住まいの温熱⑦ 熱放射

熱(=分子の不規則な振動によるエネルギー)は伝達されますが、そのプロセスは「伝導」と「対流」と「放射」の3種類があります。

「伝導」と「対流」は物体間の分子の接触もしくは温度差による分子の移動によるもので、マクロの世界を説明する古典物理学の「熱力学」の理論です。

一方「放射」は熱を持つ物体すべてが発する「電磁波(放射熱は主に赤外線)」で、その大きさは、物質表面の絶対温度(K)の4乗に比例し、温度差も接触も必要ありません。こちらは、ミクロの世界を扱う現代物理学の「量子力学」の理論です。

建物の暖房は、その熱伝達の性質により「対流式」と「放射式」に区別されますが、前者は空気を媒介とし、空気を暖めるやり方で、後者は、電磁波が、物や人といった個体の内部を暖める(=分子を振動させる)やり方です。人間の健康面でも省エネの観点でも優れているのは後者の「放射(輻射)」です。熱放射(おもに赤外線)は、物体にダイレクトにエネルギーを与え、空気を温める必要がないので(空気の分子は赤外線をほとんど吸収できない!)、低い投入エネルギーで済みますし、部屋の温度を均衡にするので、寒暖差がなく、空気が静かで埃が舞い上がらず健康です。また、放射による暖房では、対流式より体感温度が高いので、室温が2-3度低くても同じ暖かさを感じます。

しかし、建物のエネルギー性能の計算(ドイツの省エネ法など)においては、「熱力学の理論」だけがベースになっています。温度差を必要とし、空気を暖める「対流式」の暖房を説明する理論です。それとは全く次元と性質の異なる「量子力学」の理論で機能する熱放射(=「粒子」であると同時に「波」でもあり、「光速」で動く「電磁波」)は、熱力学の計算式では十分に表現することはできません。熱放射(熱輻射)の素晴らしさは、いろいろなところで言われていますが、建物エネルギー性能の計算上は、その良さが十分に反映されていません。

健康な省エネ建築「熱放射」

住まいの温熱⑥ 問題意識とソリューション

断熱と気密に偏重した現代省エネ建築に対する問題意識について。

①「ここ数十年の省エネ建築は、技術で解決しようとして過剰設備になっている。昔の建築の知恵を見直したほうがいい」とオープンに話し、反省もし、新しい物件では、自然素材の蓄熱調湿性能を生かしてローテクのソリューションを提案実践している建築家やエンジニアもいます。

②メインストリームに流されず、最初から自然素材で健康で省エネのソリューションを提供し続けている明確な哲学をもった建築業者もいます(彼らのところには、営業しなくてもお、客さんがやってきます)。

③「今の木造建築は、テープやシートを貼りまくって、接着剤を使って、将来のゴミを生産しているよ(黒い森の知り合いの大工談)」などと問題意識を持ちながらも、いまの仕事を継続している人たちも大勢います。

④30年後、40年後に生じる可能性がある「各種問題」のことは考えないで、無視して、メインストリームに乗り仕事をしている大勢の人たちがいます。

私は「呼吸(=透湿/調湿)できない、24時間機械換気が回っているテクニカルなモダンな家には住みたくない」という自分の心の声に耳を傾けて、違うソリューションを意識的に探していたので、①や②や③の声によく出会い、④に対して危機意識をもつようになりました。

幸いに、省エネ化がまだそれほど進んでいない日本では、欧州の「失敗」から学び、「いい省エネ」に方向修正できるチャンスがたくさんある、とも思っています。

省エネ建築 ー「対する」でなく、「共に」の原則で

住まいの温熱⑤ 省エネ化によって生じた問題

【住まいの温熱】No.5 省エネ化によって生じた問題
全館暖房を前提にすると、エネルギー性能が悪い家は相当な暖房費がかかります。例えばドイツの築50年以上の建物では、100平米あたり年間で暖房費が2000から4000ユーロというのも稀ではありません。だから躯体の省エネ性能強化が新築でも、改修でも進みました。それによって暖房費が半分、4分の1、8分の1になるのですから、経済的なモチベーションは大きいです。
しかし過去30年の間の取り組みの多くは、「断熱」と「気密」に偏重したものであり、湿気に対する性質の異なるマテリアルが組み合わされて使われたことで、内部結露などの問題を生じさせました。その問題を解決するために防湿シートや防湿材を貼って水蒸気の躯体内での移動を遮断したことによって、部屋の中に水蒸気が溜まり、それを外に素早く排出するために機械換気が導入されました。機械換気は、ダクト内の衛生上の問題課題と維持管理費用のリスクをもたらしました。
業界の中でも、このような悪循環の状況に対する問題意識や反省の声が少しずつ増しています。そして昔の建築の良さを見直し取り入れた新たな省エネ建築や改修の事例も出てきています。

