木々の「言葉」が人間を癒す

森の樹木たちは、揮発性オイルというフェロモンを使って、自分の仲間の樹木や他の植物、昆虫などと密な交信をしています。このフェロモンの信号は樹木の「言葉」。木はメッセージに合わせて様々なフェロモン単語(=炭素化合物のバリエーション)を持っています。一つの森で200単語くらい、世界中の森林合わせると2000単語くらいあります。人や地域によって多様な方言や言語がある人間世界と同じ様に。

そして、その木々が話す多様な言葉(=多様な揮発性オイル)が、人間の心身の健康に優れた効用があることが、ここ30年あまりの、日本をはじめとした「森林浴」の医学的研究によって解明されてきています。木々が発する言葉やメロディが人間を癒す。まるでおとぎ話の世界のようですが、科学的な事実になりつつあります。

ドイツで最も美しいハイキングルート

私の住む南西ドイツ黒い森の「Zweitälerland(2つの谷の国)」地域が、2019年の「最も美しいドイツのハイキング道」コンテストで、ルート部門1位を取りました。イメージビデオをリンクします。
人間が自然と「共に」の営みの中で造成してきた牧草地と森林と伝統建築が織りなす美しい景観と自然へのアクセスの良さは、地域の自然や文化や地場産業と融合する「ソフトな観光」の大切な資産。
ドイツでは、フルタイム勤務者に年間26-30日の有給休暇(祝祭日は別)が「義務付け」られています。15%くらいの人は、3週間以上まとめて休暇を取っています。
今年は、コロナの影響で、これからドイツ国内での休暇が増えそうです。観光が解禁されて1週間、ドイツの人たちが、国内での休暇の予約を盛んにしているようです。我が家も小さな民泊アパートメントをやっているのですが、ここ1週間で立て続けにドイツ国内からの予約が入り、外国観光客のコロナキャンセルでぽっかり空いていたカレンダーが9月末までもうすぐ埋まりそうな勢いです。昨年「最も美しいハイキング道」の賞を取ったことも影響しているのでしょう。観光業は、我が家も含めて、地域で複合的に多面的に生計を立てている人たちにとって大切な生活基盤です。地域の手工業も観光業と密接な関係があります。

昔の建物は過剰設計?

今でも残っている築数百年の昔の建物は、分厚い壁、太い柱や梁など、マテリアルがふんだんに使われています。厳密な構造計算がなかった時代なので「これくらい使えばまず大丈夫だろう」という感覚や、建て主の見栄や権力誇示の目的で、そのようなマテリアルを「贅沢」に使用した建物が建てられています。日本でも寺院や大きな蔵、お城、明治のころの赤レンガの建物などはそうです。
現代の構造設計の基準からすると、確かにマテリアルの「無駄遣い」で「過剰設計」です。しかし、木や土や石がもつ高い「蓄熱(=調熱)」の性能の観点からは、大きな意味があります。省エネに繋がります。また自然のマテリアルが持つ湿度のバランスを取る「調湿」の性能も、建物の耐久性や人間にとっての快適さや健康に大きく寄与します。
断熱偏重で、軽量、できるだけ低コスト、機械設備に頼って室内環境を整える、という現代建築のメインストリームがあるなかで、それらに疑問をもったり、過去の失敗を反省する建築業者が現れています。昔の建築の良さ、自然のマテリアルの優れた性能を再発見し、健康で省エネの建物を作る事例も少しづつ増えています。
マテリアルは「過剰?」に使い、そこでお金がかかります。しかし、それによって、暖房や冷房設備も機械換気も必要なく、断熱材もわずかで済み、その部分で建設コストの節約ができ、さらにランニングコストが大幅に安くなります。全体のバランスを見ることが大切です。

建築:自然素材が持っている包容力と問題解決能力

省エネの建築というと、「断熱」と「気密」が合言葉になっています。しかし一方で、古代から使われてきた自然素材の優れた性質があります。それは「蓄熱(調熱)」「調湿」です。自然の素材である「木」や「土」が持っている熱と湿度のバランスを取る機能、調整する機能は、人間よりもはるかに長く存続している自然のもっている「包容力」であり「問題解決能力」です。

現代人は、問題があるとテクノロジーに頼りがちです。テクノロジーが何でも解決するという迷信や傲慢さが、さらなる問題を生み出しているケースも多々あります。

自然を活かした、自然と共にの哲学による、シンプルで賢い、テクノロジーを使わないで済むソリューションが、建築の分野にもあります。
調熱と調湿を備えた断熱と気密が、持続可能な省エネで健康な建築のソリューションになります。

高いお金を払ってドイツから広葉樹材を輸入しなければならなくなった!

