「公共善エコノミー」 〜 中欧でロングセラー、世界的な社会運動にも広がっている本を、日本語に翻訳しました。クラウドファンディングで支援者を募っています。

これまで学術論文や資料などの翻訳は頼まれて時々やっていましたが、本屋に並べられる一般書の翻訳は、初めてです。翻訳したい、翻訳する意義がある、たぶんうまく翻訳できる、と強く思ったので、2年前に著者に連絡をとり、岩手と宮崎の中小企業家同友会を通じて、意義を理解する出版社を仲介いただき、今年2022年末に日本で出版される、というところまで辿り着きました。
この本に出会ったきっかけは、毎年のように来欧し、中欧の環境・社会の先進事例を視察されている岩手中小企業家同友会と一緒に2019年に視察したフライブルクの豆腐工場「Taifun」でした。下記は、私が書いた記事です。

https://econavi.eic.or.jp/ecorepo/learn/575
https://econavi.eic.or.jp/ecorepo/learn/585
https://econavi.eic.or.jp/ecorepo/learn/596

このTaifun社が「公共善エコノミー」の運動に参加し、実践していました。そこで私は興味が湧き、その元になっている本『公共善エコノミー(Gemeinwohlökonomie)』を買って読みました。非常に明瞭で、リズミカルに書かれている専門書でした。

私は大変感銘・共感し、2021年春に出版した拙著『多様性〜人と森のサスティナブルな関係』でも、随所に「公共善エコノミー」の記述を引用しました。
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B091F75KD3

『公共善エコノミー(Gemeinwohlökonomie)』は、学者、作家、政治活動家、ダンサーという多面的な顔を持つオーストリア・ウィーン在住のクリスティアン・フェルバー(Christian Felber)が、同名の本によって2010年に提唱した、公共の幸福に寄与する「倫理的な市場経済のコンセプト」です。著書は2018年には改訂版の文庫本も出版されるロングセラーになり、12か国語に翻訳されています。今年、それにフランス語と日本語の翻訳が加わります。

現在の資本主義による市場経済システムは、人間が生物学的に不得意な「競争」を原動力にして「利潤」を獲得することを目指すものです。それによって深刻な環境問題や社会問題が引き起こされています。「尊厳」と「信頼」という人間社会の根源的な価値をベースにしたフェルバーの公共善エコノミーは、人間の得意な「協力」を原動力として、万人が幸福な持続可能な社会の構築を目指す、オルタナティな市場経済のコンセプトです。資本主導の市場経済からヒューマニティ主導の市場経済への具体的な転換方法と事例が描かれています。ドイツの著名な環境ジャーナリストのフランツ・アルトは、公共善エコノミーのことを「社会主義と資本主義の間に位置する実用的な第3の道」と評しています。

公共善エコノミーは、単なる提言や問題提起ではなく、「公共善決算」という企業や団体の経営評価システムを備えた具体的で実用的なものです。ヨーロッパを中心に世界中で、その実践が広がっています。現在、2000以上の企業・団体が「公共善エコノミー」のコンセプトに賛同していて、約500企業・団体が「公共善決算」を採用しています。自治体レベルでの参加と実践も増えていて、市民を巻き込む包括的な直接デモクラシーの運動として展開しています。また、2014年に設立された公共善協同組合は、既存の銀行に呼びかけ、公共善バンキングの導入を推進していて、現在、700以上の公共善口座(預金総額は約22億円)が複数の銀行で開設・運営されています。

2022年夏現在、一通りの翻訳を終えて、著者との細部の詰め、宮崎の出版社「鉱脈社」と校正作業を行なっています。出版は2022年12月になる予定です。このプロジェクトを最初から強力に支援いただいている岩手中小企業家同友会の事務局長である菊田哲さんが、クラウドファンディングを立ち上げてくれました。8月8日にスタートし9月18日で終了します。支援を募っています。支援していただいた方へのリターンは、翻訳本、著者と翻訳者によるオンライントークイベント参加などです。

https://camp-fire.jp/projects/view/605926

一地球市民として、豊かな社会へのシフトへ、一石を投じられればと思っています。

中小企業 −公共善エコノミーの主役

今年(2022年)12月に出版される予定の翻訳本『公共善エコノミー』の中核は中小企業です。家族、従業員、地域、社会を想い、行動する企業です。公共善エコノミーは、資本主導のエコノミーから、ヒューマニティ主導のエコノミーへの転換を謳っています。倫理的な市場経済のコンセプトと、そこにたどり着くための包括的で具体的な道を描いています。

