がある。卒業試験は、8時間の実技試験と、「木構造」「建築資材」「経済・社会」の3分野の筆記試験(それぞれ60〜180分)から成り立っている。実技では、受験者は、屋根の構造材や階段の模型作成の課題が与えられ、その課題内容に応じて、自ら設計し、工程計画を立て、完成品の検査を行う。そのなかで、労働安全や作業者の健康、環境保護の側面も考慮しなければならない。組手や加工の機能性と精度など技術的側面から、労働法や環境規制を踏まえた上での複合的な仕事の計画・遂行・検査能力が試験される。この実技試験と3分野の筆記試験に合格すると、一人前の職人(ゲツェレ)としての称号がもらえ、正規の従業員として企業で働くことができる。

 

ドイツスイス視察 木造建築 森林業 職人教育 2019 10.17-23

 

ドイツの職人養成 デュアルシステム ①歴史と今後の行方

職人の国ドイツには、養成システムという、企業と学校で「デュアル(=二元的)」に職業人を養成する伝統的な職業養成制度がある。ドイツの高い技術力、ハイクオリティの製品、強く安定した経済力を根底で支えている制度だ。

徒弟 − 職人 − マイスター

ドイツの職人養成の起源は中世13世紀ころにある。中世都市の発展とともに、手工業が栄え、手工業者の間で、「徒弟」、「職人」、「マイスター」という3つの階級身分が成立し、マイスターが徒弟と職人を育てていた。また同時に、各都市で、同業者の組合「ツンフト」がつくられた。このツンフトが、徒弟と職人の実践的な養成の内容と枠組みを決め、徒弟が職人、職人がマイスターの称号をとるための試験を企画、実施した。

ツンフト →  イヌング →  手工業会議所

ツンフトによる手工業職の養成制度は数百年続くが、19世紀の産業革命により大規模な工業的生産が普及すると、生産性と効率、営業の自由が求められるようになり、それらに反するツンフト制度は解体されていき、1869年に法的に廃止された。しかし手工業者たちは、イヌングという新たな同業者組合の設立運動を起こし、国の理解と支援も受けるようになり、多様な業種の同業者組合イヌングを大きく取りまとめる手工業会議所という公益法人が設立される。そして1897年の手工業法によって、手工業会議所が、正式に、職人の教育と階級試験を取り仕切る機関となった。また同時並行して、職人に理論的な教育を実施する学校施設も設立され始めた。現在のデュアル養成システムという、全国統一的な国家制度となったのは、1953年の手工業条例と1969年の職業養成法の制定からである。

国際的に高い評価

経済界と国がしっかりタイアップし、教育の中身と枠組みを決め、共通の理論的ベースに実践的能力も備えた即戦力になる人材を養成するデュアルシステムは、スイス、オーストリアにもあり、国際的にも高く評価されている。欧州のなかでドイツの若者の失業率が低いことの大きな理由がこの人材養成システムにある。一方フランスでは、国の学校施設でのみの職業教育であり、現場との距離、実践経験のなさが問題視されている。また企業での実践的な教育に大きく頼るイギリスのシステムにおいては、養成される人材の知識と能力にばらつきがあることが指摘されている。国によるこれらの違いは、EU圏内での労働者の流動性ということで問題になっている。とりわけドイツの養成システムは、包括的で高レベルなため、そのレベルを落とし、EUの他の国のものに近づけるべきだ、という要請や意見もある。しかし、国と一緒に職人の教育を司るドイツの手工業会議所は、信念をもって頑固にその伝統と品質を維持しようとしている。

手工業分野の徒弟(見習生)は、3年の職業養成期間の大半の時間を、企業で、先生である親方(マイスター)のもとで過ごすので、そこで強い人間的な結びつきも生まれる。企業にとっては、将来の正規社員を育てる、見定める期間であり、優秀な見習生は、養成期間終了後にそのまま雇われることが多い。もちろん、見習生がその企業にそのまま社員として残るかどうかは当人の自由意志であるが、3年間で会社と従業員のこと、仕事の中身も知っているので、正社員への移行はスムーズである。

 

ドイツスイス視察 木造建築 森林業 職人教育 2019 10.17-23