書評 「多様性」 by 嶋岡匠さん

ヨーロッパ留学経験もある嶋岡さんが、丁寧かつ簡潔な書評を書いてくれました。

かつて木材は「製造材料」であり、「エネルギー源」でもあった。 国家の繁栄に直結する資源であったゆえ、木材を生産・管理する研究が始まった。 ドイツは林学という学問体系を世界で最初に構築した国。 著者・池田さんは、ドイツで森林・環境に関する学問を治められ、今も実践されている専門家だ。

明治の開国後、当時国家の戦略的資源であった木材生産は重要な課題であり、日本はヨーロッパ、特にドイツの森林管理を導入したが、木材栽培業的な林学を導入したのは致し方なかったのかもしれない。

第1章は、日本に導入されなかったもう一つの林学についての解説であり、本書のテーマ「多様性」と「持続性」の源流の解説である。 続く第2章は、違う進化を遂げた今のドイツの「森林学」を実践されている池田さんから、日本の「林業」への提案である。 木材栽培業を超えて、森とかかわっていくための提案が書かれている。

この本は、学びや示唆に富むものの、一般人が二の足を踏むような専門家向けの学術書ではない。 森について学んだ学識と、森と共に暮らしてきた著者が出会った「モノ ヒト コト」が程よくバランスされたとても読みやすい本に仕上がっている。「今ある森は、未来の世代のための貯金」と考えるドイツの林業の現場にいらっしゃる池田さんは、我々よりも長い時間軸で森を見ていらっしゃるようだ。森と生きるには、人間側が森のスピードに合わせなければいけない。

林業を生業としない私には、特に第3章・4章の森のスピードに合わせつつ、人の営みが円を描くように広がっているドイツの様子が興味深かった。 世の主流ではないけれど、少量だけど特殊な材を必要とする人がいて、それを製材して供給する人がいる。 そういう人達の需要があってこそ、森の中に多様な植生が残る。

第5章の始まりは「樹木たちの声を聞く」という擬人化された見出しからスタートしている。 森を学ぶには対象を冷静に見る客観が必要だけど、我々が森に求めるものは論理的に説明のつくことばかりではない。 「美しい風景」とか主観的価値を見出す人もいる。

森を起点にしながら色々な人の繋がりがドイツの林業を支えていることを紐解きながら、「多様性」の大切さを説く本書は、林業の枠を超えて、ただひたすらに速さ・効率だけを追い求める現代社会の在り方を考え直すきっかけにきっかけになりうると思う。

投稿者: Noriaki Ikeda

日独森林環境コンサルタント 南西ドイツを拠点に、地域創生に関わる様々なテーマで、日独の「架け橋」として仕事をしています。 ・ドイツ視察セミナー ・日独プロジェクトサポート ・日独異文化マネージメントトレーニング

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