公共善エコノミーは、企業におけるその実践に関しては、まったく新しいものではありません。古き良き、今でも成功を収めている類似の事例はたくさんあります。日本の企業にもあります。例えば、多数決の議論ではなく「話し合い」でコンセンサスを導く文化、「会社は従業員のもの」という文化、従業員が会社の株を持つことを推奨する企業、自助と自己責任を基盤にした協同組合や類似の精神とコンセプトを持った企業など。

私がこの本に出会ったきっかけは、2019 年末に岩手県中小企業同友会の視察団と一緒に訪問し た、ドイツ・フライブルク市にある豆腐工場タイフーンでした。ヨーロッパ産のビオ(有機認 証)の大豆から豆腐を製造する設立 1987 年の老舗メーカーです。このタイフーン社 が公共善エコノミーの運動に参加し、実践していました。それで私は興味が湧き、原書を友人が経営する地元の本屋で購入して読み、感銘を受けました。2021 年春に出版した拙著『多様性〜人と森のサスティナブルな関係』でも随所に、『公共善エコノミー』の記述を引用させてもらいました。

ロックダウンのなか、ドイツ黒い森の自宅でサナギのように静かな生活をしていた 2020 年の晩秋に私は、この本を私の祖国の言葉に翻訳したい、翻訳する意義がある、たぶんうまく翻訳できる、と強く思ったので、思い切って作者に直接メー ルしてみました。作者からは「君のメールは、思わぬクリスマスプレゼントだった。とても嬉しい」 と直ぐにポジティブな返事が来て、日本語翻訳プロジェクトがスタートしました。

最初の作業は、翻訳本の出版社を探すことでした。この本に出会うきっかけになった、私の長年のお客さんでパートナーである岩手県中小企業家同友会の事務局長の菊田哲さんに相談しました。 『公共善エコノミー』の主役は中小企業ですし、自然な帰結でした。もともと作者のクリスティアン・フェルバーも、意志を共にするオース トリアの中小企業のパイオニアたち(Attac 企業グループ)と一緒にこのコンセプトを作り上げています。菊田さんから直ぐに、宮崎県中小企業家同友会に属する地域出版社の鉱脈社を紹介してもらいました。宮崎の同友会メンバーも数名、過去に岩手のグループと一緒に来欧し、視察セミナーに参加されていたので、話はスムーズに行きました。鉱脈社の代表取締役社長である川口敦己さんからは、私が作成した本の概要と最初の方の試し訳を読まれた後、「翻訳して出版する価値がある本だと思う。紹介いただいてありがたい。ぜひ出版の方向で話を進めたい」と嬉しい回答をもらいました。そして間も無く、著作権を有するオーストリアの出版社との契約プロセスへと作業が進みました。作者によれば、公共善エコノミーのコンセプトは、日本の学術界でも数年前から知られていて、これまで何度か、日本語訳出版の話は持ち上がったようでしたが、様々な理由で出版には至らなかったようです。普通だったら、このような翻訳本は、資本力のある大手の出版社が行うものですが、今回、公共善エコノミーの趣旨にもマッチした、社会的な使命感と哲学を持った、地に足がついた地域の小さな出版社がこの事業を引き受けてくれたことは、作者、翻訳者にとって、大変嬉しいことでした。

作者のクリスティアン・フェルバーと翻訳者の池田憲昭(私)は、共に1972 年生まれです。今年は2人とも50 歳になるという、人生の節目を迎えています。この特別な年での日本語版の出版は、2人にとって、この上ない誕生日プレゼントでもあります。このプレゼントに入ったメッセージが、危機から危機へと混迷する世の中で、多くの日本の読者にも伝播し、希望と勇気を与え、幸せな未来のための行動へと広がっていくことを願います。

岩手県中小企業家同友会の菊田さんが、本と出版記念講演会(オンライン)の前売りに相当するクラウドファンディングを開設してくれました。9月18日まで開いています。よろしければ、ご支援ください。

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人間が生まれながらにして持っている資質である「尊厳」と、人間が生物学的に得意な「協力」により、本来の意味でのエコノミーを!