住まいの温熱④ 小さな省エネ措置から

これまで、快適な暖かい生活という基本的人権を保障するための、熱を供給する話ばかりしてきました。でも、もう一つ大切な観点があります。それは、熱をできるだけ使わなくてもいいような措置をする、ということです。それは建物のエネルギー性能をよくする、ということです。具体的には採光、蓄熱、断熱、気密といった措置です。
我が家は、築50年のごく「普通」の家。理想的なやり方は、包括的な省エネ改修を施して、エネルギー性能を良くし、熱需要を大幅に落としてから、その熱需要に見合った熱供給システムを取り入れることですが、それをやってしまうと、かなりの費用がかかり、経済的に無理なので、とりあえず壊れたガスボイラーを新しくし、あとは、細かい省エネ措置を住みながら少しづつ施していく、という戦略にしています。
建物は50年前のもの。半地下一階はコンクリートと礎石造、二階は薄いグラスウールの断熱材が壁と天井に入った木造プレハブ、サッシは主に80年代の木製ダブル。建物エネルギー証書の値は100kWh/m2年(ガス代は年間平米あたり80ユーロくらい)と、新築基準の2倍の熱需要がありますが、築50年の建物としては上出来です。200、300kWh/m2年という古い建物はドイツにはざらにあるので。
最近やった小さな省エネ措置は、玄関と階段の踊り場と物置にあった断熱性能の悪いガラスや窓(熱がたくさん逃る弱点でした)を、性能のいいものに変えたことです。また、窓枠や扉で隙間風があったところをホームセンターに売っているTesaMollという隙間テープで止めました。今後は、日当たりがいい南側を中心に、蓄熱と調湿性能に優れた分厚い木や土壁ボードを部屋の床・天井・壁貼って、寒い時の太陽熱の蓄熱、暑いときのオーバーヒート防止をしようと思っています。土や木は湿度管理にも優れ、匂いも中和してくれますし。

写真の説明はありません。
画像に含まれている可能性があるもの:テーブル、室内

住まいの温熱③ 熱源を何にするか?

26年動いていて、最近壊れた我が家のガスボイラー。そろそろ寿命だと知っていたので、次のボイラーは何にしようか、壊れる前に、設備マイスターや専門家などに色々相談しました。

できれば再エネを使いたい。
まず薪ボイラー。これは手動だし、洗濯機もある機械室が汚くなるし、洗濯物干せなくなるし、薪の調達コスト(値段は上がっています)、貯蔵場所の問題、都市部の住宅地での粉塵の問題などあるのですぐに除外。ペレットボイラーは薪よりメリットはありますが、ペレット貯蔵庫のスペースが確保できないのでこれも除外。ガスをやめて性能のいいヒートポンプでオール電化するという選択肢もありましたが、設備屋さんから「ラジエーターに送る温水が60℃前後と高温なのでエネルギー効率が悪い。モダンな床暖で温水の温度が25℃くらいでいいのだったらヒートポンプはいい選択肢」と言われたのでこれも除外。

ということで再びガスボイラーにすることにしました。ラジエーターに循環させているお湯はガスボイラーが直接温めて送り、浴室や台所で使う給湯は300リットルの温水タンクに貯めて常時50℃に、という以前と変わらないやり方で。変わったのはコンパクトにスリムになったこと。スマート化しアナログがデジタルになり、携帯アプリで遠隔操作できるようになったこと。エネルギー効率もいいので、ガス代が20%くらい削減できる予定です。

ガスと電気と水を一手に任せている(契約している)地元シュタットベルケ(エネルギー公社)は、ガスも「バイオガス」という料金を選ぶこともできて、これであれば一応再エネ。

温水タンクには、電熱棒を差し込む穴が2つついています。これは、主に、ガスボイラーが壊れたときに電気で湯沸かしできるようにするためのバックアップです。そこに、昨年屋根に取り付けた自家消費用の10kWpの太陽光発電の余剰電力を使おうと考えています。1kWhあたり0.08ユーロくらいで発電しているので、ガス代とほぼ同じで、ソーラー電気湯沸かしできます。そうすると、暖房を使わない夏場は、ほぼ太陽光だけで湯沸かしできて、ガスボイラーを休ませることができます。

