書評 「多様性」 by 友田 啓二郎さん

友田さんは廃棄物関係で日本有数のエキスパートで、広島に本社がある環境コンサルティング会社「(株)東和テクノロジー」の代表取締役を務められています。

私がフライブルク大学森林学部に入学したばかりの1998年に、お仲間の方々と一緒にフライブルク市に環境視察に来られ、その時私が1日、通訳と案内を担当しました。廃棄物の視察を午前中1時間くらいでさっと終え、その後シュヴァルツヴァルトの森林散策に連れて行ったのを覚えています。「何でこんなに歩かなきゃならないのよ」と一部の参加者から文句が出ましたが、2時間ほど、私が大学で学んだばかりの知識と森林署での研修の経験を話しながら森を歩き、その後ロープウェーに乗り山頂のレストランで昼食を取りました。

今回、廃棄物資源循環学会の学会誌に、友田さんが私の本の書評を書いてくれました。廃棄物とは全く違う分野の本を、権威ある学会誌で取り上げていただいたことに驚くと共に、深く感謝しています。一昨年から始めたオンラインセミナーでも感じていることですが、様々な分野の人たちが、「森」というテーマに潜在的な関心を持っていて、またそこから生活や仕事に、知見やヒント、勇気や安らぎを得られています。

友田さんは国際的な学会で時々、スイスやドイツを訪問されているようです。お互いしばらく会っていないので、次の機会にはぜひ、友田さんが夢にも見るという、20年以上前に私が連れて行ったフライブルクのあのビアガーデンの自ビールで乾杯しましょう、と誘っています。コロナでまだ実現していないですが、今年2022年はおそらく…。

以下、友田さんからの書評です。許可をいただいて、掲載しています。

ドイツに住み,ドイツの情報を発信する日本人は少なからずおられるが,著者の池田憲昭氏もその一人である。容器包装リサイクル法黎明期の 1990 年代,ドイツを訪れ,環境先進都市と して知られたフライブルクで視察をアレンジいただいた読者も多いのではないか。 
本書は,著者がドイツでの 25 年間で得た知識と経験をもとに,自らのフィールドである森林 学を通じて,エコシステムとしての森林のもつ多様性をテーマに,持続可能で人の尊厳を尊重 した社会,生き方を論じた良書である。 
本書は,5つの章からなり,第 1 章では,林業と森林業の違い,そして,森林に備わる多様性 を例に,多様性が持続可能性 (サスティナブル) を支える重要な要素であることを解説する。 そもそも,サスティナブルという概念は,今から 300 年前にドイツの林業の世界で生まれたという。地方の高官であったハンス・カール・フォン・カルロヴィッツの著書で述べられた保続的 (nachhaltende) が直接の語源とのこと。 サスティナブルとは,次世代への想いやりであり,大学での森林学においては,50 年先,100 年先,300 年先を見据えた視点での基礎教育がプログラムされているという。森林を支える重要な管理手法に択伐 (天然更新を活用した複層構造の森) があり,今日では,「選択間伐」そして継続的な管理,利用を可能とする「道」(多機能森林基幹道)の整備がなにより重要であるとした。 
第 2 章から第 4 章では,日本における森林管理に対する指南,多様性を維持する森林がもたらす多様な便益等について詳細に解説する。日本にはヨーロッパの専門家も羨む豊かで多様な森林が多く存在する。ただ,利用を支える 「道」がない。ドイツでは多くの人々が森林に入っている。人口 1,000 万人の州で 1 日平均 200 万人の人が森林に入っているという。多様性を備えた森林の魅力に加え,利用を可能にする「道」が整備されているからと解説する。 森林を原資とする地域経済のクラスターやマイスター制度を通じた人材育成については,豊富な取材や自らの経験を通じてこの魅力と効果を伝えてくれる。 
第 5 章「多様性のシンフォニー」では,森林とのかかわりから見出される多様性のもつメロディーについてさらに 掘り下げた考察を試みている。植物神経生物学の視点を織り交ぜつつ森林が私たちに語りかける言葉を読み解くとともに,「樹木にどう育てられたいか,聞きなさい」との視点が重要と教える。多様性を理解し,受け入れ,活用していくための所作である。日本からの視察者に対しては,「違いではなく,共通点を探すように」と伝えているという。 競争ではなく協調や協働が遥かに大きなモチベーションを人間に与えるはずだと。そして,制度,システム,技術を読み解くときには,これにかかわり影響を与えた人々の「想い」を感じ取ることが重要と説く。 
本書には,専門外であっても一気に読める,「なるほど!」が散りばめられている。また,本書から伝わる情報や想いは,持続可能な地域循環共生圏を目指すわれわれにとって大いに参考となると考えられる。著者にとって 25 年は折り返しである。次のゴールに向かって何を編むか,大変楽しみである。
(株)東和テクノロジー 友田 啓二郎