『Gemeinwohlökonomie 公共善エコノミー』という欧州のロングセラー本を翻訳しました。本だけでなく、社会的な運動としても広がっています。今年2022年の暮れに日本で出版の予定です。9月18日まで、本と講演会の前売りに相当するクラウドファンディングを実施しています。ご支援いただければ嬉しいです。

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公共善エコノミーは、《尊厳》を重要なベースにしています。尊厳は、国連憲章や各国の憲法にも明記されている人間社会の根源的な価値です。ドイツの著名な脳神経生物学者で公共善エコノミー大使でもあるゲラルト・ヒューターは、科学的な知見から、尊厳が、人間の誰もが生まれ持った生物学的な資質であることを指摘しています。ヒューターはまた、現代社会・経済の大きな原動力になっている《競争》は、生物進化論の観点から、人間の強みではない、と説明しています。そして、人間が生まれながらにして持っている資質である《尊厳》と密接なつながりがあり、可塑性の高い脳を持つ人間が生物学的に得意な《協力》をベースにした社会の構築を提唱しています。公共善エコノミーは、エゴや妬み、無責任さといった人間の弱みを助長する《競争》でなく、信頼やリスペクト、思いやり、といった人間の美徳がもとになった《協力》を原動力とする、倫理的な市場経済のコンセプトです。並行して存在する他の類似の理論やコンセプト、運動とも、排他的な《競争》をするのではなく、《協力》し、お互いに高め合うことを推奨しています。

アリストテレスは今からおよそ2300年前に、2つの異なる経済形態を分別しました。もとからある《オイコノミア》は、すべての参加者の幸せ、すなわち公共善が目的で、お金と資本は、そのための単なる手段です。しかしお金と資本が目的になってしまうと、《オイコノミア》は《クレマティスティケ(=貨殖と自己の富を増殖する技法)》に変貌します。アリストテレスは明確に、後者にならないように助言しました。

《オイコノミア》は《公共善エコノミー》と翻訳できます。
一方で、約200年前から私たちの社会を支配し、私たちの行動や人間関係に大きな影響を及ぼしているのは資本主義の市場経済で、《クレマティスティケ》と翻訳できます。アリストテレスが警鐘を鳴らしたものです。

公共善エコノミーは、手段と目的を取り違えた、金銭的な指数と貨幣価値という、上辺だけの消失点に迷い込んでいる現在の経済システム(イデオロギー)を、本来の意味でのエコノミーに戻す試みで、そのための包括的で具体的な道を描いています。

アニマルウェルフェア、鶏のジェンダー平等、公共善エコノミー

モバイル(可動式)の鶏舎で鶏卵の生産。数日おきに草を食べる場所を変えることができる。餌場のローテーションに合わせて、鶏舎もトラクターで引っ張って移動させる。写真の養鶏場は、フライブルク近郊のシュヴァルツヴァルトの山の中で、肉牛、ガチョウ、卵用鶏の粗放的な飼育とレストラン経営を営むBIO農家Sonner家のもの。

このような形式の養鶏は、ここ10年でドイツでかなり増えた。理由の1つは、草地での放し飼いで生産した卵の市場での需要が高いからだ。

ケージ飼いのニワトリの卵は1パック10個で1.5ユーロくらい、平飼い(地面の上で飼う)が2.5ユーロくらい、草地での放し飼いは3.5ユーロくらいする。BIO(有機)認証を受けている卵は4.5〜5ユーロ(700円)するが、スーパーの商品棚には、どれも同量くらい並べられ、いつも値段の高い卵の方が先に売切れている。

BIO農家のSonner家は、鶏舎の側に設置した無人の自動販売機で1パック5ユーロで直売しているが、すぐに売り切れるという。市場の需要に応えるために生産量を増やしたいそうだが、農地が足りなくて増やせない、という状況のよう。