数年前、北海道の知内町で森林ワークショップに呼ばれた際、ドイツのフォレスターと一緒に、町の家具建具製作会社を訪問しました。タイトルは、そのときに会長さんが話された印象的な言葉です。
その会社は、広葉樹を剥いて化粧板をつくり、それを貼り合わせて高級な成形家具を製作し、有名なコンサートホールなどに提供しています。優れた技術をもっています。以前は、北海道からオークや白樺やタモなどの大木を仕入れて製品を製作していたそうですが、ここ数十年は、ドイツなどから加工された化粧板を輸入しなければならない状況だそうです。なぜかというと、北海道で、以前あった天然林の大径木がすでに伐り尽くされてなくなってしまったからです。「せっかくここにある化粧板を剥くこの機械も使う需要がなくなってしまった」と不満を露わに言われました。

アメリカのある地域でも同じようなことが起こっていると聞いたことがあります。広葉樹材は「流行り」があります。5年おきくらいにそれは変わります。黒肌のオーク材が流行ったとき、その地域のオークが片っ端から伐採され製材されて高価に売られました。流行りが過ぎで数年後、再びオーク材の需要が高まったとき、その地域の製材工場はオーク材を仕入れることは残念ながらできませんでした。すでに前の流行りのとき伐り尽くされていたので。

原木は重くてかさばります。いかに山から工場への輸送コストを抑えるかが鍵です。遠くなると、工場の採算は合わなくなります。だから地域で持続的に材が供給されることが重要です。

ドイツやスイスでは、幸運なことに、成長量の範囲内での伐採を規定する制度もあり、次世代のことを考えて、様々な大きな木を残しておく森林経営をする森林所有者(州、自治体、民間)が大半なので、製材工場も安心して経営し、将来への投資もできます。とりわけたくさんの種類がある広葉樹を専門に製材する工場においては大切です。

日本には、広葉樹が育つのに最適な環境がたくさんあります。素晴らしい材質のスギやヒノキとともに、様々な広葉樹を持続的に育てていくことは、地域経済に、生態系に、そして観光に、様々な利益を与えると思います。今からでも遅くありません。50年後、100年後のために。

「自然との同盟」+「世代間契約」

時間的に途切れることなく続いている森。大小様々な樹木が共生している「恒続森」は、欧州では数百年前、山奥の森林農家や共有地の森で、代々少しづつ育った木を抜き伐りするなかで、経験的に出来上がったものです。

「納屋が古くなったから、山から何本か木を切ってきて補修しよう」

「娘が来年結婚する。新しく家を建てるようだから、今のうちにうちの山の木も20本くらい伐って、乾かしておこう」

「いま、オランダの造船業が、黒い森のモミの木の大きな丸太を欲しがっている、と村で話を聞いた。近いうちに集落で集めて、長い筏を組み、ライン川を下ってアムステルダムまで売りに行くらしい。うちの山からも何本か出そう。そしたら、牛やヤギも増やせる。新しく製材機の材料も買えるかもしれない」

現代であれば、
「隣のオヤジが新しくジョンディアのトラクターを買った。あれ俺も欲しいな。銀行にお金を借りるのは、利子が安くても気分的にいやだ。うちの山を少し間伐したら買えるな。今木材単価も高いしそうしよう」

といったその時々の様々な動機で、毎回少しづつ択伐的に伐られていくなかで、出来上がっていったのが複層の「恒続森」です。森は貯蓄預金。大切なことは、その元金はかならず次の世代に残しておく、ということ。成長した分(=増えた利子)の範囲で収穫すること。お金と手間がかかる植林はできるだけしない。自然に更新してきた稚樹に、上の木を少しづつ切ることで、少しづつ光を当てて行き辛抱強く育てる。

一方で、一斉に植えて、一斉に育てて、一斉に伐る、という畑作的な林業が、200年前に学術的に体系化されはじめ推進されてからは、択伐的な利用、複層構造の森づくりは、「無計画、不規則、無秩序」と学者や官僚に非難され、一部の地域では、禁止令が出されました(例えば私の住むシュヴァルツヴァルトを以前支配していたバーデン公国)。しかし、幸運なことに、上からの押さえつけに簡単には動じない農家や村の共有地があり、この森づくりは継続されていき、20世紀初頭には、森林学のなかで、択伐的施業や恒続森を、学術的に体系づけ、洗練したドイツのメラーやスイスのビオレーといった異端児の学者が現れました。現在では、そのような森づくりが、国土保全の面でも、生態系の豊かさ、そして生産性の面でも優れている、という大方の認識に至っています。

