スイスのアルプ酪農

8月に仕事でスイスの酪農を視察しました。スイスは、国土面積が4万1,285 km2で九州とほぼ同じ広さの場所に約800万人が住んでいます。農地は約1万km2で国土の4分の1を占め、約5万2千人が従事しています。主要な農産物は、牛乳(24%)、牛肉(12%)、豚肉(10%)と、売り上げの半分は畜産業です。スイスの食料自給率は約60%ですが、牛乳と肉に関してはほぼ100%自給できています。絵葉書やカレンダー、観光パンフレットに載っているアルプスの牧草地に牛がいるスイスの美しい風景は、畜産業によって支えられ維持されています。

高原の草地で牛を放牧する「アルプ酪農」をサンクトガレン州で視察しました。「アルプスの少女ハイジ」の世界です。「アルプ」とは、標高1500メートルから2000メートルくらいの牧草地で、雪がない6月から9月の4ヶ月くらいの間だけ、牛やヤギを放牧する場所のことを言います。夏の間、放牧人は山小屋に泊まり込み、動物の管理と乳搾りをし、山小屋でアルプチーズを作ります。

でも、なぜこのような形態の農業が発展したのでしょうか。昔は麓の村の牧草地だけでは、農家は家族を十分に食べさせることができなかったので、農家は動物の数を増やすために、高原の森林を開拓し放牧地にし、動物を夏の間移住させ、その間麓の牧草地で育った牧草は干し草にし、冬の餌にしました。また冷蔵庫のなかった時代は、麓の村で夏にチーズを作り保存することが困難でした。涼しい高原であればそれができました。冷蔵庫があり、車やトラックという輸送の手段もある現代においては、経済的な観点では、このような手間のかかる酪農はやる意味がないものですが、現在でもスイスの国土の10%にあたる約5000km2のアルプ(=高原放牧地)が農地とは別にあり、約1万7000人が働いています。私が訪問した山小屋では、麓の村に住む1人のチーズ作りマイスターをリーダーに、5人くらいの若者が働いていました。人生に一度はアルプスの高原で夏場アプル酪農の仕事をしたい、という憧れ、ロマンを持った人は多く、希望者は指定の農業学校で最低2週間のアルプ酪農とチーズ作りの集中研修を受けてから、事業体に応募し働きます。ただし、夏場だけの仕事であり、継続して働いていれる経験者が少ないことが、アルプ酪農の課題のようです。

スイスは永世中立国で、EUには属していませんが、農業政策においては、EUと同様に、環境配慮や景観保全をする農業に対して「直接支払い(補助金)」を出しています。EUよりも補助は手厚く、条件不利地域では収入の6割以上が補助金というケースも多いようです。直接民主主義の国スイスでは、あらゆることを国民投票で決めますが、スイスの国民の大半が、このような手厚い農業保護を支援しています。美しい国土と農耕文化景観を守り、質の高い食料を生産する農業は大切だと。

岩手中小企業家同友会 連載コラム 2018年10月号より

投稿者: Noriaki Ikeda

日独森林環境コンサルタント 南西ドイツを拠点に、地域創生に関わる様々なテーマで、日独の「架け橋」として仕事をしています。 ・ドイツ視察セミナー ・日独プロジェクトサポート ・日独異文化マネージメントトレーニング

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