背景には、消費者のアニマルウェルフェアへの意識の向上がある。最近では、卵を産む雌だけでなく、オスも一緒に飼っている、もしくはオスを殺していない、という認証ラベル付きの卵も売られている。卵から孵ったオスは通常、「用無し」ということで、すぐに廃棄される。卵を生産しないし、肉も筋肉質であまりよくない。餌が肉になる変換効率も悪い。車で言うと燃費の悪い車。でもスーパーでは、学校やテレビ番組で知識を得た子供たちが、ママ、パパ、おばあちゃん、おじいちゃんに、「オスを殺していないこっちを買って」と言う。

オスは、用途やメリットは少ないが、まったくの用無しではいない。大人に成長した雄鶏は、放し飼いの群れの中で、見張り番をする。猛禽類が上空に見えるとすぐに、声を上げて動いて、雌たちをモバイルの鶏舎へ避難誘導する。

写真は8月半ばに撮ったもの。普段だったら緑緑しい牧草地が枯れて黄土色になっている。6月から雨がほとんど降らなかった。スペインのアンダルシアのような景観になった。こんな夏のシュヴァルツヴァルドは、20年以上住んでいて初めてである。でも8月末から幸運なことに雨が少しづつ降るようになった。そして、牧草地の緑は、見る見る回復してきた。自然のたくましさを感じる。

アニマルウェルフェアも、今年2022年の12月に日本語版が出版になる『公共善エコノミー』の多様なモザイクの一つです。

環境によく、アニマルウェルフェアの観点でも優れている商品を、高い価格で買うことは、ある程度、裕福で余裕がある人しかできない。貧しい人たちのためには、安い食糧を供給することが大切、という意見もある。でも、裕福でなくても、意識のある学生や低所得の人たちが、そのような高い卵を買って、その代わり、量を節制したり、肉や嗜好品などを抑えて、家計のバランスをとっている例もある。また、安く供給できている背景で、環境や動物の搾取だけでなく、多くの人間の搾取(グローバルサウスの問題や悪質な環境での出稼ぎ労働、生産者の疾病や障害、経営難)が起こっていることなども、一緒に議論すべきだろう。安く提供することで、貧困問題に「対応」はできる。でも根本的な解決のためには、貧困問題を起こしている現代の資本主導の経済システムにメスを入れることが必要だ。

『公共善エコノミー』は、みんなを幸せにする、倫理的な市場経済のヴィジョンと、そこにたどり着くための包括的で具体的な道を、簡潔・明瞭に描いています。

河川の近自然化の工事中

私が住んでいる街を流れる川で、近自然化の工事が現在進んでいる。

数日前に散歩中に撮った写真。

出来上がっている写真はよくあるが、工事中のはあまりないと思うので、ここに紹介。

9月半ばに森林とランドスケープのテーマで視察セミナーを開催するので、州行政の担当者と連絡を取って、案内を頼んでいる。

この地域の河川近自然化の担当トップは、30年間これを専門にやってきた知識、経験共に豊かな専門官。20年前、私は、フライブルク大学森林学部のランドスケープのセミナーで、河川近自然化の現地研修も受けたが、現場ではその専門官が案内説明してくれたと記憶している。

9月の私の日本人グループの案内は、その熟年のプロフェッショナルのもとで後継者として数年前から事業を担当している若手の専門家が対応してくれる予定。7月に彼と現場で待ち合わせて打ち合わせをしたが、とても謙虚で、「経験豊富な先輩について自分は今、色々学んでいる」「訪問者に説明するのは自分の勉強にもなる」と話してくれて、誠実な人柄が伺えた。

ここの近自然化の主要な目的は、生態系を豊かにすること、住民の保養空間を創出すること。川幅を広げるて遊水域を設けることはできない場所なので、洪水抑制には、わずかしか作用はしない。(水にブレーキがかかるので若干の効果はある)

最近、『公共善エコノミー』という中欧で評判の本を日本語訳する作業を一通り終えた。今後、校正、編集作業を経て、12月に日本で出版される予定だ。

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資本の増殖をシステム目標とする市場経済から、公共の福祉と幸福を追求する市場経済へ転換のコンセプト、具体的なツール、先行事例を描いた本だ。公共善エコノミーは、この10年で社会的な運動にも発展し、大きなうねりになりつつある。民間企業も地域行政も参加している。

