科学に100%の答えはないが…

科学的な知見からは、こうあるべきだ、という強力で明白な理屈が導き出される事柄でも、なかなか変化や実践が進まないことがたくさんある。

優秀な科学者の多くはとても謙虚である。科学に100%の答えはないことを自覚している。そのような科学者は、世間で大きく目を引くような断定的なこと、2極論的なことは言わない。白黒はっきりした物言いや単純明快な比較を好む多くのメディアには、そのような誠実で謙虚な科学者はあまり呼ばれない。だから世間に声が届きにくい。

しかし100%の答えでなくても、これまで集積された数々の研究から、80%、90%、もしくは99%の確率で正しいと言うことができる科学的見解もある。しかし、そのような確実性の高い科学のメッセージも、「ケースバイケース」「いろんな見方がある」という魔法の言葉で、軽視、無視、もしくは据置きされてしまうことがよくある。世界中で。

私のライフワークである森林においてもそうである。木材を利用するための世界の森林マネージメントの主流は、現在でも「木の畑」のフィロゾフィーの実践。土壌劣化や流出、各種災害や病気のリスクが高く、中長期的には、多くの条件で非経済的であることが、科学的に高い確率で立証されているにもかかわらず。既存の木の畑を、丁寧な間伐をしながら、自然の力を利用して、単調な「林」から多様な「森」に変えていく手法も確立していて、実証されているにもかかわらず。

日本の2人の森林研究者を紹介したい。

1人は、私の尊敬する大先輩である、藤森隆郎氏。世界的に高く評価されている森林生態学者だ。光栄なことに、拙著『多様性』に個人的な長文の書評を頂いたが、そのなかの下記の一節は、謙虚な藤森氏が、半世紀に渡る研究の成果から、おそらく99%確証を持って、述べられている。

日本の自然が豊かであることは、植物の再生力の高さを意味します。それは目的樹種よりも早生の雑草木の繁茂の激しさを意味します。日本の下刈り、つる切りまでの初期保育の経費は、他の温帯諸国のそれの10倍かかっているという報告があります。このことだけからも、短伐期の繰り返しは避けるべきことを強調しなければなりません。その上に短伐期の繰り返しは、生物多様性をはじめとする多面的機能の発揮に反し、持続可能な森林管理に反することをしっかりと説明していく必要があります。そして短伐期から長伐期多間伐施業へ、長伐期多間伐施業を進めながら択伐林化、混交林化へと進めていくことの必要性、すなわち「構造の豊かな森林」を目指して行くというストーリーを語ることが必要だと思います。
https://note.com/noriaki_ikeda/n/n0821d5634526

もう1人の研究者は、緑のダムの研究を30年以上続けられている蔵治光一郎教授。下記のリンクからダウンロードできる論文『森林の緑のダム機能(水源滋養機能)とその強化に向けて』には、日本も含めた世界中の数々の研究データが紹介され、分析、検証されている。
http://www.uf.a.u-tokyo.ac.jp/~kuraji/Midorinodam.pdf

「科学のメッセージを真摯に受け止めて欲しい」

と切に訴えても、届きにくい社会環境があり、変化や実践にブレーキをかける構造がある。

私は、どうしたら届くのか、どうしたら変わるのか、自分なりに思索し『多様性』を書いた。日本の大学でドイツ文学を学んで、ドイツの大学で森林学を学んだものとして、理系と文系、科学と文学を結びつけることを試みた。最新の植物神経学や脳神経学の知見、著名な文芸家や芸術家の言葉から、変化することのモチベーションの源泉を探った。人間は、感性と理性の生き物であるから。
https://youtu.be/ZmwJY3dijxk

投稿者: Noriaki Ikeda

日独森林環境コンサルタント 南西ドイツを拠点に、地域創生に関わる様々なテーマで、日独の「架け橋」として仕事をしています。 ・ドイツ視察セミナー ・日独プロジェクトサポート ・日独異文化マネージメントトレーニング

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