写真は、古いボイラーと新しいボイラーです。26年間、家の様々な住民の尊厳ある温かい生活を支えて寿命を迎えたガス燃焼炉の写真も。

現在配管は今むき出しの状態ですが、近いうちに、断熱屋さんが来て、断熱施工(パイプを断熱材で包む)します。

住まいの温熱② 暖かい住まいという基本的人権

ドイツをはじめ欧州諸国では、住まいが一定以上の室温に保たれることが人間として尊厳ある生活をするための基本的な需要と捉えられています。
それは、法律にも反映されています。例えばドイツでは、賃貸法(Mietrecht)というのがあり、そのなかで大家に義務付けられていることがあります。それは、どの部屋も基本的に20-22℃以上に保たれるように(細かいことを言うと居間と台所は20-22℃、寝室は18-20℃、浴室トイレは22-24℃)、セントラルヒーティングを設定しておくことです。ただし夜間(23時から6時)は、18℃まで下がってもいいことになっています。
この条件が維持できないような家のつくり、暖房装備、暖房の設定などにより、実際に賃貸人が寒い思いをした場合は、賃貸人は大家に対して家賃の部分的返還を請求できることになっています。それが原因で病気になったりすると損害賠償請求までできます。
我が家の26年使われていた古いガスボイラーも、新しくと取り付けたガスボイラーも、外気温の変化に合わせて、出力を自動で上げ下げして(ラジエーターに送るお湯の温度を40℃、50℃、60℃、70℃と調整できる)、温度を設定できるようになっています。昼間は20℃、夜間は室温16℃にボイラーを設定しています(昼間の余熱蓄熱があるので実際には18℃以下には下がらないので)。今ボイラーを確認したら、外気温は6℃、設定室温は20℃で、ラジエーターに送るお湯の温度は47℃となっています(写真)。

住まいの温熱① ボイラーが壊れた

2週間前に我が家の暖房(セントラルヒーティング)と給湯を賄うガスボイラーが壊れ、地元の暖房設備マイスターさんがすぐに対応してくれました。前の家主のときから26年間稼働していたので、そろそろ寿命が来ると覚悟はしていましたが、最悪なことに冬の真最中にそれが来てしまいました。幸い設備マイスターが忙しい仕事を調整して最短で新しいガスボイラー(24kw)と給湯タンク(300リットル)を調達し設置するというスーパーマンのような仕事をしてくれましたので、暖房が切れて寒い日は2.5日間ですみました。
リンクしているビデオは、ドイツ手工業会議所が職人の大切さをアピールするエキセントリックな広報キャンペーンの一つです。まさにこれと同じ状況が我が家に起こりました。仕事中のマイスターに「今の貴方の仕事です」と見せたら「自分の会社の宣伝にピッタリだ」と笑って喜んでいました。
ドイツでは暖かい家は「基本的人権」であり、暖房設備会社は、人々の基本的需要を支える責任の重い仕事です。緊急時の電話に対応する体制も持っていなければなりません。
我が家の緊急事態をきっかけに、ここ10日ほどで「住まいの温熱」について色々考え、調べたりしましたので、これから小分けにして紹介していきます。

気配り森林業

ドイツの古き良き森づくりから日本の地域の持続可能なソリューションを考える

2019年11月17日(日)、東京のミッドタウン日比谷にて講演会を開催しました。

日本とドイツの森林の事業に携わるドイツ在住のミヒャエル・ランゲと池田憲昭が、ドイツの古き良き森づくり、多方面へ気配りする森林業とそこから生まれる地域発展のポテンシャルについて、ビデオや写真を使って語り、参加者のみなさんと、日本のポテンシャルと、地域づくりにおける持続可能なソリューションについて意見交換をしました。

ドイツのやり方で、講演の途中でも遠慮なく聴講者から質問を受け付ける形で行っいました。

プランテーション型の林業と多様性のある森林業の違い、品質の高い森林基幹道やそのメンテナンス、過去10年の間に日本で実践されてきた事例、職業養成の仕組み、レクレーションや観光利用のポテンシャルなどについて、講演者と参加者の間で、活発な意見の交換や議論が行われました。

会場には、今年9月から新しく「Forest Journal」を発行している出版社Access International社の記者3名が取材に訪れてくれました。

参加者は、50名弱で、首都圏外からの参加者が半数近くを占め、日曜日の午後に期日を設定した狙い通りであった。一方、日曜日であったため、家族や別の用事などで来たくても来ることができない方々も、主催者のところに連絡が来た方々で20名以上いたこと、そして首都圏の職業従事者の参加のポテンシャルも考え、次回は平日の午後6時以降での開催を計画したいと思います。