河川の近自然化は、結構な費用がかかる事業である。しかし直接的な経済的利益が地域住民や企業、団体にもたらされるものでもない。資本主義の論理ではなく、まさに公共善のための事業である。

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住民主役の街

8月初めに、家族でクロアチアで休暇を過ごしました。夏に海に行くのは、北の北海へも、南の地中海へも600km離れている場所に住んでいる私たちにとって、恒例の行事になっています。海水浴が主な目的なので、スプリットの近くの海辺で大半を過ごしましたが、1日だけ、同じ時期に生まれ故郷で休暇を取っていた友人家族に誘われて、彼の実家の近く、ちょっと内陸のイモツキ市を訪問しました。人口1万人ほどの街です。市街地に隣接する有名なブルー湖で泳いで、夕方4時頃に街を案内してもらいましたが、人がほとんど歩いていません。でも、日本の地方都市によくあるシャッター通りではありません。寂れた様子は全くありません。カフェやレストランの机やイスが通りや広場に敷き詰められています。この時間帯はみんな家で昼寝していて、数時間後に涼しくなってから街に出てくるそうです。土曜日の午後、嵐の前の静けさを見たのでした。夜8時くらいから人で溢れかえって夜中2時くらいまで大変な賑わいになるそうです。我々は彼の実家の近くの静かな村のレストランで夕食をとって、賑わいは体験しませんでした。夕食後に、街にアイスを食べに行けないか、尋ねてみたが、「もう車が停められる場所がない。相当歩く必要がある。大変な騒ぎだから今日はよそう」と断られました。

1万人の小さな街に約70件のカフェやレストランがあるそうです。私たち家族とその友人家族が現在住んでいるドイツのヴァルトキルヒ市も、中心部は人口1万人くらいで、お祭り好きで、飲食店は多いほうですが、イモツキと比べたら全然劣ります。集客規模は周辺の村村で7万人くらいだそうです。ほとんど地元の住民たちで街が賑わい、経済が回っています。近年は、観光も、内陸の穴場として、通の間で人気が高まっているようです。でも観光メインではありません。あくまでも主役は地域住民。レストランやカフェも、舌の肥えた金銭感覚がシビアな地域住民は騙せないし、海沿いの観光地よりも質がよく、値段も3割から5割安いのです。人が楽しく快適に集まれる場所があるところでは、コミュニティが活性化します。そこは直接デモクラシー、住民自治の場にもなります。

資本主導ではなく、ヒューマニティ主導の市場経済のコンセプトである「公共善エコノミー」を最近、私は翻訳しました。12月に日本の本屋に並べれる予定です。いわて中小企業家同友会の菊田哲さん、宮崎の同友会にもサポートいただき、2年がかりでここまで辿り着きました。菊田さんに、クラウドファンディングを開設してもらい、支援を募っています。

https://camp-fire.jp/projects/view/605926

次にクロアチアに行くときには、海辺の観光地でなく、住民が主役のこの街に宿をとってみようと思いました。住民の幸せと生活のクオリティ、すなわち「公共善」につながる地域経済が機能するこの小さな街に。海までも30分と、そう遠くないですし。

解体後の廃材を積層パネルへアップサイクリング

2020年より、日本の佐藤欣裕と、スイスのサシャ・シェア、ドイツの池田憲昭のインターナショナルチームで、KANSOという名前のもと、自然と調和した「ローテク」の「シンプル」な建築のソリューションを提案、実践しています。

www.kanso-bau.com

現在、KANSOチームのモルクス建築社(秋田県仙北郡)の佐藤欣裕が、自社工房で、解体された建物の廃材(古材)を使って、積層木材パネルの製作実験をしています。

これまでは、地元の製材工場の端材(C/D材)を使ってパネルを製作してきました。接着剤は使わず、釘とビスだけで留める簡単なやり方で、普通の工務店の簡単な設備でできます。壁や床、天井に使用可能です。内部にたくさんスリットがあり、それが空気断熱層になって、非常に高い断熱性能も発揮します。秋田のスギ材で製作したパネルの断熱性能計測を研究機関に行ってもらったところ、熱伝導率は、0.05 W/mKと、セルロースファイバーや木質ボード断熱材とほぼ同等の数値が出ました。接着剤を使用し、空気層もないCLTパネルが通常0.12W/mK程度なので、その倍以上の断熱性能があることになります。CLTと同様に重量があり蓄熱性能に優れ、接着剤を使用していないので、調湿性能も十分に発揮されます。