数年前、相棒のドイツのフォレスターと一緒に、日本のある地域の森林ワークショップに講師として参加しました。樹齢90年のスギやヒノキの立派な森でした。100年前にドイツで苦学し森林学の博士号を取得した本多静六氏が計画した共有地の森林でした。そこで森林の共同所有者さんたちや行政関係者といろいろ話しました。この森をどうしようか、と。相棒のフォレスターと私は、択伐的に利用しながら、恒続森にすることを提案しました。多くの所有者さんが賛成しました。一方で皆伐を推進する人たちも居て、議論が起きました。私たちは、皆伐の様々なリスク(土壌や生態系、長期的な生産性など)を説明し反対の意見を出しましたが、議論は平行線。フォレスターの相棒は、皆伐を強く求める1人にこう質問しました「あなたが皆伐を求める理由はなんですか」。その方の答えは「俺が植えたものは俺が全部収穫したいもん」

持続可能な森林業は、自然と次世代への「気配り」や「愛情」があって初めて成り立ちます。自然との同盟、世代間の契約です。

インターネットは人間の発明物?

いいえ、おそらくホモ・サピエンスが誕生する何千万年も前から、森林には、インターネットと類似のシステムがありました。ここ20年あまりの自然科学の研究で、その概要が解り始めています。

システムの名称は【Wood Wide Web】

生きている場所から移動できない樹木や植物は、キノコ(菌類)が土壌の中に張り巡らす菌糸のネットワーク(=光回線)を通して家族や親類、隣近所や仲間、競合やその他の生物たちと「交信」しています。

どれだけ密な回線網かというと、ティースプーン一杯の土のなかに数kmの菌糸網。樹木は根の先端(=ルーター)でこの光回線と接続しています。そして根は、樹皮の裏にある師管と導管(=LANケーブル)を通して樹木のソーラーパネルである葉っぱと結びついています。菌は樹木に、その時々の樹木の需要に合わせて、樹木が欲しいミネラル分のミックスを、土壌中からフィルタリング(調理)して与えます。その代償として、樹木は、ソーラーパネルで生産した糖分を菌に与えます。同じ目線のパートナーシップ。

菌糸網は、母樹が幼児や弱った仲間に養分を分け与える使者の役割も果たしています。また、樹木たちが共同で水不足や気候変動への対策を練るオンラインの戦略会議(=Zoom会議?)をするための、そして決めたことを迅速に共同で実践するための、安定した強固なコミュニケーションインフラでもあります。

樹木は、土壌だけでなく、空気を通しても、仲間や他の動物と交信しています。このWifiの信号の中身は数百種類あるフェロモンです。自分がキクイムシにやられたら、恥も外聞もプライドもなく、仲間に「俺は今やられた。おまえたち、気をつけろ。早く樹脂を生産して防御せよ」と迅速に信号を送ります。また、毛虫などの害虫にやられ始めると、それを食べてくれる鳥や昆虫に、ここに美味しい餌があるよ、とターゲットを絞った効果的な広告宣伝をし集客します。

このシステムWood Wide Webの使用料金や広告宣伝料金はありません。どのプレイヤーもそれで一儲けしようなどとは考えません。与えてもらったら返す、Gibe & Takeの原則で数千万年維持されています。

日本の森林にはとりわけ女性的な感性が必要

5月半ばより、ドイツのホームオフィスから日本の方々に向けて、オンラインセミナーを開催しています。初めての試み。自分のMacBookから、カメラ撮影、パワポ、ビデオを、地球の裏側にいる数十人の方々に個別に同時に送り、ライブでディスカッションするなど、10年前は考えられなかったことです。

セミナーのメインテーマは私の専門の森林業。

やってみて1週間、一番の収穫は、女性の参加者が半数近くいらっしゃることです。これまでのドイツでの視察セミナーや日本での講演会やワークショップでは、男性が8割から9割でした。オンラインなので、端末とネット回線さえあればどこからでも受講できるので、仕事や育児や家事の合間に、たくさんの専門でない女性の方々に参加いただいていること、とても嬉しく思います。

森林は地球上で人間の2000倍も長く存続している複合的な生命共同体であり、人間に生活の糧や活力や感動、インスピレーションを与えてくれます。そんな偉大で多面的なものだから、それを扱う人間には、最大限の配慮と繊細な感覚、多方面への気配りが要求されます。これらは女性的な感性です。

森林大国日本の森林は、湿潤な気候と豊穣な土壌に恵まれた環境にあります。一方で、複雑で急峻な地形と地質、繊細な土壌は、日本を頻繁に襲う嵐や大雨や人間による謝った開発行為で崩れやすく、だからこそ、森林が何千万年に渡る進化の過程のなかで構築してきた「複合的な多様性」による「強さ」を維持、創出していくことが森林にたずさわる全ての人に求められます。日本がもつ森林という世界の人々が羨むかけがえのない資産、「豊穣」であると同時に「壊れやすい」宝物を、未来に引き継いでいくには、より女性的な感性が必要です。