BASE Q の皆様には、素晴らしい立地と設備の施設を快く貸していただいたこと、当日の準備と技術的なサポートをいただいたことに、深く御礼を申し上げたいと思います。

主催:  Smart Sustainable Solutions 株式会社
共催:  株式会社フォルテ森林技術経営研究所
支援:  BASE Q

講師:  ランゲ ミヒャエル  池田 憲昭
司会: 中尾 友一 (株式会社フォルテ森林技術経営研究所)

Ziege(ヤギ)- To – Go

中級山岳地域のシュヴァルツヴァルト(黒い森)で、ヤギが、価格安に悩む乳牛農家のオルタナティブとして、急斜面の牧草地の「景観管理人」として、最近増加していることを本連載004「ヤギのルネッサンス」で書いた。
 今回は、そのヤギをレクレーションに活用した新しいサービス業を展開している農家を紹介したい。。

ヤギを使ってソフトな癒しツーリズム

斜面の牧草を刈るのに、ヤギを使った。
斜面の牧草を刈るのに、ヤギを使った。

 シュヴァルツヴァルト中南部のグートアッハ村シーゲラウ地区の山間部の兼業農家クルツ家は、2年前から地域の家族や子供たち、観光客や都会人に、ヤギ同伴のハイキングを提供している。彼らがつけた事業名は「Ziegen (ヤギ)-To-Go」。最近流行りのテイクアウトコーヒーの呼名をもじったもので、日本語に訳せば、「ヤギお持ち帰り」。
 この事業を実施しているクルツ家は、建設不動産業を営む家族で、10年前から現在の場所に住んでいる。古びた建物を、住みながら改修して行き、周りの牧草地も手入れしていった。ヤギを飼うきっかけは、斜面用草刈り機械も入って行けない一部の急な斜面の牧草を刈るのに、近所の農家からヤギを数匹借りたことだった。一匹のヤギがなぜかクルツ婦人に懐いてきて離れようとせず、それで「ヤギにしよう」と思ったそうだ。
 ドイツのヤギ飼育は大半がミルク生産用、他の国では肉生産用として飼っているケースもある。しかし、生物学の教師の資格も持つクルツ婦人は、そのどちらでもなく、人々の「癒し」と「レジャー」に使うことを思いついた。モダンに改修した大きな家の1フロアーを、5人用の休暇アパートメントとして観光客に提供する農家民宿業も始めていた。ヤギと観光業を結びつけて、ヤギと一緒にハイキングする「ソフトな癒しツーリズム」を展開することにした。

穏やかで気品ある品種「アングロ・ヌビアン」

 普通に飼われているヤギ、特にオスヤギは、発情期に臭い匂いを放ち、気性も荒くなる。
 「田舎を求めてくる都会の観光客だけど、臭いもの、汚れるものを嫌がる人が多い」
 とクルツ婦人は言う。
 一緒に歩く子供や観光客の安全も確保しなければならない。この事業に向いているヤギの品種を数年探し歩いた結果、現在6匹飼っているアングロ・ヌビアンという品種に行きついた。普通のヤギの2倍くらいの背丈があり、気品があり、耳が垂れていて愛らしく、穏やかな気性で、匂いもほとんどない。観光レクレーションと急斜面の牧草地の管理だけに使うため、オスは去勢し、角も切ってある。
 一方でこの品種は、ミルクの質がよく、乳量も多く、大きく肉付きもいい乳肉兼用種で、いいオスの種ヤギは、1匹およそ3000ユーロ(約37万円)と高価に市場で取引されている。ただし、繊細で手間がかかり、集団で飼うことが難しいため、ヨーロッパではそれほど普及していない。