ただこれまでは、コストの問題がありました。森林−地域製材工場−工務店というダイレクトな流通で端材をメインに使ってパネルを製作しても、パネルm3あたり10万円前後の価格になりますが、建築廃材を使用すれば、製作の手間は若干多くなりますが、材料費が浮く分、安くなり、6万円前後になると試算しています。建物解体を請け負う工務店がパネルを作るのであれば、解体作業の収入もあるので、その分をパネル製作費から差し引くと、さらに2〜3割安くできることにもなります。

日本では現在、築30年前後の建物が大量に解体されています。その理由は、耐震性能がない、腐りがあるなど、リフォームの価値がない、もしくはリフォームが割に合わない、または、持ち主が単に新しく建て替えたい、といったものです。その解体木材の7〜8割は焼却され(一部熱利用)、残りはチップになっています。防腐処理やペンキ塗装がされた木材は、積層パネルには使えないですが、無垢の柱や梁に使われていた木材は、十分な利用価値があります。それを選別して集め、アップサイクリングするのです。普通の工務店の簡単な設備でできることです。

古材パネルが、新材パネルに比べてどれくらいの断熱性能があるのかは、まだ試験していないのではっきりした数字は言えませんが、30年余り乾燥しているので、同じスギであれば、おそらく同レベルの性能があると推測しています。

「木材パネルは、蓄熱・調湿性能は高いけど、断熱材としては性能が劣る」という業界の懸念は、空気スリットを入れた接着剤を使わない積層製材パネルの実証実験で覆すことができました。

もう1つの懸念「でも積層木材パネルは高価」は、建築廃材(古材)を活用することで、大分抑えることができると見ています。しかもこの方が、資源節約と資源の有効利用になり、環境パフォーマンスは良くなります。

森で60年から100年かけて育った木材を、30年使って燃やすなんてもったいないし、木に対して失礼です。日本には築1000年以上の世界最古の木造建築物もあります。

『多様性』から生まれた波紋

2年半前にいきなり世界中を襲ったパンデミックによって、動き回れない、人ともあまり直接交流できない、サナギのような生活を強いられて書いた本『多様性〜人と森のサステイナブルな関係』。突然訪れた静寂のなかで、過去と現在、未来を見つめ、自分を見つめ、これまで得た知識や経験を整理して、未来へ歩んでいくための心のかたちを整える、自己セラピーにもなりました。前書きにも書きましたが、まず自分のために書いた本です。

出版して1年半が経ちましたが、多方面から数々の評価やレビューをいただき、また紹介もしてもらっています。

世界的に有名な森林生態学者の藤森隆郎氏から長文の個人的な書評:
https://note.com/noriaki_ikeda/n/n0821d5634526

アマゾンで現在84件のグローバル評価
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B091F75KD3

『林業経済』(2021年 No.8)で長坂健司氏による書評
https://cir.nii.ac.jp/crid/1390290172816342272

『北方林業』(2022年 No.2)川西博史氏による連載書評
http://lab.agr.hokudai.ac.jp/jfs-h/index.php?%CB%CC%CA%FD%CE%D3%B6%C8

『廃棄物資源循環学会誌』(2021年 No.6)で友田啓二郎氏による書評
https://jsmcwm.or.jp/journal/?post_type=journal&p=2507

『Vane(ヴェイン)』(2021年8月)で冨田直子氏による書評
https://www.vane.online/current_number/

『季刊地域』(2021年秋号)で野中優佳さんによる書評
http://kikanchiiki.net/contents/?p=6860

『山林』に関連記事掲載2021年12月号
「ドイツから日本へ、気くばり森林業のすすめ」
http://sanrin.sanrinkai.or.jp/

専門誌『山林』2022年4月号で書籍紹介
http://sanrin.sanrinkai.or.jp/

『グリーンパワー』(2021年7月号)で書籍紹介
https://www.shinrinbunka.com/publish/greenpower/23339.html