音楽と森の世界をつなげた偉人

「ツアーで一緒のとき、チャックは絶えず樹木のことを話す。時々、いい加減にしてくれ、と言いたくなるくらい。でも彼が林業にすごい情熱を持っていることは確か。そして彼は、その情熱でもって、地球環境のためにいくつかの重要な貢献をした」
ミック・ジャガー(Rolling Stones)

一流のキーボーディストとして、ローリングストーンズやエリック・クラプトン、ジョージ・ハリソンなどと一緒に音楽活動をしてきたチャック・リーヴェルは、アメリカ・ジョージア州のファームで、奥さんと一緒に合自然的森林経営を営む有名な森林業家で自然保護家でもあります。ヨーロッパの森林関係者との深い交流もあり、彼の著書はドイツ語にも訳されています。

下記は、森の世界と音楽の世界を繋げた彼が、名著「FOREVER GREEN」の中で書いている一節です:

「私たちの森林。その維持のためには、繊細なハーモニーが必要だ。それは、すべての奏者が同じメロディーを奏でるなかで生まれる。わずかな人間だけでは、私たちの森を救い、維持し、保護することはできない。木の保全育成家、木こり、フォレスター、製材工場経営者、環境保護家、民間の土地所有者、ハンター、動物愛護家、教師、手工業家、関係する市民、森林生産物と林業に携わる企業、すべてのプレイヤーが一緒にならなければならない。この楽曲では、ソロはやってはいけない。それをやるには、森は傷つきやすく、リスクが大きすぎる。私たちみんなが、私たちの森について学び、高い責任感をもって木を利用するプログラムを支援する努力をしていかなければならない。そうすることによってはじめて、後続の世代に素晴らしい森を遺すことができる。個々の木々、個々の森林は、独自の歌曲をもっている。私たちは、それらのメロディにしっかり耳を傾けなければならない。それらに耳を傾けるなかで、様々な森の秘密と素性が開かれていくとき、私たちは、少しでも時間をとって、木の下に座り、上を眺め、感謝の気持ちを持つべきだ」

豊穣であると同時に繊細な日本の森林にはまさにチャック・リーヴェルの森の哲学とコンセプトが必要です。日本の森林は繊細で多彩で美しいメロディを奏でるポテンシャルをもっています。一緒に編曲したい方、協奏したい方、募ります。

森づくりは道づくり

森林業にとってももっとも重要な資本は「土」です。ですがもう一つ重要な資本があります。それは性能のいい「道」のインフラです。

「土」も「道」も目立たない存在です。多くの人は、目に映りやすい「樹木」の大きさや、元気さ、種類に注目しがちです。ですが木が育つための欠かせない土台は「土」、森を合自然的に経済的に手入れ間伐するために欠かせない前提はいい「道」です。

土を守り育てるコンセプトや行為、いい「道」をつくるコンセプトや行為は、目立ちませんし、多くの人が知りません。日本が世界に誇る「新幹線」と同じです。新幹線の列車のデザインと性能には大きな注目が行きますが、その性能を最大限発揮でき、過密で精密な運行スケジュールを可能にする「線路インフラ」と「ロジスティック」のコンセプトとその品質は、ほとんど注目されていません。「新幹線」、と列車ではなく「線路インフラ」のネーミングがされているにも関わらず!

新幹線車両並みのスピードと快適さを提供できる列車は他の国にもあります。そのなかで日本の新幹線が世界から高い評価を受けているのは、ネーミングの通り、素晴らしいインフラがあるからです。

10年前から、日独合同で、いくつかの場所で、日本の豪雨にも問題なく耐えられる道が作られています。主流の林業政策とは異なり、日本の森林の道の規格からも外れる「新森道」を、計画作設することを支援していただいた、いまでも支援していただいている方々にこの場を借りて深くお礼を申し上げます。とりわけ初期の段階で「急峻で雨が多い日本では無理」「こういう広い道を作ったら森が壊れる」など、有識者や業界から多数の懸念や非難があるなか、「あなたたちの提案していることは多分正しいと思うから、信じてやってみますよ」と合理的理解と信念と勤勉さをもって鶴居村森林組合と一緒に実行された北海道庁の小笠原さん、それから岐阜県高山で、同様に信念と自然への理解と愛情をベースに、現在まで継続して「新森道」の推進をされている長瀬土建の長瀬さんに、特別な敬意を表します。

北海道鶴居村で2010年にできた日本最初の新森道
岐阜県高山で2012年にできた新森道