大型で気品があり、耳が垂れて愛らしい、アングロ・ヌビアン種
大型で気品があり、耳が垂れて愛らしい、アングロ・ヌビアン種

問い合わせが絶えない人気のニッチなサービス業

しばらく道沿いの草を食べた後、別の場所へと誘導する。
しばらく道沿いの草を食べた後、別の場所へと誘導する。

 先日、私のところにドイツ現地セミナーで来ていた京都にある龍谷大学農学部の先生と学生のグループ12名で、クルツ家を訪問し、「ヤギとハイキング」を体験してみた。クルツ婦人と息子さんの先導のもと、6匹のヤギと一緒に、森の中の林道や小道、景色のいい牧草地を約8km、約2時間ほどハイキングした。散歩の途中で、林道端に生えているブナや楓やハシバミの灌木にヤギを誘導して食べさせた。林道脇の木は、車両通行のために、いずれ定期的に機械で剪定されるものだ。牧草地では、草地に落ちたリンゴも美味しそうに食べていた。ヤギは放っておくと、そこにあるものを食べ尽くしてしまう。だから、ちょっと食べたらクルツさんと息子さんが、「こっちへ来なさい! 次に行くよ」と絶えず誘導し、ヤギたちもよく言う事を聞いて従っていた。穏やかな品種であることだけでなく、少数でストレスの少ない環境でのびのび生活しているからだとも私は感じた。学生も2人の先生も、初めての特別な体験で、美しい景色のなかでヤギと戯れた。
 2年前からクルツ家が行なっているこの新しい事業、有名な雑誌やテレビ局、新聞社の取材を何度も受け、広く知れ渡るようになった。豊かな自然と美しい景観の中での適度な運動に、動物とのふれあいを組み合わせた農家のニッチなサービス業。今では問い合わせが絶えないそうだ。
 料金は、16歳以上の大人は一人22ユーロ(2700円)、15歳以下の子供は18ユーロ。子供の誕生会のために親が予約したり、都会からの観光客、噂を聞きつけて、遠くカリフォルニアからハリウッドの有名プロデューサーが来たこともあったそうだ。
 「これほど人気がでるとは思っても見なかった」とクルツ婦人。生物学の専門家でもある彼女は、お客さんの需要や興味に応じて、ハイキング中に自然景観ガイドも行う。でも都会に住み過度のストレスでバーンアウト気味のお客さんなど、ただただ、純粋に動物と自然と触れ合う静かな癒しの時間を求めてくる人もいるそうだ。そういうときは、彼女は何も喋らないで静かに同伴するとのこと。

EICネット「エコナビ」連載コラムより

大径木に敬意を払ってスロービジネス

オーストリアのリンツ近郊のハンガー製材工場を先月仕事で訪問しました、アルプス山脈の手前の緩やかな小高い丘陵地帯、牧草地と混交森がモザイク状に連なる美しい牧歌的な景観のなかに佇むサンクト・ウルリッヒという小さな村の中にあります。敷地には、直径1m前後の大きな広葉樹の丸太が積み上げられ、屋根付き倉庫群には、製材された板や角材が高く積み上げられています。

ハンガー社は、中央ヨーロッパにたくさんある典型的な家族経営の製材工場。現社長は5 代目。良質の広葉樹に特化した工場で、従業員は20名。社長婦人が経理と事務担当、70代の前社長も仕事を手伝っています。家族の強い絆と田舎の純朴な働きものの従業員によって運営されています。

年間約1万立米必要な原木は、秋から冬の期間、目利きのできる社長と現役を引退したお父さんの2人が、周辺地域だけでなく、ドイツ、フランス、チェコ、ハンガリー、ルーマニア、スロベニア、クロアチアなどに車ででかけて、現地で直接買い付けし、トラックを手配して工場に運びます。オークやトネリコ、くるみや桜、ブナなど約10樹種の原木丸太を、一本一本製材担当者が見定めて、約40種類の製品に切り取っていきます。それを、品質を重視して、1から3年天然乾燥し、最後の仕上げに人口乾燥機にかけて相対湿度8%くらいにし販売します。なので、板や角材の在庫が2万立米ほどあります。

「森で200年、300年と長い時間をかけて成長した大きな樹木に敬意を払って、我々は、その価値を最大限いかす製品を、ゆっくり丁寧に時間をかけて作っている」

と社長は話してくれました。

製造販売する商品はほとんどが、家具や建具、フローリング、窓枠などに使用される高級材で、お客さんは、ヨーロッパを中心に20数カ国、大きな工場から小さな工房、輸出商社と様々で、小さな家具工房のオーナーが、直接やってきて、積まれた板を見て、「このブロックが欲しい」と言って買っていくこともあります。私が訪問したときも、そのようなお客さんが訪問してきていて、奥さんが対応していました。

社長は「ビジネス関係の構築も、木と同じように、ゆっくりと時間をかけてやっている」と話してくれました。ハンガー社は、原木の仕入れ先(森林所有者や事業体)とも、販売先のたくさんの業者とも、信頼関係をベースにした長期的な付き合いを心がけています。

自然にも人にも敬意を払い、価値の高いものを、丁寧に、多品目生産するこのような家族経営の工場の存在が、数世代に渡って、生態的にも豊かな立派な森をつくり維持発展させている森林経営を、何世代も使われる質の高い家具や建具の生産を支えています。

岩手中小企業家同友会の会報「DOYU IWATE」2019年12月号に掲載