Forest Journal で私の記事と一緒に書籍の紹介
https://forest-journal.jp/market/31805/

『ウッドミック』(2021年8月号)で書籍紹介
https://woodmic.com

NPO法人 森づくりフォーラム のサイトで書籍紹介
https://moridukuri.jp/forumnews/review210912.html

また、慶應大学経済学部、岩手中小企業家同友会、ぐんま日独文化協会、持続可能なまちづくり研究会、エコハウス研究会、京都府産木材利用推進協議会など、多彩な分野から、オンライン講演の依頼を受けました。たくさんの人々が森林に関心を持っていることの表れです。残念ながら、大元の森林林業の教育機関や団体からは、まだ依頼が来ていません。お待ちしております。

2021年夏には、パタゴニア・ジャパンの社会環境部の方から、パタゴニア提供のFM長崎の番組「NATURE & FUTURE 」に、長崎出身者として出演依頼も受けました。

本を出版してから、以前からの交流が再燃したり、新しい交流も生まれました。『多様性』の改新版もしくは続編のアイデアも頭の中で熟成させています。その一端は、noteのマガジンにまとめていますので、よかったらご覧ください。
https://note.com/noriaki_ikeda/m/me81f176b0158

今回の出版は、普通の書籍流通には乗せずに、オンデマンド印刷のペーパーバックという方法を選択しました。オンラインでの販売のみで、注文が来てから印刷され発送される、という流通の無駄がないシステムです。執筆だけでなく、編集から販売まで、出版社に頼らず、自分でトータルでコーディネートしてやってみたかったこと、また普通の流通に載せると、せっかく印刷された本の3〜4割程度が返品・廃棄処分されてしまう、という残念な状況を回避したかったことが、これを選択し
た理由です。

嬉しいことに、売れ行きはまずまずで、これまで出版社を通して出した共著本で普通に刷られているのと同じくらいの部数が、「無駄なく」販売されています。

オンデマンド印刷本のコンテストで優秀賞もいただきました。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000004456.000005875.html

普通の流通には乗せていないですが、国会図書館をはじめ、全国各地の図書館にも置いてもらっています。私が営業をかけたり、献本したわけではなく、読者の方々が地域の図書館に希望を出されて、棚に並べてもらっているものです。

印刷本と電子書籍、両方出しています。写真は前者は白黒、後者はカラーです。電子より紙の本を手にとって読みたい、という方がまだ多いようです。紙の本を購入された方々のために、音楽付きでカラー写真のスライドショーも作成して公開していますので、よろしければ。
https://youtu.be/ZmwJY3dijxk

美は乱調にあり

表題は、5月9日のオンラインセミナーで、講師の夏井辰徳さんが、最初に引用された言葉です。夏井さんは、岩手県九戸村の約300haの広葉樹林にて、補助金に一切頼らずに森づくり、原木生産、木材加工と販売を、「九戸山族−夏井蔵」という団体で、数名の仲間と一緒に行なわれています。

「美は乱調にあり」は、小説家の瀬戸内寂聴の代表作のタイトルです。その続編である「諧調は偽りなり」とセットになっています。

4月から私が12人の多彩な講師陣と一緒にシリーズで開催しているセミナーのタイトルは「広葉樹は雑木ではない」です。「雑木」というのは、揃えること、「諧調」することが好きな人間がつけたネーミングです。ごちゃごちゃ複雑多様で理解・把握しきれないものを「雑」と一括り束ね、思考や探求をストップしてしまう人間。整理する、単純化することは、脳神経学的には、脳がパンクするのを防ぐ脳の省エネ化行為、人間が生き延びるための行為です。一方で、複雑多様なものを受け入れ、そのつながりを理解し、活用することでも省エネ化することができること、サスティナブルなソリューションの実践者の多くがそうしていることを、昨年出版した拙著『多様性〜人と森のサスティナブルな関係』で描きました。

夏井さんの話の核心は、100種類以上の広葉樹が育つ森での施業は、乱調を受け入れ探求し、乱調に美を見い出す感性が必要だということでした。多様で複雑なものを、視覚だけでなく、全感覚で探求し、そこに繋がりや真理を見出し、美を感じるということです。夏井さんは、現代のプレゼンテータの標準装備であるパワポを使わずに、囲炉裏を囲んでみんなに語るように、静かに、深く広い話をしていただきました。

