ドイツ西部の洪水被害の複合的な要因 〜地質、農地整備、モノカルチャーの林、林業機械

先週(7月中ば)に西部ドイツを襲った洪水被害ですが、死者は160名を超え、行方不明者は200人近くと推定されています。洪水被害は、中欧でも近年増加していますが、今回の被害規模はそれらを大きく上回るものです。命を亡くされた方にご冥福をお祈りするとともに、被災された方々に、1日も早い復興をお祈りします。また精力的に被災地の復興支援を行われている数万人のヘルパーの方々にも多大な敬意を表します。

ベルギー東部からドイツ西部にかけて、低気圧が数日停滞し、48時間の間に100〜200mmの雨が集中して降ったことからこの被害が起こりました。
私が最初に疑問に思ったのは、2日間で150mm前後という降水量と被害規模です。確かに大きな降水量ではありますが、このレベルの降雨は、私の住む地域でも他の地域でも過去に起こっていて、被害はあってもそれほど大きなものにはなっていません。なぜ今回被害があった地域で、この雨量で前代未聞の被害が発生したのかです。

大きな被害があったラインラントファルツ州のアール川流域のことをここ数日で調べてみました。

私が最初に推測したのは、地質が影響しているのではないか、ということです。被害にあったエリアはアイフェル山岳地域の周縁部。シルト岩が多い場所です。シルト岩は屋根の瓦や外壁ファサードとしても使われるくらい、細かな粒子でできた岩石で水を浸透させません。その上に生成される土壌は粘土質が多く、これも含水容量は大きくても浸透性が悪く、急激な雨水は、土壌にほとんど吸収されず、表面を流れてしまいます。新聞やテレビの報道では、地質のことは触れられていませんでしたが、この地域をよく知る生物学と土壌学の専門家ビュック氏(ヒルデスハイム大学客員教授)のインタビュー記事を、専門的な情報提供サイトで見つけました。
https://www.riffreporter.de/de/umwelt/hochwasser-ueberschwemmung-ahr-tal-ursachen

私の推測を肯定する見解が述べられています。

アール川流域は、浸透性の悪いシルト岩質で、しかも急な斜面が多く、山や緑地や畑に降った雨水のほとんどが土壌の表面を急スピードで川に流れていき、短時間で川の水位が上昇したようです。今年は春先から雨が続いていて、土壌がそもそも水分飽和状態になっていたことも、表面流水を増加させました。

この流域が地質的に洪水のリスクが高いことは知られていて、過去にも1601年、1804年、1910年に大きな洪水に見舞われたようです。

専門家のビュック氏は、地質だけでなく、過去150年の人間による土地利用も、今回の水害を助長している原因だと指摘しています。

1)まず農業。ワインの産地でもあり、効率的な生産と作業のために、とりわけ戦後、大きな耕地整理事業があり、地形に合わせて細かく配置されていた畑が、土地造成で大きな面積に束ねられ、以前畑の斜面に蛇行していた沢の多くは埋められ、数カ所の直滑降の排水路に集約されました。水は以前に比べはるかに速く、たくさん川に集まります。また、保水能力がある程度ある牧草地だったところが、動物の飼料用のトウモロコシ畑になり、保水力が低下しています。

2)道路や建物の建設などで、以前の川の遊水地が少なくなってしまったことも要因の一つです。

3)それから森林。以前は、根をしっかりはり、保水力も高いブナやオークなど広葉樹主体の森であったのが、19世紀から、根を浅くしか張らないトウヒのモノカルチャーに変わって行きました。現在そのトウヒのモノカルチャーが、旱魃被害でムシにやられ、緊急の皆伐が増えています(ドイツでは基本皆伐は禁止されていますが、被害があったところは、被害の拡大を防ぐために伐採されます)。一面のトウヒ枯れや虫の害対策の皆伐による森林土壌の保水力の低下も、洪水を助長した要因です。

ビュック氏は、気候変動防止の対策とともに、これら土地利用の是正や修正も今後行っていく必要があること、並行して、河川の近自然化と遊水池の確保などにより、水の流れるスピードと量を抑制することを主張しています。総合的で抜本的な対策です。

また彼は、洪水時だけ水を一時的に溜めることができる小さな土壁のダム(大きな遊水域)をいくつか流域に作ることも提案しています。河川の近自然化や土地利用の是正だけでは受け止められない洪水のリスクを軽減するために。実はこの流域では、1910年の大洪水を受けて、1920年代に洪水受けの遊水ダムを3箇所(合わせて1150万リットルの一時溜水量!)を作る計画があったそうです。しかし第一次世界大戦後の経済的に厳しい時で、同じ時期に近郊でF1サーキット「ニュルブルクリング」の建設も行われたため、このダムの建設は財政上の理由で中止となりました。人の命や財産より、「遊び」と「見栄」、「目先の経済」が優先された例です。このダムが当時建設されていれば、計算上、今回の洪水被害は大分抑えられたはずです。

このアール川流域の上流部の高台には、世界的なベストセラー本『樹木たちの知られざる生活』で有名な森林官ペーター・ヴォールレーベンが森林アカデミーを運営しています。トウヒのモノカルチャーの危うさとエコロジカルな貧困さを訴え、多様な森への転換を提案・実践している彼は、被害後すぐに、短いビデオメッセージを流しています。ビュック氏と同様に、トウヒ林&近年の皆伐と洪水被害の因果関係を指摘しています。また、大型の重い林業機械(ハーベスターやフォワーダ)の問題点も指摘しています。機械が通るために斜面に真っ直ぐ上下方向に設置された林内走行路では、土壌が機械の重みで圧縮され、その轍に水が集まり、地面に浸透しないで下に速いスピードで流れ、洪水を助長していることを指摘しています。
注)ここで言っている林内走行路は道とは言えない、マシンの走行幅を伐開しただけものです。水のマネージメントをしっかりした基幹道とは区別して捉えなければなりません。

伐倒から枝払い、玉切りまで、すべて機械でやるというハーベスターとフォワーダのシステムは、平らで硬い岩盤の地盤、表土も少ない場所(北欧)で開発された機械で、そういう場所に適しているものです。傾斜が急なところ、粘土質で地盤が柔らかいところ、腐葉土が多いところでは、木の生産基盤である土壌を著しく損傷させ、保水能力も低下させてしまうリスクがあります。過去20年、ドイツのいくつかの専門研究機関は、土壌保護の観点で、警鐘を鳴らしてています。

10年前に中欧の森林官と一緒にサポートした日本の森林再生プラン実践モデル事業では、いくつかのモデル地域の人たちや専門家は、作業生産性が高いハーベスタとフォワーダーのシステムを要望されましたが、森林官も私も、傾斜があり柔らかく繊細な土壌を持つ日本のそれらの森林事業地では不適切な機械システムと判断し、頑として推薦しませんでした。当時反発も受けましたが、今でもその判断と提案にブレはありません。

投稿者: Noriaki Ikeda

日独森林環境コンサルタント 南西ドイツを拠点に、地域創生に関わる様々なテーマで、日独の「架け橋」として仕事をしています。 ・ドイツ視察セミナー ・日独プロジェクトサポート ・日独異文化マネージメントトレーニング

コメントを残す