廃棄物資源循環学会誌 Vol. 32, No. 6, 2021

資本家のいない資本主義

資本主義市場で経済活動をする1企業形態としての「協同組合」の本質をついた言葉である。ドイツの近代の協同組合の父と言われるライフアイゼン生誕200年の2018年に、ドイツ協同組合・ライフアイゼン連合会が年次報告書でキャッチフレーズとして使った。

先日仕事で、旧東ドイツ・マグデブルク市のドイツ統一前から存在する集合住宅建設協同組合を訪れた。都市部の緑化事業をスタートするために。

80年代に東ベルリンのフンボルト大学で法学を学んだという組合の部長と半日、事業の話だけでなく、協同組合の哲学、マグデブルクの歴史や都市計画、文化、スポーツ、政治など、いろいろ話をして、とても濃縮した有意義な時間を過ごせた。通常のビジネスミーティングだと、必要なことだけ効率的にスパスパ話して終わりだが、私が古い建物に興味があると知ると、部長はいろいろ街を案内し、協同組合で賃貸している街中の感じのいいレストランで昼食もご馳走になった。持続的な人間関係の構築を目指す協同組合の精神を感じた。また彼も私も「仕事はお金だけでなく、やりがいがあり、楽しくもあるべきだ」という考えで同調した。「弁護士になることもできたけど、30年余り働いている今の職場でとても満足しているし、全く後悔していない」と彼は車を運転しながら語ってくれた。

協同組合の多様な事業も見せてもらった。旧東ドイツ時代のそっけない朽ちかけた集合住宅を「明るく」改修し、学生や庶民に社会的な家賃で貸すというメインの事業だけでなく、19世紀の荘厳な古建築を改修して、シックなオフィスやレストランとして貸したり、介護サービス付きの高齢者住宅やデイサービスセンターを開発、所有し、福祉団体に貸したり、多様な事業をやっている。

壁にサステイナブルのテーマで挑発的な絵を描くベルリンの芸術家との共同もしている。大きな集合住宅のファサードを、列ごとにマテリアルを変えたデザインにしたり。少し建設費が高くなっても、できるだけエコロジカルなマテリアルを利用するようにも努めている。賃貸人が「自分はXX通りの建物に住んでいる」でなく「鯨の絵が描いているところに住んでいる」「レンガのファサードの列の2階に住んでいる」とアイデンティティを持てるような配慮をしているという。協同組合の組織にも、他と同様に階層はあるが、実質はフラットで民主的。定期的に課やチームごとに朝食会を開催するなど、密なコミュニケーションと職場環境の改善に努めている。職員向けにサイクリングや自然観察会を企画してもいる。仕事の請負業者である私にも今回、普通のビジネス接待の3倍くらいの時間を取って、丁寧に接してくれた。

そのような努力や気くばりは基本的に、投下資本利益率を低くする。短期的な高利益を求める資本家や株主は、そういうモノや人や時間への投資は、できるだ抑えようとする。今回、私と仲間がサポートする緑化の事業もコストだけで、直接的な収益には繋がらない。

「理念や愛情だけでは飯は食えないよ」

厳しい競争がある資本主義市場経済の中で戦っている経営者やマネージャーからは、そういう言葉もよく聞く。でも、果たして全てそうだろうか? 

マクデブルクの集合住宅建設協同組合では、賃貸人の入れ替わりがとても少ない。約6200人の賃貸人は、学生も年金生活者も、弁護士事務所も歯医者も、みんな同等な1人一票の決定権をもつ組合人。職員は約180人だそうだが、こちらも入れ替わりがとても少ないそうだ。給与待遇は平均以上だが、それだけでない。会社の雰囲気がよく、仕事にやりがいを持っている職員が多いことの表れだ。部長は「競合他社に移るような職員は、幸運なことに今までほとんどない」と言う。人が定着しているということは、それだけストレスや時間の浪費が少ないことになる。「信頼は効率」という私が好きな言葉がある。信頼はトランスアクションコストを少なくする。信頼関係をベースに、個々人が、階層を気にすることなく個性を発揮できる環境は、イノベーションを産む。信頼はでも、構築するのも、維持するのも、絶え間ない努力と気くばりが必要である。

このような経営ができるのは、大きな資本家がいない協同組合に限らない。株式会社や有限会社でも、敢えて株式市場に上場をせずに、理念を持って経営し、地域に愛され、信頼される家族企業もある。長期的に理念が継続されるように、別の哲学を持った資本家に買収されないように、会社の資本を財団法人化している企業もある。