乱調のリズムという言葉も出たので、パネルディスカッションの時に、私が好きな音楽や聴覚の話題を振リました。夏井さんはローリングストーンズが好きだそうです。「彼らは、音楽的には、はっきり言って下手くそだけど、魂がこもっていて人々を魅了する」と夏井さん。「彼らの音楽はつまり、乱調なんですね」と私がいうと「そうそう、その通り」と相槌が返ってきました。

乱調だけど、そこに「美」、別の言葉で言い換えると「愛」を感じるものがあります。逆に、乱調なだけで、そこに美も愛も感じないものもあります。音楽でも、そして森でも。なぜそう感じるのか。それは、数字や文章、図面では説明できないものです。

企業や団体でも同じことが言えますよね。多様で個性あるメンバーで構成され、いろんな意見や思い、アイデアが飛び交い、一見「乱れ」ているように見えても、それらを繋ぐ核となるリズムがあり、メンバーにも、外のお客さんや協働パートナーにも愛されている企業や団体があります。

春の訪れ −復活と再生

欧州は今(4月中ば)、イースターです。クリスマスと共に大切な里帰りの期間。日本のお盆と正月に相当します。

イースターは復活祭。私たち家族が住むシュヴァルツヴァルトの麓の人口2万人の小都市ヴァルトキルヒ市を流れれるエルツ川に架かる歩道橋が「復活」しました。駅と中心街をつなぐ大切な橋です。1935年に建設された鋼鉄製で木の板が敷いてある橋は、ここ数年、老朽化が問題視されていて、2020年より定期的に検査が行われていましたが、2021年の春の検査で「危ない」と判断され、すぐに閉鎖、そしてに撤去され、新しい橋の計画が進みました。新しい橋は、木構造に。2021年の暮れに完成しました。この場所に最初に橋が架けられたのは、文献によると1895年で、その時は木造だったそうです。ほぼ1世紀の時を経て、木造橋が「復活」というわけです。

街の名前はヴァルトキルヒ(森の教会)なので、木が合っています。しかも今回の橋は、屋根付き。中世の頃からある木造橋のデザインです。これの長く荘厳なバージョンはスイスのルツェルンにあります。木も鉄も、日照りや雨風によって老朽化します。ベタベタ塗料を定期的に塗ってマテリアルを守るという方法と、このように屋根をつけて守るという方法があります。

後者の方が初期投資は大分高くつきます。でも濡れた木の上で足を滑らせて転ぶリスクは少ないでしょう。優秀なエンジニアや職人も、その腕前を披露することができました。構造設計は大型木構造の建設物に強いフライブルクの構造設計事務所が担当し、橋の建設は大型木造建築物を専門にするシュヴァルツヴァルト高地の工務店、基礎工事は地元ヴァルトキルヒの土建会社が請負いました。昔の木造床の鉄橋より美しいし、市民に末長く愛されるでしょう。職場や学校、自宅へ向かう市民、犬を連れて、乳母車を押して散歩する市民の気分をリラックスさせます。それら間接的な経済•社会効果はどれくらいあるでしょうか? 最近、一輪車にはまっている私の末娘は、春日和の夕方、その赤い愛車で快適に川越えしました。美はよりサステイナブル。

先週、仕事で訪れたケルンでも、ホームのシュヴァルツヴァルトでも、フライブルクでも、気まぐれな4月の天気を様子見しながら慎重に、新芽や花が芽吹き出しています。

昨日ガーデンセンターに行ったら、広い駐車場がほぼ満杯でした。花を咲かせ、なおかつ食べることもでき、冬の凍結にも強い多年草の苗数種類と洋梨の苗木を、娘と一緒に買ってきて、家の小さな庭に植えました。家の裏に広がる市有林(=市民の税金で所有・管理されている森)から少し拝借してきた落ち葉と腐葉土を土壌改良剤として混ぜ込みました。

イースター(復活祭)のテーマは「再生」です。自然は、環境の変化に賢く適応しながらも、毎年同じリズムで再生を繰り返しています。人間もサステイナブルな適応力を持ちながら、毎年繰り返しても、飽きずに安心感を得られるリズムを備えた生活文化を創造する力があると、希望を持って、春の訪れに感謝しています。